第9章 南太平洋の鉄鎖
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1941年12月5日 午後1時30分
南太平洋 ニューカレドニア島ヌメア沖
第三機動艦隊旗艦 装甲空母「鳳凰」 羅針艦橋
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パースがインド洋側で呼吸を止められたのとほぼ同刻、豊秋津島(豪州)の東側に広がる南太平洋もまた、帝国による猛攻の渦中にあった。
第三機動艦隊司令長官・山口多聞中将は、高圧油圧カタパルトの重低音を響かせて疾走する旗艦「鳳凰」の艦橋で、南洋の強烈な陽光を浴びるニッケルの島──ニューカレドニア島を見据えていた。すでに先遣の潜水戦隊と多目的航空巡洋艦「最上」らの偵察機により、島を実効支配する自由フランス軍および英連邦守備隊の配置は完全に掌握されている。
「先遣隊より入電。ヌメアの沿岸砲台および臨時飛行場の制圧を完了。これより第二次攻撃隊の出撃に入ります」
報告を行った参謀の声を遮るように、艦橋の伝声管から野太い声が響いた。
「艦橋、こちら飛行長。第二次攻撃隊、準備完了。いつでも突き出せます」
声を張り上げたのは、数々の外洋航空戦術を構築してきた歴戦の先任将校、「鳳凰」飛行長・和田鉄二郎中佐であった。
「よし、和田。残る対空火点を徹底的に叩き潰せ。ただし、一発の爆弾もヌメア港のニッケル精錬施設や製錬ドックに落としてはならんぞ。あれはすべて、我が西国財閥が明日にでも稼働させる帝国の資産だ」
山口の獰猛な命令に、伝声管の向こうで和田中佐が不敵に笑ったのが分かった。
小沢治三郎率いる第二機動艦隊がパースを上陸部隊なしで無力化したのに対し、ここ南太平洋を担当する山口の第三機動艦隊には、外様財閥連合が独自に組織した武装開拓陸戦隊を乗せた30隻もの高速輸送船団が随伴していた。
目的は、世界屈指のニッケル産出地であるニューカレドニアの完全なる強奪。そして、同じ豊秋津島大陸内にありながら、未だ大英帝国の管理下に置かれている南東岸の巨大拠点──シドニーやメルボルンを干上がらせるための、南太平洋通商路の完全遮断であった。
歴史を紐解けば、18世紀末にイギリスの探検家クックがこの大陸に到達した際、すでに島津や毛利の開拓民による強固な日系ネットワークが構築されていた。それゆえ、欧州列強も国際条約によって大陸全土への日本の主権を認めざるを得なかったはずであった。
しかし19世紀後半、内陸の金や鉄、石炭を採掘するための大規模インフラ整備を巡り、国庫からの資金拠出を拒む徳川幕府と、中央に利権を握られたくない外様財閥が互いに意地を張った結果、両者はロンドンのシティから天文学的な外債を募るという致命的な罠に飛び込んでしまう。
パクス・ブリタニカの全盛期を誇る大英帝国はこの巨額の債務を盾に不平等条約を突きつけ、豊秋津島における天然の良港であり、日系の手がまだ薄かった南東岸のシドニー、メルボルン、そして西岸のパースといった沿岸要衝の99年間租借権を強奪したのだ。日本の主権下でありながら英連邦の軍隊が駐留し、独自の経済決済網が敷かれた巨大な英連邦租界。それこそが、シドニーやメルボルンという土地の歪な実態であった。
今回の山口多聞の真の狙いは、南太平洋の要衝であるニューカレドニアを奪取することで、太平洋の彼方にあるアメリカや英国本土から、シドニーやメルボルンの英連邦租界へと繋がる海上補給線を完全に断ち切ることにあった。外洋からの増援を絶たれた租界の守備隊を孤立無援の檻に閉じ込め、干上がらせて無条件降伏へと追い込む。そうして19世紀に不当に奪われた租借権を力づくで無効化し、豊秋津島全土の完全なる主権回復を成し遂げる──これこそが、連衡国家が掲げたリベンジマッチの大義であった。
高圧油圧カタパルトの駆動音とともに、和田飛行長が統括する第二次攻撃隊が次々と紺碧の空へ射出されていく。
岐州重工が組み上げた最新鋭戦闘機『烈風』は、毛利の防長石油が精製した百オクタンガソリンと、1500馬力級液冷エンジン『水星』の出力に任せてヌメア上空の制空権を瞬く間に掌握。続いて突入した「流星」の急降下爆撃が、港湾を防御していた英連邦軍の砲台をピンポイントで次々と蒸発させていった。
