第11話 監視者と傍観者
あまり関係のない話ですが、アニメ版の恋姫の第二期で稟と風が初登場する回のモブシーンに貂蝉が居る事、皆さんは知ってましたか?
互いに何も言わずただ黙って視線を交わす黒狼と貂蝉。
それからしばらくして、黒狼が静かに口を開いた。
「久しぶりだな。貂蝉……」
「ええ、そうね。元気そうね、黒狼ちゃん」
「…………」
黒狼は貂蝉の呼び方が癇に障ったのか、殺気の籠もった視線を向け貂蝉を睨み付ける。
「なぁに? そんな怖い顔なんかしてどうかしたのん?」
「その呼び方はやめろと過去に何度も言ったはずだぞ……」
「もう。相変わらずの堅物ちゃんねぇ。あたしと貴方の仲じゃないの」
「貴様とそんな親密な関係になった憶えは無い……」
「あらん。つれない人ねぇん。それで一体なんの御用かしら? ひょっとして、貴方も下着を買いに来たのかしらん?」
「おい……。もう一度そんなふざけた事を抜かしたら、貴様といえど容赦はせんぞ……」
黒狼の表情はますます険しいものになり、ドスの利いた声で貂蝉に言う。
今のは貂蝉なりの場を和ませるための冗談のつもりなのだろうが、黒狼相手ではそれも通じなかったようなので貂蝉はヒョイッと肩をすくめる。
「もう。ホント冗談の通じない人ねぇ」
「……本題に入ってもいいか?」
「ええ、どうぞ。大方この外史について訊きたい事があってここに来たって所かしら?」
「そうだ。まず、この外史の起点となった人物は、あの男……北郷一刀なのか?」
「半分はそうね」
「半分だと?」
「正確に言うと、この外史の起点はご主人様と零治ちゃんの二人なのよん」
「零治? ……あぁ、影狼の事か……。だが、なぜ貴様が奴の名を知っているのだ?」
「だって、ついさっきまでここに居たんですもの」
「フッ。なるほど。私が来たのが奴が帰った後でよかったな。もし奴と鉢合せしていたら、この店は間違いなく跡形も無く消し飛んでいたぞ……」
「あらあら。零治ちゃんと貴方って、そんなに仲が悪いの?」
「クックック……悪いどころではないな。奴は私を心の底から殺したいと思ってるからな。まあ、そうするように私が仕向けたのだがな……」
貂蝉の問いに黒狼は視線を下に向け、口の端を吊り上げながら氷のような冷たい笑みを浮かべる。
「…………」
貂蝉は黙ったまま黒狼の考えを読み取ろうとするようにその姿を見つめる。
その視線に気づいた黒狼は、貂蝉に視線を戻し、表情も普段と変わらない無感情なものに戻り、静かに問いかける。
「なんだ……?」
「いえ、なんでもないわ」
「話を続けても構わんか?」
「ええ、どうぞ」
「次の質問だが、前の外史には居なかったはずの劉備が、なぜこの外史には存在してるのだ?」
「あら? 貴方、劉備ちゃんに会ったの?」
「ああ。今は奴の下に身を置いている。あの女は私が天の御遣いだと思ってるようでな……」
「そう……」
「ついでに言うとだ、北郷もこちらに居るぞ……」
「えっ!? それ本当!?」
一刀の名を聞いた貂蝉の眼が輝く。
しかしその輝き方が尋常ではなく、捜していた人物の所在が分かり安堵したと言うよりも、恋する乙女? のような輝き方をしていた。正直言って不気味な事この上ない。
興奮気味の貂蝉は詳しく話を訊こうと黒狼にググッと詰め寄ってくる。
「黒狼ちゃん! その話、もっと詳しく聞かせてちょうだい!」
「おい、それ以上近寄ると斬り捨てるぞ……」
「貴方には分からないのっ!? ようやく愛しのご主人様の居場所が分かったのよ! あたし、その事だけで今にも胸が張り裂けそうなのよっ!」
「フッ。私には理解できんな。そのような感情、私は持ち合わせてはいないのでな……。それと期待を裏切るようで悪いが、この外史に居る北郷は私達が知る北郷とは別人だぞ……」
「へっ? 別人……?」
「ああ」
「それってつまり……」
