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第99話 告げられる終焉へのカウントダウン

当初からここからの話はネタを温めていたのでそこまで苦労はしませんでしたが、やはりいざ一から文章にしようとするとなかなか大変だ。

魏と蜀の決戦が終結し、三国志の歴史に幕が下りようとしていたというのに、大陸には新たな危機が舞い込んでしまった。それは蜀に降り立った三人の天の御遣い、黒狼達からの宣戦布告である。この状況をどう打開するべきか急遽成都城の玉座の間に魏、蜀、呉と三国の首脳陣達が顔を突き合わせて会議が開かれたのだが、誰からも建設的な意見が述べられず、その場には重苦しい沈黙の空気が漂っていた。この空気に苛立ちを募らせた春蘭はテーブルを乱暴に叩いて声を荒げた。



「華琳様っ! 何を悠長にしておられるのですか!? すぐにでも兵を纏めて出撃するべきですっ!」


「姉者、落ち着かないか」


「これが落ち着いてなどいられるか! 秋蘭っ! お前はどうしてそう冷静で居られるのだっ!? 我が国どころか、この大陸全土が存亡の危機に瀕しているのだぞ!」


「姉者の言う事は私も理解している。だがな、仮に兵を纏めたとしてどうやって黒狼達の所へ向かうのだ。相手は空に浮かんでいるのだぞ」


「そ、それは……」



三国の首脳陣達が建設的な意見を述べる事が出来ない最大の理由がこれだ。次元の壁を破るほどの強大な魔法を使い、黒狼はこの世界に叡智の城ヴァイスハイトを出現させ、自らの居城にしているのだ。しかも遙か上空の空に浮かんでいる。この世界の人間から見れば今の叡智の城は巨大な未知の浮遊都市。初めて目の当たりにする叡智の城の出現に華琳達は心底驚いたが、驚かされたのは零治達も同じだった。この世界に叡智の城が出現した事もそうだが、彼らの世界で地上にあった建造物が実は宙に浮かぶ機能も有していたのだ。今この場には居ないが流石の零治達も、どうやって黒狼達の所へ向かうべきか頭を悩ませざるを得なかった。



「春蘭、私も貴方の気持ちは分かる。ようやく大陸に平和が訪れたというのに、その平和と未来を黒狼達に壊させる気はさらさら無いわよ」


「華琳様……」


「今は堪えなさい。空に浮かんでいるあの城にどうやって向かうのか、それについては零治達がここに来てから話を進めるしかないわ」


「はっ」


「秋蘭、零治達は今どこに居るの」


「いま凪達に捜させております。恐らく城内には居るはずですので、そこまで時間はかからないかと思われます」


「そう。なら、零治達がここに来るまでに、私達もどうするべきかを決めないといけないわね」



華琳は椅子に腰掛けて右手で頬杖を突きながら同じように急ごしらえの椅子に腰掛けている桃香と孫策の表情を窺った。華琳の眼には黒狼達に立ち向かう決意が宿っている。ようやく手にした大陸の平和。ここまで来るのにどれだけの月日が、そして多くの血が流されたのかを彼女は身に沁みて痛感している。なのに、それが黒狼の手によって破壊されようとしているのだ。そのような事を断じて認めるわけにはいかなかった。例え無謀と言われようとも、華琳は戦うつもりでいるのだ。黒狼達、天の御遣いに。



「私は誰が何と言おうと黒狼に戦いを挑むわ。……劉備、孫策。二人はどうするつもりなの?」


「ふふっ。当然私も行くわよ。あの天の御遣い達と正面から堂々と戦えるなんて。こんな楽しそうな戦い、二度と巡り会えないかもしれないじゃない?」


「雪蓮、不謹慎だぞ」


「あら。目の前の状況に悲観しか出来ない冥琳よりはマシだと思うけど?」


「やれやれ。こんな時でも貴方は変わらないわね。……劉備、貴方はどうしたいの」


「…………」



華琳の問に桃香は椅子に腰掛けて俯いたまま両手を膝の上に乗せてギュッと力強く握りしめるが、何も言おうとしなかった。今でも彼女は信じられないのだ。黒狼の裏切りが。この前まで共に戦ってきた仲間だと信じていたのに、黒狼は無情にも桃香を、そして蜀を裏切り、宣戦布告だけをした。それにより、彼女は自分の何がいけなかったのか。自分が王としてあまりにも力不足だったから黒狼は自分達の事を見放し、こんな事をしてしまったのではないかと考え、何とか黒狼に考え直させる事は出来ないかと希望的観測を抱いていたが、その心中を見透かしたかのように華琳は冷たく現実を突きつけた。



「話し合いで解決したいなどと考えているのならば、そんな甘い考えは捨てる事ね……」


「っ!?」


「今回ばかりは話が通じるような相手じゃないわ。黒狼は私達に、そしてこの大陸全土に対して宣戦布告をした。これが現実なのよ」


「曹操さんの言いたい事は私も分かります。それでも私は、黒狼さんを説得して止めたいんです。あの人がこんな事をしたのにもきっと理由が……」


「桃香っ! 何を言ってるんだ!? アイツは……黒狼は俺達を見捨てただけじゃなく裏切ったんだぞ! 今更説得なんて……っ!」


「ご主人様。黒狼さんが裏切ったのだとしても、私は話し合いであの人を止めたいの。私が駄目な王だったせいで黒狼さんを間違った道に進ませてしまったのなら、私は私のやり方であの人を正したい。それが私の、王としてのやり方だから」


「桃香……」


「はぁ……良いわ。勝手になさい。まだあの男を信じたいのならば、貴方のやりたいようにするといいわ。貴方なりの王としてのやり方をね」


「はい」


「ならば基本方針はそれで良いとして、あの空に浮かんでいる城にはどうやって向かうつもりなの? 曹操」


「焦らないでもらいたいわね、孫策。それについては零治達がこの場に来るまで保留よ。あの城についての全貌を知っているのは彼らだけなのだからね」


………


……



「……黒狼。オレ達の闘いを最悪な形でこの世界に持ち込みやがって」



成都城の城壁の上から忌々しげに空に浮かぶ叡智の城を睨みつける零治は誰に言うのでもなく呟いた。確かに彼の言う通り、黒狼は最も最悪な形で自分達の世界の闘いを持ち込んできただろう。叡智の城はこの世界だけでなく、どの世界にも存在してはならない物。この世に災厄しか呼び込まない災いの結晶なのだ。今の零治達に課せられた役目は黒狼達を倒すだけでなく、叡智の城もこの世界から消さねばならない。一辺たりとも残骸を残すこと無くだ。だがそのためには、あそこまでどうやって行き着くか、それが大きな難問だろう。



「しかし驚きましたね。まさか叡智の城に浮遊機能が備わっていたとは……」


「それもそうだが、まさかアレまでこっちの世界に転移してくるなんてね。全く……この外史の終幕もまだまだ先のようだね。で、零治。どうやってあそこまで行くつもりなんだい?」


「それについては樺憐達の帰還を待つしかない。アイツが奈々瑠と臥々瑠を連れて叡智の城の周囲を調査に向かっているからな」


「そう都合よく行く手段があるとは思えませんけど……今はそれに賭けるしかなさそうですね」



確証があるわけではないが、もしかしたら周辺に叡智の城へ向かうための手がかりがあるかもしれない。黒狼が叡智の城への行き方については何らかの形で教えてやると言ってはいたが、それを全面的に信用できないとなるとこちらの可能性に賭けるしかないのだ。この世界の技術力で飛行能力を有した乗り物を開発するなどどう考えても不可能だ。仮に造れたとしても、そんな時間もありはしない。現時点で黒狼は単に大陸全土に対して宣戦布告をしただけだが、どのような手段を使って進軍してくるのか分からないのだ。戦いで焦りは禁物だが、今は一秒でも早く情報が欲しい。そんな零治の思いが通じてなのか、城壁から見下ろしている荒野からこちらに駆け寄ってくる三つの獣のような影が確認できた。



「ん? ……どうやら戻ってきたようだな」



少しでも早く駆けつけようと樺憐達は狼の姿に変身して成都城に戻ってきて、城壁の前に辿り着くと四本の脚を軽く曲げて力を溜め、その場で軽やかに跳躍してスタッと鮮やかに城壁の上に着地してみせた。そしてそれと同時に樺憐達の身体は瞬く間に黒い靄に全身を包まれ、次の瞬間には風に吹かれたように一瞬にして吹き飛んで元通りの姿に戻り、樺憐はいつもと変わらない様子で口を開いた。



「零治さん、ただいま戻りましたわ」


「ああ。無事で何よりだ。それで叡智の城に関して何か情報は得られたのか?」


「いえ、残念ながら何も。ですが、叡智の城からこのような物がわたくしの手元に転送されてきましたわ」



樺憐がいつも着用しているハーフコートの内ポケットから取り出したものは掌に収まるサイズのした、円盤状の金属板で中央にはレンズが取り付けられた物だ。見た所何かの機械のようである事は分かるが、これだけでは何に使う機械なのか全く見当がつかないが、零治、亜弥、恭佳の三人はその機械には見覚えがあったのだ。



「亜弥、もしかしてコレは……」


「ええ。ホログラフィー型の通信デバイスですね」


「って事は、コイツを樺憐に送り付けたのは間違いなく黒狼だね。あの野郎、今度はホログラムを使ってアタシらとお話がしたいのかい……」


「フンッ! 恐らく叡智の城へ行くための手段云々の説明のためだろうが、黒狼のペースに合わせなければならないのは癪だな……」


「あっ! 隊長、ここに居たのですか」



城壁にやってきて背後から声をかけてきたのは、真桜と沙和を連れた凪だった。彼女の声を耳にするなり、零治は素早く樺憐の右手にあったホログラフィーを取り上げてコートの下にしのべ、何食わぬ顔をして空に浮かんでいる叡智の城に視線を戻した。叡智の城が邪魔しているので夕日は見えないが、空は茜色に染まり時刻は夕方を示している。このまま日が沈み夜になれば、叡智の城は月夜に照らし出され、その様子はまるでドラキュラ城のように見えるかもしれない。この世界にはあまりにも不釣り合いな光景と言えよう。



「凪か。オレに何か用か」


「華琳様か言伝を預かっています。空に浮かんでいるあの城への進軍方法などの話をまとめるそうなので、至急玉座の間までお越しください」


「……分かった。すぐに行くと伝えとけ」


「はっ。……真桜、沙和。戻るぞ」


「あいよ。……はぁ~。それにしてもあんな巨大な建物が空に浮かぶなんてなぁ。天の国の技術、すっごい気になるで」


「真桜ちゃん、今はそんな事言ってる場合じゃないのー。隊長、あんまり華琳様を待たせちゃ駄目なのー」



凪達も出来る限り平静を装っているのか、零治の前ではいつもと変わらない様子だった。姿こそ見ていないが声を聞けば分かる。彼女達との付き合いもそれだけ長いという事なのだ。だからこそ、だからこそ零治はこの世界を、そして華琳達を護りたいと同時にこの闘いに巻き込みたくなかった。この闘いの決着は、あくまでも自分達だけで着けなければならないのだ。そのためにはどうするべきか。零治の中では既に答えは出ていたようで、クルッと後ろを振り返り、亜弥達に視線を向ける。その表情から彼女達も同じ気持ちなのだとすぐに理解できた。



「……この闘いに、オレは華琳達を巻き込みたくはない。こればかりは、オレ達だけで終わらせなければならないんだ」


「ええ。何より華琳を始めとした、三国の英雄達はこの大陸の未来を築き上げるために必要な人材ばかり。命の保証ができない、危険な叡智の城へ連れて行く事など出来ませんよ」


「そういう事だね。叡智の城に殴り込んで黒狼を倒し、そして……アタシらの手でこの外史の終幕を華々しく飾ってやろうじゃないか」


「はい。今まで私達は華琳さんに手を貸してきましたけど、この闘いだけは私達だけでやらなきゃいけませんものね」


「そうそう。それにさ、華琳達ってアタシ達にとっては、もうただの仲間じゃない。友達以上……家族みたいだもんね」


「ですが、華琳さんの性格を考えると、零治さんの考えを知ったら間違いなく怒りますでしょうね」


「それでアイツらが死なずに済むんなら安いものだ。オレがいくらでも罵声を浴びてやるさ。……さて、そろそろ玉座の間に行くぞ」



この事を華琳が知れば彼女は間違いなく怒るだろう。いや、華琳だけじゃない。春蘭や秋蘭、魏の首脳陣全員がだ。だがそれでも零治は華琳達を叡智の城へ連れて行きたくはない。彼女達は、この大陸の今後の未来を築くために欠かす事の出来ない存在なのだ。この大陸の未来のために、華琳達を死なせるような事をしては本末転倒である。この世界の、そして彼女達の未来を護るために、零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐の全員は固い決意を瞳の奥に宿し、僅かに差し込んでくる夕日の光を背に受けながら城壁の階段を一段ずつゆっくりと降りていき玉座の間へと足を運んでいった。


………


……



「……遅いわねぇ。ちょっと曹操。貴方の所の御遣い達は一体いつになったら来るのよ?」


「孫策。貴方は随分とせっかちね。零治達の事は彼らの部下がいま捜しているわ。焦らずに待つのね」



華琳はいつもと変わらない様子だが、議題を進めるために欠かせない人物である零治達が未だに玉座の間に姿を見せないためか、魏、蜀、呉の三国の首脳陣の一部達には焦りや苛立ち、不安の色が表情に浮かんでいた。彼女達は一刻も早く今後の行動方針を纏めたいのだ。大陸存亡の危機に瀕している今、一分一秒たりとも時間を無駄にしたくない。そんな想いに駆られている中、玉座の間の大きな扉が開け放たれたので全員の視線がそちらに集中したが、残念ながらそこへ来たのは凪、真桜、沙和の三人だった。