破壊されるのは反撃の兵力のみであり、港湾インフラや鉱山施設は、精密な外科手術のように一分の損害もなく残されていく。他国の懐から技術も資源も躊躇なく奪い、自らの血肉とする帝国の諸侯連衡国家としての合理主義は、ここ南太平洋でも徹底されていた。
無力化されたヌメア港に財閥の武装開拓陸戦隊が上陸した際、彼らは港湾倉庫群の奥で、まだ開梱すらされていない無数の巨大な木箱の山を発見した。
それは、アメリカが武器貸与法に基づき、イギリスや自由フランス軍へ向けて極秘裏に陸揚げしていた大量の最新鋭兵器や軍需物資の山であった。すでに受取人である現地の守備隊が完全降伏し、事実上の軍事真空地帯となった以上、戦時国際法上、この地を実効支配した日本側がこれらを「合法的な戦利品」として鹵獲・接収することに何ら不都合はなかった。アメリカが真珠湾で金縛りにあっている隙に、彼らが他国へ与えようとした銃や弾薬が、そっくりそのまま帝国の資産へと組み替えられたのだ。
さらに陸戦隊は、港湾の拡張と不沈基地化のために密かに送り込んでいたアメリカ海軍の建設工兵大隊、通称「シービーズ」の先遣隊をも、彼らが持ち込んだ最新の大型重機ごと丸ごと生け捕りにすることに成功した。
「ほう、これは見事な無限軌道だ。我が藩の精密機械でもここまでの大馬力重機はまだ量産できんぞ」
島津重工・特務技術少佐の伊集院誠は、鹵獲したばかりの巨大な黄色のブルドーザーの分厚い装甲板を撫で回しながら、恍惚としたため息を漏らした。 その横では、加賀から派遣された前田発動機・主任技師の八田裕二大尉が、捕虜となったシービーズの工兵を退けて自ら操縦席に乗り込み、キャタピラー社製ディーゼルエンジンの始動レバーを力強く引いていた。
「ズォォォンッ!」という腹の底を揺るがす咆哮とともに、規格外の黒煙が吹き上がり、巨大な鉄のブレードが地響きを立てて持ち上がる。
「素晴らしい! なんだこのトルクは! 構造自体は無骨だが、この圧倒的な大馬力は我が国の戦車用内燃機関すら凌駕しているかもしれんぞ!」
八田大尉が操縦席から身を乗り出して歓喜の声を上げると、周囲を取り囲んでいた諸藩の技術武官たちから獰猛な笑いが巻き起こった。
「おい、こいつをすぐに分解して図面を引け! 前田発動機のギアを噛ませ、細川ゴム工業の熱帯用パッドを履かせれば、いかなる泥濘でも走破できるバケモノになるぞ!」
伊集院少佐は、背後に山と積まれた大型クレーンやトラックの群れを前にして、狂気を孕んだ目で吠えた。 「アメリカめ、極上の手土産をご苦労なことだ。こいつらを使って、分厚いジャングルを我々の手で舗装道路に変えてやる!」
島津重工や前田発動機から派遣された技術武官たちは、鹵獲した巨大重機の山を前にして、子どものように目を輝かせていた。接収されたシービーズの兵員と規格外の土木機械群は、国際法の労役規定に従う形で、明日から始まる財閥主導のニッケル鉱山近代化増産シフトへと即座に投入されることとなった。
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1941年12月8日 午前8時
ニュージーランド北島 オークランド沖
第三機動艦隊 大型空母「瑞鶴」 羅針艦橋
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ニューカレドニアをわずか3日間で名実ともに接収し、貴重なニッケル利権とアメリカの最新土木技術を西国財閥の帳簿へと組み入れた第三機動艦隊は、その鋭い牙をさらに南へと突き立てていた。
ニュージーランド北島の表玄関、オークランド。
その沖合40浬の海上に陣取った大型空母「瑞鶴」の艦橋では、「瑞鶴」飛行長・高橋赫三少佐が、双眼鏡越しに冷たく笑っていた。
「司令部より入電。本島守備隊、ならびにウェリントンの総督府に対し、無条件降伏の勧告文を打電。回答の猶予は2時間」
通信士の報告を聞きながら、高橋飛行長は頭上で鋭く回転する電探を見上げた。
1930年代後半に帝国の諜報網が英国からかすめ取り、鍋島家の佐賀精密機械が実用化したこの電探は、すでにオークランドの航空基地から迎撃のために発進した、わずか数機の英連邦軍旧式機の機影をクッキリと捉えていた。
「飛んで火に入る夏の虫だな。第1小隊、発艦。叩き落とせ」
高橋の命令により、甲板から「烈風」の4機編隊が陽光を浴びて飛び立つ。