「あの外史の起点となった北郷とは別の正史に住んでいた『もう一人の北郷』という事だ。少し話もしてみたが、私の事も知らないという反応だったからな……」
「じゃ、じゃあ、あたしの事も……」
「当然記憶にあるはずなどないだろう……」
「しょ、しょんなぁ~。苦労してここまで辿り着いたのに、こんなの酷すぎるわ~。よよよ……」
黒狼から告げられた真実がよほどショックだったのか、貂蝉はヘナヘナと力無く床に崩れ落ちて、まるで女性のようにシクシクと泣き始める。
正直言って見ていて気分の良い光景ではない。無論、悪い意味でだが。
そんな貂蝉の様子などお構いなしに黒狼は淡々と言葉を続ける。
「おい。打ちひしがれてる暇があるのなら立て。貴様にはまだ訊きたい事があるのだからな……」
「こ、黒狼ちゃん……。貴方ってホントに酷い人ねっ! 愛しのご主人様に忘れられてしまったこの漢女の気持ちが分からないのっ!?」
「……それ以上ふざけるつもりなら、店ごと貴様を斬るぞ……?」
いい加減、貂蝉に付き合うのにウンザリしてきた黒狼はスゥッと眼を細めながら脅しとしか思えない言葉を口にする。
それと同時に、その言葉が脅しではないという事を証明するかのように黒狼の右手に魔王剣がその禍々しい姿を現す。
「もう。分かったわよん。分かったからその物騒な剣を仕舞ってちょうだいってば」
流石に店を壊されたくないと思った貂蝉はひょいっと肩をすくめながらノロノロと立ち上がる。
それを確認した黒狼の右手から魔王剣が音も無くフッと姿を消した。
「初めからそうしていればいいのだよ……」
「貴方って昔っからそうだったけど、本当に空気を読まない人よね」
「そのセリフ、そっくりそのまま貴様に返してやるぞ。で、いい加減本題に戻りたいのだが……」
「はいはい、分かってるわよ。それで? 他には何が訊きたいの?」
「劉備の事だ。奴の存在には北郷が関係しているのか?」
「あら。なぜそう思うの?」
「あの女はどこか北郷に似ている。考えが甘い所とか、お人好しな所がな……。それで、どうなんだ?」
「劉備ちゃんの事?」
「そうだ」
「それについては分からないとしか言えないわね。貴方も知っての通り、外史には未知な部分が多すぎるから……」
「そうか……」
「他に訊きたい事はあるのん?」
貂蝉に訊かれた黒狼は両腕を組みながらしばらく宙を睨み付けながら考え、やがて口を開き、以前存在していた外史について質問をする。
「他には……そうだな……。貴様がここに居るという事は、あの外史は左慈と于吉の望む形で終幕を迎えたのか?」
「ええ……。でも、あの外史はきっと今もどこかに存在してるはずよ。『新たに生まれた外史』としてね……」
「そんな事はどうでもいい。私が知りたいのは左慈と于吉の事だ……。奴らもこっちに来ているのか?」
「あの子達なら当分こっちには手が出せないわよ。ただし、あの子達以上の力を持っている者なら干渉ぐらいはしてくるかもしれないわねぇ……」
「フッ。例えば……卑弥呼とかか?」
「あら。卑弥呼に会ったの?」
「いいや。会ったとしても話をするつもりは無いし、会いに行くつもりも無い。貴様同様に鬱陶しい男だからな……」
「んまぁ! こんな絶世の美女に向かって失礼な人ねぇ!!」
貂蝉は黒狼の言葉に対しプリプリと、まるで女の子のような怒り方をする。
その反応を見た黒狼は、唾棄するべき物でも見るかのように表情を歪める。
「そういう反応が鬱陶しいのだよ……」
「貴方は思った事を口にしすぎなのよ。ホント失礼な人ね」
「本題に戻るぞ。では、左慈と于吉はこちらには来ていないのだな?」
「ええ。間違いないわよ。……なぁに? あの子達が居たら都合が悪いのかしらん?」
「私が否定派の連中に眼を付けられてる事は貴様も知ってるだろ……」
「そうだったわね。貴方は外史の存在を否定も肯定もしない中立の傍観者だったものねぇ……」
