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第82章 北海の巨獣激突

1944年10月下旬。

北半球の厳しい冬の足音が忍び寄り、鉛色に淀み荒れ狂う大西洋アトランティック・オーシャン。その凍てつくような海原には、人類の海洋史においてかつて誰も見たことのない、異常極まる「規格化された鉄の暴力」が、文字通り地平線の果てまで果てしない帯となって連なっていた。


アメリカ合衆国大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトの狂気的な決断によって発動された、ヨーロッパ本土奪還の巨大なる大反攻、すなわち『リターン・キング作戦オペレーション・リターン・キング』。太平洋における対日戦線パシフィック・フロントへの増援を遅らせ、ハワイの屈辱を一時的に呑み込んでまで「ヨーロッパ第一主義」を完遂せんとするこの途方もない軍事作戦を物理的に下支えし続けるため、アメリカ合衆国の東海岸およびメキシコ湾沿岸に点在するカイザー造船所群は、熟練の職人技を完全に排除したブロック工法と電気溶接のみで、無数の戦時標準船『リバティ・シップ』や戦車揚陸艦(LST)を粗製濫造し、淀みなく海へと吐き出し続けていた。


それらが形成する巨大な鋼鉄のブリッジ・オブ・スチールを深海から食い破るべく、大ドイツ帝国・西方海軍ヴェスト・クリークスマリーネ総司令官カール・デーニッツ元帥が全精力を傾けて放った潜水艦隊ウンターゼーボート群狼部隊ヴォルフスルーデルであったが、彼らは合衆国が誇る圧倒的な対潜掃討システムの前に、為す術もなく海中で圧殺されつつあった。


数千隻のリバティ船の船団を護衛するのは、同じく商船の船体を流用して週に一隻のペースで大量建造された『カサブランカ級』護衛空母エスコート・キャリア群と、数百隻に及ぶ護衛駆逐艦デストロイヤー・エスコートの群れである。彼らが海中に投下する音響探知ブイ(ソノブイ)の聴音網と、最新鋭の電波探知機レーダー、そして敵潜水艦の鋼鉄の船体に触れた瞬間にのみ炸裂する悪魔の対潜迫撃砲『ヘッジホッグ(ハリネズミ)』のシステマチックな連携は、ドイツの職人マイスターが手作りで組み上げた精巧なUボートたちに、個人の技量や経験則を発揮する隙を1秒たりとも与えなかった。


海中の狼たちが次々と冷たい水圧の底ですり潰されていく中、アメリカがイギリス本土の橋頭堡へ向けて叩きつける巨大な血流ロジスティクスを海上で物理的に切断するため、第三帝国ドリッテ・ライヒはついに、大英帝国とフランスの造船インフラを完全に吸収して生み出した「異形の巨大艦隊グローセ・フロッテ」を、北海の荒波へと解き放つ決断を下したのである。


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1944年10月25日 午前5時00分

北海 イギリス・スコットランド北東沖合

大ドイツ帝国・西方海軍ヴェスト・クリークスマリーネ

主力水上打撃艦隊 旗艦 超弩級戦艦『ティルピッツ』 艦橋

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凍てつくような北海の強烈な海風が、分厚い装甲板に覆われた巨大な艦橋を鋭く打ち据え、波頭から巻き上がる冷たい飛沫が防弾ガラスを絶え間なく叩いていた。


「……フンクメスゲレート(電波探知機)に強烈な反応あり! 前方、距離3万8000メートル! 巨大なコンヴォイ(輸送船団)および、それを護衛するアメリカのシュラハトシッフ(戦艦)の群れと思われます!」


大ドイツ帝国・西方海軍が誇る、基準排水量4万2000トンの超弩級戦艦シュラハトシッフ『ティルピッツ』。その薄暗い艦橋で、分厚い防寒着に身を包みヘッドホンを押し当てていたレーダー員が、緊張に裏返るような声で報告を上げた。


主力水上打撃艦隊シュラハトフロッテを率いるオットー・チリアクス大将は、首から提げたカール・ツァイス製の双眼鏡をゆっくりと下ろし、吐く息が白く凍る冷気の中で、冷酷で傲慢な笑みを浮かべた。


