第81章 大西洋の群狼と鋼鉄の防壁
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1944年10月中旬
大西洋中央部
アメリカ合衆国海軍 第10艦隊(Tenth Fleet) 護衛船団
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冷たい灰色の波がうねる大西洋。
見渡す限りの海面を、無骨で直線的なシルエットを持つ無数の貨物船──カイザー造船所が平均42日という狂気的な速度で進水させ続けている戦時標準船『リバティ船』の群れが、地平線の果てまでびっしりと黒い航跡を引いて東へと進んでいた。
アメリカ合衆国大統領、フランクリン・デラノ・ルーズベルトが発動したイギリス本土奪還作戦、通称『リターン・キング作戦』。
それを物理的に支えるのは、太平洋で極東の怪物を抑え込みながらも、なお大西洋を鋼鉄の津波で埋め尽くすアメリカ合衆国の「大量生産の怪物」の暴力的な生産力であった。
「……見ろ。今日もデトロイトの工場から吐き出されたM4シャーマン中戦車や弾薬が、海を埋め尽くしている。これだけの物量があれば、ナチスの野郎どもをロンドンから追い出すことなど造作もない」
護衛航空母艦『ボーグ(CVE-9)』の艦橋で、第10艦隊司令長官ロイヤル・E・インガソル大将は、熱いコーヒー(ジョー)を啜りながら満足げに葉巻の煙を吐き出した。
彼が指揮する第10艦隊の任務はただ一つ。カナダのハリファックスやアメリカ東海岸からイギリス海域へと向かうこの天文学的な数の輸送船団を、大西洋の底に潜む大ドイツ帝国海軍の潜水艦隊から護り抜くことである。
「長官。前方の海域に、敵潜水艦(Uボート)のウルフパック(群狼部隊)が展開しているとの情報が入りました」
レーダー(CXAM)のスクリーンを睨んでいた情報参謀が報告する。
「構わん。我々の船団は、もはやただの貨物船の群れではない。……空からの目で、ナチスの鉄屑どもを海ごとすり潰してやれ」
インガソル大将の号令とともに、『ボーグ』をはじめとするC3型貨物船の船体に無理やり飛行甲板を溶接した『ボーグ級』や『カサブランカ級』といった護衛空母数十隻から、一斉にプロペラ音が轟いた。
発艦していくのは、グラマン社などが量産した『TBFアベンジャー』雷撃機の大編隊である。彼らの腹には魚雷ではなく、深海の猟犬を狩り立てるための新型対潜爆雷と、海中へ投下して敵のスクリュー音を拾う音響探知機『ソノブイ(ソナー・ブイ)』が満載されていた。
さらに海面では、安価なディーゼル機関を積みブロック工法で量産された『エヴァーツ級』や『バックレイ級』護衛駆逐艦250隻以上が、船団の足元をハリネズミのように固め、強力な探信音を海中へと打ち鳴らしていた。
「ドイツ人がいかに職人技で精巧な潜水艦を造ろうと、我々はこの圧倒的な対潜掃討網と数の暴力で、彼らを深海で圧殺するのだ」
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同日 午前11時
大西洋中央部 深海50メートル
大ドイツ帝国・西方海軍
潜水艦隊群狼部隊
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水圧が軋む重苦しい音だけが響く、漆黒の深海。
大ドイツ帝国海軍総司令官、カール・デーニッツ元帥の厳命を受け、大西洋の血流を切断すべく放たれた潜水艦隊の群狼部隊が、息を殺して獲物を待ち構えていた。
「……艦長。上方より無数のスクリュー音! アメリカの巨大輸送船団です!」
最新鋭の水中高速潜水艦『XXI型』の狭く薄暗い発令所で、音響探信手がヘッドホンを押し当てながら報告した。
「来たか、アメリカの成金どもめ。イギリス奪還作戦の兵站を、この海で完全に断ち切ってやる」
