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第69章 暗黒の海原と狂乱の夜戦

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1944年4月14日 午後8時

ハワイ諸島 オアフ島沖合 太平洋上空

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 旗艦『タイコンデロガ』

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太陽が西の水平線の彼方へ没し、太平洋が完全な暗黒に包まれた時、昼間に行われていた夥しい数の航空機による血みどろの削り合いは、強制的な休戦を余儀なくされた。


星明かりすら届かぬ漆黒の海原。だが、合衆国海軍・第5艦隊司令官レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将の顔に、安堵の表情は微塵もなかった。


「……夜が来たな。ジャップの最も得意とする、狂気的な『夜戦』の時間が」


スプルーアンス中将は、スプリンクラーの煤水に濡れたCIC(戦闘指揮所)の海図台に両手をつき、青白い光を放つレーダースクリーンを冷徹な目で見つめていた。


「昼間の航空戦で、我々はエセックス級の搭載機を文字通り湯水のようにすり減らした。だが、ジャップの機動部隊も無傷ではないはずだ。奴らは必ず、航空機が飛べないこの夜の闇に乗じて、残存する水上打撃部隊と水雷戦隊を突入させてくる」


スプルーアンスの傍らで、合衆国海軍 第5艦隊・砲術支援指揮官にして第64任務部隊司令官のウィリス・A・リー少将が、葉巻を強く噛み締めながら頷いた。


「ご安心を、司令官。我々にはジャップの肉眼を凌駕する『SGレーダー』と、それを統合処理するCICのシステムがあります。新鋭戦艦『アイオワ』と『ニュージャージー』をはじめとする戦艦群を空母部隊の前面に押し出し、鉄壁の夜間防衛ラインを構築済みです。ジャップの駆逐艦が暗闇から忍び寄ろうとも、レーダーで捕捉し、16インチ砲のレーダー射撃で海面ごと消し飛ばしてご覧に入れます」


リー少将の自信は、アメリカ合衆国の誇る電子技術とマニュファクチャリングの結晶に裏打ちされていた。人間の視力などという曖昧なものに頼る日本の夜戦ドクトリンは、レーダーという「見えざる科学の眼」の前に完全に時代遅れの遺物となるはずであった。


だが、東洋の怪物は、アメリカの電子技術の優位性すらもすでに丸裸にし、それを逆手に取る「魔眼」を完成させていたのである。


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同日 午後8時30分

豊栄大日本帝国 第二機動艦隊

次世代電脳巡洋艦『仁淀によど』 電算室

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日本艦隊の陣列の最前衛。一際異彩を放つ巨大なアンテナ群をマストに掲げた新造軽巡洋艦『仁淀』の艦内では、物理的な砲雷撃戦とは全く次元の異なる、極めて冷徹な「数式と電波」の死闘が開始されようとしていた。


「……敵艦隊のSGレーダーおよび対空レーダーの走査波、全帯域で捕捉。美濃・竹中数理演算所のアルゴリズム、敵の電波パターンの解析を完了しました」


室温が40度を超える電算室の中で、青白い真空管の光に照らされた次世代電脳巡洋艦『仁淀』電信長のやなぎ 宗平そうへい大尉が、額の汗を拭いながら報告した。彼の目の前には、無数の配線と電磁リレーで構成された「最新型電子算盤」が、不気味なほどの静けさで高速演算を続けている。


「ご苦労、柳大尉」


『仁淀』艦長の川島かわしま 秀夫ひでお大佐は、ヘッドホン越しに敵のレーダー波の規則的なノイズを聞きながら、冷ややかに口角を上げた。


「アメリカ人は自らのレーダーを絶対の魔法だと信じ込んでいる。ならば、その魔法の鏡に『幻影』を映し出してやれ。……第一フェーズ、欺瞞電波ゴースト・シグナル発振開始」


