第84章 英国奪還作戦発動(D-Day)
1944年11月。
豊栄大日本帝国が放った深海の暗殺者、第十八号型特型潜水母艦『伊号第四百潜水艦』から射出された村上産業製・四三式特殊水上攻撃機『晴嵐』の精密爆撃によって、アメリカ合衆国の東西を結ぶ心臓部──パナマ運河の巨大な鉄扉が完全に粉砕された。
この未曾有の地政学的切断により、アメリカ合衆国が太平洋で反攻へ転じるために西海岸のドックで建造・集積させていた天文学的な質量の艦隊と物資は、南米の過酷なマゼラン海峡を大きく迂回することを余儀なくされ、その兵力投射は「半年以上」という致命的な遅延を強制されることとなった。
太平洋戦線において、アメリカの巨大な竜は完全に足を止められたのである。
だが、合衆国首脳部はただ絶望の底で沈黙していたわけではなかった。彼らは自らの膨れ上がった怒りと無尽蔵の工業力を、太平洋で足踏みさせられた分まで、すべて大西洋へと注ぎ込むという、冷酷極まる「方向転換」を決断した。
太平洋の化け物を後回しにしてでも、まずはナチス・ドイツを物理的にすり潰し、奪われた旧き王土──大英帝国を武力で奪還する。
ヨーロッパの泥沼を「完全なる質量」で終わらせるための、人類史上最大の上陸作戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
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1944年11月2日 午前8時00分(東部標準時)
米国ワシントンD.C. ホワイトハウス
オーバル・オフィス(大統領執務室)
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パナマ運河崩壊の凶報がもたらされてから一夜明けた、ホワイトハウスのオーバル・オフィス(大統領執務室)。
その室内は、息を吸うことすらためらわれるほどの、濃密で重苦しい怒りと殺意のオーラに完全に支配されていた。
車椅子に深く身を沈めた第32代アメリカ合衆国プレジデント(大統領)、フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、睡眠を全くとっていない血走った双眸で、壁に掲げられた巨大な世界地図を睨みつけている。
その背後には、合衆国陸軍参謀総長のジョージ・C・マーシャル大将、海軍作戦部長のアーネスト・J・キング大将、そして陸軍航空軍司令官のヘンリー・H・“ハップ”・アーノルド大将が、押し黙ったまま直立していた。
「……パナマ・カナル(パナマ運河)の復旧には、最低でも数ヶ月から半年を要する。ジャップの暗殺者どもは、我が国のロジスティクス(兵站線)の最も脆い急所を、一撃で、そして完全に切断してみせた」
ルーズベルト大統領の低く掠れた声が、執務室に響く。
「イースタン・コースト(東海岸)やメキシコ湾沿岸の造船所から吐き出された新鋭のエアクラフト・キャリア(航空母艦)や戦艦群は、太平洋へ出るために南米のマゼラン海峡を迂回せねばならなくなった。つまり、パシフィック(太平洋)における大反攻スケジュールは、完全に頓挫したということだ。……東洋の怪物は、我々のマニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)の首を、地理という物理法則を使って見事に絞め上げてみせたのだ」
マーシャル大将が、苦渋に満ちた表情で一歩前へ出た。
「プレジデント。太平洋への戦力投射が半年遅れるとなれば、その間にジャップは絶対防衛圏にさらに分厚いコンクリートを流し込み、ハワイやミッドウェイを難攻不落の巨大な地下要塞へと作り変えてしまうでしょう。我々が太平洋で主導権を握り直すには、莫大なコスト(血と鉄)が必要になります」
「分かっている。だからこそだ、マーシャル」
ルーズベルトは、へし折れたシガレットホルダーをゴミ箱へ放り投げ、狂気を孕んだ目で地図の「ヨーロッパ」を指差した。
「パシフィックへの増援が地理的に間に合わないのならば、東海岸で造られている天文学的な質量の兵器と、数百万人の若者たちを、太平洋の港で半年間遊ばせておくつもりか? 冗談ではない。我々の工場から湧き出す兵器は、一日たりとも止めることはできないのだ。……太平洋へ回せない分は、すべてアトランティック(大西洋)へ叩きつける」