「ああ。前の外史でも、否定派の老いぼれどもと左慈が何かとうるさかったのでな……。まあ、袂を分かつにはいい機会ではあったがな……」
「だからあの外史で途中から姿を見なくなったのね……」
「フッ。まさかまた戻ってくる事になるとは思わなかったがな……。まあ、この外史にうるさい連中が居ないのならこちらとしては助かる。奴らの顔を見るのは正直ウンザリしていたのでな……」
「でも、彼らと顔を会わせたくないから、左慈ちゃん達の事を訊いた訳じゃないんでしょう? 本当の理由はなんなの?」
「貴様……分かってて訊いてるのか?」
「さあ? どうかしら?」
貂蝉は黒狼の問いシレッとした態度で返答するので、仕方なく黒狼は本音を貂蝉に聞かせる事にする。
「あくまでも私の口から言わせたいのか。まあいいだろ。……そうだ。本当の理由はそこではない……」
「…………」
「私達の殺し合いの舞台がこの外史に移ったのだ。その舞台を連中に破壊されては困るのでな……。だから否定派の連中は今の私にとっては邪魔な存在でしかないのだよ……」
「黒狼ちゃん。貴方やっぱりまだ諦めてないのね……」
「貂蝉。そんな哀れむような眼で私を見るのはやめてもらおうか……」
「黒狼ちゃん。貴方だって分かってるはずでしょう? 私達『剪定者』は、人として終わりを迎える事なんて出来やしないのよ……」
「実際に試してもいないのに、なぜ断言できるのだ? まあ、確かに自害する事は出来んがな……。まったく……良く出来たプログラムだな」
「…………」
貂蝉は何も言わずに、ただ静かに黒狼の言葉に耳を傾け続ける。
「貂蝉、貴様には分からないのか? 永遠にも等しい時間を生きる目的も無く、ただ同じ事を繰り返しながら無為に過ごす。これ程の苦痛は他には存在しまい……」
「貴方の言ってる事も分からない訳ではないわ。でも、外史の中で生きる目的を見つける事だって……」
貂蝉は黒狼にそう言い聞かせようとするが、黒狼は鼻を軽く鳴らしてそれを遮り、言い返す。
「フンっ。いつ消えるかも分からない存在概念があやふやな外史で、そんな事をして何の意味があるのだ……? それが出来ないから、私は今の道を選んだのだ。そして私はようやく希望を見つける事が出来たのだからな……」
「それが、彼……零治ちゃんなの?」
「ああ。奴の存在が今の私にとっての希望であり、生きる目的だ。奴なら私の望みを必ず叶えてくれる。そのために私は奴に叢雲を与えたのだからな……」
「そう……。貴方がそこまで言うのなら、あたしはこれ以上何も言わないわ。貴方は自分の思うように行動なさい」
「貴様なんぞに言われずともそうするさ……。ところで貂蝉。この外史、時期的には次は……」
「ええ。そろそろ『黄巾の乱』が起こると思うわよ」
「そうか……。なら、次に奴と顔を合わせるのは『反董卓連合』あたりか……」
「ちょっと、黒狼ちゃん。まさかその時にひと悶着やらかすつもりじゃないでしょうねぇ?」
「そこまで私は愚かではないぞ……。本格的に動くのは『群雄割拠』に入ってからだ。それまでは、この外史の茶番に付き合いながら大人しくしているさ……」
「そう……」
「……長居しすぎたな。そろそろ失礼させてもらう……」
「あらん。もうちょっとゆっくりしていけばいいじゃないのん。お茶くらいは出すわよん?」
「劉備達に無断で外に出てきてるのだぞ。あまり時間をかけると関羽の奴がうるさいんでな……」
かつて別の外史で共に過ごした仲間の名を聞き、貂蝉は懐かしむように笑みをこぼす。
「ふふ。愛紗ちゃんは相変わらずのようね。そういえば貴方、愛紗ちゃん達から真名は預けられなかったのん?」
「一応預かりはしたが呼ぶつもりは無い……。所詮は一時の仲だからな……馴れ合うつもりはない……」
「あらあら。それはあまりにもつれなすぎるんじゃないの?」
「なんとでも言うがいい。ではな、貂蝉……」
黒狼はクルリと貂蝉に背を向ける。貂蝉は黒狼が立ち去ろうとする前に、その背中に声をかけ、黒狼を呼び止める。