「華琳様、ただいま戻りました」


「三人ともご苦労だったわね。零治達は見つかったの?」


「ええ。ちゃ~んと大将が呼んどる事も伝えておきましたよ」


「隊長、すぐに行くって言ってたからもうすぐ来ると思いますのー」


「ふむ。だそうよ、孫策。もう少し気長に待つのね」


「はいはい。分かったわよ」



孫策は零治に対して興味津々であり、かつては敵同士だったが今では味方として共に肩を並べられるのだ。零治と顔を合わせる事で色々と話をする事だって出来るかもしれない。そういった理由から孫策は一秒でも早く零治にこの場に来てほしいのだろうが、口をへの字にして不満げな表情を見せるその姿はまるで子供だ。孫策の意外な一面が見れた華琳はその様子が面白いのか、大陸が新たな危機に直面しているこの状況であるにもかかわらず、口元に手を当ててクスクスと笑い声を漏らしていた。これには王として家臣達に余裕を見せる意味合いもあり、それと同時に華琳の心にもゆとりが出来ていたので内心では孫策に感謝していた。と、その時だった。玉座の間に続く出入り口の扉の向こうから、コツコツと等間隔で響いてくる複数の足音が聞こえてきたのだ。その場に居る三国の首脳陣達の視線が扉に集中して静かに見守っていると、いきなり扉がバンっと乱暴に開け放たれ、両手を使って扉を開けた零治を先頭に亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐と魏の御遣い全員がようやく姿を見せたのだ。



「やっと来たのね。零治、遅いわよ。空に浮かぶあの巨大な城、どうやって攻略するのかはあの城の事をよく知る貴方の情報が必要不可欠なのよ。早くこっちに来なさい」


「…………」



華琳に促され、零治は無言で一歩ずつゆっくりとした足取りで歩き出し、三国の首脳陣が勢揃いしている会議用の大きな長方形のテーブルに近づいていく。その間、零治は一切言葉を発しようとしない。ただ無言で歩くだけ。しかもその表情はどこか険しいものである。充分に近づくと零治は足を止め、両手をズボンのポケットに突っ込んだ姿でグルリとテーブルを囲んで椅子に腰掛けている首脳陣達を見回した。無言なため威圧感もあるが、華琳達からは期待の視線が注がれていた。どういった妙案を提案してくれるのかと。しかし、零治の口から発せられた言葉は思いもよらぬものだった。



「フンッ。三国の首脳陣が雁首を揃えて一体何をしている……」


「零治?」


「今のお前らに出来る事など何一つ無い。考えるだけ時間の無駄だ……」



亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐を除く全員が零治の口から発せられたあまりにも冷たい言葉に眼を丸くし、唖然としていた。コレが零治の考えた華琳達を叡智の城へ行かせないための策である。こうやって彼女達を冷たく突き放し、黒狼に戦いを挑もうとする意志をへし折るつもりなのだ。いつもの零治ならば言葉を選び、出来る限り優しく説得をしたりするのだろうが、今の華琳達にそれは逆効果だ。ならばこちらの言い分を胸に突き刺さるような言葉でダイレクトに伝えればいい。そう考えた零治はこうして相手を怒らせるような言動をしているのだが、演技だと分かっていても後ろで見ている亜弥達はやはり不安ではあった。



『おいおい。亜弥、いくら演技とはいえこれはやりすぎじゃないの? 他の連中は知らないけど、春蘭は確実に怒るだろ?』


『いや、これは春蘭じゃなくても怒ると思いますよ。ですが、ここは彼に任せるしかありません。華琳達を危険に晒さないためにも』


『ええ。誰が何と言おうと、わたくし達は口出ししてはいけません。全ては零治さんの演技次第ですわね』



ここに来るまでに、零治には口出しをしないように釘を刺されている。例え喧嘩になろうとも仲裁にも入ってはいけないのだ。つまり、それこそ殴り合いに発展しても事の成り行きを見守るしかない。内心では亜弥達もハラハラしているがそれを表に出すような事もしてはいけないのだ。全ては華琳達を護るため。そんな亜弥達の心境をよそに、零治は更に冷たい言葉を華琳達に言い放った。



「何も出来ない弱者であるお前らはここで指を咥えて見ていろ。黒狼達との決着はオレ達だけで着ける。外野は引っ込んでろ……」


「音無っ! 貴様ぁ! その言い草は一体どういう了見だ!?」


「音無……いくらお前と言えど、それ以上の言動は我らへの侮辱と見なすぞっ!」



亜弥達の予想通り、零治の言い草に対して早速怒りを露わにした者が二人出現した。春蘭と秋蘭だ。零治の口の悪さは付き合いの長さから彼女達も理解はしている。しかしそれでも今回ばかりは我慢ならないだろう。何も出来ないなどと面と向かって言われる事は、武人としての生き様を否定される事に等しいのだ。言った本人の零治もそれは分かっているし、心の底から彼女達の生き様も否定はしていない。だがここで怯んではいけない。例え今日この日まで共に戦ってきた仲間達を傷つける事になろうとも、今の姿勢を崩す訳にはいかないのだ。



「フッ。侮辱だと? オレは事実を言っただけだ。怒られる筋合いは無いな……」


「兄ちゃんっ! 今のは酷いよ! そりゃあ、兄ちゃん達に比べればボク達は弱いかもしれないよ。でもそれでも、この大陸を護るために出来る事がきっとあるはずだよっ!」


「そうですよ! 兄様っ! 私達は兄様が思っているほど弱くはありませんっ! みんなで力を合わせれば、拓けない道は無いんですよ!」


「弱者を弱者と言って何が悪い? それに、皆で仲良く力を合わせるだけで道が切り拓けるんなら誰も苦労しねぇんだよ。甘ったるい御高説は聞きたくねぇな……」



今の今まで兄のように慕っていた零治にここまで冷たく突き放され、季衣と流琉も精神的に大きなショックを受けてしまい、すっかり意気消沈してしまう。なぜ今更になってここまで酷い事を平気な顔をして言えるのか、誰が見ても今の零治は完全に人が変わっている。きっと何かの間違いだ。そうに決まっている。そう自分に言い聞かせ、今度は凪達が反論をした。



「隊長っ! いくら何でも言い過ぎやで! 何でそこまで酷い事が言えるん!?」


「そうなのーっ! 隊長の口の悪さは沙和も知ってるけど、今回ばかりは悪すぎるのー!」


「隊長……何も出来ないだなんて、それはあんまではないですか……っ! 私達では隊長のお役に立てないのですかっ!?」


「ああ。今のお前ら……いや、お前らだけじゃない。ここに居る連中全員が役立たずだ。居ても邪魔にしかならんな……」


「なっ!?」


「零治っ! あんた、凪達になんちゅう事を言うんやっ! こいつらは零治のために今まで必死こいて頑張ってきたんやぞ! それなのに役立たずなんて……今すぐ訂正し!」


「霞。だったらお前のお得意の馬術で叡智の城まで行けるのか? 出来るというのなら今すぐにやってもらおうじゃないか……」


「ぐっ! そ、それは……」



凪、真桜、沙和の三人にあまりにも酷い事を言い放ったので、霞が代わって零治の言葉を訂正するように求めるも、彼の口から出てきた思いもよらぬセリフの前に霞も黙って俯いてしまった。ペガサスでもないのに翼を持たない普通の馬で空に浮かぶ叡智の城まで行けるはずがない。そんなの天と地がひっくり返っても不可能だ。しかし、今回ばかりは反論もできない。いま直面している危機に対しては、不可能を可能にする、それこそ奇跡とも言える程の提案が求められているのだ。だが言われっ放しで黙っているわけにもいかないだろう。武人組に代わって今度は軍師組の桂花、稟、風が口を開いた。



「音無っ! さっきから黙って聞いていれば好き放題言ってくれるじゃないの! 今日この日まで華琳様を支えてきた、この荀文若を役立たず呼ばわりするとはいい度胸してるじゃないっ!」


「零治殿。確かに貴方の言うように、武勇においては私達はお役に立てないでしょう。ですが、力とは何も腕力だけではない。知恵も力なのです。私達はこの知恵を駆使して今まで戦場を支えてきた。貴方もそれはよくご存知のはずではないですか」


「稟ちゃんの言う通りですよー。人にはそれぞれ役割があります。風達にも出来る事はあるはずだと思いますよー」


「ククク。では魏の頭脳である三軍師に問おう。お前らのその知識で、叡智の城まで行ける手段を提示してみせろ。今すぐにな……」



零治から提示されたあまりにも無茶な要求の前に、桂花、稟、風の三人は何も言えなくなって俯いてしまった。時間が許すのであれば出来る可能性はあるかもしれないが、それにも限度がある。黒狼が大陸全土に対して宣戦布告をした以上、悠長に時間をかけていられる余裕など無い。だからこそ今の状況を打開するためにはその無茶にも応えられる程の力量が要求されるのだ。零治の世界ならば捜せばそういう人材も居る可能性はあるだろうが、この世界では居る可能性など無いだろう。ほんの僅かな間に華琳を除いた魏の首脳陣が全員零治に言い負かされて何も言えなくなり、事の成り行きを見ていた蜀と呉のメンツはただ黙っている事しか出来なかった。なぜなら、いま零治が行った言葉は全て自分達にも当てはまるからだ。その様子に零治は内心ほくそ笑みながら最後のダメ押しにかかった。



「人には出来る事と出来ない事がある。それはオレも否定はしない。だが今回の件でお前らに出来る事など何一つ無い。理解できたのなら、黒狼達の事は専門家であるオレ達に任せるのだな……」



誰一人反論できる者など居ない。蜀のメンバーの中には黒狼達の強さについてある程度は理解している者も居るかもしれない。だがその情報の質も、所詮は第三者からの視点として見た単純に普通の人間よりも強い、この世界で言う所の呂布のように突出した強さを持っているという程度の認識でしかないだろう。それに対して零治達が持つ黒狼達の情報は彼らの闘いぶりと強さの本質、それをよく知った上での情報である。本当の意味で全てを知っているわけではないにしても情報としての質は明らかに零治達の方が上。なので専門家と言われても否定のしようがないだろう。これだけ言えば、誰もが黒狼達に戦いを挑むのを断念するはず。零治はそう思っていたが、ここまで来ても異を唱えた者が居たのだ。華琳である。



「ふふふ。零治、なかなか言ってくれるじゃないの」


「何……?」


「実に貴方らしい台詞だったわ。……けれど、春蘭達の眼は誤魔化せても私の眼は誤魔化せないわよ」


「……何の事を言っている」


「つまらない演技はもうやめなさいと言っているのよ」


「演技だと……? 何を根拠にそんな事を」


「根拠は無いわ。だけどそれなりに付き合いの長い私には分かる。貴方がいま言った言葉は全て本心ではないという事を」


「…………」



こちらの胸の内を見透かされ、内心零治は驚いているがここでそれを表に出すわけにはいかない。そんな事をしては折角のお膳立てが全てご破算になってしまうからだ。叡智の城に一歩足を踏み入れれば、そこから先は命の保証など決して出来ない危険地帯なのだ。大陸が平和になった今、この先の未来を創り上げるために必要な人材である華琳達をそんな所へ連れて行くわけにはいかない。そんな零治の考えを見抜いた上でなのかそうでないのか、華琳は淡々と話を進めた。



「私達がこの大陸の未来に必要な存在だからこそ、貴方はあんな事を言ったのでしょう? 私達を空に浮かぶあの巨大な城に行かせない、そして死なせたくないから」


「…………」


「貴方のその気持は理解できるわ。けれど、今回の件は大陸全土の危機。つまり私達も無関係とは言えないのよ。だから黙って指を咥えて見ているつもりは無いわ」


「だったらお前はどうしたいと言うんだ……」


「……見届けるのよ」


「何をだ」


「貴方達の闘いの決着を。そして、この戦乱の時代を駆け抜けてきた狼達の闘いの果てにあるものをね」


「オレ達の闘いはどこまで行っても泥仕合だ。見届ける価値なんか無いと思うぞ……」


「それを決めるのは貴方ではなく私達よ。だから貴方が何と言おうとも私は行くわ」


「…………」



華琳の瞳に宿る決意はとても固い。この様子では何を言っても考えを改める事は無いと言えるだろう。おまけに華琳がこちらの思惑をバラしてしまったので、先程まで怒り心頭だった魏の首脳陣達全員が冷静さを取り戻してさえいる。おかげで折角のお膳立ても台無しだ。零治は大きな溜め息を一つ吐き、次の手を考えながらも気になる点を華琳に問いかけてみる事にした。なぜこちらの思惑がバレたのか、それが気になるのだ。落ち度はどこにも無かったはずである。



「華琳。今のが演技だとなぜ分かった」


「ふふっ。この私を甘く見たわね。言ったでしょう? 亜弥達ほどの付き合いではないにせよ、それなりに付き合いは長いと。それで何となくね」


「たったそれだけの事で……。全く。ここに来るまでに考えたオレの演技の内容は何だったんだよ……」


「た、隊長……」


「ん?」



恐る恐る口を開いたのは凪だった。華琳の口から全てが明かされ、冷静さを取り戻したがまだ心の奥底では信じれていないのかもしれない。今の今まで敬愛していた零治の口から心にも無い言葉を投げかけられ、精神的に大きなショックを受けてしまったのだ。だからこそ本人に直接確かめたいのだろう。彼の今までの言動が全て演技だった事を。嘘だった事を。



「隊長。今までのは……全て演技……だったのですか……?」


「……そうだ」


「じゃ、じゃあっ!?」


「ああ。今までの言葉は全部ウソだ。悪かったな。演技とはいえ、お前らの事を役立たず呼ばわりなんかしちまって」


「隊長……隊長ぅぅぅぅっ!」



こんな場だと言うのに、凪、真桜、沙和の三人は零治に駆け寄って思い切り抱きつき、その場で人目もはばからずに泣き喚き出した。零治の口からようやく真実が明かされた。そのおかげで心の底から安心できたのだ。本当は役立たずと思われてはいなかった事に。見放されていたわけではなかったのだと。敬愛している零治から見放されるのは、凪達にとっては死よりも恐怖だった。今の三人の姿から、凪達が以下に零治の事を慕っているのかが見て取れた。



「隊長ぉ! このあほんだら! 全部終わったら、ちゃんと埋め合わせはしてもらうきなぁ!」


「ひっく……っ! そうなのーっ! 隊長の奢りで、一番高いお店でご馳走してもらうのー!」


「お前らなぁ……」


「はいはい。三人ともその辺になさい。話はまだ済んでいないのよ?」


「あっ! ……し、失礼いたしました」



華琳の一声で凪、真桜、沙和の三人は冷静さを取り戻して泣き止み、そそくさと零治から離れていって椅子に腰掛け、顔を真っ赤にして俯いていた。それはそうだろう。実力としては下の方とはいえ、彼女達も魏の将なのだ。しかもこの場には魏だけでなく、蜀と呉の首脳陣も勢揃いしている。大陸の今後の未来のために関わり合いを持つ機会も間違いなく出てくる。そんな人達の前で泣き喚く姿を見せてしまったのだ。周りはそんな事を気にはしないと思うが、本人達から言わせれば国中に情けない姿を晒したようなものだ。そんな様子が面白いのか華琳は口元に手を当てながらクスクスと笑い声を漏らし、一しきり凪達のその姿を楽しむと零治に視線を戻した。