「ようやく現れたか、アメリカの成金ノイライヒどもめ。我々が屈服させた大英帝国とフランスから奪い取った巨大ドック群で造り上げたこの威容の前に、ヤンキーの量産ブリキ缶がどれほど保つか見物だな」


チリアクス大将の背後には、荒れ狂う北海の巨大な波涛を真っ二つに蹴立てて、ドイツ・フランス・イギリスの重工業が禍々しく融合した「キメラ艦隊」が、暗黒の海を切り裂いて完璧な単縦陣キールヴァッサー・リーニエを形成していた。


主力戦列を構成するのは、『ティルピッツ』に続く2隻の異形の怪物。本来、ドイツ国内のドック不足と資源難で未成に終わるはずだった40.6センチ砲搭載の「H級戦艦」を、接収したイギリス・クライドバンクの巨大ドックと接収鉄鋼を強引に流用し、捕虜となった数万人のイギリス人労働者を強制労働させるという狂気的な突貫工事の末に完成させた第三帝国の新たな魔王、『フッテン』と『ベルリヒンゲン』である。


さらにその後方には、歴戦の高速戦艦『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』が白波を引き、フランスの造船所で未成のまま鹵獲され、本来の持ち主を裏切ってドイツの軍艦旗ライヒスクリークスフラッゲを翻すこととなった仏戦艦『ダンケルク』『ストラスブール』『クレマンソー』の3隻が続く。


そして何よりも、かつて七つの海を支配した大英帝国に対する最大の屈辱を象徴するのが、イギリスのポーツマス造船所で建造途中であったライオン級戦艦の船体を接収し、ドイツ製の38センチ砲と射撃管制装置フォイアーライトアンラーゲを強引に組み込んだ魔改造イギリス戦艦、『ルーヴェ(獅子)』と『シュトルム(嵐)』であった。本来なら誇り高きユニオンジャックを掲げるはずだったこれらの巨艦が、ナチスの鉤十字を掲げて自らの同胞を殺しに向かうという、悪夢のような現実である。


「フルークツォイクトレーガー(航空母艦)部隊の状況はどうか」


チリアクス大将が背後の参謀に尋ねる。


「はっ。イギリスから収奪した空母建造技術によって完成を見た正規空母『グラーフ・ツェッペリン』および『ペーター・シュトラッサー』より、Bf109T戦闘機の直掩編隊が順次発艦中。我が艦隊の上空に強固な防空傘フリューゲル・シルムを形成しつつあります」


「よろしい。アメリカの造船所から吐き出される船は、工場で粗製濫造されただけの的だ! 我が方の40.6センチおよび38センチ主砲の射程に捉え次第、奴らのコンヴォイ(船団)を護衛の旧式戦艦ごと海の底へ叩き落とし、大ゲルマン民族のツォルン(怒り)を思い知らせてやる!」


彼らは、ヨーロッパ全土を完全に軍靴で踏み躙ったという圧倒的な戦勝の記憶と、自らの重工業技術への絶対的なシュトルツ(誇り)に深く酔いしれていた。


だが、チリアクスをはじめとするドイツの提督たちは、これから直面する敵の「真の質量の暴力」を、まだ根本的に理解していなかった。


地球の裏側である太平洋で、日本の大和型戦艦群が持つ46センチ巨砲のアウトレンジ射撃に手も足も出ず、長きにわたってハワイの港内で屈辱の血の涙を流し続けたアメリカ合衆国海軍が、どれほどの底知れぬ殺意と執念を抱えて、この大西洋へ「自らの全質量」を投射してきているかという事実を。


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同日 午前6時00分

北海 スコットランド東方沖合

アメリカ合衆国海軍 第8艦隊 および 亡命連合艦隊

旗艦 新鋭大型航空母艦『イントレピッド(CV-11)』 CIC

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ドイツの誇る異形の装甲艦隊が傲慢な進撃を続けていたその頃、彼らを迎え撃つべく北海の波濤を蹴立てていたのは、星条旗、白船旗ホワイト・エンサイン、そして自由フランスのロレーヌ十字旗を並べて掲げる、空前絶後の巨大連合艦隊であった。


