第75章 鉄の包囲網と大陸の逆襲
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1944年6月上旬
豊秋津島東岸沖合
豊栄大日本帝国 新編・第六機動艦隊
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アメリカ合衆国が西海岸で巨大なマニュファクチャリング・モンスターを限界まで稼働させ、ヨーロッパではイタリア本土の柔らかい下腹へ向けて泥沼の第二戦線をこじ開けているまさにその間隙。
太平洋の東半分とユーラシアの西半分が血と炎に包まれる中、南半球の巨大大陸・豊秋津島の周辺海域だけは、冷酷な殺意と圧倒的な「鉄の包囲網」によって、静かに、しかし完全に絞め上げられようとしていた。
シドニーおよびメルボルンの沖合に堂々たる陣形を敷いて展開したのは、新編・第六機動艦隊司令長官、角田 覚治中将率いる、異形の機動部隊である。
前年のタラワ沖海戦で無傷のまま降伏し、浅野港湾や藤堂製作所の巨大ドックで『堺公差』に基づく徹底的な魔改造を受けた、元アメリカ海軍エセックス級空母群。
『飛鷲』『翔鷲』『蒼鷲』『猛鷲』をはじめとする8隻の巨大な「鷲型正規空母」が、越前松平重工業製の分厚い特殊装甲鋼板を黒々と光らせながら、エメラルドグリーンの波濤を力強く蹴立てていた。
「……敵の沿岸砲台、および防空レーダーの稼働状況はどうなっている」
旗艦『飛鷲』の広大でシステマチックな羅針艦橋から、角田中将が双眼鏡を下ろし、冷徹な声で尋ねた。
「電探室より報告。シドニー周辺の英連邦軍は、我が艦隊の接近を視認レベルで探知している模様ですが、迎撃機が一機も上がってきません。また、沿岸砲台からの威嚇射撃も皆無です。港湾内には数隻の旧式駆逐艦が確認できますが、ボイラーに火を入れている気配はありません」
通信参謀の報告に、角田中将は鼻で笑った。
「油も弾薬も、すでに完全に底を突いているということだな」
大英帝国が19世紀の借金のカタとして強奪し、150年間にわたり日本の喉元に突き刺さっていた「英連邦租界」。
彼らは、アメリカの太平洋艦隊がハワイを追われ、南太平洋のニューカレドニアやニュージーランドが日本の手に落ちた時点で、本国や新大陸からの海上補給ルートを完全に絶たれていた。
孤立無援の檻の中に閉じ込められ、半年間干し上げられた10万近い英連邦守備隊は、もはや戦う軍隊ではなく、ただ日本軍の処刑を待つだけの存在に成り下がっていたのである。
「容赦は要らん。大英帝国がこの大陸に築いた未練の跡を、完全に削り落としてやれ。……第一波攻撃隊、発艦!」
角田中将の号令とともに、『飛鷲』の広大な飛行甲板から、鍋島家の佐賀精密機械が削り出した超高圧油圧カタパルトが凄まじい圧搾音を海原に轟かせた。
次々と空へ蹴り出されていくのは、2500馬力級の超大出力空冷星型発動機を搭載し、二重反転プロペラを回転させる四二式艦上戦闘機『天風』。そして、魚雷と爆弾の両方を同時に抱えながら戦闘機並みの機動力を誇る四三式艦上攻撃機『迅星』の巨大な編隊である。
アメリカが誇った驚異的な船体容積と、日本の極限の航空技術が融合したことで、彼らは数百機という大編隊を、ものの数十分でシドニー上空へと投射してのけた。
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同日 午前9時
豊秋津島 シドニー英連邦租界 司令部
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「……空襲警報! 敵機来襲! 海から巨大な編隊です!」
シドニーの街に、絶望的なサイレンが力なく鳴り響く。
英連邦オーストラリア軍の守備隊司令官は、地下防空壕の入り口から空を黒く染める日本の新鋭機の大編隊を見上げ、力なくその場に崩れ落ちた。
「迎撃機を出せ! 高射砲を撃て! まだ戦えるはずだ!」
若き士官が絶叫するが、司令官は首を横に振った。
「ダメだ。航空燃料は先月で完全に尽き、残った戦闘機はただの鉄屑だ。高射砲の弾薬も、一人あたり数発しか残っていない。……撃てば、彼らを刺激して市街地が灰燼に帰すだけだ」