「さて……零治。貴方の思惑は見ての通り全員に知れ渡った。これでも私達を連れて行くとは言わないつもり?」


「それは……」



どうするべきか。こちらの思惑がバレたとはいえ、零治はまだ華琳達の同行を認めたわけではない。いや、認めるわけにはいかないのだ。この様子では華琳達だけでなく、桃香や孫策も当然付いて行こうとするはず。そうなれば必然的に主だった将兵も同行するだろう。そこまで大所帯になると、何が起きるか予測もできない叡智の城で零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐の六人だけで彼女達を護衛するなど物理的に無理がある。以下にこの場に居る者達が歴戦の猛者とはいえ、今回は普通の戦いではないのだ。自分達でさえ危険だと言うのに、華琳達の命の保証など尚更できやしない。どうやって彼女達を説得するべきか思考を巡らせていたその時だった。零治が着ているコートの下から、ピピピと電子音が鳴り出したのでその場に居る全員が何事かと彼に視線が集中し、零治もハッとした表情で懐に右手を突っ込み、さっきから音を鳴らしている物を引っ張り出した。



「こいつは……っ!?」



零治がコートの下から取り出した物は、事前に偵察に向かった樺憐が手に入れてきたホログラフィー型通信デバイスだった。本体側面に取り付けられている起動スイッチと思われる赤いボタンが明滅を繰り返し、引っ切り無しにピピピと呼び出し音を鳴らし続けていた。これが鳴っているという事は通信を送っている人物が居る事。そしてその相手は黒狼以外に考えられない。零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐の六人に緊張が走った。



「亜弥……」


「ええ。これが鳴っているという事は、黒狼が通信を送っている以外に考えられませんね……」


「ケッ! あの野郎。今度は一体何をやらかすつもりだろうね……」


「まさか……叡智の城を使って大陸全土に総攻撃を仕掛けるとか」


「そうなったらアタシ達でもどうしようもないよ……」


「奈々瑠、臥々瑠。不吉な事を言わないの。……零治さん。とにかく通信に出た方がよろしいかと」


「ああ。そうだな。正直奴と話しなんかしたくないんだがな……」



何にせよ、黒狼から接触が来たのならば応じるしかない。そうしなければ向こうの出方も全く分からないのだ。零治はデバイスを片手に玉座の間に設けられている長方形の大型テーブルの真ん中にデバイスを置き、起動スイッチをポチッと押して数歩後ろに下がった。零治が起動スイッチを押した事でデバイスの中央に組み付けられている投映レンズから黒狼の上半身を映し出した立体映像が浮かび上がり、三国の首脳陣達からどよめきが走って全員が黒狼の前に集まってきたので、彼はその姿を面白がるように口角を釣り上げて口を開いた。



「ククク。これはこれは。三国の首脳陣が雁首を揃えるとは、ご苦労な事だな……」


「黒狼っ! この裏切り者めがっ! よくもぬけぬけと我らの前に姿を見せられたものだな!」



映像とはいえ、黒狼の姿を眼にするなり早速怒りを露わにした者が出てきた。関羽である。敬愛する主君であると同時に桃園で誓い合った義理の姉である桃香の心を深く傷つけたのだ。今の関羽にとって黒狼は倒すべき因縁の深い敵だ。だが、彼女はそうであっても黒狼は違う。そもそも黒狼は零治以外に眼中など無いのだ。怒り狂う関羽の姿を見ても、黒狼は鼻で軽く笑って見下した視線を向けるだけだった。



「フッ。相変わらずよく喚く女だな。この場に居る私を斬っても何の意味も無いぞ。貴様が見ているのはただの映像なのだからな。クックック……」


「くぅぅぅっ! 黒狼、貴様ぁ……っ!」


「はぁ……。おい、蜀の。誰でも良いから関羽を黙らせろ……」


「はっ。では私が。……愛紗、ここは零治殿に任せて我らは口を挟まずに黙っているぞ」


「……分かった」



星に諭されて関羽は渋々ながらも黙り、後ろに下がって事の成り行きを見守る事にした。その際、華琳は一瞬だけだが星に訝しげな視線を向けたのだ。桃香が零治に真名を預けたのは一部始終を見ていたので知っているが、なぜそれ以外の他国の人間が零治の下の名前を普通に呼んでいるのか。しかも呼び方からかなり親しいようにも思えたのだ。が、今はその事を気にしている場合ではない。大陸全土に宣戦布告をした倒すべき敵、黒狼がこちらに接触してきたのだ。彼が何を語ろうとしているのか、まずはそれを確かめる必要があるので、華琳は目の前に映し出されている黒狼の立体映像に視線を戻した。



「クックック。影狼、また会ったな……」


「映像越しでまた会ったという表現はおかしいと思うんだがな。で? 樺憐にわざわざデバイスを転送してまで通信を送ってくるとは……何が目的だ」


「何。貴様らに少々面白い話を聞かせてやろうと思ってな……」


「面白い話だと……?」


「……あの、零治さん」


「ん? 桃香か。何だ」



零治と黒狼の会話の間に割って入ってきたのは桃香だった。黒狼との争いを話し合いで解決する事を望む彼女にとって、この場で何としても黒狼と話す機会を与えてほしいと思っている。しかし、零治から言わせればそれは時間の無駄でしかないと認識している。黒狼が説得の通用する相手ならば誰も苦労はしない。だがこれはあくまでも零治の考えに過ぎない。桃香は心の底から信じたいと思っているのだろう。話し合えばきっと黒狼も理解してくれると。これ以上誰も傷つき合う事を望まない彼女は、一度でいいから黒狼と話をする機会を与えてほしいと零治に眼で訴えかけ、その意図を読み取った零治は呆れたように溜め息を吐き、立ち位置を桃香と入れ替わり彼女にその場を譲った。



「黒狼さん」


「劉備。貴様に用は無いのだがな……」


「黒狼さんには無くても、私にはあるんです」


「…………」


「黒狼さん、お願いです。こんな事は今すぐにやめてください。私達が争う意味なんて無いんです」


「なぜ無意味だと言い切れるのだ……?」


「大陸が平和になった今、私達がやるべき事は戦いではなく、平和な未来を創る事だからです」


「フッ。その戦いに敗北した貴様が言っても説得力に欠けるな……」


「……その点について言い訳はしません。私が曹操さんに負けたのは事実ですから。でも……だからって私達が、蜀という国が終わったわけじゃありません」


「…………」


「私が王としてあまりにも無能だったせいで黒狼さんがこんな事をしたというのならばそれは私の責任です。でも、もう一度だけ私に機会を与えてください。今度は皆の期待に応えられる王として頑張って成長し、結果を必ず出してみせますから。だからお願いします。黒狼さん……これ以上争うような事はしないでくださいっ!」



最後に力強く声を張り上げた桃香はその場で大きく頭を下げて黒狼に懇願した。これ以上互いがぶつかり合って余計な血を流し合う争いなど無意味。それについては後ろで遠巻きに話を聞いていた零治も理解できる。だが、それで黒狼が桃香の説得を素直に受け入れるかどうかは別の話である。何より黒狼が王として無能だったからという理由で桃香を見限り、宣戦布告などするはずがないのだ。最初からこれが目的だったのだと零治は考えており、氷のように冷たい視線を無言で桃香に向けている黒狼の様子を静かに見守っていた。その場にしばしの間沈黙が続いたが、その静寂を打ち破ったのは黒狼の方だった。



「クッ……ククク。劉備よ。貴様は一つ勘違いをしているようだな……」


「えっ? 勘違い?」


「私は最初から貴様に王としての期待などしてはいなかった。ただ自分の目的のために利用していただけに過ぎん。貴様が私達を利用していたようにな……」


「利用だなんてっ!? 私はそんなつもりは……っ!」


「していなかったとでも言うつもりか? 無名だった貴様らが大陸で名を上げるために私達に協力を仰いだだろう? 天の御遣いとして祀り上げてな。それは利用と言わないのか……?」


「それは……」


「貴様の掲げる砂糖のように甘ったるい理想も、この大陸の未来もどうでもいい。貴様が私と闘うのをいくら拒もうが、闘わざるを得ない状況を今から作り……そしてこのくだらない世界を無に還してやる……」


「そ、そんな……っ!」



黒狼の口から告げられたあまりにも無情な言葉。その言葉一つ一つは先程の零治の言動と似通っている部分があるが、彼のは華琳達を黒狼との闘いから遠ざけるための演技によるものだった。だが黒狼は違う。今のは紛れもなく彼の本心。これこそが黒狼の本性であり本当の姿なのだ。精神的に大きなショックを受けた桃香は床の上にへたり込んで愕然としており、これ以上話をさせても無意味だと感じ取った零治は前に進み出て彼女の肩にポンッと軽く右手を乗せて一刀に視線を向けた。



「一刀。お前の大事なお仲間だろう。ちゃんとフォローしておけよな」


「あ、ああ。……桃香、立てるか?」


「ご主人様。私……っ!」



一刀の手を借りて桃香はヨロヨロとその場から立ち上がるが、己のあまりにも無力さからその眼には薄っすらと涙が浮かんでいた。その姿を横目で見ていた零治は内心少しは同情するも、話し合いで全てを解決しようとするからにはこうなる事も覚悟しておかねばならない。それが現実と向き合うという事なのだ。黒狼との話し合いが無意味だと確定した今、次にするべき事は黒狼がどのような手段で大陸に進行してくるか、それを確かめる必要があったので、零治が桃香と入れ替わり黒狼との話を進めた。



「さて、黒狼。貴様はさっき、面白い話を聞かせてやると言ったな。一体何を話してくれると言うんだ……?」


「ククク。それはな……コレの事だ……」



冷笑しながら黒狼が右手を上げて手に持っているある物を零治達に見せた。それは右手に収まる程の大きさをし、上部に赤い丸型のスイッチらしき物が取り付けられた棒状の機械である。恐らく何かの起動スイッチと思われるが、これだけの情報では何のための装置なのか検討もつかないので零治は黒狼に訝しげな視線を向けた。



「何だそれは」


「これはスイッチだ。叡智の城に内蔵されているある装置を起動させるためのな……」


「黒狼、まさかとは思うが……そいつを押したら核ミサイルが発射されるとか言うつもりじゃないだろうな」


「…………」


「だとしたらとんだハッタリだな。叡智の城に核兵器の類が搭載されていない事は元いた世界で見た調査班の報告書で確認済みだ」


「クックック。影狼。スイッチを見たらその全てを核兵器と結びつけるとは。あまりにも発想が貧困だな……」


「何だと? ならそいつを押したら何が起きると言うんだ……」


「コイツを押すとな……全てのΛラムダが反転する。それも一瞬でな……」


「ラムダ? 何だそりゃ?」


「Λ……確か宇宙……。っ!? 黒狼っ! 貴方まさか……っ!?」


「ほお。流石だな、白狼。もう気付いたか……」



黒狼の意味深な言葉に反応したのは零治ではなく亜弥だった。彼女の焦りよう。どうやら亜弥は黒狼の言葉の意味を即座に理解したらしく、いつもの冷静さが見られなかった。彼女がここまで焦るという事は、黒狼はそれだけ危険な事をしようとしているのだろうと思えるが、話が完全に理解できていない零治達からすれば、なぜ亜弥がここまで狼狽えているのか。それが不思議でならなかった。



「バカな! そんな事など出来るはずがないっ!」


「それが出来るようなのだよ。叡智の城の過去のデータベースに使用された当時の記録が確かに残っていたのでな。それも数十回分のな……」


「なっ!? それなら調査班が見つけて元いた世界で報告されていたはずでは……っ!」


「余程の機密情報だったらしく、何重にもセキュリティがかけられていてな。突破して閲覧するのには苦労したぞ……」


「くっ! 仮に今の話が本当だとしても、そんな事をして何の意味があるというのですか!?」


「それは私ではなく、コイツを開発した叡智の城の当事者達にでも訊くのだな。まあ、開発した連中は実験がしたかったのではないか? 自分達に都合の良い世界を創ろうとして、失敗したらリセットをかけるためにな……」


「…………」


「あぁ、こちらの事なら心配無用だ。スイッチを押すと同時に、私達は叡智の城ごと別次元に退避して見物させてもらうさ。この世界の終焉をな。まあ、一瞬で終わってしまうがな。クックック……」


「黒狼、貴方は本気で……っ!?」


「話は終わりだ。明日から三日だけ猶予を与えてやる。それまでに叡智の城に来る決心が固まったら、このデバイスを樺憐に手渡した場所まで来い。そこに転移魔法陣を用意してやる。だが、三日経っても貴様らが一切動きを見せないのならば……私は迷わずこのスイッチを押すぞ。白狼、話を理解できなかった連中に貴様の口から説明してやれ。それからよく考えるのだな。ククク……」



黒狼の話はそこで終わり、通信も切られてデバイスから映し出されていた彼の姿もフッと消失した。話を一方的に切り上げられ、途方に暮れている亜弥は頭の中が真っ白になり、テーブルに両手をついて愕然としていた。彼女はこの時点で分かっているのだ。黒狼がどれほど恐ろしい事をしようとしているのかを。その上期限はたったの三日である。三日経つまでに何としても黒狼を止めなければ全てが終わってしまう。叡智の城まで向かう道は黒狼が用意してくれるようだが、少なくとも悠長に考えている暇は無いという事だけが確定してしまったのだ。



「何て事だ……」


「亜弥。黒狼は何を言ってたんだ? ラムダって何だよ?」


「……Λとは膨張し続ける宇宙の力、ダークエネルギーを示す言葉です」


「んん? 零治。宇宙にそんな名前のエネルギーなんか存在してるのか?」


「確か宇宙の七割を締めてるって話だったと思うが……で、それが反転すると何が起きるんだ?」


「言葉通りの意味です。ダークエネルギーとは常に膨張して広がり続けている物。それが反転するという事は、広がり続けていた宇宙が収縮して一点に集中する。しかも黒狼はそれが一瞬で起きると言っていた……」