「……CXAMレーダー(電波探知機)のスクリーンに敵艦影を完全に捕捉。目標はナチスの水上打撃部隊。H級戦艦2隻、超弩級戦艦『ティルピッツ』、さらに鹵獲されたフランス戦艦およびイギリス戦艦を含む、推定10隻以上の主力艦。距離、3万5000ヤード。現在も本艦隊へ向けて直進中」


ルーズベルト大統領の「ヨーロッパ第一主義」完遂のため、太平洋での対日反攻を遅らせてでも大西洋へと結集したアメリカ第8艦隊の旗艦、新鋭大型航空母艦『イントレピッド』の薄暗いCIC(戦闘指揮所)。そこでレーダー士官がブラウン管の明瞭な光点を見つめながら淡々と報告を上げた。


第8艦隊司令官、ヘンリー・K・ヒューイット中将は、薄暗いCICのディスプレイを睨みつけながら、葉巻を強く噛み締めた。


「ついにナチスの鉄屑どもが、引き籠もっていたフィヨルドからノコノコと這い出してきたか」


ヒューイット中将の指揮下にある艦隊は、まさにマニュファクチャリング(大量生産)の暴力を極限まで煮詰めたような陣容であった。

東海岸の巨大ドックから、ブロック工法によって次々と吐き出されたエセックス級航空母艦、実に6隻──『イントレピッド』『キアサージ』『ワスプ』『ヨークタウン』『ベニントン』『ボクサー』。

さらに、16インチ砲のレーダー射撃を誇る新鋭高速戦艦『マサチューセッツ』『サウスダコタ』『インディアナ』の3隻と、ドイツの魔改造戦艦や重巡を狩るための特化ハンマーたる大型巡洋艦『アラスカ』『グアム』。これらを無数のフレッチャー級駆逐艦が隙間なく取り囲んでいる。


そして彼らの脇を固めるのは、祖国奪還の怨念に燃え滾る亡命連合艦隊である。

大英帝国亡命本国艦隊ホーム・フリート・イン・エグザイル司令長官ジョン・トーヴィー大将が率いるのは、アメリカから無償譲渡された旧式戦艦群『テキサス』『ニューヨーク』『アーカンソー』など6隻。これらは連日の沿岸砲撃ショア・ボンバードメントで砲身が焼け付くほどの酷使に耐えながらも、星条旗を下ろして白船旗を掲げ、イギリスの大地へ向かう兵站を護っている。それに加えて、イギリス残存戦艦『ネルソン』『ロドニー』、カナダでアメリカの技術支援を受けて完成した大英帝国最後の新鋭戦艦『ヴァンガード』。


さらに、自由フランス海軍のフィリップ・オーボワ提督が座乗する新鋭戦艦『リシュリュー』は、アメリカ東海岸のニューヨーク海軍造船所で修理を受けた際、アメリカ製のボフォース40ミリ機関砲とVT信管対応の5インチ両用砲をハリネズミのように増設され、不沈の対空要塞として復活を遂げていた。


「太平洋のハワイで、ジャップのファースト・フリート(第一艦隊)が放つ18インチ巨砲のアウトレンジ射撃に手も足も出なかったあの屈辱を思えば、ナチスの継ぎ接ぎキメラ艦隊など児戯に等しい」


ヒューイット中将は、極めてビジネスライクな声で命じた。


「トーヴィー提督およびオーボワ提督の戦艦群と連携し、敵の水上打撃力を完全にすり潰す。だが、艦砲を撃ち合う前に、まずは我が合衆国の無尽蔵のサチュレーション・アタック(飽和攻撃)で、空からナチスの高慢な目を潰せ。……タスク・フォース(機動部隊)、全空母より攻撃隊発艦テイクオフ!」


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同日 午前6時30分

北海 艦隊激突海域 上空および海上

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夜明けの北海の重苦しい暗雲を突き破り、6隻のエセックス級空母と30隻の米国貸与護衛空母から放たれた数百機に及ぶアメリカ軍の『F6Fヘルキャット』戦闘機と『TBFアベンジャー』雷撃機の大編隊が、2000馬力級エンジンの重低音を空に轟かせて、ドイツ艦隊の上空へと一斉に殺到した。


「ルフト・アングリフ(空襲)! 敵機、無数! 空がアメリカの飛行機で完全に埋まっています!」


『ティルピッツ』の艦橋で、防空見張員が恐怖に引きつった悲鳴を上げた。視界を覆うのは雲ではなく、アメリカの工場からベルトコンベア式に吐き出された銀色の金属の群れであった。