「黒狼ちゃん。気が向いたらまたいらっしゃい。話ぐらいは聞いてあげるわよん」
「貴様の暑苦しい顔をわざわざもう一度見に来る気など毛頭無い……」
「あらやだ。漢女に向かって暑苦しいだなんて失礼な人ねぇ」
「さらばだ、貂蝉……。もう二度と会う事も無いだろう……」
黒狼は貂蝉に別れを告げ、音も無くその場から姿を消した。
「黒狼ちゃん、本当に可哀相な人……。その純粋な想いをもっと違う事に向けることが出来たら、貴方は今とは違う生き方を見つける事が出来たかもしれないのでしょうに……」
一人取り残された貂蝉は誰に言うのでもなく、一人、悲しそうに呟いた。
………
……
…
空間転移の術を使用した黒狼は一瞬にして貂蝉の店から、劉備達と共に過ごしている城のすぐ手前まで移動してみせる。
黒狼がその気になれば城内に転移する事も可能なのだが、その場に姿を現す瞬間を誰かに見られるわけにもいかないので、こうしてわざわざ城の外に転移しているのだ。
「…………」
黒狼は何もない荒野の道を無言で歩きだし、城門の前まで辿り着く。
門番を務めていた二人の兵士が黒狼の姿を確認て、怪訝な表情をしながらも姿勢を正す。
「あれ? 黒狼様、外出なさっていたのですか?」
「ああ」
「そうですか。しかし、いつ外へ? ここしばらくの間は誰もここを通ってはいないはずなのですが……」
「貴様らがそれを知る必要などあるまい。長生きしたければ要らぬ詮索はせんことだな……」
「は、はっ! 失礼いたしました!」
黒狼はその身に纏っている覇気で見張りの兵たち二人に、これ以上余計な事は訊くなと釘を刺す。
その姿を前にした見張りの二人はそれ以上何も訊けなくなり、慌てて姿勢を正して謝罪をした。
「分かればいいのだ……」
黒狼の放つ圧倒的な威圧感を垣間見た見張りの兵士二人はまるで石像のようにカチンコチンに固まってしまい、そんな姿の見張り達に黒狼は一瞥もくれてやらずに門をくぐり抜けて城の中に足を踏み入れて行った。
「…………」
黒狼は終始無言のまま城内の吹き抜けの廊下を歩き続ける。
辺りは非常に静かで、黒狼が履いている革靴の足音だけがコツコツとその場に響く。
が、その静寂を打ち破るように中庭の方から聞こえてくる誰かの怒鳴り声が黒狼の耳に入ってきた。
「まったく、貴方というお人は……一体何べん同じ事を私に言わせれば気が済むのですかっ!?」
「……いや、本当にすみません」
声がする方向を見やれば、中庭のど真ん中で正座をさせられている北郷一刀と目の前でガミガミと説教をしている関羽の姿が確認できた。
その光景は傍から見てみると、教師に説教されている生徒という表現が一番しっくりくるだろう。
「……あっ」
「ん? ……っ!? 黒狼!」
「…………」
脇に視線を逸らした一刀が黒狼の姿を確認し、不意に声を出す。
結果的に関羽も一刀の視線を追い、横に視線をやれば黒狼の姿が眼に映り、声を張り上げる。
当の本人である黒狼は面倒事に巻き込まれたと言わんばかりに表情を歪める。
「黒狼! お前にも話がある! こっちに来い!」
「……まったく。こんな事なら部屋に直接転移するべきだったな」
関羽の言う話とは無断外出の件だろう。その事は黒狼自身も見当はついている。
この際、無視してもいいのだがそんな事をすれば部屋に押しかけられて説教をされる事ぐらい考えなくても分かる事だ。黒狼はやむを得ず中庭へと足を進める。
「話とは何だ?」
「決まっておる。お前の無断外出の事だ。一体今までどこに行っていたのだ!」
「ちょっとした野暮用で街まで出かけていただけだが……」
「ならばなぜその事を城の誰かに一言伝えなかったのだ! それに護衛の者はちゃんと付けたのか!」
「いいや。個人的な用だったし、護衛など居ても邪魔でしかないからな……」
(護衛が邪魔って……この人、今物凄くとんでもない事を言わなかったか……?)
