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クーデレ王女とキツネ令嬢  作者: 芦名 雅
第八章 尻尾は嘘をつけない

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第13話 共犯者らしくなってきましたね


「共犯者らしくなってきましたね」


 馬車へ乗りながらフィーネが言った。


「嫌か?」


「いいえ」


 答えが早かった。本人も気づいたらしい。耳が一度跳ねる。


「......今のは忘れてください」


「無理だ」


「そればかりですね」


「覚える価値のあることが多い」


「あなたは時々、本当に性格が悪い」


「知っている」


 馬車が動き出す。ベルネスの石壁が遠ざかった。街道はしばらく平地を走り、その後、低い丘陵へ入る。秋の終わり。草は薄い金色に変わり、遠くの山にはもう雪が見える。王都へ向かう大街道と違い、旧街道は人が少ない。フィーネの顔色も少しずつ戻った。ただし、耳と尾は隠せない。馬車の窓を閉じている間だけ、外套を外している。


 そのため。ユーフェミアの視界の端では、ずっと銀白の尾が動いていた。一定ではない。地図を読んでいる時は止まる。セリアに薬を飲まされる時は不満そうに揺れる。ナディアが第五環の改善値を読み上げると少し立つ。ユーフェミアが見ると止まる。非常に分かりやすい。


「殿下」


「何だ」


「監視をやめてください」


「地脈調査の一環だ」


「私の尻尾と地脈に何の関係が」


「反応が正直だ」


「ありません」


 尾が床を叩いた。


「今のは?」


「馬車が揺れただけです」


「そうか」


「納得していない顔ですね」


「いつもと同じだ」


「それも返してください」


 前の席で、ナディアが額を押さえた。セリアが小声で言う。


「大変ですね」


「そちらほどでは」


「聞こえています」


 フィーネが言う。


「聞こえるように言いました」


 セリアは平然としていた。ユーフェミアは少しだけ口元を緩めた。こういう時間は悪くない。そう思った。すぐに打ち消す。仕事中だ。数刻後。馬車は小さな村で止まった。馬を休ませるためだ。街道沿いに十数軒の家。古い共同井戸。その横に、小さな結界柱が立っている。柱の根元には、新しい魔晶石が嵌め込まれていた。


 ユーフェミアは見覚えのある刻印に気づく。王都郊外の祠で見たものとは違う。もっと新しい。王都の一般工房が使う規格印。だが、支払い証明の金属札に刻まれた商会紋が、昨日ベルネスで聞いた名前と同じだった。フィーネが匿名で地方の結界修理費を出していた商会だ。ユーフェミアが柱を見る。フィーネが見る。


 目が合った。


「偶然です」


「まだ何も言っていない」


「顔に書いてあります」


「この村も?」


「知りません」


「商会紋が同じだ」


「商会は多くの依頼を受けます」


「修理日は三か月前」


「よく見ていますね」


「仕事だからな」


「便利な言葉です」


 村の老人が近くを通った。ユーフェミアが軽く声をかける。


「この結界柱は最近直したのか」


「ああ。夏前までは毎晩消えかけててねえ」


「誰が費用を?」


「さあ。役所じゃないらしいよ。どこかのお金持ちが、名を出すなって」


 フィーネが咳払いした。


「殿下。馬が休めたようです」


「まだ五分だ」


「十分です」


「馬に聞いたのか」


「顔で分かります」


「便利だな」


「行きますよ」


 フィーネが馬車へ戻る。銀白の尾が外套の中へ隠れた。老人が首を傾げる。


「あの綺麗なお嬢さん、どこかで見たことがあるような」


「気のせいだ」


 ユーフェミアは答えた。そして馬車へ戻る。中へ入った瞬間。


「余計なことを」


 フィーネが言った。


「何が」


「村の方へ聞いたでしょう」


「確認しただけだ」


「匿名の意味がありません」


「私は誰にもお前の名前を言っていない」


「そういう問題では」


「では、なぜ払った」


「後で穀物価格が上がると困るだけです」


「この村は穀倉地帯ではない」


「街道が止まれば流通費が上がります」


「この旧街道の交通量は少ない」


「少なくてもゼロではありません」


「なるほど」


「何です、その顔は」


「お前は随分、国中の穀物価格を心配しているらしい」


「伯爵家の人間ですので」


「そうか」


「そうです」


 尾が、少しだけ。左右へ揺れた。ユーフェミアは窓の外を見る。笑いそうになったからだ。フィーネの言葉は、いくらでも取り繕える。合理性。利益。価格。損失。だが、尾は嘘をつけないらしい。その夜、一行は街道沿いの小さな宿へ入った。四人で一つの大部屋を取る。フィーネの正体を隠すためだ。宿主には、外国王女の警護上の都合と説明した。