「亜弥さん、勿体ぶらないでください。結局何が起きるのですか?」


「つまり、黒狼があのスイッチを押すとビッグバンの逆……ビッグクランチが起きるんです」


「……ね、姉さん。確かビッグバンって、宇宙の誕生を意味していましたよね。その逆って事は……っ!?」


「ええ。宇宙の消滅ですよ。黒狼はこの大陸どころか、世界の全てを宇宙ごと消そうとしているんです……っ!」


「消滅って……ええっ!? 姉さんっ! そんなの出来るわけないじゃん! だって宇宙だよ!? どこまでも果てしなく広がるデッカイ星の海なんだよっ!?」


「私だってそう思いたいですよっ! だけど黒狼はハッタリを使う男じゃない。奴が言ってた事は本当なんでしょう……」


「チッ! コイツは最悪どころの話ではなくなったな……」



亜弥が言うように、黒狼はハッタリを使うような人物ではない。それを零治達はよく理解している。つまり黒狼が言った事は全て真実なのだ。彼は本気でこの世界を宇宙もろともと消滅させるつもりでいるのだ。やるべき事に変わりはないが、直面している危機の規模は考えていたモノを大きく上回ってしまった。この大陸どころか、全宇宙が消滅の危機に瀕しているのだ。黒狼の意図を理解した零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐の六人の表情は浮かないものだが、聞き慣れない単語がいくつも出てきていたので話が全く理解できなかった華琳が口を挟んできた。



「零治、一体どうしたというの。黒狼と何の話をしていたの?」


「……亜弥、説明を頼む」


「分かりました……」



こういう事の説明はやはり亜弥が一番の適任者だが、これを華琳達にも理解できるように説明するのは非常に難しい。少なくとも宇宙の定義など、そういった点から事細やかにいちいち説明している暇など無い。黒狼が実行しようとしている事がどれほど恐ろしい事なのか、それだけを理解させる事に集中せねばならない。つまり、質問等も一切受け付けるわけにはいかないのだ。いま華琳達に知ってもらいたいのは、この大陸の存亡がとんでもない規模で危機に直面している。それだけなのだ。亜弥はテーブルの正面に集まる三国の首脳陣達全員を見渡せるように、テーブルの反対側に回り込んで両手を突き、重々しく口を開いた。



「さて、どこから話したものか……」


「亜弥、先程の貴方と黒狼の会話に、消滅とか終焉とか穏やかではない単語が出ていたわね。やはりそれと関係しているの?」


「ええ。黒狼はこの大陸を文字通り消滅させようとしている。ですが……そのやり方が尋常じゃないんです……っ!」


「もしやそれは、貴方がさっきから言っていた、『うちゅう』とやらが関係しているのかしら」


「そうです」


「ならば、そのうちゅうが何なのかを私達に説明してもらえる?」


「分かりました。ただし、そちらの質問は一切受け付けません。一つ一つの疑問に答えてられる余裕はありませんのでね」


「良いでしょう」


「……このデバイス、確か立体映像式のプロジェクター機能があったはず。リンクは……無線通信式。なら私の端末でも行けますね」



質問は一切受け付けない事の同意を華琳から得て、亜弥はコートの下から長年愛用している雑記帳代わりにも使っている手帳型のデータ端末を取り出し、端末と通信デバイスを無線通信で接続してリンクさせ、データ端末から宇宙に関するデータを引っ張り出して通信デバイスの側面にある緑色のボタンを押してモードをプロジェクターに切り替えていつでも宇宙の立体映像が映るように準備を整え、端末を片手に説明を始めた。



「まず宇宙がどのようなものなのかですが……分かりやすく言えば星の海と表現するのが一番相応しいでしょうね」


「にゃ? 姉ちゃん。星って夜空で光ってるあの星の事なの?」


「そうですよ、季衣。あの小さな光の点だけでなく、太陽や月も星の一つなのです。……そしてこれが宇宙です」



亜弥は右手に持つ端末を操作して銀河の一部分をクローズアップして呼び出し、無線で接続している通信デバイスから宇宙のほんの一部である映像を映し出し、映像を眼にした三国の英傑達からはどよめきが走った。映し出されている映像内には、地球に太陽、月、火星、木星、土星などと宇宙の代表的な惑星が浮かんでいる。興味心を刺激された季衣や流琉、張飛などは手を伸ばして触ろうとするが映像なので当然触れる事など出来ない。こんな状況でなければそれは微笑ましい光景なのだろうが、今はそんな感傷に浸っている時ではないので、亜弥は淡々と説明を進めた。



「映像に映っているのは宇宙のほんの一部に過ぎません。宇宙全体には、その映像に映し出されている星以外にも様々な星が無数に存在しているのです」


「なるほど。だから『星の海』なのね。それにしても天の国の技術、全く恐れ入るわね。……しかし、このうちゅうとやらと私達の大陸の消滅がどうして結びつくの?」


「それはですね……では次はこれを見てもらいましょうか」



亜弥は端末を操作して映像を宇宙の一部分から地球の拡大映像に切り替え、華琳達にそれを見せた。映像内の地球はゆっくりと回転をしており、まさにそれは大きな立体映像の地球儀その物である。次にする話も完全に理解してもらうのは難しいだろうが、理解してもらわねばならない。例え全員が出来なくても、三国の代表だけでも理解してくれればそれで良いのだ。



「いま皆さんが見ている映像の星の名は地球と言います。そして、私達はこの星に住んでいるのですよ」


「えっ? 姉さん、ウチらがこの星に住んどるってどういう意味なん?」


「言葉通りの意味です。私達人間はこの星で生きている種族なのですよ。その映像内の地球に緑や茶色い部分が映っていますよね。それは全て陸地なんです」


「じゃ、じゃあ、この陸地の周りにある青い部分は……?」


「それは全て水。つまり海ですよ」


「ええっ! 嘘やろ!? 仮に今の話がホンマやとして、下の方はどうなっとんの!? この青いのが全部水やったら下にこぼれてまうやん! それに人だって――」


「真桜、質問は一切受け付けないと言ったでしょう。すみませんが話を先に進めますよ。……で、ここが」



亜弥は数々の疑問をぶつけてくる真桜の話を有無を言わさずに止めた。今は一分一秒という時間が惜しいのである。彼女は端末を操作して映像内の地球の回転速度を少し早めてある場所で止めてそこを華琳達に見せた。彼女達の前に向けられた場所に映し出されている陸地は中国大陸。つまり華琳達が生まれ住んでいる大陸である。



「その陸地が、華琳、劉備、孫策。貴方達三国の人々が生きている大陸なのですよ」


「へぇ~。これが私達の。……亜弥、貴方達の国はどの辺りにあるの?」


「いえ、残念ながらこの映像の地球は私達の時代より前の物の映像ですので、これには映っていません」


「……あの、神威さん」


「ん? どうしました? 劉備」


「その……それにご主人様の故郷は映ってますか?」


「あぁ、それなら。……貴方達の大陸の隣に、小さな陸地が複数連なっている箇所が見えますよね? そこが一刀の生まれ故郷になります」



亜弥に示された場所を、桃香を始めとした蜀の面々が顔を近づけ、一刀が生まれ育った国である日本列島をまじまじと見つめたが、その表情は意外そうにしていた。一刀も天の御遣いの一人として数えられている人物なのだ。桃香達が一刀の世界に対してどんなイメージを持っているのかは分からないが、ご主人様などと周りからは呼ばれているのだ。この大陸などとは比べ物にならない凄い所なのだと想像していたのかもしれない。



「ふむ。こうして見てみると、主が生まれ育った国は我らの大陸と比べると随分と小さいのですな」


「いや、そりゃ確かに大きさでは負けるけどさ……星、お前は俺の世界をどう想像してたんだよ?」


「あっ。でもこれだったらもしかしたら船で行けるかも。……ねえ、ご主人様。私、ご主人様の故郷をこの眼で見てみたいなぁ」



桃香達蜀の面々は一刀の生まれ育った国である日本を見るなり、行ってみたいだとか色々な想いを馳せながら緊張に満ちた場面であるにもかかわらずあれやこれやと勝手に話を始めだした。別にそれ自体は悪い事ではない。慕っている人物、しかも天の御遣いの一人として数えられている人物なのだ。華琳達が零治達の世界が気になるように、桃香達も一刀の故郷が気になるのである。だが今はそういう話をしている時ではないので、亜弥はワザとらしく咳払いをして劉備達の話を遮った。



「おほんっ! そろそろ本題に戻りたいのですが構いませんかね」


「あっ! ……ご、ごめんなさい。どうぞ続けてください」


「どうも。では、映像をもう一度最初の物に戻しますよ」



亜弥は端末を操作してプロジェクターに映されている映像を地球の拡大映像から、華琳達に最初に見せた宇宙の一部の映像に戻した。ここからが本題である。黒狼がどれ程恐ろしい事をしようとしているのか、それによりこの大陸どころか全てが消滅してしまう出来事になるという事を。



「この宇宙にはある力が働いており、常に膨張して広がり続けているのです」


「ふむ」


「しかし、黒狼は叡智の城に搭載されているある装置を使い、この現象を一瞬にして反転させると宣言した」


「反転? 亜弥、そうなるとうちゅうで何が起きるの?」


「膨張を続けていたはずの宇宙が収縮して一点に集中し、最終的には消滅します」


「うちゅうが消滅……。っ!? 亜弥っ! まさかそれは……っ!」


「ええ。華琳が考えている通りです。宇宙が消滅するという事は、その宇宙空間内に存在する数多の星々も消えるという事。地球も例外ではありません。だからこそ黒狼を是が非でも止めねば、この大陸どころか地球その物にも未来は無いんです……」



華琳を始めとした三国の首脳陣達が受けた衝撃は並大抵のものではない。黒狼の企みを阻止できなければ、人為的に宇宙の終焉であるビッグクランチが引き起こされてしまい、結果的にこの大陸も滅亡を迎えてしまう。彼女達が直面している危機は、もはや大陸全土では済まされない。今や全宇宙の存亡が危機に瀕しているのだ。並の人間ならばこの事実を耳にした瞬間、絶望に打ちひしがれて生きる事を諦めるかもしれない。だが華琳達は違った。三国の首脳陣全員の眼には、この大陸の未来を護りたいという想いの闘志の炎が燃え盛っており、結果的に零治達が望んでいたものとは真逆の状況が出来上がってしまっていた。



「そんな話を聞かされては、ますます黙って見てはいられないわね。零治、黒狼達との決戦には私達も同行するわよ」


「私も同感ね。例え天の御遣いであろうとも、私達の国を、そしてこの世界の全てを破壊して良い権利なんて無いもの」


「……わ、私は」


「劉備、貴方はどうしたいの?」


「私も……私も行きますっ! 行って直接黒狼さんの真意を確かめたい。なぜあの人がこんな事をするのかそれを知りたいんです!」



華琳、孫策、桃香と三国の王の決意は固かった。そして王が出向くとなれば、必然的に各国の首脳陣全員も同行するだろう。そうなれば間違いなく大所帯になる。だがこれは観光地巡りではなく戦なのだ。何が起きるのか予測すら出来ない叡智の城に彼女達を連れて行きたくない零治にとって、これは新たな難問である。どうするべきか。どうやって華琳達を説得して成都城で留守番をさせるかと考えながら彼はしきりに首を捻っていた。



「零治、どうするの? ここに居る者達全員を貴方一人で説得できるのかしら?」


「ほらほら。早く決めちゃいなさいよ、黒き閃光さん」


「零治さん、お願いします。私達も一緒に連れて行ってください」


(気楽に言ってくれる。こっちの気も知らないで……)


『おい、相棒』



零治がこの状況をどう処理するかしきりに頭を働かせていた時、BDが念話で話しかけてきた。こういう場面でBDが話を持ちかける事は基本的にあまり無い。戦闘に関わる事ならば何かしらのアイディアを提供してくれたりするのだが、この件は戦闘関連とは言い難い。にもかかわらず、BDが零治に話を持ちかけたという事は、何か考えがあっての事なのかもしれないだろうが、事情を知らない人間が半数以上を締めているので、零治もBDの会話に念話で応じた。



『何だ、BD』


『いや何。実はコイツらを叡智の城に行かせるか行かせないかを決めるいい方法を思いついたんだが……聞くか?』


『……ちゃんとしたまともなアイディアなんだろうなぁ?』


『おいおい。少しは俺様の事を信用してくれよなぁ』


『まあいい。今は猫の手も借りたいんだ。聞くだけ聞いてやる』


『そう来なくっちゃな。……いいか? 明日闘いが得意な連中全員にだな……』



零治はBDの提案の内容を頭に入れながら軽く何度も頷き、しばらくして納得したようになるほどなと呟いた。BDの提案は実に合理的だったのだ。確かにこの方法ならば華琳達を叡智の城へ連れて行くのかどうか確実に決められるし、やる事の内容も実にシンプルなので連れて行かないという判断を下した場合も彼女達も納得はしてくれるはずである。本来ならばBDの提案は非常に危険が伴うが、その危険も問題なく解決できている。決心が固まった零治は小さく息を一つ吐き、華琳達に視線を向けた。



「お前らの気持ちは分かった。だが、こちらも簡単に全員を連れて行くと軽々しく決めるつもりはない」


「でしょうね。ならばどうするというの?」


「明日の朝、全員この玉座の間に一度集まれ。今はそれしか言えん」


「明日の朝ここに集まれって……零治、一体何をしようというの?」


「悪いが今は全てを話せない。とにかく今日は全員休む事だ。明日に備えてな……」


「……分かったわ。劉備、そういう事だから、私達の部屋を用意してもらえるかしら?」


「あ、はい。……朱里ちゃん、お部屋の数、足りるかな?」


「流石に皆さんに一つ一つの部屋を割り振るのは無理でしょう。曹操さん、孫策さん、申し訳ありませんがお部屋の方は、数人で一つの部屋を使用してもらう形になりますが、そこはご理解ください」


「ええ。構わないわ」


「私もよ。外で寝る羽目にならないだけマシってものよ」



桃香は諸葛亮と鳳統を従えて魏の陣営と呉の陣営それぞれに誰がどの部屋を使うかについての割り振りが行われ、その際に一部には割り振り方に納得がいかず不満を漏らす者も居たがそこは我慢してもらった。これだけの大人数となると、どうしても一人一人に対して個室を与えるのが難しいのだ。城に住んでいるのは蜀の首脳陣だけではなく、侍女に城内に詰めている兵士達。それにいま現在は魏と蜀の決戦で出た負傷者達も居るのだからここはどうしようもないだろう。順調に部屋の割り振りが進む中、零治が使用する部屋が決まったのか桃香が声をかけてきた。