「護衛が邪魔だと……? お前という男は……自分が今置かれている立場をちゃんと理解……」
「理解ならしているぞ。関羽、まさかとは思うが、お前はこの私がそこいらの暴漢や野盗如きに後れを取ると思っているのか……? 公孫賛の賊討伐戦に協力した際に私の実力はお前も見たはずだろう」
「そ、それは……」
それは黒狼達が劉備に出会ってからすぐの事だった。
あの後、街で自分達はどうするべきかの話し合いをした結果、まずは力を付けるために、かつて劉備が通っていた私塾の同期である公孫賛の賊討伐に協力して少しずつ名を広めていくという結論に達したのだ。
そして当時の討伐戦には当然、黒狼、金狼、銀狼の三人も参加していた。
しかもこの三人は護衛の兵も付けずに、十や二十どころか数百人単位の賊を各々が一人で相手をし、いとも簡単に次々と倒していったため、関羽達の出番はほとんど無いに等しい状況でもあったのだ。
「確かにお前の実力は理解している。だが万が一という事も……」
「フッ。そんな事あり得ないと思うが……まあ、お前の言う事も尤もだな。確かに無断で外を出歩いた件は私に非がある。その事は謝ろう。これからはちゃんと誰かに一言伝えるし、護衛も付ける。これで文句は無いだろう……?」
「むっ……うむ。分かってくれれば良いのだ」
「ならこの話はこれで解決だね。丸く収まってよかった。じゃ、俺はこの辺で……」
傍らで話を聞いていた一刀はパンと手を叩いて関羽と黒狼の話を締めくくり、どさくさに紛れてその場から立ち去ろうとするが、現実はそこまで甘くはない。
関羽は両手で一刀の両肩をがっしりと掴んで引き止める。
「どこへ行くおつもりですか、ご主人様。貴方への話はまだ終わっていませんよ。さあ、そこへもう一度座っていただきましょうか」
「ですよね~……」
「いいですか? 再三申し上げている通り……」
関羽は再び一刀への説教を再開。
自分達が掲げる天下泰平への道のりがいかに険しいか、主としての在り方などなどを延々とクドクド言い聞かせているが、これがちゃんと一刀の頭の中に入っているのかは別問題だ。
一刀はすぐ横に居る黒狼に助け舟を出してくれと言いたげな視線を向けるが、黒狼は両腕を組み、侮蔑の視線を向けるだけだった。
(うぅっ……そんな眼で俺を見ないでくれよ)
「ご主人様! ちゃんと聞いているのですか!?」
「は、はい! 聞いてます!」
それからも関羽の説教は続き、どれほどの時間が経過しただろうか。
ようやく話が終わったようなのだが、一刀は精神的疲労が原因で地面にだらしなくへたり込んでいた。
「……話は以上です。私がいま言った事をご理解できたのなら、これからは我らの主としての自覚をしっかりとお持ちになって、より一層励んでください」
「はい……」
「無論、全てを一人で抱え込む必要などはありません。分からない事があるのでしたら私達も協力はします。ですが、甘える事だけはなさらぬように。仲間を頼る事と甘える事が別物だという事はゆめゆめお忘れなきように」
「はい……」
「では、私はこれで失礼します」
関羽は姿勢を正し、一礼してその場を後にした。
一刀は頭だけ動かし、関羽がその場から居なくなった事を確認して情けない声を出す。
「あ~……やっと終わった。愛紗の説教きつかったぁ……」
「あの女は少々ヒステリックな所があるな。まあ、今回は明らかに仕事をサボっていた貴様が悪いのだがな……」
「サボってたって、ちょっと休憩をしていただけで……」
「ほお? では貴様が言う休憩とは一体どこまでが休憩なのだ? 関羽のあの様子を見た限りでは、十分や二十分程度ではなさそうに思えるのだがな……」
「うっ……」
図星を突かれたようで一刀は表情を歪める。
仕事の合間の小休止、これは線引きが中々に難しいものだ。
慣れない事とはいえ、一刀は自分に割り当てられた仕事の量に対してあまりにも不釣り合いな時間の休憩を取る癖がある。無論、その後に仕事を全部終わらせているのなら誰も文句は言わないだろうが、一刀はそれが出来ていない。だから関羽はあそこまで怒っていたのだ。
「休む事も確かに大事だが……休憩も度が過ぎればただのサボりでしかない。こんな事は高校生じゃなくても分かる事だぞ……」
「はい。その通りですね……」
