表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/112

第68章 地下迷宮の死闘

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1944年4月14日 午後3時

ハワイ諸島 オアフ島沖合

豊栄大日本帝国海軍 第一艦隊旗艦『大和』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ハワイの空を引き裂くような轟音が、突如として途絶えた。

それは、数日間にわたりオアフ島の防衛線を絶対的な火力で支え続け、アメリカの巨大な上陸船団を恐怖のどん底に叩き落としてきた「神の鉄槌」が、ついにその限界を迎えた瞬間であった。


第一艦隊旗艦『大和』の作戦室は、耳鳴りがするほどの重苦しい静寂に包まれていた。


「……全艦より報告。46センチ主砲弾、ならびに15.5センチ副砲弾、すべて撃ち尽くしました。弾薬庫は完全にからです」


第一艦隊・通信参謀の黒河内くろこうち おさむ中佐が、乾ききった唇を舐めながら、第一艦隊司令長官の松平まつだいら 保男もりお大将へと報告した。

ワイキキの海岸線に集積されつつあったアメリカ軍の巨大な海岸堡ビーチヘッドへ向けて放たれた最後の三式弾と徹甲榴弾の雨は、無数のM4シャーマン戦車や弾薬の山を蒸発させ、アメリカ軍に天文学的な出血を強いた。

だが、どれほど分厚い装甲を誇ろうとも、弾丸を放つことができなくなった戦艦は、もはや海に浮かぶ巨大な標的に過ぎない。


松平大将は、硝煙の匂いが染み付いた軍服の襟を正し、海図の上のオアフ島を静かに見つめた。


「我々の役目は終わった。ルーズベルトの物量を限界まで削り取り、この島にすべてを引きずり込むという大任は果たした。……これより第一艦隊は反転し、退避行動に移る。あとの島の防衛は、地下に潜る陸海軍の将兵たちに託すしかない」


大和型5隻をはじめとする巨大な鉄の山脈が、ゆっくりと舳先を巡らせ、オアフ島沿岸から離脱していく。

それは、オアフ島の守備隊にとって、頭上を護護してくれていた「絶対的な傘」が物理的に消滅したことを意味していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同日 午後4時

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 旗艦『タイコンデロガ』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第一艦隊の反転と射撃停止の事実は、すぐさま沖合に展開するアメリカ第5艦隊のレーダーと偵察機によって確認された。


「司令官! ジャップの戦艦群がオアフ島から離れていきます! 奴らの弾薬は完全に尽きました! オアフ島沿岸の脅威は消滅しました!」


旗艦『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、情報参謀が歓喜の絶叫を上げた。

第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、冷え切ったコーヒーカップを強くテーブルに置き、その冷徹な双眸に獰猛な復讐の炎を宿らせた。


「ジャップの巨砲が去った今、このハワイの海と空は完全に我々のものだ。これより、失われたアメリカン・ボーイズたちの血の代償を、あの島に隠れ潜むジャップどもにたっぷりと支払わせる」


スプルーアンス中将は、指揮棒でオアフ島の地図を力強く叩いた。


「第64任務部隊の全戦艦および巡洋艦は、オアフ島の沿岸へ極限まで接近しろ。大和の射程を恐れる必要はもうない。島の形が変わるまで、残るすべての艦砲射撃を内陸部へ向けて放て! 同時に、エセックス級空母群の全航空機を発艦させ、空から島を更地にしろ! 一匹のネズミも生き残れないほどに、圧倒的な質量で押し潰すのだ!」


スプルーアンスの号令とともに、アメリカ軍の狂気的な反撃の火蓋が切って落とされた。

旧式戦艦『コロラド』『メリーランド』をはじめ、新鋭戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』の16インチ砲が、オアフ島の沿岸スレスレから直接照準に近い角度で火を噴く。空からは数百機のSBDドーントレス急降下爆撃機とTBFアベンジャー雷撃機が飛来し、1000ポンド爆弾の雨を降らせた。


ワイキキの市街地やダイヤモンドヘッドの山肌が、凄まじい爆発によって土砂もろとも天高く吹き飛ばされていく。

アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」が溜め込んだ無尽蔵の弾薬が、一切の出し惜しみなく、オアフ島の大地を物理的に削り取っていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同日 午後5時

ハワイ諸島 オアフ島 ワイキキ海岸

アメリカ合衆国海兵隊 第5水陸両用軍団

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第一艦隊の最後の砲撃によって地獄の業火に包まれたワイキキの海岸線であったが、アメリカの生産力は、その損失すらも数時間で強引に上書きしてみせた。


沖合から、新たな戦車揚陸艦(LST)と歩兵揚陸艇(LCI)の群れが次々と浅瀬に乗り上げ、巨大な観音開きのバウ・ドアを開け放つ。そこから、デトロイトの工場で出荷されたばかりの真新しい『M4シャーマン中戦車』が数十両単位で吐き出され、後続の輸送船からは天文学的な量のKレーション(戦闘糧食)や弾薬が砂浜へと積み上げられていく。