時速650キロメートルを超える怪物は、離陸したばかりの敵機を、目視する前に電探の誘導によって完全な不意打ちの形で迎撃。わずか数分で、オークランドの空は日本の銀翼によって完全に支配された。
この完璧な航空封鎖に加え、海中では対馬の宗電子工作が開発した最新鋭の対潜音響兵器ソナー網が張り巡らされていた。海峡監視と水中探知に特化した彼らの電子網は、英連邦の潜水艦の動きを完全に封じ込め、外洋からのいかなる増援も、脱出も許さない「見えない城壁」として機能していたのである。
猶予された2時間は、ニュージーランド総督府にとって永遠とも思える時間となった。
ウェリントンにある総督府は、シドニーの英連邦政府、さらには大西洋を越えてロンドンのチャーチル首相へ向けて悲痛な暗号電報を乱発していたが、それらはすべて、ニュージーランド周辺の深い海底に潜む第六艦隊の巡潜乙型、あるいは最上型航空巡洋艦が張り巡らせた通信傍受網によって冷徹に記録され、暗号解読班の手で即座に解析されていた。
「大英帝国はもはや、この孤立した島を救うための船一隻すら差し向ける余裕はない。本国そのものがドイツの猛攻と大西洋の通商破壊で出血を続けているのだからな」
瑞鶴の羅針艦橋で、高橋少佐は届いた傍受報告の紙片を丸めながら呟いた。
午前10時。猶予の期限が切れると同時に、オークランド、およびウェリントンの無線局から、全面的な戦闘停止と降伏を伝える平文の電報が発信された。ニュージーランド全土が、一発の艦砲射撃を受けることもなく、完璧な航空・海上封鎖の重圧だけで軍事的に窒息した瞬間であった。
沖合に待機していた外様財閥連合の高速輸送船団から、内火艇や大発動艇が次々とニュージーランドの各主要港へと解き放たれていく。上陸した財閥の武装開拓陸戦隊がオークランドの広大な地下倉庫や臨海工廠の接収を開始したとき、彼らはこの南端の島国に隠されていたもう一つの巨大な真実を目の当たりにした。
倉庫群の奥深くに眠っていたのは、アメリカが将来、この南太平洋から帝国生存圏へ向けて大反攻を仕掛けるための「一大兵站ベース」として極極秘裏に積み上げていた、天文学的な量の備蓄物資であった。
未開封の高オクタン燃料タンク、山積みの航空爆弾、最新の野戦無線機、山のような医療品、さらには前線へ急ぎピストン輸送され、組み立てを待つばかりとなっていた分解状態の最新鋭戦闘機の群れ。ホワイトハウスが中立法をすり抜け、来るべき参戦の日のためにニュージーランドを南太平洋最大の反撃拠点へと仕立て上げようとしていたその布石が、何一つ使われることなく丸ごと日本の手へと落ちたのだ。
「アメリカめ、我が国の喉元に突き立てるための極上の牙を、ここまで丁寧に揃えて待っていてくれたとはな」
財閥の臨検将校たちは、その目録を前にして冷徹な笑みを浮かべた。これら天文学的な備蓄物資もまた、国際法上の正当な権利のもとにすべて没収され、逆に日本の南方生存圏を要塞化するための貴重な資源として、財閥の帳簿へと一括で吸い上げられていった。
このアメリカのレンドリース鹵獲品を、本土や前線へとピストン輸送する強行ロジスティクスを担ったのが、芸州広島の浅野港湾が誇る高速輸送船団である。彼らは竹中数理演算所が弾き出した神業のような自動運行ダイヤに従い、広大な南太平洋の荒波をものともせず、次々と帝国の動脈へと物資を還流させていった。
このニュージーランドの無血開城と巨大兵站の強奪により、南太平洋に張り巡られた鉄の鎖は最後の結び目を閉じた。
インド洋のパース、南太平洋のニューカレドニア、そしてニュージーランド。豊秋津島大陸を取り囲む外洋の鉄鎖が完全に噛み合わさったことで、大陸沿岸に居座るシドニーやメルボルンの英連邦租界は、外部からの救援を永久に受け取れぬ孤島へと変わり果てたのだ。
アメリカの西海岸から届くはずだった物資も、英国本国からの増援も、全ては日本が合法的かつ力づくで強奪したニューカレドニアとニュージーランドという二重の壁に阻まれ、この海域へ侵入することは絶対に不可能である。
シドニーの英連邦オーストラリア政府は、日本の財閥が内陸部から敷いた鉄道網と、海を埋め尽くす機動艦隊の網の目の真ん中で、文字通り呼吸を止められた。彼らに残された道は、食糧と燃料が尽き果てるのをただ待ち、租借権の返上という名の無条件降伏の書類に署名することだけであった。