柳大尉がコンソールの一連のスイッチを叩き込む。筑前の黒田精機が削り出した強力な指向性アンテナから、アメリカ軍のレーダー波の波長とタイミングを完全に計算し尽くした「偽の反射波」が、夜の太平洋へと向けて一斉に放たれた。


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同日 午後9時45分

アメリカ第5艦隊 第64任務部隊

新鋭戦艦『アイオワ』 CIC(戦闘指揮所)

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「レーダーに感あり! 北西方向、距離2万5000ヤード! 巨大な艦影が3、いや4隻! 猛スピードで本艦隊へ突進してきます!」


合衆国海軍・新鋭戦艦『アイオワ』のCICで、レーダー員が悲鳴のような報告を上げた。


合衆国海軍 新鋭戦艦『アイオワ』艦長のジョン・L・マクリー大佐は、即座に身を乗り出してスクリーンの光点を凝視した。


「ジャップの水上打撃部隊か! 距離2万5000ならば、すでに我が方の16インチ砲の射程内だ。レーダー射撃で暗闇ごと吹き飛ばせ!」


合衆国海軍 新鋭戦艦『アイオワ』砲術長のロバート・C・ジョンソン少佐が、射撃盤にデータを入力し、巨大な砲塔を北西へ向けた。


「目標、北西の敵大型艦! 撃てェッ!!」


ズドォォォォォォォンッ!!!


基準排水量4万5000トンを誇る『アイオワ』の16インチ(40.6センチ)三連装砲3基が、凄まじい閃光とともに火を噴いた。重量1.2トンの徹甲弾が漆黒の夜空を引き裂き、レーダーが示した座標へと正確に降り注ぐ。巨大な水柱が海面に林立した。


「命中判定は!? 敵艦の速度は落ちたか!」


マクリー艦長が怒鳴るが、レーダー員は信じられないものを見るように首を振った。


「そ、それが……! 砲弾が着弾した直後、レーダーの光点が『2つに分裂』し、さらに全く別の方向……南西方向にも新たな巨大な艦影が突如として出現しました! 距離1万8000ヤード! あり得ません、こんな速度で移動できる水上艦など存在しません!」


「なんだと!? レーダーの故障か!」


マクリー大佐が絶叫したその時、彼らが全く警戒していなかった「真の南東方向」の暗闇が、突如として強烈な白銀の光芒によって切り裂かれた。


カッ!!


「……探照灯照射ッ! 目標、敵新鋭戦艦『アイオワ』! 撃てェッ!!」


豊栄大日本帝国・第二機動艦隊に所属する高速戦艦『金剛』艦長、小柳こやなぎ 冨次とみじ大佐の腹の底から絞り出された怒号が、夜の海原に轟いた。


『仁淀』が放った欺瞞電波ゴーストによって、アメリカ軍のレーダーが北西の「幻影」に向かって無駄弾を撃ち尽くしているその黄金の隙を突き、日本の夜戦突入部隊は完全な無線封止と灯火管制のもと、距離1万5000ヤードという必殺の間合いまで完全に忍び寄っていたのである。


ドゴォォォォォンッ!!!


『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』の4隻の高速戦艦、そして超甲型巡洋艦『生駒』『阿蘇』から、一斉に36センチ砲と31センチ砲の徹甲榴弾が解き放たれた。


「右舷より敵弾接近ッ!」


『アイオワ』の艦橋でジョンソン砲術長が叫ぶ間もなく、暗闇から飛来した日本の徹甲弾が『アイオワ』の上部構造物と右舷装甲帯に次々と激突した。


ズガァァァァァンッ!!