「零治さん」


「ん?」


「零治さんのお部屋ですけど、ご主人様と一緒になりますけど構いませんか?」


「オレは別に構わんが……よく関羽が反対しなかったな」


「今の零治さんが敵じゃないって事はみんな分かってますから」


「……相変わらずお人好しだな、お前ら蜀の連中は」


「えへへっ。褒め言葉として受け取っておきます。くれぐれもご主人様と喧嘩はしないでくださいね?」


「分かってるさ。なら、案内を頼めるか。とりあえず部屋の場所を把握しておきたいからな」


「はい。朱里ちゃん、雛里ちゃん。みんなをお部屋まで案内してあげて」


「はい」


「御意です」



諸葛亮と鳳統の案内に従い、魏と呉の面々は二人の後に続いてゾロゾロと玉座の間を退出していったので、零治達もそれに続いた。ひとまず話はあの場で完結したが、亜弥達の間ではまだ終わっていない。なぜ零治はあの時、明日の朝全員に玉座の間へ集まるように言ったのか。何か考えがあっての事なのだろうとは思うが、まだ彼の考えの全貌を知っているわけではない。何しろ今回直面している危機はそう簡単に解決できるような事ではないのだ。そのためにも情報は早い内に共有しておくべきだと思い、亜弥は華琳達に気付かれないように零治の背中を軽く突っついて彼をこちらに振り向かせると、チョイチョイと手招きをして呼び寄せて周りに聞かれないように声を潜めて零治に話しかけた。



「零治、なぜあんな事を言ったのです。まさか本気で華琳達を叡智の城まで連れて行く気なんですか」


「そうなるかどうかはアイツらの頑張り次第だな」


「頑張り次第? 零治、明日なにをする気なのさ?」


「それについては当日説明する。それとお前ら全員、明日の朝は華琳達よりも先に起きて、城の中庭まで来てくれ」


「中庭? 兄さん、玉座の間には行かないんですか?」


「オレ達はそっちには行かなくていい。……臥々瑠、明日は絶対に寝坊するなよ」


「……自信無いんだけど」


「零治さん、ご心配なく。もしもの時はわたくしがちゃんと起こしますので」


「ああ。その時は頼むな」



情報の共有とまではいかなかったが、零治には何かの考えがあって華琳達に明日の玉座の間へ集まるように指示したのは理解できた。不安が無いと言えば嘘になるが、零治がこんな状況でその場凌ぎのような単なる思いつきの行動をする事はまずあり得ない。今は彼の事を信じる他に無いだろう。明日なにをするのかは全く分からないが、とにかく明日に備えて今は身体を休める事に専念するべく、亜弥達も割り当てられた部屋へと足を運んでいった。


………


……



「……フーー……」



会議が終わり、自分に割り当てられた部屋の場所も把握した零治は、夜になってから一人で胸壁に腰掛けてタバコを吹かしながら忌々しげに空に浮かぶ叡智の城を睨みつけていた。この巨大な建造物が浮かんでいるせいで月も完全に隠れてしまっていて、普段ならば明るい月夜の夜もいつも以上に暗く、タバコの火もかなり目立っていた。魏の本国では自室でタバコを吸う事もあったが、ここは成都城で自分に割り当てられた部屋はもともと一刀が使用している部屋なのだ。その辺の気遣いから、零治はわざわざ外に出てタバコを吸っているのだ。ここに来たのはたまたまだったが、別の来客が彼に声をかけてきた。



「おや。先客が居ましたか」


「ん? ……星か」


「零治殿も月見を? まあ、あの城のせいで月は見えませんがな」


「オレがそんなシャレた事をする人間に見えるか? ここに来たのはただの気まぐれだ……」


「左様でしたか。零治殿、隣よろしいですかな?」


「ああ」



星が隣に腰掛けたので零治はタバコを携帯灰皿に捨てようとコートの内ポケットを探るが見つからない。そして一刀の部屋に置いてきてしまった事に気付いたので、零治は忌々しげに舌打ちをしながらタバコを睨みつけて石造りの城壁にグリグリと押し付けて火を消し、その吸い殻を外に向かって投げ捨てた。タバコのポイ捨ては喫煙者として最低のマナー違反だが、今回だけは許してくれと誰に言うのでもなく心の中で詫びを述べた。



「私は夜空が好きですが……今宵の空は好きになれませぬな。あの城のせいで」


「そりゃそうだろ。あんな物を好きになる奴は頭がイカれてる証拠だ」


「……ですが、嬉しい事もあります」


「この状況でか? 何だよ?」


「貴方とこうして語り合う事が出来る。それが嬉しいのですよ」


「語り合うだぁ? 生憎とオレは誰かと何かを語り合うほどの話題なんか持ち合わせちゃいねぇぞ」


「素面だとそうでしょうな。ですが、これを口にすれば誰でも饒舌になるかと思いますが……零治殿もどうですか?」



そういって星が零治に見せたものは栓がされた徳利である。誰が見ても分かる。中身は酒だと。零治は別に酒は嫌いじゃないし、呑めないわけでもない。亜弥がこの場に居合わせていたら最悪のシチュエーションだがそういうわけでもない。これが平時ならば零治も喜んで受け入れているのだろうが、今の状況で酒を呑もうとする星の神経を疑い、呆れた視線を向けていた。



「お前はこの状況で酒を呑むつもりなのか……?」


「目の前の状況に悲観して絶望したり慌てふためくよりは、いつも通りに振る舞うのが一番かと。それに、酒は人生の友とも言いますからな」



そう言うや否や、星は徳利の栓を開けて持っていた盃に酒を注ぎ、零治の事などお構いなしに勝手に酒を呑み始めたのだ。盃を空にすると星は息を一つ吐き、表情を綻ばせながら次の一杯を盃に注いでそれを零治に差し出した。



「さっ、零治殿もどうぞ」


「おい。オレはまだ呑むとは一言も言ってないぞ。ってか、それお前が使ってる盃だろ」


「生憎と盃はこれしか持ち合わせておらんのです。まさか私も先客が居るとは思いもしませんでしたので」


「…………」


「どうなさいました? まさか毒が入っているとでもお思いか? それとも……零治殿は酒が呑めない方なのでしょうか?」



零治は星が差し出している盃と彼女を交互に見てどうしようかと頭を悩ませた。別に酒を呑む事自体に抵抗はない。状況が状況だが、一杯ぐらい呑んでもバチは当たらないだろうし、誰も責めたりしないだろう。だが問題は盃だ。星が差し出している物は彼女が使用している盃なのだ。仮にこの酒を呑むとして、星が口をつけた場所で呑んだらそれは間接キスをする事になる。彼女はそれを分かっているのかそれとも素なのか。こればかりは星という人柄が分からないので考えても時間の無駄だ。彼女の厚意を無下にする訳にもいくまいと思い、零治は溜め息を一つ吐いて盃を受け取り、掌の中で盃を回して星が口をつけた所を避けて酒を煽った。



「ったく。……んっ、んっ……」


「いかがですかな?」


「ふぅ……悪くないな」


「お気に召していただいたようで何より」



零治から盃を受け取り、もう一度酒を注ぐと今度は星がそれを口にした。その様子を零治は横眼で盗み見ていたが、彼は見逃さなかった。星は間違いなく零治が口をつけた場所で普通に酒を呑んだのだ。その様子を見た彼は思わず声を出しそうになったが何とかそれは飲み込んで黙っていた。



(おい。アイツ今、間違いなくオレが口をつけた場所で酒を呑んだよな。気付かずに呑んだのか……?)


「ぷはぁ。……ささっ。零治達ももう一献どうぞ」


(星は至って普通に振る舞ってるが……やっぱり気付かなかったのか?)



酒を呑むのに夢中になり、気付かなくなる事はままあるだろう。別に悪い事をしているわけでもないので問い詰める理由も無い。とりあえずこの事は置いておき、零治は星から盃を受け取って掌の中でさり気なく回転させて星が口をつけた場所は避け、一気に酒を煽って盃を彼女に手渡した。



「零治殿。酒はもっとゆっくり味わって呑む物ですぞ」


「オレがどんな風に酒を呑もうがそれはオレの自由だ。とやかく言われる筋合いは無い」


「やれやれ。無粋なお方ですな」



零治の酒の呑み方に呆れた視線を向ける星は彼から受け取った盃に酒を注ぎ、零治のように一気に煽るような真似はせず、チビチビと少しずつ呑んで酒の味をじっくりと愉しんでいた。それの様子を横眼で見ている零治だったが、星はまたしても彼が口をつけた所で酒を普通に呑んでいたのだ。



「…………」


「ん? どうかなさいましたか、零治殿。私に何か言いたい事でもあるのですかな? ふふっ」


(コイツ……ぜってぇワザとやってやがるな。こういう奴は無視するに限る……)



星が見せるこの意味深な笑み。酒に酔っているからではない。さっきから繰り返している零治との間接キス、彼女はこれを間違いなくワザとやっているのだ。大方、それに零治がどんな反応をするのかを見て愉しもうという魂胆なのだろうが、相手の狙い目が分かったのであればそれにわざわざ乗ってやる必要など無い。零治は表情を全く変えずに無言で視線を城壁から見える遥か彼方の地平線に向け、星はこの場に居ない者と自分に言い聞かせた。



「おやおや。そこまで露骨に無視せずともよろしいではありませぬか」


「やかましい。無視なんかしてない。ただ目の前の景色を見ていたいだけだ……」


「あれ? 音無さんじゃん」


「ん?」



後ろから声をかけてきたのは蒲公英だった。それに翠蓮と翠も一緒である。おまけに翠蓮の右手には星が持ってきた物と同じような徳利、左手には人数分の盃が握られており何の目的で三人がここに来たのか嫌でも零治は理解してしまい、翠蓮に呆れた視線を向けた。



「翠蓮、アンタはわざわざこんな場所で酒盛りをしに来たのかよ……」


「堅い事言うなよ。別に悪い事をするわけじゃないんだしさ」


「それはそうだが……何もこんな時じゃなくても」


「こんな時だからこそさ。あんな物が空に浮かんでいると、あたしは落ち着かなくてねぇ。だから酒を呑んで気分を落ち着けたいのさ」


「なら自分の部屋で呑めばいいだろ」


「外で呑んだ方が涼しくて気持ちいいじゃないか。それにしても、こんな所で星と逢い引きしているとは……零治も隅に置けないねぇ」


「ふふっ。翠蓮殿、羨ましいのですか?」


「翠蓮。コイツを調子づかせるような事は言わないでほしいな。星と会ったのはたまたまだし、逢い引きなんかしちゃいない」


「にっしっしっし♪ そんな事言って、本当はまんざらでもないんじゃない? たんぽぽも音無さんの隣に座ろーっと」



小悪魔的な笑みを浮かべながら蒲公英が零治の左側を占領し、右側は星が既に占領している。世の男子なら喜ぶ状況の両手に花である。しかも蒲公英も星と同様に零治の事をからかうつもりなのか、彼の左腕に自分の両腕を絡ませてワザと身体を密着させているのだ。蒲公英の程よく成長気味の胸は零治の左腕に押し付けられているが、当然ながら彼の左腕はガントレットの装甲板でガチガチに固められているので感触など全く伝わらなかった。



「ほらほら音無さ~ん。何か感じな~い?」


「……お前の胸の感触の事を言ってるんなら全く感じんぞ。見ての通り、今のオレの左腕は鎧でガチガチに固めてあるからな」


「ぶぅ~。こんな物外しちゃえばいいのに……」


「コッチにも色々と事情があるんだ」


「ふむ。では零治殿、こちらでしたらどうですかな?」


(っ!? コイツはまたぁ……っ!)



蒲公英のイタズラ的な行動に乗じた星も悪ノリし、零治の右腕に腕を絡ませて自分の胸を押し付けてきた。彼の右腕には外的刺激を完全に遮断するような物は無いので、マシュマロのように柔らかい星の胸の感触を嫌でも感じてしまう。だがここで声を上げたり狼狽えるような反応を見せる訳にはいかない。そんな事をすれば星を調子づかせるだけだ。かといって場所が場所なので乱暴に振り払うような真似もする訳にはいかない。零治は無言で表情一つ変えず、密着している星の身体から静かに自分の腕を引き抜き、鼻で軽く笑ってニヒルな笑みを彼女に向けた。



「むぅ……零治殿。そのような冷めた反応ばかりしていては女性に嫌われますぞ?」


「フッ。そんなにちちくり合いがしたいんなら一刀の部屋にでも行ったらどうだ? あぁ、その場合オレは食堂で寝るから心配は要らねぇぞ」


(う~む……零治殿は主と違って随分と扱いの難しい殿方だな)


「翠。あんたもやったらどうだい?」


「っ!? な、なななっ! なに言ってんだよ母様!? 何であたしが音無に抱きつかなきゃいけないんだよっ!?」


「はぁ……騒がしいな。うるさいのは嫌いだから戻るか」


「まあまあ。そう言うなって、零治。折角なんだからあたしとの酒の席にも付き合えよ」


「ったく。少しだけだぞ」



零治は酒を呑むつもりでこの場に来たわけではないのに、予想外の来客達のせいでそうもいかなくなってしまった。だがまあ、自分から進んで呑むような事をしなければ問題は無いだろう。周りから勧められたら呑めばいい。星がワザと行ってる間接キスも無視してしまえば良いだけの話だ。蒲公英の隣に腰掛けた翠蓮が予め持ってきていた盃に酒を注いでを蒲公英に手渡し、星の隣に座っている翠に渡すためにそれを零治がまず受け取り、彼は右手を伸ばしてそれを翠に手渡した。次にもう一つの盃に酒を注ぐと隣に座る蒲公英に手渡し、そして最後に翠蓮は自分の盃に酒を注ぐが、零治だけが手ぶらなのを指摘した。



「ん? 零治、盃は無いのかい?」


「あるわけないだろ。そもそもオレはここに酒を呑みに来たわけじゃないんだ」


「じゃあたんぽぽのを貸してあげるね。……んっ、んっ……ぷはぁ。おば様、お酒注いで」


「あいよ」


「ありがと。……音無さん。はい、どうぞ~♪」


(この顔……蒲公英も星と同じ事しようって魂胆か。悪いがそっちの狙いに乗るつもりは無いぞ)



