第71章 防波堤の死守と戦利品の要塞【第五期 完】
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1944年4月16日 午前5時
ハワイ諸島 オアフ島沖合 300浬
アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 機動空母打撃群
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ハワイの空と海を、文字通り血と鉄で赤黒く染め上げた人類史上最大規模の空母決戦は、極めて凄惨で冷酷な「物理的限界」によって、その幕を下ろそうとしていた。
「……第11任務群の新鋭大型空母『エセックス』、および第16任務群の『レキシントン(CV-16)』、共に航空ガソリンと航空魚雷・爆弾を完全に使い果たしました。飛行甲板の損傷も激しく、応急修理用の鉄板すら底を突いています。稼働可能な『F6Fヘルキャット』は艦隊全体で残りわずか60機を割り込み、補充のパイロットも……もはや一人も残っておりません」
アメリカ合衆国海軍・第5艦隊の旗艦である新鋭大型空母『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、航空参謀が虚ろな目をして報告書を読み上げた。その声は、絶え間ない戦闘の疲労でひどく掠れていた。
アメリカ合衆国が誇る「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」が西海岸の巨大ドックから吐き出した新鋭空母群。しかし、彼らがハワイへ投射した天文学的な数の航空機と、促成栽培された若いパイロットたちは、日本の『天風』や『迅星』が放つ極限の職人技と波状攻撃の前に、容赦のない出血を強いられ、ついに完全にすり減らされたのである。
合衆国海軍・第11戦闘飛行隊の新兵としてハワイの空へ飛び立ったジェームズ・H・カーター少尉も、昨日、乗機を炎に包まれながら海面へ不時着し、駆逐艦に拾い上げられて辛うじて命を繋いでいた。彼が所属していた飛行隊の若者たちは、その9割がハワイの海に沈み、帰らぬ人となっていた。
第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、スプリンクラーの煤水と硝煙にまみれた海図台の前に立ち、無言で両手を強く握りしめていた。
「司令官! 日本軍の機動部隊は、昨夜から攻撃の手を休めていますが、彼らもまた限界ギリギリまで弾薬と航空機を消耗しているはずです。……しかし、我が方の防空の傘はすでに完全に消滅しました。このままこの海域に留まれば、夜明けとともに飛来するであろう敵の最後の一撃で、我が艦隊の空母は残らず海の底へ沈められます!」
機動反攻艦隊の指揮を執るフランク・J・フレッチャー中将が、無線越しに悲痛な進言を行ってきた。
スプルーアンスの眼光が、海図の上のオアフ島を鋭く睨みつける。
オアフ島の沿岸にへばりついて無尽蔵の46センチ砲弾を撃ち込んできた日本の第一艦隊(大和型戦艦群)は、すでに数日前に全弾を撃ち尽くし、ハワイ沖から姿を消している。第一艦隊司令長官・松平 保男大将は、戦艦の弾薬庫が完全に空になったことを見極め、見事な手際で艦隊を反転・退避させていた。
「大和の巨砲の脅威が去った今こそ、上陸部隊を支援する最大の好機であるはずだ……。だが、我々には彼らを助けるための弾丸が一発も残っていない」
アメリカの艦隊もまた、日本の航空部隊の苛烈な波状攻撃を防ぐために天文学的な数の対空砲弾(VT信管)を消費し、陸上部隊を支援するための艦砲や航空機を完全に喪失していたのだ。弾丸を撃ち尽くした戦艦と空母は、太平洋に浮かぶただの巨大な標的に過ぎない。
「……撤退だ」
スプルーアンスは、唇から血が滲むほど強く噛み締めながら、絞り出した。
「全艦艇、直ちに艦首を東へ向けろ。我々は敗北した。ハワイ奪還作戦は失敗だ。……これ以上の戦闘継続は、合衆国海軍の全滅を招くだけだ」
「し、司令官! お待ちください!」
通信参謀が悲鳴を上げた。「まだオアフ島のワイキキ海岸には、我が軍の第5水陸両用軍団、第1機甲師団の戦車群や数万の海兵隊員、そして浅瀬に乗り上げた大量の戦車揚陸艦(LST)が取り残されています! 我々が海から手を引けば、彼らは完全に孤立します! 見捨てるおつもりですか!」
「見捨てるのではない。我々にはもはや、彼らを救出する物理的な手段が存在しないのだ!」
スプルーアンスは血走った目で参謀を怒鳴りつけた。
「船団を護衛する戦闘機もなければ、ジャップの地下要塞を抑え込む艦砲射撃の弾薬もない。彼らには、現地での指揮官判断による降伏を許可する。……全艦、西海岸へ向けて退避せよ!」