「前進だ! ジャップの大砲はもう飛んでこない! 艦砲射撃の弾幕に合わせて、一気に内陸の防衛線を突破しろ!」


アメリカ陸軍・第1歩兵師団の歩兵分隊長、トーマス・E・ライアン軍曹は、M1ガーランド小銃を頭上に掲げ、泥と血にまみれた兵士たちを鼓舞した。

彼らの前には、先ほどの砲撃を生き延びたアメリカ合衆国海兵隊・第5水陸両用軍団 第2海兵連隊 歩兵分隊長のジョン・H・ミラー伍長が、トンプソン短機関銃を握りしめ、虚ろな目をしながらも前進を再開していた。


「地獄の釜の底から、ようやく這い出せたってわけか。……だが、あのヤシの木の奥に、まだジャップのトーチカが残っているぞ!」


ミラー伍長が指差す先、艦砲射撃で焼け野原となったはずの斜面の奥に、コンクリートと火山岩で巧妙に偽装された日本軍の銃眼が、不気味に口を開けていた。


「心配するな、ミラー。地下のネズミどもを炙り出すための『特効薬』を持ってきた」


彼らの背後から、重い装備を背負ったアメリカ合衆国海兵隊・第5水陸両用軍団 第2海兵連隊の工兵中隊長、ロバート・J・オニール大尉が、冷酷な笑みを浮かべて歩み出てきた。

オニール大尉が率いる工兵部隊の兵士たちは、背中に巨大な燃料タンクを背負った火炎放射器部隊と、分厚いサッチェル・チャージ(爆薬包)、さらには新型の対戦車ロケット弾「バズーカ」を抱えた、陣地破壊のプロフェッショナル集団であった。


「ライアン軍曹のシャーマン戦車を盾にして前進しろ! トーチカの死角に回り込み、銃眼から火炎を流し込め! コンクリートごとナパームで焼き尽くすんだ!」


オニール大尉の号令で、アメリカ軍の歩兵と工兵の混合部隊が、M4シャーマンの鋼鉄の巨体の後ろに隠れながら、じりじりと日本軍の防衛線へと肉薄していった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同日 午後6時

オアフ島 ダイヤモンドヘッド中腹

第一艦隊防衛工兵特務小隊 地下要塞

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


頭上の岩盤を揺るがすアメリカ軍の艦砲射撃の地響きが続く中、地下十数メートルに掘り抜かれた坑道の暗闇では、日本の守備隊が限界ギリギリの死闘を繰り広げていた。


「……第4トーチカ、応答ありません! 敵の火炎放射器にやられました!」


カンテラの薄暗い灯りの中、第一艦隊防衛工兵特務小隊の高橋たかはし 平蔵へいぞう曹長が、防毒マスク越しに激しく咳き込みながら絶叫した。坑道内には、アメリカ軍が撃ち込んできたナパームの強烈な熱気と、焼け焦げた肉の臭いが充満している。


「怯むな! 敵が接近してきたなら、逆にキルゾーンへ引きずり込め!」


第一機関銃小隊長の小林こばやし しげる曹長は、煤にまみれた顔で軍刀を握りしめ、銃座の射手たちを怒鳴りつけた。

彼らの前には、井伊銃器製の『三〇式重機関銃』が銃身を真っ赤に焼きながら据え付けられている。藤堂製作所の油圧緩衝器を備えたこの重機関銃は、反動を完全に殺し、針の穴を通すような精密な弾幕を形成することができた。


「距離50! シャーマンの背後に隠れている歩兵を削り落とせ! 撃てェッ!」


ダダダダダダダッ!!


小林曹長の号令とともに、岩陰の銃眼から猛烈な火線が噴き出した。

M4シャーマンの背後に隠れていたライアン軍曹の部下たちが、足元を正確に薙ぎ払われ、次々と血飛沫を上げて倒れ込む。


「クソッ、ジャップの機関銃だ! 戦車砲で吹き飛ばせ!」


ライアン軍曹が叫び、M4シャーマンの75ミリ砲が火を噴く。砲弾が日本軍のトーチカの周囲に着弾し、コンクリートの破片が飛び散る。しかし、越前松平重工業製の極厚装甲鋼板で補強された地下要塞の壁は、75ミリ砲の直撃にも耐え抜いていた。


「装甲が厚すぎる! オニール大尉、火炎放射器を!」


「任せろ!」


オニール大尉の指示を受けた火炎放射兵が、岩陰から飛び出し、日本軍の銃眼へ向けてノズルを構えようとした。

だが、その瞬間。


「もらったぞ、アメ公! 速射砲、発射!」


さらに奥の偽装陣地から、独立速射砲中隊の射手、佐藤さとう 健太けんた一等兵が、水戸徳川造兵工機製の『三九式四十七粍対戦車速射砲』の引き金を引いた。

極限まで姿勢を低く設計された砲眼から放たれた徹甲弾が、火炎放射兵の背負った燃料タンクを正確に撃ち抜いた。


ドゴォォォォンッ!!