艦長のハインリヒ・ミュラー少佐は、冷や汗を拭いながら潜望鏡のグリップを握りしめた。
彼の乗るXXI型は、占領したイギリスの造船インフラ(インフラストルクトゥーア)を接収し、ブロック工法によって量産され始めたばかりの最新鋭艦であった。水中で17ノットという驚異的な高速を発揮し、これまでの潜水艦の常識を覆す深海の暗殺者である。
「魚雷発射管一番から四番、注水! 目標、敵の護衛空母および大型輸送船!」
だが、彼らが狩りを行おうとしたその瞬間、XXI型の艦内に不気味な高周波の警戒音が鳴り響いた。
「艦長! 海面上から未知の電波が照射されています! さらに、周囲の海中へ無数の音響探知ブイ(ゾナー・ボイエン)が投下されました! 我々は浮上する前に、完全に捕捉されています!」
「なんだと!? まだ潜望鏡深度にも達していないぞ!」
ミュラー少佐が驚愕した直後、頭上の海面から凄まじい推進音とともに、アメリカの護衛駆逐艦群が狂乱したように殺到してくる音が響き渡った。
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同日 正午
大西洋中央部 海上および上空
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「ソノブイに敵潜の反応あり! 深度50! 新型の高速艦のようだが、我々の探知網からは逃れられんぞ!」
上空を旋回するTBFアベンジャーのパイロットが、無線越しに護衛駆逐艦へと座標を伝達する。
人間の勘や経験則に頼るドイツの職人的な潜水艦の狩りは、アメリカが構築した空と海の完全なる「対潜掃討のシステム(データ・リンク)」の前に、完全に時代遅れの遺物と化していた。
「目標捕捉! 対潜迫撃砲『ヘッジホッグ(ハリネズミ)』、斉射!」
護衛駆逐艦の艦首から、無数の対潜爆雷が弧を描いて海面へと撃ち込まれた。従来のドラム缶型爆雷のように水圧で爆発するのではなく、潜水艦の鋼鉄の船体に直撃した瞬間にのみ炸裂する悪魔の兵器である。
ズドォォォォンッ!!
海面が激しく隆起し、巨大な水柱が天を突いた。
「……第3区画、被弾! 耐圧殻に亀裂! 浸水止まりません!」
深海のXXI型の艦内で、ミュラー少佐の部下たちが絶望の悲鳴を上げた。
どれほど革新的な水中高速性能を持っていようとも、アメリカの航空機と駆逐艦が連携して上から網を被せるように投射する無数のヘッジホッグの雨を、すべて回避することなど物理的に不可能であった。
「総員退艦……! 脱出しろ!」
ミュラー少佐の悲痛な叫びも虚しく、冷たい大西洋の海水が怒涛の勢いで艦内へと雪崩れ込んだ。水圧によって鋼鉄の船体が飴細工のようにひしゃげ、ドイツ海軍が誇った最新鋭の潜水艦は、乗員もろとも漆黒の海底へと沈んでいった。
海面には、おびただしい重油の膜と、ドイツ兵たちの遺留品が空しく浮かび上がっていた。
「……また一隻、ナチスの鉄屑を片付けたぞ。護衛空母群、引き続き哨戒を怠るな。この海は完全に我々アメリカ合衆国のものだ」
インガソル大将は、レーダーから消えた敵の光点を確認し、冷ややかに笑った。
ドイツ海軍のデーニッツ提督が全精力を傾けて放った全Uボート(ウンターゼーボート)の群狼作戦は、アメリカ合衆国がカイザー造船所などの工場から吐き出した護衛空母と駆逐艦の「天文学的な質量」、そしてレーダーとソノブイを用いた「対潜掃討システム」の前に、個人の技量を発揮する間もなく海中から一方的に圧殺されていったのである。
イギリス本土へ向かうアメリカの巨大な兵站線は、Uボートの血と残骸を踏み越え、絶え間なく膨張を続けていた。
それは、ナチス・ドイツが占領する「要塞イギリス(フェストゥング・グロースブリタンニエン)」に対して、アメリカの巨大な鉄槌が間もなく直接振り下ろされることを意味する、確実な死の足音であった。