ルーズベルトの指先が、ナチス・ドイツの軍靴に完全に踏み躙られ、鉤十字の旗が翻っている「イギリス本土」を強く叩いた。
「オペレーション・リターン・キング(英国奪還作戦)。……パナマが塞がれた以上、我々はヨーロッパを『力技』で今すぐ終わらせる。アイゼンハワー将軍に直ちに打電しろ。大西洋に集積された我が合衆国の全質量をもって、アイリッシュ・シー(アイルランド海)からイギリス西海岸への大逆上陸を、今週中に決行するのだ」
キング大将が息を呑んだ。
「プレジデント! いくらなんでも今週中とは早すぎます! イギリスの海岸線は、ナチスのルントシュテット元帥が数年かけてコンクリートと鉄条網で固めた要塞線と化しています! 冬が近づく荒れ狂う大西洋で、十分な調整なしに数千隻の揚陸艦を突っ込ませれば、何万というアメリカン・ボーイズが海で溺れ、あるいは砂浜で血の海に沈むことになります!」
「出血を恐れるな!!」
ルーズベルト大統領が、机を拳で激しく叩いて吠えた。
「我々は東洋のサルどもに運河を壊され、世界中から『アメリカの巨大な工業力は分断され、身動きが取れなくなった』と嘲笑われているのだぞ! ここで我々がヨーロッパを圧倒的なマス(質量)ですり潰し、ヒトラーの首を物理的にへし折ってみせなければ、合衆国の威信は地に墜ちる!」
大統領の眼に宿ったのは、資本主義と大量生産の絶対的な力を信仰する、冷徹なインダストリアル・キャピタリスト(産業資本家)としての狂気であった。
「兵士が数万人死のうが、戦車が数千両燃えようが構わん! 沈んだ分は、明日カイザーの造船所から湧き出してくる船と、デトロイトの戦車で埋め合わせろ! ジャップが我々の喉元を切り裂いたことへの怒りと絶望を、すべてヒトラーの頭上へサチュレーション・アタック(飽和攻撃)として叩き落としてやるのだ。……アイク(アイゼンハワー)に伝えろ。これが命令だ」
ワシントンD.C.の地下深くで、パナマ運河破壊という絶望的な地政学の歪みが、ヨーロッパに全質量を叩きつけるという最も暴力的で狂気じみた「大決断」を引きずり出した。
世界大戦の命運を決する、イギリス奪還のD-Day(決行日)は、目前に迫っていた。
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1944年11月10日 午前4時30分
大西洋 アイルランド海 イギリス本土西海岸沖合
アメリカ合衆国 欧州遠征軍 第8艦隊旗艦
重巡洋艦『オーガスタ(CA-31)』
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冷たい冬の雨が叩きつける漆黒のアイルランド海。
その波荒き海原は、人類の歴史上、かつて誰も見たことのない異様なまでの「規格化された鉄の暴力」によって、地平線の果てまで隙間なく埋め尽くされていた。
欧州遠征軍最高司令官、ドワイト・D・アイゼンハワー大将と、アメリカ合衆国海軍・第8艦隊司令官ヘンリー・K・ヒューイット中将は、旗艦である重巡洋艦『オーガスタ』の艦橋から、暗黒の海にうごめく無数の艦影を見下ろしていた。
「……信じられるか。たった一国の工業力で、これほどの数の船を造り出し、海を文字通り『鉄の平原』に変えてしまったのだぞ」
アイゼンハワー大将は、コーヒーカップを握る手を震わせながら、目の前の光景に思わず感嘆とも戦慄ともつかない吐息を漏らした。
彼らの眼前に広がるのは、合衆国が世界に誇る「マニュファクチャリング・モンスター」の完全なる具現化であった。
カイザー造船所をはじめとする巨大ドック群が、熟練工を一切必要としない電気溶接とブロック工法によって、平均42日という狂気的な速度で粗製濫造した戦時標準船『リバティ船』の群れが、何千隻という単位で連なっている。その船腹には、兵員と弾薬、そして燃料が満載されていた。
そして、その大船団の最前列で白波を蹴立てているのは、このイギリス奪還作戦のためだけに新規開発・大量建造された、巨大な『LST(戦車揚陸艦)』数百隻と『LCI(歩兵揚陸艇)』数千隻の波であった。