 間違いではない。夕食後。ナディアとセリアは机の反対側で翌日の道程を確認していた。ユーフェミアは窓辺で本国への報告書を書く。第五環修復後。フェンリシア東部の地脈値は平均で僅かに改善。まだ誤差範囲に近い。だが、複数地点で同方向の変化が出た。一時的な変動か。修復の効果か。判断には継続測定が必要。


 断定しない。期待も書かない。事実だけを書く。


「殿下」


 フィーネが隣へ来た。


「何だ」


「その文面なら問題ありません」


「読んでいたのか」


「見えました」


「信用されていないな」


「外交文書ですから」


「そうか」


「それと」


 フィーネは少し迷ってから。


「ありがとうございます」


「何が」


「村で」


「村?」


「私の名前を出さなかったことです」


「出す理由がない」


「そうですね」


 フィーネはそれだけ言って離れた。だが、尾先が、ユーフェミアの椅子のすぐ横を通った時。少しだけこちらへ寄った。触れない。あと指二本ほど。その位置で止まる。ユーフェミアは手を動かさなかった。フェンリシアでは、他人の尾へ勝手に触れるのは失礼どころではない。家族。伴侶。あるいは、本人が特別に許した相手。


 それだけの距離だ。フィーネ自身がどこまで知っているかは分からない。母親が妖狐族なら、教わっている可能性は高い。だから、触れない。こちらからは、その代わり。


「フィーネ」


「何です」


「尾が出ている」


「知っています」


「私の椅子の横だ」


 尾が止まる。完全に、フィーネがゆっくり振り向いた。無表情。耳は真横。


「......偶然です」


「そうか」


「そうです」


「なら動かさなくていい」


「なぜです」


「邪魔ではない」


 耳が、ぴくりと動く。尾は、しばらくそのままだった。ユーフェミアは報告書へ視線を戻した。自分の心臓が少し速い理由は、長旅の疲れということにした。翌朝、セリアが荷物を整理している時だった。


「あら」


 小さな声。


「どうした」


 ユーフェミアが見る。


「いえ。お嬢様の荷物が少し崩れて」


 革鞄の中から、布包みが落ちていた。古い。色は淡い灰青。端に細かな刺繍がある。枝のような曲線。その周りを巡る七枚の細長い葉。中央には、小さな白い獣を思わせる意匠。ユーフェミアの目が止まった。


「待て」


 セリアが手を止める。


「それを見せてくれ」


「殿下」


 後ろからフィーネの声。ユーフェミアは振り向く。フィーネが立っていた。髪をまとめる途中らしく、銀白の髪が肩へ落ちている。耳も出たまま。


「母のものです」


「触らない」


 ユーフェミアはすぐ言った。


「ただ、刺繍を見たい」


 フィーネが少しだけ迷う。


「......どうぞ」


 セリアが机へ布を広げた。ユーフェミアは手を触れずに覗き込む。やはり、見覚えがある。幼い頃。王族教育で見た。フェンリシア建国以前の氏族紋章集。王家ではなく。もっと古い。地脈と森を守っていた一族。


「ヴァルネ」


 フィーネの耳が動いた。


「何です?」


「旧守人家だ」


「守人家?」


「フェンリシアの古い家系。今は本家が絶えている」


 ユーフェミアは刺繍を見る。


「この七枚の葉と、枝の組み方が似ている」


「同じですか」


「断定はできない。細部が違う」


 フィーネが布へ視線を落とす。


「母は、フェンリシア出身でした」


「知っている」


「ですが、家名についてはほとんど話しませんでした」


「ミレイア・ラグランジュになる前の名は?」


「......ミレイア・ヴァルネ」


 室内が静かになった。ユーフェミアはフィーネを見る。フィーネも、同時に、


「白楡館」


 二人の声が重なった。ナディアが眉を上げる。


「珍しいですね」


「何がだ」


「息が合ってきました」


「違います」


 フィーネが即答する。尾が左右に揺れた。ユーフェミアは見ないふりをした。それから四日後の昼過ぎ。一行は旧街道から南西へ折れた。丘陵を越える。葡萄畑が増えていく。ラグランジュ領だ。フィーネの故郷。だが本人は、窓の外をあまり見なかった。代わりに、母の刺繍布を膝の上へ置いている。