「ぎゃああああっ!!」


燃料タンクが凄まじい爆発を起こし、火炎放射兵は生きたまま巨大な火球となって吹き飛んだ。さらにその爆風と炎が周囲のアメリカ兵を巻き込み、M4シャーマンの側面を真っ黒に焦がした。


「怯むな! 敵の速射砲の位置は割れた! バズーカを撃ち込め!」


オニール大尉が自らバズーカを肩に担ぎ、佐藤一等兵のいるトーチカへ向けて成形炸薬弾を放つ。弾頭が銃眼の隙間に飛び込み、内部で炸裂した。


「うおあっ!」


佐藤一等兵は爆風で吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突して血を吐いた。速射砲の砲身はひしゃげ、沈黙を余儀なくされる。


「速射砲がやられた! 敵の戦車が距離20まで接近してきます!」

高橋曹長が血走った目で叫ぶ。


アメリカ軍は、歩兵の犠牲をいとわずにM4シャーマンを強引に前進させ、ついにはトーチカの真正面にまでキャタピラを乗り上げようとしていた。さらに、彼らは恐るべき「地形改変」の暴挙に出始めたのである。


「ブルドーザーを前に出せ! ジャップのトーチカの穴を、土砂ごと生き埋めにしてしまえ!」


オニール大尉の狂気的な命令により、後方からキャタピラー社製の巨大な装甲ブルドーザーが、凄まじいエンジン音とともに砂埃を上げて突進してきた。分厚い排土板ブレードがハワイの赤土を削り取り、日本軍の銃眼へ向けて、何トンもの土砂を直接流し込もうとする。


「クソッ、生き埋めにされるぞ!」


小林曹長が絶望的な声を上げる。機関銃の銃弾はブルドーザーの装甲板に弾かれ、土砂が次々と坑道の入り口を塞いでいく。空気穴が塞がれれば、地下要塞に籠る兵士たちは窒息死を免れない。アメリカ軍は、銃弾ではなく「土木工事の暴力」によって、日本の陣地を物理的に消去しようとしていたのである。


「……ここまでか」


小林曹長が覚悟を決めたその時。


「道を開けろ! 防空歩兵大隊、斬り込みに出る!」


地下坑道の奥深くから、野太い怒号とともに駆け上がってきたのは、豊栄大日本帝国・陸軍第十飛行師団防空歩兵大隊の中隊長、中村なかむら 龍一りゅういち大尉であった。

彼の背後には、破甲爆雷と手榴弾、そして抜き身の軍刀や銃剣を握りしめた決死の歩兵たちが、泥と血にまみれた顔に獰猛な闘志を燃やして並んでいた。


「土砂で塞がれる前に、外へ出る! 敵のブルドーザーと戦車に肉薄し、自らの手でキャタピラを断ち切れ! 大日本帝国の意地を見せてやれ! 突撃ィッ!!」


「ウオォォォォォッ!!」


中村大尉の号令とともに、完全に塞がりかけていたトーチカの銃眼や、秘密の抜け穴から、数十人の日本兵が次々と地上へと躍り出た。

彼らはアメリカ軍の圧倒的な火線の中を、死を恐れぬ猛烈な速度で駆け抜け、直接M4シャーマンと装甲ブルドーザーへと肉薄していった。


「ジャップが穴から出てきたぞ! 撃て! 撃ち殺せ!」


ライアン軍曹がトンプソン短機関銃を連射し、数人の日本兵が血を噴いて倒れる。

だが、中村大尉は身を翻して機銃弾を躱し、M4シャーマンの側面へ飛び乗った。彼の手には、吸着式の破甲爆雷が握られている。


「ルーズベルトの鉄屑め、あの世へ行け!」


中村大尉が爆雷をシャーマンの砲塔側面に叩きつけ、信管を抜く。数秒後、凄まじい爆発がM4の装甲を貫通し、車内の砲弾を誘爆させた。


「ギャアアアッ!」


ハッチから火だるまになって飛び出そうとするアメリカ兵を、中村大尉の軍刀が容赦なく一刀両断にする。

さらに他の歩兵たちも、装甲ブルドーザーのキャタピラに手榴弾の束を投げ込み、轟音とともにその無限軌道を物理的に破壊して進行を食い止めた。


「クソッ、狂っている! 奴らは死を恐れないのか!」


オニール大尉がバズーカを放り捨て、コルト・ガバメントを引き抜いて応戦する。ミラー伍長も絶叫しながら銃剣を振るい、ハワイの美しい夕陽の下で、日米の兵士たちが泥と血にまみれてもつれ合う、凄惨極まる白兵戦が展開された。


銃弾が飛び交い、火炎放射器の炎が空を焼き、肉が斬り裂かれる鈍い音が戦場を支配する。

アメリカの無尽蔵の「マニュファクチャリングの質量」と、日本の限界を超えた「地下迷宮の執念」。

第一艦隊の巨砲が去った後のオアフ島は、一歩進むごとに互いの血を一ガロン消費するような、果てしのない絶望の泥沼へと完全に沈み込んでいったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