総艦艇数、およそ5,000隻。総上陸兵力、実に35万名。
兵士が沖合で小さな舟に乗り換えるという旧来の上陸戦の常識を覆し、LSTの巨大な艦首ドア(バウ・ドア)を開いて、デトロイトの自動車工場で大量生産された『M4A3シャーマン』中戦車を直接砂浜へ吐き出すという、冷酷な「工場の延長線」としての戦略である。
「ヒューイット中将。海岸のドイツ軍の防衛線を、事前の艦砲射撃で完全に更地にしろ。歩兵が上陸する前に、ナチスのコンクリートトーチカをすべて砂に変えるのだ」
アイゼンハワーの冷徹な命令に、ヒューイット中将は力強く頷いた。
「お任せを、スプリーム・コマンダー。大西洋艦隊から合流した旧式戦艦群に、すでに照準を合わせさせています」
「目標、ランカシャー沿岸部およびマージーサイド海岸! 全艦、主砲一斉射撃!」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
艦隊の最前衛に陣取っていた、第一次大戦世代の旧式戦艦『テキサス(BB-35)』『ニューヨーク(BB-34)』『アーカンソー(BB-33)』の14インチ(35.6センチ)および12インチ(30.5センチ)主砲が一斉に火を噴いた。さらに、無数の巡洋艦やフレッチャー級駆逐艦群からも、何万発という大口径榴弾が雨霰と解き放たれる。
暗黒の夜空をオレンジ色の曳光弾と火球が切り裂き、イギリス西海岸の地形そのものを抉り取るような、凄まじい飽和砲撃が開始された。
大地が悲鳴を上げ、かつて大英帝国の誇りであった美しい海岸線は、数十メートルの土砂の塔と爆炎によって完全に覆い隠されていった。
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同日 午前6時00分
イギリス本土 上空 2万5,000フィート(約7,600メートル)
アメリカ陸軍 第8航空軍 および ドイツ空軍 第3航空艦隊
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海上の地獄の業火に呼応するかのように、夜明けの冷たい空気に包まれたイギリス本土の上空でも、人類の航空戦史を塗り替える壮絶な「質量の暴力」と「職人の意地」の激突が幕を開けようとしていた。
「……神よ。空が、アメリカの銀色の翼で完全に埋め尽くされている」
ドイツ空軍戦闘機隊総監、アドルフ・ガーランド少将は、愛機であるメッサーシュミット製『Bf109G』の狭い操縦席から、分厚い防弾ガラス越しに東の空を睨みつけ、絶望的な呻きを漏らした。
彼の視界を覆い尽くしていたのは、雲ではない。
ボーイング社が誇る四発重爆撃機『B-17G フライングフォートレス』の天文学的な大編隊であった。その数は、視界に入るだけでも優に1,000機を超えている。機体各所にハリネズミのように配置されたブローニング12.7ミリ重機関銃が、朝日を反射して不気味に鈍く光っている。
そして、その鈍重な爆撃機の巨大な「箱」を幾重にも取り囲むようにして、無数の銀色の戦闘機が、蜂の群れのように乱舞していた。
ノースアメリカン航空製『P-51D マスタング』。
イギリスのロールス・ロイス社が開発した傑作液冷エンジン「マーリン」を、アメリカのパッカード社が大量生産(ライセンス生産)して強引に積み込み、流体力学を極めた「層流翼」を採用したことで、圧倒的な高高度性能と、爆撃機に随伴してどこまでも飛べる異常な航続距離を両立させた「究極の護衛戦闘機」である。
「怯むな! 爆撃機を我々の陣地へ到達させるな! 全機、突撃!」
ガーランド少将の号令とともに、ドイツ空軍の精鋭パイロットたちが操る『Bf109G』や、フォッケウルフ製『Fw190A』の数百機の編隊が、大馬力エンジンを唸らせてアメリカの大編隊へと襲いかかった。
ドイツのパイロットたちは、長年の実戦で培われた「マイスター(職人)」の技量を持つ一騎当千のエースたちである。彼らはP-51Dの分厚い弾幕を鮮やかなバレルロールや急降下で回避し、機首に搭載された30ミリ機関砲の火線をB-17Gの巨大な主翼へと正確に叩き込んだ。
ズガァァァンッ!!