「今まで気づかなかったのか」


 ユーフェミアが聞く。


「七という数が重要なのは分かっていました」


「なら」


「私には、ただの母の刺繍でした」


 フィーネは布を見る。


「幼い頃から何度も見ています。だからこそ、疑わなかった」


「近すぎるものは見えにくい」


「殿下にもあるのですか」


「ある」


「例えば?」


 ユーフェミアは考える。


「ナディアが私の命令を聞かないこと」


「それは毎日見えているでしょう」


「確かに」


 前席から声が飛ぶ。


「聞こえています」


「聞こえるように言った」


「それ、便利ですね」


 セリアが笑う。


「真似しないでください」


 フィーネが言った。尾が少しだけ揺れた。夕暮れ前。白い幹の楡が並ぶ細い道の先に、屋敷が見えた。白楡館。二階建ての石造り。華美ではない。窓枠は深い緑。長く使われていないのか、庭の低木は少し伸びている。それでも荒れてはいない。定期的に管理されているらしい。門前で待っていた年配の管理人が、フィーネを見るなり深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 フィーネの足が止まる。


「......久しぶりですね、オルド」


「五年ぶりでございます」


「そんなになりますか」


「はい」


 管理人はフィーネのフードを見た。だが何も聞かない。古参使用人なのだろう。


「お部屋はすぐ使えます」


「急で申し訳ありません」


「旦那様から、生前に言いつけられております。お嬢様がいつ来ても困らぬように、と」


 フィーネが何も言わなくなる。耳が、ゆっくり伏せた。ユーフェミアは視線を外した。今は見ない方がいい。館へ入る。古い木の匂い。乾いた紙。磨かれた床。壁には、若い頃のアンリとミレイアの肖像があった。フィーネは見ない。真っ直ぐ廊下の奥へ進む。


「研究室は?」


「当時のままです」


 管理人が答える。


「書庫も?」


「鍵をかけたままにしております」


「鍵は」


「こちらに」


 古い真鍮の鍵が差し出された。フィーネが受け取る。指先が僅かに震えた。ユーフェミアは何も言わない。研究室は二階の奥にあった。扉を開ける。埃の匂い。乾燥させた薬草。古い魔晶石。机。棚。壁一面の本。そして、部屋のさらに奥。もう一つ、細い扉がある。


「鍵付き書庫です」


 セリアが言う。


「奥様が、ご自分で管理されていました」


 フィーネが真鍮の鍵を差し込む。一度。回らない。


「錆びていますね」


「貸せ」


「結構です」


「壊すなよ」


「壊しません」


 二度目。固い音。三度目。かちり。鍵が回った。扉が開く。中は狭い。書棚が三つ。箱が二つ。机が一つ。フィーネが魔法灯を灯した。淡い光が広がる。ユーフェミアは部屋の隅を見る。


「フィーネ」


「何です」


「あれは?」


 机の上。革紐で束ねられた紙の山がある。一番上に、楽譜。古い童謡らしい。五線ではない。レグリアで昔使われた数字譜。だが、音符の横に、見覚えのある記号が並んでいる。円を横切る三本線。波。樹。鉱石。港を示す古い灯台印。そして、七つ。全部で、七つの印。フィーネが息を止めた。


「母の字です」


 紙の余白には、細かな書き込みがあった。同じ数字が繰り返されている。三。五。七。方角を示す古語。そして、一番下。小さな文字。――歌は、帰る道を忘れない。フィーネの銀白の尾が、静かに止まった。ユーフェミアも、もう冗談を言わなかった。第五環。母の刺繍。ヴァルネ。七つの記号。七環返路。また一つ。


 ばらばらだったものが、一本の線へ繋がった。



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