上空から急降下してきた『迅星』の編隊が、シドニーの沿岸防衛砲台や海軍の通信施設を、外科手術のような精密爆撃で次々とピンポイントに粉砕していく。
反撃の火線を持たない地上への爆撃は、もはや戦闘ではなく、極めて機械的な「解体作業」であった。
港湾に停泊していた数隻の旧式駆逐艦や哨戒艇は瞬く間に火柱を上げ、弾薬庫が誘爆して巨大な黒煙がシドニーの美しい港の空を覆い尽くす。
だが、彼らを真の絶望の底へと突き落としたのは、海からの空襲ではなかった。
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同日 午前10時
豊秋津島 ブルーマウンテンズ山脈 東麓
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シドニーの背後にそびえる険しいブルーマウンテンズ山脈。
その峠を越え、内陸部の赤茶けた荒野から、地響きのような重低音と土煙が、シドニー市街の背後へと猛烈な速度で迫っていた。
「前進だ! イギリスの残党どもを海へ叩き落とせ!」
先頭を進む巨大な黄色の重機──ハワイおよび南太平洋でアメリカ海軍建設工兵大隊から鹵獲し、日本の規格で改修されたキャタピラー社製D8ブルドーザーの操縦席から、毛利鉱山の私兵部隊「第五山岳鎮撫兵団」の特務工兵が野太い怒号を飛ばす。
大馬力ディーゼルエンジンが黒煙を吹き上げ、ブルドーザーの巨大な排土板が、英軍が山麓に築いていたバリケードや有刺鉄線を紙屑のように押し潰し、即席の突破口を強引に切り拓いていく。
そしてその後ろから、轟音とともに雪崩れ込んできたのは、同じくアメリカ軍から鹵獲し、日本仕様に魔改造を施された『M4シャーマン中戦車』の群れであった。
「ハッハァ! アメ公の戦車は居住性が良くて最高だな! デトロイトの工場ラインで造られただけあって、乗り心地は極上だ! だが、搭載しているのは水戸徳川の砲弾と、我が国の魂だ!」
M4シャーマンのハッチから身を乗り出した鎮撫兵団の車長が、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。
彼らが駆るM4戦車は、細川ゴム工業の特殊な履帯パッドを装着され、不整地でも無音に近い滑らかさで接近できるよう改造されていた。さらに車体の各所には、日本の「堺公差」で製造された追加装甲や機銃座がボルト留めされ、無骨なアメリカの戦車が、異形の殺意を放つキメラへと変貌している。
「全車、散開! 敵の防衛線を内側から食い破れ!」
M4戦車の75ミリ砲が火を噴き、シドニー市街の外縁に築かれたイギリス軍のトーチカを次々と吹き飛ばしていく。
その後方からは、加賀・前田発動機製の高出力エンジンを搭載した四輪駆動トラックに乗った、数万人に及ぶ財閥陸戦隊(鎮撫兵団)の兵士たちが、怒涛の勢いで市街地へと突入した。
彼らの手には、佐賀精密機械製の『三八式機関短銃』や、井伊銃器製の『三十八年式小銃』が固く握りしめられていた。
「撃てェッ! 祖先が切り拓いた王土を、今こそ我らの手で完全に取り戻すのだ!」
ダダダダダダッ!!
三八式機関短銃の猛烈な連射音が、シドニーの市街地に響き渡る。
弾薬も食糧もなく、数ヶ月間も孤立無援で放置されていた英連邦の守備隊に、この「外様財閥の圧倒的な暴力と機動力」に抵抗する気力は、すでに一ミリも残されていなかった。
「……抵抗は無意味だ。全軍に武装解除を命じろ。我々は完全に包囲された」
シドニーの防空壕で、守備隊司令官は震える手で、ついに白旗を掲げるよう指示を出した。
空からは、アメリカの象徴を奪い取った「鷲型空母群」の猛禽が舞い、陸からは、アメリカから強奪した「M4戦車や重機」を駆る財閥の私兵たちが蹂躙する。
かつて大英帝国が不平等条約を盾にして日本の主権下から強奪したシドニーの英連邦租界は、日本が「敵から奪った物量」を極限まで使いこなすという、圧倒的で皮肉な冷徹さの前に、わずか数日でその歴史に幕を下ろそうとしていた。
鉄の包囲網は完全に閉じられた。
豊秋津島大陸全土の「完全な実効支配と主権回復」を目指す帝国の総仕上げは、敵の息の根を物理的かつ心理的に完全に止めるための、圧倒的な蹂躙劇へとその歩みを深めていったのである。