おもちゃのように弄り倒されるのは零治もあまりいい気分はしない。かといって蒲公英の厚意をあからさまに無下にすると顰蹙を買う事になる。自分なりに考えた方法でスルーするべく、零治は蒲公英から盃を受け取る前に左手のガントレットの指先の鉤爪で右掌に一筋の引っ掻き傷をつけて血を滲み出させ、その後に蒲公英から左手で盃を受け取ると同時に右手の中に出来た血溜まりに意識を集中した。すると掌の中で血が小さな渦を巻き、ショットグラスのような形状をした即席のグラスを創り上げたのだ。零治はニヤリと意味深な笑みを浮かべると蒲公英から受け取った盃の中身の酒をそのグラスに移し替え、空になった盃を彼女に突き返した。



「ほら、返すぜ」


「……ねえ、音無さん」


「何だよ?」


「音無さんって、周りから空気を読まない人って言われてない……?」


「何の事だ? オレは回し飲みが不便だと感じたからこうしてグラス……自分の盃を用意したんだ。寧ろ空気を読んでいる方だろ?」


「むぅ~……」



零治のもっともらしい言葉の前に蒲公英は何も言えず、盃を持ったまま口をへの字にして不満げな顔を零治に向けるが、彼は余裕の笑みを浮かべてそれをどこ吹く風と受け流し、ショットグラスに注いでいる酒を一気に煽って呑み干した。翠蓮が用意した酒は星の物よりもアルコール度数が高く、焼け付くようなキツいアルコールが喉を流れ、零治の体温も一気に上昇した。



「くぅぅ……かぁ~っ! こいつは……結構キクなぁ」


「おー、良い呑みっぷりじゃないか、零治。ほら、もう一杯やれよ」


「遠慮しておく。オレは酔っ払うためにここに来たわけじゃないんでな」


「なんだい。付き合いの悪い男だねぇ。……んっ、んっ。あぁ~、旨いっ!」



まるで水でも飲むかのような勢いで翠蓮は盃を空にしては次の一杯を注いで呑み、また注いで呑む。それを繰り返していた。翠と蒲公英は翠蓮ほどの勢いではないが、盃を空にしては次の一杯を翠蓮から受け取り、盃を片手に空を眺めながら少しずつ酒を口にしているし、星も自分で用意した酒をチビチビと呑んだり、翠蓮が用意した酒を一杯呑んだりと揃いも揃ってマイペースで酒盛りをしていた。その様子に零治は彼女達は今の状況を理解していないのではないかと思い始めるが、星、翠、蒲公英、翠蓮の四人も不安が無いわけではないのだ。最初にそれを口にしたのは翠だった。



「なあ、音無」


「どうした。翠」


「黒狼達との闘いだけど……勝算はあるのか?」


「…………残念ながら無い」


「はっきり言うんだな……」


「黒狼達との闘いにケリはつけるつもりだった。だが、まさかこんな状況になるなんて予想もしていなかったからな……」


「やれやれ。あたしが認めた男が何を弱気な事を。……零治、そうは言っても何か考えはあるんだろ?」


「考えなんか無い。あるのは叡智の城に乗り込んで黒狼を倒す、それだけだ」



今回の闘いには作戦とか戦術とかそんなものは考えるだけ時間の無駄なのだ。少なくとも零治はそう判断している。彼の頭の中にあるのは、叡智の城に向かい、黒狼を倒す事。それだけなのだ。黒狼との因縁はこの世界に来てからも変わらなかったが、まさかこんな形で元いた世界での闘いの続きを再開する事になるとは、流石の零治も夢にも思わなかった。勝てる見込みなど皆無に等しいが、それでもやらねばならない。でなければ、この世界に未来は無いのだ。黒狼を倒す決意を瞳の奥に宿している零治の姿はとても頼もしいが、それでも一人だけ、星はまだ不安が残っていた。



「零治殿。貴方の強さは私達も身に沁みてよく分かっているつもりです。ですが、本当に勝てるのですか。黒狼に……」


「何だ、星。お前はオレが信用出来ないってのか」


「そういうわけではありませぬ。しかしながら、今の貴方は左眼を失っている身ではありませんか」


「……それがどうした」


「兵士にとって眼は何よりの命綱。零治殿もそれはよくご存知のはず」


「…………」


「零治殿、こちらを向いてくれませんか?」



零治はやれやれと言わんばかりに溜め息を一つ吐き、星の要望通り彼女の方に顔を向けた。叡智の城が上空に浮かんでいるせいで月の光は完全にとまではいかないが、その殆どが地上にまで届いていない。なので外はいつもの夜と比べると薄暗いが、それでも隣り合わせだから星の顔は視認できる。その表情はどこか憂いを帯びているが、こんな場所で見つめ合って何をしようというのだと零治が考えていた時、不意に星が右手を伸ばして眼帯で覆われている顔の左半分を優しく撫でるように触れてきたのだ。



「おい。これは何の真似だ?」


「あぁ、零治殿。なんと痛ましいお姿か。私のせいで貴方の左眼は……」


「お前……もしかして酔ってんのか?」


「この程度の酒で酔うほど私は弱くありませぬ。……零治殿、この眼はまだ痛むのですか?」


「いいや」


「それは良うございました。ですが、片眼だと何かと不便でありましょう? もしも出来るのであれば、私が貴方の眼の代わりになって差し上げたいくらいです」


「星。まさかとは思うが、お前まだオレの左眼を潰した事を悔やんでいるのか?」


「…………」


「ったく。五虎将の一人にも数えられている猛者が、この程度の事をいつまでも引きずるとは情けない話だな」


「言ってくれますな。私の気も知らないで……」


「ん? いま何か言ったか?」


「独り言です。お気になさらず」


「あっそ。って、人の顔をいつまで触ってんだお前は」



未だに眼帯で覆われている部分を触り続けてくるので、零治は星の右手を軽く押して払い除けた。別に痛みはとうの昔に治まっているのでその点は問題無いのだが、ここには翠蓮、翠、蒲公英も居るのだ。人目がある中でいつまでも顔を触られ続けてもあまりいい気分はしない。星の手を払い除け、零治は視線を城壁から続く果てしない荒野に向けるが、チラリと星の顔を盗み見た。彼女は酒をチビチビと呑みながら憂いを帯びた表情で城壁の向こうに続く荒野を見つめているだけ。その様子に零治は内心溜め息を吐き、星が抱えている後悔の念を断ち切ってやる事にした。



『おい、BD』


『何だ?』


『オレの左眼だが、もう治ってるのか?』


『あぁ~、アレから色々とありすぎて言うのすっかり忘れてたぜ。修復はもう済んでるぜ。ご注文通り、眼の周りの傷はそのままにしてある』


『そいつは結構な話だ』



赤壁で星に潰された左眼が完治しているという事は、この先の闘いに零治は万全の状態で臨める。それと同時に星が心の中に抱えている後悔の念も確実に断ち切れるのだ。今の彼女が叡智の城に乗り込んでも、こんなメンタルでは間違いなく命を落とす。この大陸の未来を創るためにも、三国の英雄達は誰一人として欠ける事はあってはならないのだ。零治は空にしたグラスを外に向かって投げ捨てて両手を後ろに回し、眼帯の留め具を外して眼帯その物を顔から取ってそれをコートの下に仕舞い、ゆっくりと左眼の瞼を開くとBDによって完全に修復された眼球と眼の周りに星が残した一筋の斬り傷の跡が露わになり、彼は星の方に顔を向けた。



「星、こっちを見ろ」


「はい? ……っ!? れ、零治殿……その眼はっ!?」



零治の今の顔を見て驚いているのは星だけではない。翠も、蒲公英と翠蓮も驚きのあまり言葉を失っていた。当事者の星は当然ながら、赤壁での闘いで彼女が零治の左眼を斬った事は翠蓮達も目撃しているのだ。そして人間がもともと持っている治癒能力では眼の完全な修復も不可能だという事も知っている。だが、零治の眼は完全に治っている。この世界の人間から言わせればこれは異常以外の何物でもない。



「これでお前が胸の内に抱えている後悔の念は晴れたか? 星」


「れ、零治殿……なぜ、眼が元に戻って……っ!? 天界ではそれが普通なのですか?」


「普通なものか。お前らはオレや一刀の世界を『天界』などと大袈裟に表現するが、オレの世界でも『人』という種族は基本的な部分はこっちの世界と変わらん」


「ならばなぜ。貴方だけが特別だとでも言うのですか? 零治殿は普通の人間には無い力をお持ちですから、それなら辻褄は合いますが」


「……確かにオレはこの世界の人間や一刀から見ても普通じゃない力を持っているさ。だがな、オレの世界の基準で言ってもこれは異常なのさ。この世の理に反する事など決してあり得ない」


「ですが零治殿、貴方は私達の前で、何度もその理に反する事を平然とやってのけているではありませんか。赤壁でも、定軍山でも」


「そうだな。なら、お前が抱えているその疑問にもそろそろ答えてやろうじゃないか……」



これまではずっと他国の人間には知られないように隠し通してきたが、三国志の時代は終幕を迎えた。そして零治も遅かれ早かれこの世界から消える身だ。協力関係を築く中で隠し事は余計な疑念を招くだけだろうし、この恐るべき事実を星達が知る事で自分を避けるようになったならなったで、それはこの先の黒狼達との決戦で別の問題になりそうな気がしなくもないが、その時はその時だと零治は自分に言い聞かせて胸壁から城壁の通路に降りて数歩前に歩いて星達に向き直った。



「星、翠、蒲公英。お前ら三人に質問だ。定軍山でだが、オレの事で銀狼から何か話を聞いていなかったか」


「……それって、あいつが音無さんの左腕を斬り落としたって話の事?」


「そうだ。それを聞かされて、今のオレの姿と照らし合わせて奴の話をどう思う?」


「どうって……音無さんの左腕は今もちゃんとあるじゃん。たんぽぽはどう考えても銀狼が嘘を言っていたとしか思えないよ」


「フッ。まあ確かにそう思うよな。だがな、奴の話は本当さ。オレはあの時、定軍山で不測の事態に見舞われて銀狼に左腕を斬り落とされた。当時の激痛は今でも忘れられないぜ……」


「銀狼の話が本当って……だったら音無。お前のその左腕は何なんだよ?」


「コイツはオレの腕ではあるが、オレの腕でもない。それ以外に説明のしようがないな……」


「……零治殿。やはりその腕には何か秘密があるのですね。でなければ、利き腕でもない左腕『だけ』に鎧を纏うのはあまりにも不自然です」


「フッフッフ。そうだよな。こんな目立つ事してたら確かにそういう疑問を感じるよな。……なら、お前らが感じている疑問の『答え』を見せてやろう。オレが定軍山で人間を辞めた証をな……」



零治は左腕を覆っている防具であると同時にBDの力を抑えつけるための拘束具でもあるガントレットに右手を伸ばし、通し口に取り付けられている可動式の留め具を外し、ガントレットをゆっくりと引き抜いて無造作にそれを城壁の廊下に落とすと、ガシャンと派手な金属音が鳴り響いた。



『BD。このベルトの拘束具も全部外せ』


『おいおい、いいのか? こんな場所で万が一暴走なんか起こしたら騒ぎどころの話じゃ済まされねぇぞ?』


『抑えつけてみせるさ。お前から溢れ出る無尽蔵の魔力の全てをな……』


『ヒヒヒ。魔王剣ディスキャリバーの使い手、黒狼のおかげで一皮も二皮も剥けたのか? いいだろう。ご注文通り外してやるぜ』



BDが働きかけた事により、零治の左腕に幾重にも巻き付けられているベルトの拘束具が独りでに動いて解け、バラバラと次々に城壁の廊下の上に落下していき、BDと融合した事で異質な物に変異した零治の左腕が露わとなった。叡智の城のおかげで月明かりは殆ど遮られているが、完全にではない。そのため外も真っ暗闇ではないので多少は人や物も見える。この薄暗い外でも腕全体に走る、まるで血管のように枝分かれして紅く明滅を繰り返している筋はしっかりと見えるし、炭化したと思わせるほど黒く染まっている零治の変わり果てた左腕その物も星達にはちゃんと見えている。初めて目の辺りにした、零治が身に着けているガントレットの下から姿を見せた異様な左腕。星、翠、蒲公英、翠蓮の四人は完全に言葉を失って唖然とした表情で彼の左腕を見つめていた。



「フフフ。流石の歴戦の英傑達も、コイツを眼にすると言葉が出てこないか……」


「……れ、零治殿。その腕は……っ!?」


「コレが、オレが定軍山で人間を辞めた証。そしてお前達が抱いている疑問の答えだ」


「一体どうして……。なぜ腕がそのような事に……っ!」


「驚くのはまだ早いぞ? 今からもう一つの姿を見せてやる……」



零治にとってBDのお披露目はまだ序章に過ぎない。一部とはいえ力が開放された真の姿をまだ見せていないのだ。彼が左腕に意識を集中すると、左腕全体が黒い靄に覆われて見えなくなるが、次の瞬間にはその靄はまるで風に吹かれたように一瞬にして消し飛んだ。そこから新たに姿を見せたのは、掌の部分が異様に巨大化し、角張った指に鋭く尖った指先とまるでこの世の物とはとても思えない異形の左手である。零治は涼しげな顔で左手を自分の目線の高さまで持ち上げると、誰に言うのでもなくおもむろに口を開いた。



「BD。挨拶しろ」



零治の命令に従うように彼の巨大化した左手の甲に一本の線が走ると、それはまるで人間の眼のようにゆっくりと開いて中から充血した深紅の巨眼がその禍々しい姿を見せた。左手の甲に出現した眼はギョロギョロと周辺を見回すようにしきりに動き、星達に目線を向けると眼の端を吊り上げて笑うような仕草をしてみせた。その様はかつてBDに存在していた残留思念の本体と全く同じである。



『ヒヒヒ。どうだ? 以前俺様の中に存在していた残留思念の本体を模して創ってみたんだがよ。気に入ったか?』


「悪趣味としか言えんな……」


「れ、零治……殿……。その手は一体何のですっ!?」


「フッ。ちと刺激が強すぎたか? しゃあねぇな。とりあえず元の形に戻すか」



流石に掌を巨大化させた異形の手は星達には刺激が強すぎたようだ。これではまともな会話を続けるのも困難である。それに彼女達を脅かすのが目的ではない。星達が零治に対して抱いている疑問の答え、それを教えるのが目的なのだ。零治は左腕を横にブンッと軽く振り抜くと、掌の周囲からまたもや黒い靄が発生して振り抜いた腕の動きに合わせて横に流れていき、掌は通常の大きさに戻っているし、手の甲に出現していた巨眼もその禍々しい姿を潜ませた。あんな異常な光景を見せた張本人である零治は何食わぬ顔をしてコートの下からタバコを一本取り出し、愛用しているジッポライターで火を点けていつものように煙を吹かし始めた。