凄まじい衝撃波が『アイオワ』の巨体を激しく揺さぶり、艦橋のガラスが粉々に吹き飛ぶ。第二砲塔の側面に命中した36センチ砲弾は、分厚い表面硬化装甲を大きく抉り取り、激しい火花と黒煙を噴き上がらせた。


「被害状況を報告しろ! ジャップの戦艦は真正面だぞ!」


マクリー艦長が血を流しながら立ち上がる。アメリカが誇る絶対のレーダー防衛網は、日本の『電脳』によるジャミングとゴースト生成の前に完全に幻惑され、一発の反撃もできないまま致命的な先制攻撃を許してしまったのだ。


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同日 午後10時30分

ハワイ諸島沖合 夜戦空域

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探照灯の白い光芒と、主砲の放つオレンジ色の閃光が、狂乱の交響曲となって漆黒の海原を支配していた。


「敵戦艦『アイオワ』に命中弾多数! しかし、致命傷には至っていません! 敵の装甲は異常なほど強固です!」


『金剛』の砲術長が、測距儀を覗き込みながら叫んだ。

日本の36センチ砲弾を何発も浴びながら、『アイオワ』は微速も落とさずに陣形を維持している。アメリカの工業力が生み出した新鋭戦艦の防御力と、マニュアル化されたダメージコントロール(損害復旧)能力は、まさに「浮かぶ要塞」と呼ぶにふさわしい頑強さであった。


「構わん! 敵のレーダーが狂っている間に、距離をさらに詰めろ! 徹底的に装甲を削り落とせ!」


小柳大佐が追撃を命じる。

しかし、アメリカ軍も黙って殴られ続けているわけではなかった。


「レーダーは捨てろ! 肉眼と光学測距儀でジャップの探照灯を狙い撃て! 16インチ砲、反撃開始!」


ジョンソン砲術長の号令で、『アイオワ』と『ニュージャージー』の16インチ主砲が暗闇の火元へ向けて直接照準による反撃を開始した。重量1.2トンの砲弾が海面を叩き割り、『金剛』の直近に巨大な水柱を立てる。


両軍の戦艦同士が、装甲と砲弾を限界まで削り合う凄惨な撃ち合いに突入したその足元で、海を切り裂く「もう一つの殺意」が、猛烈な速度でアメリカ艦隊の懐へと殺到していた。


「機関出力最大! 40ノットを維持しろ! アメリカの鈍重な戦艦に、水雷戦隊の華を見せてやれ!」


豊栄大日本帝国・第三機動艦隊に所属する超高速駆逐艦『島風』艦長の広瀬ひろせ ひろし中佐が、艦橋の窓を開け放ち、海風を顔に受けながら咆哮した。


鍋島家(佐賀精密機械)が極限の高圧高温ボイラーを積み込み、ブロック工法で量産した『島風』『嵐風』『疾風』『追風』をはじめとする島風型超高速駆逐艦の群れである。彼らは、戦艦同士の砲撃戦の死角を縫い、時速40ノット(約74キロ)という駆逐艦の常識を覆す猛烈なスピードで、アメリカ艦隊の輪形陣へと肉薄していた。


「目標、敵旗艦エセックス級空母群! 次世代酸素魚雷、発射管開け!」


広瀬中佐の命令とともに、『島風』の甲板に備えられた零式五連装魚雷発射管が、重々しい金属音を立ててアメリカ空母群へと旋回する。


「撃てェッ!」


シュポンッ! という乾いた圧縮空気の音とともに、航跡を全く残さない次世代型の酸素魚雷が、次々と暗黒の海中へと飛び込んでいった。


レーダーを無効化され、戦艦の砲撃戦に気を取られていたアメリカの護衛駆逐艦群は、海面下を無音で忍び寄るこの「見えない殺意」に全く気づくことができなかった。


ドゴォォォォォンッ!!!


