第76章 シドニー市街戦と鹵獲兵器の饗宴
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1944年6月上旬
豊秋津島東岸 シドニー英連邦租界
総督府の降伏宣言直後
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シドニー総督府の屋上に、絶望と疲労にまみれた白旗が掲げられた。英連邦オーストラリア軍守備隊司令官、ジョン・ノースコット中将による「全軍武装解除および戦闘停止」の命令は、有線電話と伝令を通じてシドニー全域に配置された守備隊へと伝達されつつあった。
しかし、数ヶ月にわたって孤立無援の檻の中で飢えと恐怖に苛まれ続けていた数万の兵士たちのすべてが、その命令を素直に受け入れられたわけではなかった。
「ふざけるな! 降伏だと? 我々がこの誇り高き大英帝国の王土を、ジャップに無抵抗で明け渡すというのか!」
シドニー市街地の西縁部、堅牢な石造りの銀行跡地に陣取っていたオーストラリア義勇軍の小隊長が、血走った目で絶叫した。彼の周囲には、降伏命令を拒絶し、最後の一発まで戦うことを選んだ強硬派の兵士数十名が、弾の尽きかけたリー・エンフィールド小銃と、手製の火炎瓶を握りしめて立て籠もっていた。
「アメリカの艦隊は必ず来る! ここを死守していれば、チャーチル首相が必ず我々を助け出してくれるはずだ! 撃て! ジャップを街に入れるな!」
彼らの狂信的な射撃が、市街地へ進駐しようとしていた日本軍の先鋒部隊へと浴びせられた。
だが、大英帝国の未練が生み出したその最後の抵抗を迎え撃ったのは、日本軍の「武士の情け」などでは決してなかった。
「……降伏命令が出た後も銃を撃ってくるというのなら、もはやそれは軍隊ではない。ただの暴徒であり、害虫だ」
毛利鉱山私兵・第五山岳鎮撫兵団の戦車中隊長、毛利 健三大尉は、戦車のキューポラから半身を乗り出し、極めて冷酷に言い放った。
彼が搭乗し、地響きを立ててシドニー市街地の舗装路を踏み砕いているのは、日本の越前松平重工業が造り上げた戦車ではない。ハワイ・ワイキキの砂浜でアメリカ合衆国第5艦隊から無傷で強奪し、日本仕様に魔改造を施した『M4シャーマン中戦車』であった。
「全車、害虫駆除を開始しろ。瓦礫ごと残党を轢き潰せ!」
毛利大尉が操縦手へ前進を命じる。
彼らが駆るM4シャーマンは、細川ゴム工業が開発した特殊な市街地用ゴムパッドを履帯に装着し、石畳の上でも無音に近い滑らかさで接近してくる。さらに車体の側面には、和泉堺の「堺公差」でボルト留めされた越前松平製の追加装甲がびっしりと張り巡らされ、アメリカの無骨なシルエットは異形の殺意を放つキメラ兵器へと変貌していた。
「目標、前方の銀行跡地! 水戸の徹甲榴弾を食わせてやれ! 撃て!」
M4シャーマンに搭載された75ミリ砲が火を噴いた。水戸徳川造兵工機で精製され、池田化学の高爆速火薬を詰め込まれた国産砲弾が、アメリカ製の砲身から撃ち出され、強硬派が立て籠もる銀行の石造りの外壁を機関銃座ごと木端微塵に吹き飛ばした。
「よし、突破口が開いた! 歩兵部隊、続け!」
毛利大尉の戦車の後方から、加賀・前田発動機製の高出力エンジンを搭載した四輪駆動トラックが急ブレーキをかけて止まり、荷台から完全武装の日本兵たちが次々と市街地の瓦礫の中へ雪崩れ込んでいった。
「第2小隊は右の路地を抑えろ。第3小隊は向かいの建物の2階へ制圧射撃! 通信手、戦車隊へ支援要請だ!」
幕府直轄の正規国軍・伝習隊の歩兵中隊長、本多 忠義大尉が、崩れかけたレンガ壁の陰で的確な指示を飛ばす。
遠距離では伝習隊の精鋭たちが井伊銃器製の『三十八年式小銃』で逃げる敵を正確に狙撃し、建物内へと突入した外様財閥の私兵(鎮撫兵団)たちは、佐賀鍋島精密機械が削り出した『三八式機関短銃』の圧倒的な連射速度で、室内空間の残敵を文字通り「死の箒」で掃き清めていく。
「……抵抗は無意味だと、なぜ分からないのかね」
本多大尉は、分隊の特務兵を呼び寄せた。その兵士の肩には、ハワイでアメリカ軍から山のように鹵獲された携行式対戦車ロケット弾発射機、通称『バズーカ』が担がれている。
「あの奥の部屋に隠れている連中に、ルーズベルト大統領からの『贈り物』をブチ込め」
シュゥゥゥゥッ!!