夜明けの太平洋。アメリカの圧倒的な生産力の結晶たる第5艦隊は、ボロボロに傷ついた船体を引きずりながら、オアフ島の海岸で泥と血にまみれる同胞たちを置き去りにして、東の水平線へと逃げ去っていった。
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同日 午前8時
ハワイ諸島 オアフ島・ワイキキ海岸
アメリカ合衆国海兵隊 上陸海岸堡
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沖合から、自分たちの頭上を守ってくれていた空母艦隊の姿が完全に消え去り、無線通信すら途絶したという事実を知った時、ワイキキの海岸線に上陸していた数万のアメリカ兵たちは、底知れぬ絶望の淵に突き落とされた。
「クソッ! 海軍の野郎ども、俺たちを見捨てて逃げやがった! 弾薬も食糧も、もう届かないぞ!」
アメリカ陸軍・第1機甲師団の車長、ウィリアム・G・ガーナー軍曹は、日本の対戦車砲によって片側の履帯を吹き飛ばされ、砂浜で擱座したM4シャーマン中戦車の陰に隠れながら絶叫した。彼の顔は硝煙と油で真っ黒になり、声は枯れ果てている。
彼らの目の前には、依然として美しいエメラルドグリーンの海が広がっているが、その浅瀬には、乗ってきた数百隻の戦車揚陸艦(LST)や歩兵揚陸艇(LCI)、そして物資を満載したリバティ船(戦時標準船)が、身動きが取れないままひしめき合って停泊している。
アメリカ合衆国海兵隊・第5水陸両用軍団 第2海兵連隊の歩兵分隊長、ジョン・H・ミラー伍長は、トンプソン短機関銃を握りしめ、砂浜の塹壕の中で震えていた。
日本の第一艦隊の巨砲が去ったと知り、彼らは一気に内陸へと進撃できると信じていた。だが、第一艦隊がいなくなっても、この島が「絶対不落の要塞」であることに変わりはなかったのである。
「敵の艦影、完全にロスト! アメリカの船団は置き去りにされました!」
オアフ島・ダイヤモンドヘッド中腹の地下深く。
第一艦隊防衛工兵特務小隊の高橋 平蔵曹長が、観測窓から双眼鏡を覗き込み、歓喜に満ちた声を上げた。
「大和の旦那方が弾を撃ち尽くして退いた後も、俺たちは一歩も退かなかったぞ! 見ろ、海岸のアメ公どもは完全に袋のネズミだ!」
「油断するな、高橋。敵の息の根が完全に止まるまで、十字砲火の手を緩めるな」
第一機関銃小隊長の小林 繁曹長が、煤と汗にまみれた顔で軍刀を握り直す。彼らの前には、井伊銃器製の『三〇式重機関銃』が、水冷ジャケットから白い蒸気を噴き上げながら据え付けられている。
「距離400! 海岸線に停泊しているLSTの周囲に群がる敵歩兵! 撃てェッ!!」
ダダダダダダダッ!!
小林曹長の号令とともに、オアフ島の切り立った斜面にカモフラージュされた無数の銃眼から、猛烈な機銃の火線がワイキキの海岸線へと浴びせかけられた。
「ぎゃあああっ!」
「伏せろ! 砂から頭を出すな!」
ミラー伍長のすぐ隣で、無線手を務めていた新兵が血飛沫を上げて倒れ込む。
身を隠す遮蔽物のない白い砂浜は、日本軍の完璧に計算されたキルゾーン(殺戮地帯)であった。さらに、地下要塞の奥深くに配置された独立速射砲中隊の射手、佐藤 健太一等兵が、水戸徳川造兵工機製の『三九式四十七粍対戦車速射砲』の照準を合わせた。
「動けないシャーマンはただの鉄の的だ。……次弾装填、撃て!」
極度に姿勢の低い砲眼から放たれた徹甲弾が、ガーナー軍曹が盾にしていたM4シャーマンの側面装甲を容赦なく貫通し、内部で炸裂する。
「退がれ! 戦車から離れろ!」
ガーナー軍曹は燃え上がる戦車から転がり出て、這いつくばりながら砂浜を逃げ惑う。
制空権も完全に日本側の手に戻っていた。豊栄大日本帝国海軍・第二五二海軍航空隊司令官の松永 貞市少将と、陸軍・第十飛行師団司令官の秋山 豊次中将が放った残存の『轟電改二』や『剛鷲』が、上空から反撃を許さぬ機銃掃射の雨を降らせ、海岸に積み上げられたアメリカ軍の弾薬と燃料の山を次々と火の海に変えていく。
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同日 午前10時
オアフ島・ワイキキ海岸 米軍仮設司令部
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海岸線は完全に修羅場と化していた。
アメリカ合衆国海兵隊・第5水陸両用軍団司令官のホランド・M・スミス少将は、砂浜に設営された仮設司令部の土嚢の中で、天を仰いで目を閉じた。
「……ここまでだ。我々は日本軍の地下要塞を完全に甘く見ていた。第一艦隊の大砲がなくても、この島そのものが『沈まない戦艦』だったのだ」