「フラック(高射砲)、全門撃て! ルフトヴァッフェ(空軍)の直掩機は何をしている!」


チリアクス大将が怒号を飛ばす。ドイツ海軍の正規空母『グラーフ・ツェッペリン』と『ペーター・シュトラッサー』からは、すでにメッサーシュミット『Bf109T』の編隊が発艦し、艦隊の上空に防空傘を形成しようと試みていた。


だが、重い液冷エンジンを積み、狭い主脚のせいで空母での運用に致命的な難を抱えるBf109Tは、空戦においてアメリカ軍の規格外の暴力の前に成す術がなかった。


「ジャップの戦闘機に比べれば、ナチスの飛行機などただの直線番長だ! 乱戦に持ち込ませるな、マニュアル通りのサッチ・ウィーブ(交差戦法)で数の暴力で押し潰せ!」


アメリカのパイロットたちは、教本に従って完全に二機一組の編隊を維持し、F6Fの6門のブローニング12.7ミリ重機関銃から猛烈な火線を「面」として空間にばら撒いた。ドイツのマイスターたちが一機を丁寧に落とそうとする間に、アメリカの量産機は五機、十機と群がり、Bf109Tを次々と火だるまに変えて氷のような北海へと叩き落としていった。ドイツ機の20ミリ機関砲弾がF6Fに命中しても、パイロットの背後を守る極厚の防弾鋼板がそれをカンカンと弾き返し、強引に機首を向け直して撃ち返すという、一方的な削り合いであった。


制空権を完全に掌握した直後、巨大な爆弾倉を開いた『TBFアベンジャー』の群れが、海面スレスレを超低空で這うようにして『ティルピッツ』や『フッテン』の両舷へ向けて肉薄雷撃を敢行する。


「左舷よりエアリアル・トーピード(航空魚雷)接近! 回避不能!」


ドドォォォォンッ!! ズガァァァァンッ!!


『ティルピッツ』と『フッテン』の巨大な水線下装甲に、数本のアメリカ製Mark13航空魚雷が立て続けに命中し、天を突くような巨大な水柱が上がった。さらに上空からは、爆装したヘルキャットが急降下し、甲板の対空火器やレーダーアンテナを12.7ミリ機銃の掃射と500ポンド爆弾で次々と粉砕していく。


「……機関区画に小規模なヴァッサー・アインブルッフ(浸水)! しかし装甲は抜かれていません! 致命傷には至らず!」


『ティルピッツ』艦長が、粉々になった窓ガラスの破片で血塗れになった顔で報告する。ドイツマイスターが鍛え上げたヴォルタン鋼の重装甲は、アメリカの航空魚雷を複数食らっても艦底を完全に破られることはなく、無類のタフネスさを見せつけていた。


だが、航空機からの飽和攻撃サチュレーション・アタックによって、ドイツ艦隊の美しい単縦陣は完全に崩壊し、誇り高き水上打撃部隊は回避運動を強いられ、陣形を乱したただの「巨大な的」へと成り下がっていたのである。


そして、真の地獄はそこからであった。


「……敵艦隊、回避運動により速度低下。目標の捕捉を完了しました」


新鋭高速戦艦『サウスダコタ』のCICで、レーダー連動の射撃管制コンピューター(ファイア・コントロール・システム)が、暗雲と硝煙の向こう側にいるドイツ戦艦群の未来位置を、アナログ計算の歯車を回転させながらミリ単位で弾き出していた。


「ジャップの18インチ巨砲のアウトレンジ射撃に泣かされた分、この16インチ(40.6センチ)砲でも十分にナチスの喉元を噛みちぎれることを証明してやれ。……全砲門、一斉射撃ブロードサイド!」


ドゴォォォォォォォンッ!!!