「フーー……」


「零治殿。何が……定軍山で貴方の身に何があったというのですかっ!?」


「落ち着けよ。ちゃんと説明してやるさ。つっても、一から十まで話すと長くなるから一部は割愛させてもらうぜ?」



タバコの煙を吹かしながら零治は定軍山での出来事の記憶を掘り返し、当時の事を語り始めるも本人もあまりいい気分ではない。あの出来事があったからこそ定軍山で命を落とさずに済んだのは事実だが、思い出にふけりながら語れるような内容の話ではないのだ。日常生活でも腕の繋ぎ目はもう痛まなくなっているが、あの出来事を思い出した事でズキズキと左腕が疼き、零治は痛みを誤魔化すように左腕の繋ぎ目を右手で強く握りしめながら口を開いた。



「まず定軍山で何が起きたのか。オレが不測の事態に見舞われて銀狼に左腕をブッた斬られた……ここまではいいな?」


「はい」


「でだ、銀狼もその時にオレと同じように不測の事態に見舞われて戦闘の継続が困難になってな。そのおかげでオレは命からがら逃げ延びる事が出来た。あの出来事がなければ、オレは銀狼に殺されていたかもしれんな……」


「なあ、音無。銀狼に起きた不測の事態って、あいつの右眼が斬り裂かれた事を言ってるのか?」


「ああ。まあ、知ってて当然だな。奴もああなっては本陣に帰還せざるを得なかったんだからな」


「……ねえ、あれって音無さんがやったんだよね? 金狼は違うって言ってたけど、正直いまでもあいつが言ってた事、たんぽぽは信じられないんだけど」


「いいや。金狼の話は事実だ。アレをやったのはオレじゃない。まあ、強いて言えば、アレは自分の力を過剰に使った結果の自滅と言うべきだな」


「なるほど。ならば零治殿、貴方の左腕が変わり果てたのは亜弥殿達と合流した辺りなのですか?」


「そうだな。……つっ! 忌々しいな……」



定軍山での出来事、その一つ一つの記憶を掘り起こすたびに左腕の繋ぎ目の疼きが強くなるので、零治は苦悶の表情で腕の繋ぎ目を右手で強く押さえつけた。定軍山で自分の身に起きた全ての出来事が激痛の伴うものばかりだった。それこそ並の人間なら痛みによるショック死をしてもおかしくないくらいに。常人とは一線を画した身体とはいえ、我ながらあの時よく死ななかったものだと零治は内心自分の生命力の強さに呆れていた。



「零治殿。どうかなさいましたか?」


「何でもない。ただちょっと左腕が疼くだけだ……」


「あまりご無理はなさらない方がよろしいのでは」


「オレにここまでさせておいて何言ってやがる。続けるぞ」



左腕の疼きは零治にとって忌々しい事だし、星の気遣いも理解できる。しかしそれでもだ、当時味わったあの激痛に比べればこの程度の痛みは遥かにマシな方である。それに今では常日頃痛むような事も無くなっている。話を終えればこの痛みも治まる。そう考えればこの疼きもあまり気にはならなくなる。零治は自分にそう言い聞かせて気持ちを切り替え、話を続けた。



「銀狼が右眼を失った直後、オレも自分の左腕を持ってそこから逃げ去った。で、途中で死ぬ事もなく亜弥達と合流は出来たんだ」


「んん? 零治、逃げるのは分かるが、何でわざわざ自分の腕も持って行ったんだい?」


「自分の身体の始末は自分でしたかったからだ」


「なるほど。……あっ、続きを頼むよ」


「ああ。でだ、亜弥達と合流するとその場には味方になった樺憐も居た。そして、彼女からある物が見つかったのさ」


「ある物? 音無さん、それって一体何なんの?」


「それは魔導書。この世界で言う所の妖術書や仙術書に該当する物だ」


「妖術書のような物って……じゃあ、音無の腕はその本のおかげで治せたって事なのか?」


「そうなるな」


「……零治殿。確かに一度は失った左腕がその魔導書とやらのおかげで繋がったのでしょうが……それで本当に治せたと言えるのですか。そのような異質な腕に変異して……っ!」



星の言う通り、零治の左腕は血の魔導書ブラッド・ディクテイターのおかげでちゃんと繋げる事は出来た。しかし完璧に元通りにする事が出来たとは言えないだろう。今の零治の左腕は誰がどう見ても異質な物。まるで炭化したように真っ黒に染まっており、腕全体には血管のように赤い筋が幾重にも走って明滅を繰り返しているのだ。これだけでなく、力を開放すれば掌が巨大化し、手の甲からは巨眼も出現する。もはや人間の腕には程遠い物である。そんな事は零治本人もよく分かっている。この腕のおかげで彼はもう普通の生活をおくる事は不可能だ。力を得る代わりに払った代償は確かに大きいが、零治は後悔はしていない。彼はあの時、死ぬわけにも戦場から退くわけにもいかない理由があったからだ。



「星。お前の言う通りこれは本当の意味で腕を治せたとは言えないさ。だが、それでもオレはあの時、死ぬわけにはいかなかったんだ。オレがこの手で倒さねばならない宿敵が居る以上はな……」


「黒狼、ですか……」


「そうだ。オレは奴を倒すためなら何だってやってやる。この魔導書の力で、世の理に反する事も辞さないくらいにな……」


「それが……貴方が死なない理由。私達の疑問の答えだというのですか」


「そういう事だ」



星達が抱いている疑問に答えた零治は吸い終えたタバコの吸殻を左手で握り潰し、拘束を解かれた事で溢れ出てくるBDの無尽蔵の魔力の力を利用して掌に存在する吸殻を消滅させた。次に足元に解け落ちた拘束具のベルトに意識を傾けるとベルトは独りでに宙に浮かび上がり、零治の左腕に次々と巻き付いてバックルにもちゃんと通され元通りになり、最後に城壁の廊下に無造作に落としたガントレットに零治が右手をかざすと、ガントレットの周囲にぼんやりと深紅のオーラが揺らめきながら浮かび上がって宙に浮き、おもむろにそれを右手で取るとゆっくりと左腕に通して、通し口の周りに取り付けられている留め具でしっかりと固定する。左手を何度か握ったり開いたりする動作をしてちゃんと固定されている事を確認し、零治の左腕は拘束具が解かれる前の状態に完全に戻った。



「話は終わりだ。オレはそろそろ部屋に戻らせてもらうぜ」



踵を返し、その場を後にしようとする零治の後ろ姿を星達は黙って見ている事しか出来ない。定軍山で彼の身に起きた壮絶な出来事。そして異質な物に変異した左腕。あんな姿を見せられてはどう声をかけていいか分からないのだ。そんな彼女達の心境をよそに下へ降りるための階段へ足をかけようとしたその時、不意に零治は足を止めてクルリと星達の方へ振り返り、おもむろに口を開いた。



「そうそう。酒盛りをするのはお前らの勝手だが程々にしとけよ? 二日酔いにでもなったら、明日が大変だぜ」


「明日? そういえば零治殿、明日は我らを玉座の間に集めて何をしようというのですか?」


「それは明日になってからのお楽しみだ。まっ、せいぜい呑み過ぎないようにしてさっさと寝る事だ。じゃあな」



零治は意味深な言葉を残してヒラヒラと右手を振りながら城壁の階段を一歩ずつ降りて中庭へと進み、そのまま自分に割り当てられている一刀の部屋へと戻っていった。その場に取り残された星、翠蓮、翠、蒲公英の四人は互いに顔を見合わせ、次に手に持っている盃の中で揺らめいている酒を見た。零治の口調はいつも通りだったが、大陸どころか世界その物が消滅の危機に瀕しているこの状況で彼が冗談など言うはずがない。何より零治の口から自身に起きた壮絶な話を聞かされ呑む気も失せてしまったのだ。星達は最後の一杯を煽って叡智の城が浮かぶ風情も無い空の下での酒盛りをお開きにする事にした。



「ふぅ……あの零治殿が今の状況で冗談など言うはずがありませんからな。ここは彼の言う通り、我らも休む事にしましょうか」


「あぁ、そうだね。……しかし、明日は零治が何をしてくれるのか、あたしはそれが楽しみでしょうがないよ」


「母様はまたそんな事を言って。それにしてもあんな物を見せられるとはな。あたし、音無の話を聞いたこと後悔してるぜ……」


「たんぽぽも同感だよ……」


「今更そんな事を言っても仕方あるまい。さて、我らも部屋に戻るとしようか」



明日は朝から零治の口からどんな難問が突きつけられるのか分かったものじゃない。それに黒狼からもタイムリミットの上限が明日から三日間と定められている。こちらに与えられた時間は決して長くはない。その上で零治は華琳を始めとした三国の英雄達を黒狼達との血戦の舞台である叡智の城への同行を認めるかの決めるのだ。その決める方法がどういうものなのか予想も出来ないのならば、それに備えて身体を休めるのが最善である。星達は明日零治に何をさせられるのか気にはなるが、その事はひとまず置いておき、少しでも身体に蓄積した疲労を回復させるために自室へと戻るのだった。


………


……



「う、う~ん……ふわぁ~」



一夜が明け、外から聞こえてくる鳥のさえずり声のおかげで部屋の主である一刀が眼を覚まし、気怠そうにベッドからムクリと起き上がって大きく伸びをし、だらしない欠伸をした。右手で眼をこすって窓に視線を向けるがいつもなら差し込んでくるはずの陽の光は無く、部屋の中も天候が悪い日のように薄暗かったが、鳥のさえずり声が聞こえるのだから今が夜でないのは間違いなかった。次に一刀は部屋の床の方に視線を向けると、零治が寝るのに使用したと思われる敷布団と掛け布団が綺麗に畳まれた状態で残されていた。



「零治?」



一刀は部屋を何度かキョロキョロと見回すが零治の姿はどこにも無い。布団も綺麗に畳まれているので先に起きているのは間違いないだろうし、部屋に居ないという事は既に玉座の間に向かったのだろうと一刀は思った。



「居ないって事はもう玉座の間に向かったのか? 早起きだなぁ。……って、俺も起きないと」



零治がこの場に居ないのならば自分もいつまでも寝ている訳にはいかない。何よりこの大陸どころか全宇宙が消滅の危機を迎えている今、それを引き起こそうとしている黒狼をどうやって止めるかという重要な会議が玉座の間で行われるのだ。寝坊して遅刻したなんて事をやらかしたら周りからどれほどの顰蹙を買うか分かったものじゃない。一刀はベットから降りてすぐ傍に設置してあるポールハンガーに引っ掛けてある学生服の上着を着るためにパッと引っ張ると、上着の内ポケットから長方形をした白い紙の包が床の上にパサッと落ちた。



「ん? 何だこれ?」



気になって一刀が拾い上げ長方形の紙の表側には日本語で『一刀へ』と、しかもこの世界のように筆と墨を使ってではなく、どう見てもボールペンで書き記されていたのだ。恐らく手紙なのだろうが、拾い上げた包紙自体は丁寧に折り畳まれているが感触に少々厚みが感じられ、包の中には複数枚の紙がはいっているのだと手に取った段階で分かった。



「これ……手紙だよな? しかも日本語で俺宛の名前がボールペンで書かれてるし。零治が書き残したのか? でも何でわざわざ……とにかく見てみよう」



同じ部屋に居るのになぜわざわざ手紙を残したのか理由は気になるが、内容を読んでみない事には何も始まらない。一刀は包の封を開いて収まっている手紙を引っ張り出してみると、中には三枚の手紙が内側に折り畳まれた状態で出てきて、上の角に一、二、三と番号が振られていたので一番の紙から開いて手に取り、一刀はササッと眼を通してみた。所が途端に一刀は怪訝な表情で手にしている手紙を見つめていた。手紙ならばある程度の文章が書き連なられているはずなのに、一枚目の紙には数行程度の文章しか書かれておらず、内容も殆ど指示書になっていたからだ。



「何なんだこれ? 『一番の手紙を読んだら二番と三番の手紙を持って玉座の間に行け。そこで三国の首脳陣全員が集まっているのを確認したら二番の手紙を読め』って……まるで指示書じゃないか。う~ん……とにかく今は玉座の間に向かうか」



何の意図があって零治はこんなややこしい手紙を残していったのかは気になるが、重要な会議がある手前もたついているわけにもいかない。一刀は制服の上着に袖を通すと零治が残した手紙を内ポケットに仕舞って足早に玉座の間へと向かっていった。


………


……



「ごめんっ! 遅くなった!」


「あっ、ご主人様。おはよ~。大丈夫だよ。私達もついさっき来た所だから」



玉座の間の扉を開けて中に入ると桃香がほんわかとした様子で一刀を出迎えてくれた。滅びの危機を迎えている今の状況をどうやって打開するかの重要な会議を始める前だと言うのに、今の桃香にはその緊張感が欠片も無い。だが、これが彼女の良さでもあり桃香のこういった部分にこれまで何度も助けられてきたので、一刀もいつも通りの姿を見れて少し安心しながら玉座の間を軽く見渡してみると、見覚えのある人物がそこに居たのだ。



「…………ご主人様」


「えっ!? 恋! それに月と詠にねねまで! どうしてここに居るんだ?」



魏との決戦が始まる直前に成都城から脱出させた呂布、董卓、賈駆、陳宮の四人がなぜか玉座の間に居たのだ。彼女達に城へ戻るように連絡した覚えなど無い。となると呂布達が自分の意志で成都城まで戻って来たという事になるのだが、とにかく事情を確かめる必要があるだろう。



「恋、どうしてここに居るんだ?」


「…………戻ってきた」


「いや、それは分かってるよ。俺が訊きたいのは、戻ってきた理由だよ」


「…………?」



一刀の質問の意味が理解できてるのか出来ていないのか呂布は不思議そうに首を傾げるだけだ。もともと口数が極端に少ない上に喋っても必要最低限の言葉しか発しないため、呂布との意思疎通はとても難易度が高いのである。一刀も呂布と何度もコミュニケーションを取っていく内にある程度の会話は成立するようになってきたのだが今回はなぜか上手くいかない。その様子を見ていた董卓がおずおずと手を上げて遠慮がちにフォローを入れてくれた。