放たれたロケット弾が、室内のバリケードを内側から爆破し、残存していたイギリス兵の抵抗の意志を完全に粉砕した。
もはや戦闘というよりも、巨大な工場における害虫駆除のような、冷徹で規格化された殺戮作業であった。降伏を拒んだ一部の残党による市街戦は、圧倒的な「鹵獲兵器の火力」と「日本軍の精密な歩戦連携」の前に、わずか数時間で完全に鎮圧されたのである。
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同日 正午
シドニー市庁舎前 広場
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残敵の掃討が完了し、完全な静寂が戻ったシドニーの市街地に、絶望と屈辱の重い空気が垂れ込めていた。
シドニー市庁舎前の広場には、武装を解除され、力なく両手を頭の後ろで組んだ数万人の英連邦オーストラリア軍の将兵たちが、延々と続く長い列を作っていた。彼らの顔は泥と煤にまみれ、数ヶ月に及ぶ飢えによって頬はげっそりとこけ、虚ろな目をしてうなだれている。
オーストラリア軍の歩兵、アーサー・スミス伍長は、自分たちを取り囲むように立ち並ぶ日本軍の兵士たちを見上げ、震える息を吐き出した。
「……終わった。大英帝国の南半球は、ここで完全に終わったんだ」
スミス伍長の視線の先、シドニーのメインストリートを、地響きとともに「戦勝パレード」のような異様な車列が堂々と行進してきていた。
先頭を進むのは、黄色い塗装のまま日章旗を掲げた巨大なキャタピラー社製D8ブルドーザー。それに続くのは、アメリカのデトロイト工場で生産された何十両ものM4シャーマン中戦車の群れであった。
「な、なぜだ……。なぜジャップが、アメリカの戦車や重機に乗ってパレードしているんだ……!」
若いイギリス兵が、理解不能な現実に頭を抱えて悲鳴を上げた。
空からは、タラワ沖で強奪した「エセックス級」空母から飛び立ったであろう日本の新鋭機『天風』が、完璧な編隊飛行でシドニーの空を我が物顔で旋回している。
大英帝国が最後の希望としてすがった「アメリカの圧倒的な大量生産」。その兵器のすべてが、今や日本の強力な手足として完全に調教され、自分たちの命を刈り取る牙として使われているのだ。
「アメリカは……ルーズベルトは、ジャップの生産力を倍増させるための『無料の兵器工場』に成り下がったというのか……!」
スミス伍長は、その絶望的な事実に気づき、その場に力なく崩れ落ちた。
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同日 午後3時
シドニー総督府
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かつて大英帝国が南半球における栄華を誇り、オーストラリア統治の心臓部として君臨した白亜のシドニー総督府。
その壮麗な建物の前には、完全武装の伝習隊と財閥鎮撫兵団が整列し、総督府のバルコニーには、真新しい日章旗と、外様財閥の連衡旗が誇り高く掲げられていた。
「……終わりましたな」
伝習隊の本多忠義大尉は、眼下に広がるシドニーの美しい港湾を見下ろし、硝煙にまみれた顔で深く息を吐いた。
港には、抵抗を諦めたイギリスの旧式駆逐艦や輸送船が白旗を掲げて停泊しており、その横を浅野港湾の特務曳船が忙しく走り回り、新たな戦利品としての接収作業を開始している。
「ああ。これで大英帝国が我々の喉元に突き刺していた最後のトゲが、完全に引き抜かれたというわけだ」
毛利健三大尉が、鹵獲したM4シャーマンの装甲板をブーツで叩きながら不敵に笑う。
19世紀、日本のインフラ整備の弱みに付け込み、借金の担保という不平等条約を盾にして大英帝国が強奪したこの「英連邦租界」。150年間にわたり、日本が自らの王土に白人の軍隊の駐留を許さざるを得なかったという、帝国にとって最大の屈辱の象徴であった。
だが今日、その歴史的因縁は完全に精算された。
それも、イギリスが最後の希望としてすがったアメリカの兵器を、日本が「戦利品の饗宴」として極限まで使いこなし、物理的にすり潰すという、最も冷酷で皮肉な形での完全奪還であった。
シドニーの陥落は、豊秋津島全土における「完全な実効支配と主権回復」の総仕上げの号砲に過ぎない。
孤立無援となった南部のメルボルン、そして残存する小規模な英連邦守備隊の要塞も、もはや陥落の時を待つだけの干上がった檻の中のネズミと化していた。
米英の干渉を一切受けない巨大な「豊栄大連邦経済圏」の完成。
敵から奪った物量を自らの血肉とし、歴史の帳簿を力ずくで書き換えた帝国は、ついにユーラシアと太平洋の南半球において、誰にも侵すことのできない絶対的な全盛期の頂点へと登り詰めようとしていたのである。