数機のB-17Gが火だるまとなり、空中分解してイギリスの大地へと墜ちていく。
「やったぞ! アメリカの成金どもを叩き落とした!」
ドイツの若きパイロットが歓喜の声を上げたのも束の間。
「後ろだ! 散開しろ!」
ガーランドが絶叫するが、遅すぎた。
「ジャップの熟練パイロットをすり潰すために編み出した、我が合衆国のシステム戦術を味合わせてやる。……サッチ・ウィーブ(交差戦法)展開!」
アメリカ陸軍・第8航空軍の戦闘機隊長が、防喉マイク越しに冷徹に命じる。
P-51Dマスタングのパイロットたちは、個人の技量でドッグファイトを挑むような愚は犯さない。彼らは教本通りに完全に二機一組の編隊を維持し、ドイツ機に背後を取られれば、僚機が交差するように飛んで敵の側面から猛烈な弾幕を浴びせるシステムを構築していたのだ。
ダダダダダダダッ!!
P-51Dの主翼に搭載された6門の12.7ミリ重機関銃が、猛烈な火線を「面」として空間にばら撒く。パッカードV-1650エンジンの圧倒的な出力によって高高度での機動力を完全に支配しているマスタングは、ドイツの職人技を「数とシステムと大馬力」の暴力によって強引に封じ込めていく。
「くそっ、避けきれん!」
機銃弾を浴びた『Bf109G』の液冷エンジンからクーラント液と黒煙が噴き出し、次々と撃墜されていく。
ドイツのマイスターたちが一機を落とす間に、アメリカの工場から吐き出された大量生産の機体と、促成栽培された若きパイロットたちの波が、五機、十機と群がり、ドイツ空軍を文字通り「物理的にすり潰して」いった。
「……これが、アメリカの工業力の暴力か……」
ガーランド少将は、火だるまになって墜ちていく僚機を見つめ、血の滲むような思いで操縦桿を握りしめた。空の防壁は、完全に引き裂かれようとしていた。
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同日 午前7時30分
イギリス本土西海岸 上陸海岸(マージーサイド海岸・コードネーム:ソード・ビーチ)
ドイツ西方総軍 防衛陣地『要塞イギリス』
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艦砲射撃と航空爆弾の嵐が去り、白々と夜が明け始めたマージーサイド海岸。
そこは、かつて大英帝国が誇った美しいリヴァプール近郊の海辺の面影など微塵もなく、無数の巨大なクレーターと、ひしゃげた鉄骨、そして真っ黒に焦げた土砂が広がる、完全な地獄の風景と化していた。
だが、アメリカ軍が「地形ごと蒸発させた」と信じ込んでいたその焼け野原のさらに奥深く、分厚いコンクリートで作られた強固なトーチカ群の中で、ドイツ国防軍の精鋭たちは不気味なほど冷徹に生き残っていた。
「……アメリカの艦砲射撃は派手だが、大雑把すぎる。我々の『要塞イギリス(フェストゥング・グロースブリタンニエン)』のコンクリートを貫くには、大和の巨砲でも持ってこなければ無理だ」
ドイツ西方総軍司令官、ゲルト・フォン・ルントシュテット元帥の命を受け、この海岸線の防衛を指揮する第21装甲師団のハンス・フォン・ルック少佐は、トーチカの銃眼から双眼鏡を覗き込み、冷ややかに笑った。
彼の視界の先、波打ち際には、アメリカの無数のLST(戦車揚陸艦)と歩兵揚陸艇が浅瀬に乗り上げ、巨大な艦首ドアを開け放とうとしている。
「引き付けろ。奴らが砂浜に完全に上がり、足を取られて密集したその瞬間が、我々のキルゾーン(殺戮地帯)だ。……クルップ社製の8.8センチ砲と、モーゼル社製のMG42(マシーネンゲヴェーア)の真の威力を、アメリカの素人どもに教えてやれ」
ルック少佐の号令を受け、トーチカの暗がりの中で、無数の銃身が静かに海岸へ向けられた。
「LST、全艦前進! ドアを開けろ! 歩兵部隊、砂浜へ散開しろ!」
アメリカ陸軍・第1歩兵師団の分隊長、トーマス・A・カーペンター伍長が、冷たい海水に腰まで浸かりながら、トンプソン短機関銃を頭上に掲げて絶叫した。彼の周囲では、何千人ものアメリカ兵が、嘔吐と恐怖に耐えながらLSTの腹の中から次々と吐き出され、砂浜へと這い上がっていく。
その後ろからは、LSTから直接発進したフォード・モーター製の真新しい『M4A3シャーマン』中戦車が、V8エンジンの重低音を唸らせてキャタピラを砂に噛ませていた。
「海岸にドイツ兵の姿はない! 一気に崖の下まで取り付くぞ!」
カーペンター伍長が声を上げた、まさにその瞬間であった。
「……撃て(フォイア)!!」
ルック少佐の軍刀が振り下ろされた。
ズドガァァァァンッ!! ダダダダダダダダッ!!!