「あの、恋ちゃん、ご主人様達が心配になってお城に戻ってきたんです」


「へっ? そうなんだ。でも何で突然そんな事に?」


「突然空に出現したあの大きな城のせいよ。あれが現れた途端、あんたの事が心配だから戻るって。こっちが何を言っても聞かなかったんだからね」


「恋殿の優しさに感謝するのです。本来ならばお前のようなちんくしゃに恋殿がお力添えなどしないのですからな」


「ははは。みんなありがとな。危険なのにわざわざ戻ってきてくれて」



魏との決戦前に董卓、賈駆、陳宮に護衛として呂布もつけて彼女達を成都城から脱出させた事は大きな痛手となったが、またこうして戻ってきてくれてとても嬉しく思えた。どうせならば平和な時に再会できるのが一番の理想だが、実際にはそう都合良くいかないのが現実だ。今後どうなるかも零治が黒狼達との闘いに同行を認めてくれるか次第なのだが、それでも今の状況で武人として頼もしい存在が戻ってきてくれたのはやはりありがたい。



「所でご主人様。零治さんは一緒じゃないの?」


「いや、それが俺が起きた時にはもう部屋には居なかったんだ。てっきり先に玉座の間に来てると思ったんだけど……違うみたいだな」



一刀は玉座の間をグルっと見回してみるが、その場には魏、蜀、呉と三国の首脳陣は全員揃っているが、零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠、樺憐の六人の姿は見当たらない。今日この場に集まるように言ったのも、そして今日の会議の鍵を握っているのも零治だというのに当人は居ないときている。そして亜弥は恭佳と、奈々瑠と臥々瑠は樺憐と母娘三人で部屋を使用しており、三国の首脳陣の誰かと一緒に居たわけではないので誰も姿を見ていないのだ。もちろん寝坊の可能性も考えられなくはないが、あの亜弥達がこの状況で寝坊するなどあり得ない。特に華琳達はそれをよく知っている。そして零治がこれまで散々繰り返してきた勝手な行動から、魏の首脳陣達には一つの考えが浮上し、春蘭がそれを口にした。



「華琳様。もしや音無の奴、我らに黙って黒狼達の所へ向かったのでは……っ!?」


「確かに考えられなくはないけれど、まだそうと決まったわけではないわ。まずは城内をくまなく捜すべきでしょうね」


「あっ、待ってくれっ! 実は起きた時に俺の服にこれがあったんだ」


「ご主人様、それ何?」


「零治が書き残した手紙だ。全部で三枚あって、一枚目の手紙の内容が、三国の首脳陣……つまり桃香達が全員玉座の間に揃っていたら二枚目の手紙をここで読めって内容だったんだけど」


「……曹操さん」


「ええ。……北郷、その手紙、読み上げてみなさい」


「ああ」



一枚目の手紙には三国の首脳陣という文言が書き記されていた。零治達も天の御遣いという肩書こそあるが魏の一員として解釈できる存在だ。そういう意味では彼らも三国の首脳陣の一人として見ていいのだろうが、手紙を書いた本人が同じ空間にいる場でその手紙を第三者である一刀に読み上げさせるのはあまりにも不自然である。となると、この場合は零治達は頭数に入れなくていいと考えるべきだろう。そう判断した華琳は一刀に手紙を読むように促し、彼はその場で零治が書き残した二枚目の手紙を開いてササッと眼を通してみたが、その表情は一枚目の手紙を読んだ時と同じように怪訝な物に変わった。



「何だよこれ? ますます訳が分からなくなってきたぞ……」


「ご主人様。零治さんの手紙、なんて書いてあったの?」


「いやそれが……『玉座の間に魏、蜀、呉と三国の首脳陣が全員揃っているのを確認してこの手紙を読んだのならば、三番の手紙を持って全員で成都城の中庭まで来い。そして三番目の手紙はそこで読み上げろ』って書いてあるんだけど……」


「えっ? 中庭? ……私達のお城の中庭に何があるんだろ?」


「ここで考えても仕方ないわ。私は行くわよ。劉備、孫策。貴方達はどうするの?」


「ふふっ。当然私も行くわよ。そちらの御遣い君が今度はどんな事をしでかしてくれるのか、気にならないわけないじゃないの」


「私も行きます。零治さんは今の私達にとって唯一の希望なんです。私はあの人の事を信じます」


「全く。零治は他国の人間にもモテモテね。……さて、時間が惜しいから行くとしましょうか。北郷、貴方が先頭を歩きなさい」


「ん? ああ。分かった」



零治が書き残した手紙を片手に一刀は回れ右をして成都城の中庭を目指して歩きだし、三国の首脳陣達もその後に続いた。零治がどういう意図でこんな回りくどい手紙を残して姿を消したのか、そして今度はどんな思いもよらない奇策を提示してくるのか。華琳はそんな事に胸を馳せながら一刀の後に続いて中庭を目指していった。


………


……



「何だ……これは……?」



中庭に辿り着いて目の前の光景に信じらない様子で一刀は口を開き、手にしている零治が残した手紙を落としそうになっていた。一刀同様に、華琳、桃香、孫策を始めとした三国の首脳陣達も目の前の光景に言葉を失い開いた口が塞がらない状態だった。中庭に辿り着いてみると庭のど真ん中に、一刀達から見て左から順に緑、青、赤と無機質な金属製の扉が各色のオーラをぼんやりと放ちながら存在していたのだ。各々は恐る恐るの足取りで扉に近寄り、反対側を覗き込んでみるがそこには扉の反対面が見えるだけ。扉の先がどうなっているのかは全く分からなかった。



「これ、零治さんの仕業なのかな……?」


「それ以外に考えられないわね。北郷、零治が残した三枚目の手紙には何が書いてあるの」


「あ、ああ。じゃあ読み上げるぞ。なになに……『一刀へ。お前がこの三番目の手紙を読んでいるという事は、お前が三国の首脳陣達と一緒に中庭に来たという事なのだろう』」



一刀が読み上げている零治が書き残した三枚目の手紙の全容はこうだった。今日ここでお前達を黒狼達との血戦の舞台、叡智の城へ連れて行くか否かを決めるための試験を執り行う。お前達が見ている三つの扉はその試験会場へ続いている入り口だ。魏の陣営は青の扉、呉の陣営は赤の扉、そして一刀、お前達蜀の陣営は緑の扉を開けてその先へ進め。オレ達はその扉の先で待っている。試験内容の詳しい説明もそこで行う。なお、ここで扉の先へ進む事を拒否したり放棄した者はその時点で失格とみなし、同行を認めないものとする。そう書き記されていたのだ。



「……以上だ」


「ふふっ。この私を試そうだなんて面白いじゃないの。受けて立つわよ、零治」



普通ならばあるはずのない場所のど真ん中に存在している得体の知れない扉、こんな物に自分から進んで近付こうとはしないだろう。だが華琳は不敵な笑みを浮かべて迷わず足を進め、指定された青い扉のドアノブに手をかけたのだ。



「華琳様」


「行くのですね。音無が用意した試験会場へ」


「当然よ。それに言ったはずよ。私は零治の闘いの決着を見届けると。そのためならば、どんな無理難題の試験も突破してみせる。我ら曹魏の覚悟、零治達に見せてやるわよ」


「はっ! 大陸の未来のために魏武の大剣の底力、今一度音無に思い知らせてやりましょうぞ!」


「頼もしいわね、春蘭。……それじゃあ二人共、お先に行かせてもらうわよ?」



華琳を始めとした魏の首脳陣達に迷いは無く、扉を開けると眩い光が彼女達を出迎えて華琳がその先に足を踏み入れると春蘭達もその後に続き、魏の陣営全員が扉の先に踏み入れると扉は独りでに閉じてその場には蜀と呉の陣営だけが取り残された。その様子に火が点いたのか、次に扉に意気揚々と足を進めてドアノブに手をかけたのは孫策だった。



「やれやれ。曹操に先を越されちゃったか。こうしちゃいられないわね」


「おい雪蓮っ! またお前は勝手にっ!」


「どうしたのよ、冥琳。そんなに怒鳴ったりして。まさか怖気づいたの?」


「そういう問題ではない! 雪蓮、分かっているのかっ!? これはあの音無が用意した物なのだぞ! 一体何が待ち受けているか……っ!」


「分かっているわよ、それぐらい。でも今の彼は敵じゃないわ。それは冥琳も分かってるでしょう?」


「それはそうだが……」


「ならいいじゃない。それに彼の言う通りにしないと、ここで留守番を言い渡されちゃうのよ。大陸が新たな危機を迎えている今、私は黙って見ているつもりなんて無いんだからね」


「……そうだな。これは私達の問題でもあるんだ。何もしないという訳にはいかないな」


「そういう事。曹操と被っちゃうけど、私達孫呉の覚悟を彼らに見せてあげようじゃないの。……それじゃあ桃香、私達も行くわ。貴方達も試験頑張るのよ?」



自分達に割り当てられた赤の扉を開け、ヒラヒラと左手を振りながらいつもと変わらない様子で孫策は中へと足を踏み入れ、妹の孫権、孫尚香も緊張した面持ちでその後に続き、残りの首脳陣達も扉の先へと足を踏み入れて扉は独りでに閉じた。これで残るは一刀達蜀の陣営だけだが、まだ決心がつかない一刀は足を動かす事が出来ず、ただ黙って緑の扉を見つめているだけだった。その時である。桃香が一刀の左手に両手を伸ばして優しく握りしめて彼を見つめた。



「桃香? どうしたんだ?」


「ご主人様。私は行くよ。昨日零治さんに連れて行ってもらうように頼んだんだもん。ここで逃げ出すような事はしたくない」


「桃香……」


「主よ。桃香様の仰る通りです。黒狼達との闘いは零治殿達個人の問題ですが、我らも無関係ではないのですよ。大陸の未来がかかっているのならば尚更です」


「星」


「それに私個人としても、あの方がどのような内容の試験を用意してくれるのか非常に興味がありますのでな」


「星。お前という奴はこんな時に不謹慎だぞ」



星の不順とも取れる動機に咎める口調で口を挟んできたのは関羽だった。今でこそ大陸の未来を巡る三国同士の戦いは終結したので零治がもう敵でないという事は関羽も認識しているのだが、流石の彼女もこんな非現実的な光景を見せられては警戒をせざるを得ない。だが、ここで扉の先へ進む事を放棄すれば失格を言い渡される。それは即ち、黒狼達との血戦への同行を認められないという事。敬愛している主君、桃香の心を深く傷つけた黒狼に一矢報いる事が出来ぬのは関羽としてもとても悔しい事になるが、彼女もまだ踏ん切りがつかないため足が動いてくれないのだ。



「何だ愛紗よ。お主は気にならんのか? 魏に降り立ったあの天の御遣い達が直々に、我らに特訓をしてくださるのだぞ」


「それは分かっている。だが、私は……」


「ふむ。そうか。ならばお主はここで失格とみなされ、留守番を言い渡される事を望むというのだな?」


「何を言う! 我らを裏切った罪、その報いをこの手で黒狼達に受けさせねば私の怒りは収まらんのだぞっ!」


「ふっ。それで良いではないか。我らの刃があの黒狼に届く可能性など皆無だろう。だがそれでも私は、何も出来ぬままここに残る事を言い渡されるくらいならば、零治殿が提示する無理難題の試験に挑み、己の力を最後まで試す事を望む」



どんな時も飄々とした姿勢を崩さない星だが、今回の彼女は違う。その表情は真剣そのものだ。何しろあの零治達から、まだどのような形式なのかは不明だが試験が課されるのだ。黒狼達との闘いへの同行を認めるか否かを決める試験となれば、武人としての力量を試されるのは間違いないだろう。だが、星としてもそれは望む所。いや、星だけじゃない。関羽を始めとした蜀の武人達全員が表情を引き締めて緑の扉を見つめている。零治が用意した試験がどういうものなのかという不安は確かにあるが、それ以上にこの大陸の未来を護りたい。その強い想いが勝っていたので引き返そうとする者は誰一人居なかった。桃香と一刀にとってこれほど頼もしい光景はない。



「…………ご主人様、恋も一緒に行く」


「えっ!? 恋、気持ちは嬉しいけどこの闘いは……」


「大丈夫。恋は絶対に死なない。ご主人様は恋が護る」


「恋……。分かったよ。それじゃあもう一度、力を貸してくれ」


「…………」



無言で頷いただけだが、今の呂布の瞳には力強さが宿っている。これはやる気がある証拠なのだと付き合いの長い一刀にはすぐ分かった。今度の戦いは絶対に負けられない。負ければ文字通り全てが消え去り、この世界は宇宙もろとも終焉を迎えてしまうのだ。それは何が何でも阻止しなければならない。一刀もこの世界の人間ではないが、零治達と同様に既に長い時間を過ごしている。蜀の仲間達と共に。この世界で得た数々の思い出、そして生きてきた証。それを何としても護りたい。一刀も改めて気合を入れ直して表情を引き締め、緑の扉を睨みつけて前と踏み出した。



「桃香、行こう。この世界を護るためにっ!」


「うんっ!」



ドアノブに手をかけて扉を開けると、眩い光が出迎えて一刀は眼を細めながらも桃香と一緒に光の先へと足を進めていき、関羽を始めとした蜀の首脳陣達も後に続いていく。全員が扉の先へ入り切ると扉は独りでに閉まり、成都城の中庭には零治が用意した三色の扉だけが存在している。この扉の先でどのような試験が待ち受けているのかはまだ誰にも分からない。しかし一つだけ分かっている事もある。今日この日は三国の英傑達にとって、とても長い長い一日になるという事である。

零治「終盤オリジナルストーリー一発目からとんでもない事をしてくれるじゃねぇか」


作者「何がだよ?」


亜弥「何がじゃありませんよ。世界の消滅を宇宙規模でやるなんて何考えてるんですか」


恭佳「全くだ。無印版で左慈と于吉もここまでやらなかったよ」


作者「そう言われてもさ。やるからには無印版よりも規模をデカくしないと面白くないし、叡智の城を出した意味もないじゃん」


奈々瑠「言ってる事は分かりますけど、ここまでやりますか?」


臥々瑠「今回もホントに大きな風呂敷を広げちゃったねぇ」


作者「ちゃんと畳みきるから心配無用だ」


樺憐「言うのは簡単ですが、実行するのは難しい事ですわよ。くれぐれも投げ出さぬように」


作者「分かってらい。やっとここまで来れたんだ。ちゃんと完走してやるさ」


零治「じゃあ年内に完走できるか賭けてみるか?」


作者「いきなりハードル上げるのは勘弁してください……」

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