『マサチューセッツ』『サウスダコタ』『インディアナ』の16インチ砲、大型巡洋艦『アラスカ』『グアム』の12インチ砲、そしてトーヴィー大将が率いる英亡命艦隊の新鋭『ヴァンガード』の15インチ砲、さらに自由フランス戦艦『リシュリュー』の38センチ砲、そしてアメリカから貸与された『テキサス』など旧式戦艦群の14インチ砲から、一斉に数百発に及ぶ大口径の徹甲弾が火を噴いた。


それらは、人間の目視による光学測距儀の照準ではなく、完全に最新のSGレーダーのデータのみに依存した「ブラインド・ファイア(盲目射撃)」であった。


視界不良の北海の分厚い雲を引き裂いて飛来した数百発の重徹甲弾の雨が、炎上する『ティルピッツ』や『フッテン』、そしてキメラ戦艦『ルーヴェ』の甲板や上部構造物へと、まるで巨大な隕石のように正確に降り注いだのである。


ズドガァァァァァァンッ!!!!


「敵弾直撃! 上部構造物、大破! フンクメスゲレート(電波探知機)完全に沈黙しました!」


『フッテン』の艦内で、凄まじい衝撃波とともに通信士が絶叫した。

16インチや15インチ砲弾の直撃は、ドイツ戦艦が誇るバイタルパート(主要防御区画)の分厚い装甲そのものを完全に貫通し、艦を沈没に至らしめるほどの威力は持っていなかった。


しかし、その圧倒的な質量の運動エネルギーと爆発の衝撃は、戦艦の「目」であるレーダーや測距儀、「手足」である対空砲座、そして非装甲区画である艦橋上部を、文字通り徹底的に薙ぎ払ったのである。装甲を抜けなくとも、表面の構造物をすべて削り落としてしまえば、軍艦としての機能は完全に死ぬ。


「反撃しろ! 我々の38センチ砲なら、アメリカの旧式戦艦の装甲など容易く抜けるはずだ!」


チリアクス大将が血走った目で怒鳴るが、『ティルピッツ』の砲術長は絶望的な声で首を振った。


「ダメです! 敵の航空機に上空を完全に制圧され、さらにレーダーと測距儀を破壊された状態では、煙幕と硝煙の向こうにいるアメリカの戦艦群に狙いをつけることなど物理的に不可能です! 我々は、暗闇の中で一方的に殴られ続けているのと同じです!」


さらに、ドイツ艦隊の陣列の只中で、凄惨な「同胞殺し」の怨念が爆発していた。


自由フランスの十字旗(ロレーヌ十字)を高く掲げる戦艦『リシュリュー』からは、祖国を売り渡された怨念の籠もった38センチ砲弾が放たれ、ドイツの軍艦旗を掲げる鹵獲フランス戦艦『ダンケルク』と『ストラスブール』の上部構造物を容赦なく粉砕している。同じフランスの造船所で産声を上げた兄弟艦が、ナチスの鉄屑となった無念を自らの手で葬り去るための、血の涙を流すような砲火であった。


「……これが、アメリカの……大量生産の暴力とシステムの力か……」


チリアクス大将は、燃え盛る自艦の甲板と、僚艦『フッテン』や『ルーヴェ』が上部構造物を無残に粉砕されて火だるまになっている姿を前に、絶望の呻きを漏らした。


彼らが絶対の自信を持っていたゲルマンの重装甲と大砲は、アメリカのマニュファクチャリングが産み出した「レーダーと計算機によるシステム射撃」、そして無尽蔵の「航空機のマス(質量)」の前に、反撃の糸口すら掴めず、ただ物理的に「削り落とされる」ことしかできなかった。


誇り高き職人の技術が、冷徹な工業システムの暴力に完全に屈した瞬間であった。


「……全艦、面舵一杯。煙幕を展開し、フィヨルドへ後退しろ」


チリアクス大将は、血の滲むような屈辱を噛み殺し、撤退の命令を下した。


『ティルピッツ』や『フッテン』の堅牢な装甲は、かろうじて艦の沈没という最悪の事態だけは免れさせた。だが、上部構造物を徹底的に破壊され、戦闘能力を完全に喪失した彼らが、かつての威容を取り戻すための再建には、優に半年はかかるだろう。


それは同時に、この北海の防波堤にぽっかりと「半年の空白」が生じることを意味していた。


アメリカ合衆国の圧倒的な物量とシステマチックな破壊のシステムは、この凍てつく北海の盾を強引に削り落とし、その間にイギリス本土奪還(D-Day)へ向けた巨大な鋼鉄の津波の進路を、完全に切り拓いたのであった。

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