「ならさっさと仕事に戻る事だな。私は貴様に構っていられるほど暇ではないのでな……」
「……なあ、黒狼」
踵を返し、自分の部屋へと戻ろうとした黒狼を一刀は不意に呼び止める。
黒狼は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「何だ。まだ何か用があるのか……?」
「実はアンタにずっと訊きたかった事があるんだ。構わないかな?」
「何だ。言ってみろ……」
「……アンタは一体何者なんだ」
「…………」
「初めて会った時からずっと疑問に思ってたんだ。アンタは初めて会った俺に、『私の事を憶えているか?』って訊いてきただろ? それってアンタは俺の事を知っているって事になるよな」
「何かと思えばそんな事か。それは貴様が昔の知り合いに似ていたから訊いただけだ。今思えばただの人違いだったがな……」
「疑問はそれだけじゃない」
「ほお……?」
「黒狼、アンタはこの世界について何か知っているんじゃないのか。アンタと俺は置かれている状況は同じなのに、アンタだけがえらく落ち着いている。だからその事が妙に気になってね」
「フッ。私は昔からこういう性格なのでな。単にそう見えるだけだろう。それから、私が何者かという問いに対しては以前話した通り、私は貴様が住んでいる時代よりも遥か先の未来の人間だ……」
「本当にか……?」
「こんな事で嘘をついて何の意味があるのだ?」
「…………」
一刀は納得のいかない表情をし、疑惑の籠った視線で黒狼を見据える。
だが、一刀は所詮は高校生だ。ついこの前まで普通の生活を送っていた人間がそんな事をしても、黒狼が動揺などするはずもなかった。
「話は終わりか? ならば私は行かせてもらうぞ。……それと最後に、貴様に一つ忠告をしてやろう……」
「忠告?」
「北郷。『好奇心は猫をも殺す』という諺は知っているか……」
「へ? あ、あぁ。知ってるよ」
「ならば、訳も分からぬままこの世界で犬死したくなければ、あまり私の事を勘ぐるのはやめておくのだな……」
「っ!?」
黒狼から放たれる殺気によってその場の空気が一変する。
昼間だというのに、日の光の暑さなど感じさせぬほど周囲の空気が一気に冷え込み、まるでそこだけが真冬になったのではないのかと思わせるほどの寒気を一刀は憶え、足も完全に竦んでしまい、顔からは冷や汗がだらだらと流れ落ちて何も言えなくなってしまう。
「それにだ、私に構ってる暇があるのならさっさと仕事に戻るべきじゃないのか? でないと……また関羽の雷が落ちるぞ……」
黒狼はクルリと一刀に背を向け、自室へと足を運び、その場を去っていった。
黒狼が立ち去った事で中庭の空気も元に戻り、息が詰まるような緊迫した空間から解放された一刀はヘナヘナと地面に崩れ落ちる。
「はぁ~……めっちゃくちゃ怖かった。今マジで殺されるかと思ったよ、俺……。……ん? あれ? そういやさっき、黒狼のヤツ俺に何か言ってたような……」
一刀はその場に座り込んで唸りながら黒狼の言葉を思い出す。
それからすぐに一刀の頭の中に、仕事、関羽、雷と三つの単語が再生される。
「あっ!? そうだよ! 早いとこ仕事を再開しないとまた愛紗にどやされる! ……でも、今から俺一人で全部終わらせれるかな……? 金狼に手伝ってもらうように頼んでみようかな。怖いけど……」
一刀はその場から素早く立ち上がり、金狼を捜すために中庭を走り去っていく。
ちなみに金狼には仕事の話は断られてしまい、結局自分一人でやる事になってしまったのだが当然終わらせる事など出来ず、またしても関羽の説教を喰らう羽目になったのはまた別の話である。
零治「ありゃ? 今回は1話だけなのか?」
作者「いや、思いのほか早く修正が完了したから先に投稿しようかと思ってな」
亜弥「なるほど」
奈々瑠「前半はそこまで変わってないですね」
作者「まあ、一刀を登場させたから、そこに触れた話題が出てるくらいかね」
臥々瑠「後半なんか完全な新規追加だよね。もしかしてこの先もこんな扱いなの?」
作者「一刀か?」
臥々瑠「うん」
作者「まっ、それはおいおい考えながら書くさ」
零治「そして結局何も考えずに書くんだな、分かります」
作者「そこ! うるさいぞ!」
亜弥「いや、貴方が一番うるさいんですが」