何もないはずのコンクリートの残骸の奥から、突如としてクルップ社製『8.8センチ FlaK36(高射砲)』の水平射撃が火を噴いた。初速800メートル毎秒の徹甲弾が、砂浜を這い上がろうとしていたM4A3シャーマンの前面装甲を豆腐のようにブチ抜き、内部のガソリンと弾薬に引火して巨大な火柱を上げる。
「うおおおおッ!?」
さらに、トーチカの無数の銃眼から、毎分1200発という狂気的な発射速度を誇るモーゼル社製『MG42機関銃』が、「ヒトラーの電動ノコギリ」の異名そのままに、途切れることのない猛烈な弾幕をアメリカ兵の群れへと浴びせかけた。
「敵襲! 正面のコンクリートの奥からだ! 十字砲火だ!」
「伏せろ! 砂から頭を上げるな!」
カーペンター伍長の隣を走っていた新兵の頭部が、MG42の弾丸によってスイカのように弾け飛び、血しぶきが伍長の顔を赤く染めた。身を隠す場所のない広大な砂浜は、アメリカ兵の死体と、燃え盛る戦車の残骸で瞬く間に埋め尽くされていく。
「衛生兵! 助けてくれ!」
「脚が……俺の脚がない!」
波打ち際は、文字通り真っ赤な血の海へと変貌した。ドイツの精巧な兵器と戦術が、アメリカの上陸部隊に凄惨な出血を強要し、彼らを砂浜の十字砲火の前に完全に釘付けにしていた。
「……アメリカの量産兵器など、マイスターの作った我々の防衛線の前では、ただの動く的だ」
ルック少佐は、冷徹に次弾装填を命じた。
しかし、アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」の真の恐ろしさは、ここからであった。
「怯むな! 立ち止まればマトになるだけだ! 戦車の残骸を盾にして前へ進め!」
カーペンター伍長が血を吐くように叫ぶ。
前線の兵士が何千人死のうが、戦車が何十両燃えようが、沖合のLSTからは、後から後から、まるで工場から製品が吐き出されるように、尽きることなく新しい兵士とM4A3シャーマンが砂浜へと送り込まれ続けていたのである。
「バンガロール爆雷を持て! 鉄条網を爆破しろ!」
「火炎放射器隊、前へ! トーチカの銃眼にナパームを流し込め!」
死体の山を踏み越え、アメリカの兵士たちは狂気的な物量の後押しを受けて、じりじりと、しかし確実にドイツ軍の防衛線へと肉薄していく。海からの圧倒的な艦砲射撃の支援が再び降り注ぎ、ルック少佐の指揮するトーチカ群の一つが、ついに直撃弾を受けてコンクリートごと粉砕された。
「……信じられん。これほどの血を流して、なお前進をやめないというのか」
ルック少佐の顔に、初めて焦燥と戦慄の色が浮かんだ。
精緻な戦術と職人技の防衛線が、純粋な「人命と鉄の浪費」というアメリカの暴力的な物量の前に、強引にこじ開けられようとしていたのである。
イギリス西海岸の砂浜は、両軍の血と肉が限界まで削り合う、終わりのない巨大な挽肉機と化していた。
パナマ運河の破壊による絶望をバネに、ルーズベルト大統領がその全質量をヨーロッパへと叩きつけた「英国奪還作戦」。
アメリカの大量生産の怪物と、ナチス・ドイツの狂気が正面から激突する、人類史上最も血塗られたヨーロッパの泥沼の戦いが、今ここに地獄の蓋を開け放ったのであった。