数分後、アメリカ第5艦隊の中核である新鋭大型空母『バンカー・ヒル』の右舷水線下に、広瀬中佐が放った酸素魚雷が正確に突き刺さった。

凄まじい爆発が海面を隆起させ、基準排水量3万トンの巨体が悲鳴を上げて右へ傾斜する。


「『バンカー・ヒル』に魚雷命中! 浸水始まります!」


『タイコンデロガ』のCICで、スプルーアンス中将はついに冷静さを失い、海図台を強く殴りつけた。


「ジャップの水雷戦隊がそこまで入り込んでいるだと!? 直衛の駆逐艦は何をしている!」


「ダメです! 敵の駆逐艦は速度が速すぎます! レーダーのジャミングと相まって、捕捉すらできません!」


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同日 午後11時

ハワイ沖 空母決戦空域 上空

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水上の戦乱が極致に達する中、ハワイの夜空からは、さらなる「死の雨」が舞い降りようとしていた。


「水上部隊が敵の目を完全に引き付けてくれているぞ。これより我々も夜祭りに参加する!」


上杉航空製の四二式夜間戦闘機『月光改』の護衛を受けながら、闇夜の雲海を滑るように進んできたのは、上杉航空製・三六式艦上攻撃機『天山』の夜間雷撃特化部隊であった。彼らは、機首に搭載された黒田精機製の小型対水上電探レーダーを頼りに、炎上するアメリカ艦隊の真上へと完全に無音で忍び寄っていた。


「目標、燃え盛るエセックス級! 魚雷、投下テー!」


『天山』の腹部から切り離された航空魚雷が、水上の混乱に乗じて次々とアメリカ空母群へ向けて放たれる。


「上空からも雷撃機だ! 撃ち落とせ! VT信管の弾幕を張れ!」


アメリカ軍の防空指揮官が絶叫し、生き残っている5インチ両用砲が空へ向けて火を噴く。だが、『仁淀』が放ち続ける電波妨害ジャミングと、暗闇という物理的な盾の前に、アメリカ軍の対空砲火は昼間のような命中精度を発揮できず、砲弾は空しい虚空で炸裂を繰り返した。


ズドォォォォンッ!!


さらに数本の魚雷が、空母『レキシントン(CV-16)』と戦艦『ニュージャージー』の土手っ腹に命中し、巨大な火柱が夜空を焦がす。


だが、アメリカのマニュファクチャリングが生み出した「浮く金庫」の生存性は、ここでも異常なまでの粘りを見せていた。


「ダメージコントロール班、急げ! 浸水区画の隔壁を完全閉鎖! 反対舷に注水して傾斜を復元させろ!」


『バンカー・ヒル』や『ニュージャージー』の艦内では、炎と海水の猛威に怯むことなく、マニュアル化された完璧な復旧作業が進行していた。日本の酸素魚雷を食らえば通常なら轟沈免れないダメージであっても、彼らは区画細分化の恩恵で強引に艦を海面に浮かせ続け、微速ながらも陣形を維持しようと足掻いている。


「……沈まんな。アメリカの艦は、まるでゴム毬のようにしぶとい」


『金剛』の艦橋で、小柳大佐は燃え盛るアメリカ艦隊を睨みつけながら、舌打ちをした。

双方の艦隊は、装甲を限界まで削り合い、互いの兵士の血を際限なく海へ流し込んでいる。一撃必殺の夜戦を企図した日本軍の思惑も、アメリカの狂靭な生存能力の前に、完全な決着をつけるには至っていなかった。


「夜が明ければ、再び敵の無尽蔵の航空機が飛んでくる。……全艦隊、煙幕を展開して一時後退。夜明けの航空戦へ向けて、陣形を再編せよ!」


第二機動艦隊司令長官・小沢治三郎中将の冷徹な引き際の号令により、日本の夜戦突入部隊は、探照灯を消し、闇夜に紛れて素早く海原へと消え去っていった。


狂乱の夜戦が過ぎ去ったあとのハワイ沖の海原には、無数の艦艇の残骸と、重油の燃える赤い炎だけが不気味に残されている。


日本の『電脳』による魔眼と精密な夜戦技術。

アメリカの『マニュファクチャリング』が生み出した絶対的な装甲とダメージコントロール。


両軍の意地と技術が限界で拮抗し、決着の天秤をどちらにも傾かせることなく、太平洋の覇権を懸けた空母決戦は、さらに夥しい血を要求する「二日目の夜明け」へと、その凄惨な舞台を持ち越していくのであった。

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