海軍の艦砲射撃と航空支援なくして、この地下要塞をこじ開けることは不可能である。弾薬の補給も絶たれ、数万人の若者たちがこのまま砂浜で十字砲火に晒され続ければ、今日の夕暮れまでに全滅することは火を見るより明らかであった。
「……これ以上の戦闘は、アメリカン・ボーイズたちを無意味な肉片にするだけだ」
スミス少将は、泥にまみれた震える手で白い布切れを拾い上げた。
午前10時30分。ワイキキの海岸線に、数万人のアメリカ将兵の命を救うための、屈辱的な白旗が力なく掲げられた。
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同日 正午
オアフ島・ダイヤモンドヘッド 日本軍大作戦室
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「……敵軍、降伏しました。海岸の白旗を確認。戦闘はすべて終了です」
地下の大作戦室で報告を受けた秋山豊次中将と松永貞市少将は、疲労困憊の顔を見合わせ、深く、重い息を吐き出した。
「守り抜いたな」
「ええ。だが、ハワイの姿は見る影もありません」
彼らが重い防爆扉を開け、地下要塞から地上へ出たとき、かつて「太平洋の楽園」と呼ばれたオアフ島の姿は、文字通り物理的に削り取られ、変わり果てていた。
アメリカ軍の猛烈な艦砲射撃と航空爆弾によって、港湾施設、滑走路、美しい市街地や兵舎は完全に更地と化し、ヤシの木は根本からへし折られて燃えカスとなっている。
「だが、我々はハワイを死守した。そして……見ろ。ルーズベルトが我々に贈ってくれた『莫大な復興資材』の山を」
秋山中将は、眼下の海岸を見下ろし、疲労の奥に獰猛な笑みを浮かべた。
海岸には、両手を頭の後ろで組み、絶望の表情で歩く数万人のアメリカ海兵隊員と陸軍兵士たちの長い列ができている。
そしてその浅瀬と砂浜には、無傷で取り残された天文学的な数のアメリカ軍の物資が、所狭しとひしめき合っていた。
「浅野港湾の特務技師を呼べ。島津の連中もだ。アメリカの遺産を一つ残らず接収するぞ」
数時間後、浅野港湾・特務技師長の浅野 鉄平と、島津重工・特務工兵大尉の島津 義明が海岸へ降り立った。彼らの目の前には、帝国にとって垂涎の的となる極上の戦利品が山をなしていた。
・アメリカの建艦能力の象徴たる、戦車揚陸艦(LST)45隻、歩兵揚陸艇(LCI)80隻、そしてリバティ船(戦時標準船)12隻。
・デトロイトの工場から吐き出されたばかりのM4シャーマン中戦車 150両、およびLVT(水陸両用装軌車)多数。
・アメリカ海軍建設工兵大隊が持ち込んだ、キャタピラー社製D8ブルドーザー 60台、モータースクレイパー、大型クレーン車、アースオーガーなどの最新土木重機群。
・100オクタン航空ガソリン 数万ドラム缶。
・湿地帯や更地に敷き詰めるだけで一瞬にして滑走路を構築できる、プレハブ式の穴あき鋼板数千枚。
・そして、Kレーション(戦闘糧食)や、使い捨てモルヒネ・サルファ剤を含む最新医療キットの山。
「素晴らしい……! アメリカの土木重機は、我が国のものより遥かに大馬力で頑丈だ。それにこのマーストン・マット! これを使えば、更地になった飛行場など数日で復旧できるぞ!」
島津義明大尉は、黄色に塗装されたD8ブルドーザーの装甲板を撫で回しながら歓喜の声を上げた。
「これだけの重機と資材があれば、基地の復旧どころではない。オアフ島全体を、さらに地下深くへと掘り進め、アメリカの艦砲射撃すら通用しない『完全なる地下軍事都市』へと要塞化することが可能だ」
浅野鉄平も、揚陸艦(LST)の巨大な観音開きの扉を検分しながら頷く。
「このLSTの構造は、我が社の第一号型強襲揚陸艦の設計をさらに洗練させるための極上の教材だ。和泉堺の商工組合を呼び、これらの兵器をすべて『堺公差』で解剖し、帝国の血肉とするのだ」
ハワイの空を血と鉄で染め上げた絶対防衛戦は、日本の機動部隊と航空隊も極限まですり減る「凄惨な痛み分け」の末、アメリカ軍の戦略的撤退と上陸部隊の無条件降伏という形で結末を迎えた。
基地インフラをボロボロにされながらも、帝国はアメリカの巨大な質量を食い破り、太平洋の西半分を名実ともに完全に日本の『内海』として死守したのである。
日米両艦隊は、互いの傷口から流れる血を舐め合いながら、次なる決戦へ向けた深く、そして狂気的な「再編期」へと沈み込んでいく。アメリカから奪い取った膨大な土木重機と物資は、ただちにハワイの復興と地下要塞の狂気的な拡張工事へと投入され、太平洋の防波堤はかつてないほどの分厚さと冷徹さを獲得しつつあった。
世界は一時的な静寂を取り戻したかに見えたが、それは真の総力戦へ向けた、さらに巨大な嵐の前の静けさに過ぎなかった。
【第五期 完】




