第66章 鉄血の乱舞
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1944年4月14日 午後3時30分
ハワイ諸島 オアフ島沖合 太平洋上空
豊栄大日本帝国 第二機動艦隊 上空
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午前の激突から数時間。エメラルドグリーンであったハワイの海は、日米両軍の流した血と、燃え盛る航空ガソリン、そして沈みゆく艦艇から漏れ出した重油によって、禍々しい赤黒い泥沼へと変貌していた。
しかし、アメリカ合衆国が誇る「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」は、自らがどれほどの出血を強要されようとも、工場のベルトコンベアの如く無機質に次の刃を送り出し続けていた。
「……レーダーに新たな感あり! 敵第五波、接近中! 機数、およそ250機! 本艦隊へ向けて真っ直ぐに突進してきます!」
豊栄大日本帝国・第二機動艦隊の旗艦、装甲空母『大鳳』の電探室で、レーダー員が血を吐くような声で絶叫した。
「まだ来るのか! ルーズベルトの工場の煙突は、底なしか!」
第二機動艦隊司令長官、小沢 治三郎中将の傍らで、首席参謀の古村 啓蔵大佐が忌々しげに海図を叩いた。
彼らの頭上では、すでに三度の出撃をこなし、極度の疲労状態にある第二機動艦隊・第2航空戦隊制空隊長の岩本 徹三少佐が率いる四二式艦上戦闘機『天風』および四〇式艦上戦闘機『烈風』の直掩隊が、アメリカ合衆国海軍・第5艦隊司令官レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将が放った無数の『F6Fヘルキャット』と凄惨なドッグファイトを繰り広げている。
だが、アメリカ軍は直掩機をヘルキャットの分厚い装甲と弾幕で強引に「拘束」し、その隙間を縫って本命の攻撃隊をねじ込んできたのである。
「防空火網、最大展開! 大鳳の装甲甲板に一発の爆弾も通すな!」
装甲空母『大鳳』艦長、菊池 朝三大佐の怒号が響く。『大鳳』を取り囲むように輪形陣を敷いていた高速戦艦『金剛』『比叡』、そして次世代防空巡洋艦『満月』などの直衛艦艇から、一斉に長10センチ高角砲の猛烈な弾幕が打ち上げられた。和泉堺の規格化による自動装填装置が狂気的な速度で火を噴き、空をオレンジ色の曳光弾で埋め尽くす。
「ジャップの対空砲火を恐れるな! デトロイトの鉄塊の硬さを教えてやれ!」
合衆国海軍・第18急降下爆撃飛行隊の編隊長、ロバート・M・ハンター少佐は、愛機『SB2Cヘルダイバー』の操縦桿を力任せに押し込み、高度4,000メートルから完全な垂直ダイブを開始した。
サイレンのような風切り音が戦場を引き裂く。日本の高角砲の破片が機体を叩き、翼に風穴を開けるが、ヘルダイバーの極厚の防弾鋼板と強靭な骨格は、機体を空中分解させることなく降下軌道を維持し続けた。
「目標、装甲空母大鳳! くたばれ、ジャップの化け物め!」
高度500メートル。ハンター少佐が投下レバーを引き、重量2,000ポンド(約900キロ)の巨大な徹甲爆弾が機体から切り離され、『大鳳』の広大な飛行甲板へと真っ直ぐに突き刺さった。
ズドガァァァァァァンッ!!!!
凄まじい衝撃波が、基準排水量3万トンを超える『大鳳』の巨体を根本から揺るがした。艦橋のガラスが粉々に吹き飛び、小沢中将や菊池艦長らも床に叩きつけられる。巨大な火柱と黒煙が飛行甲板を包み込んだ。
「飛行甲板に直撃! ……しかし、抜けません!」
煤にまみれた見張員が、歓喜の声を上げた。
島津家(西国重工)が持てる冶金技術のすべてを注ぎ込み、飛行甲板そのものを数層の特殊鋼板で覆い尽くした『大鳳』の「重装甲甲板」は、アメリカ軍の2,000ポンド爆弾の直撃を見事に弾き返し、格納庫内部への致命的な貫通と誘爆を完全に防ぎ切ったのである。甲板表面には巨大なクレーターができ、火災が発生したものの、致命傷には至らなかった。
「装甲空母の面目躍如だな。消火班、急げ! 艦隊の速力は落とすな!」
小沢中将が血を拭いながら立ち上がったその時、隣を航行していた大型正規空母『翔鶴』の方向から、耳を聾するような大爆発が立て続けに響き渡った。
「『翔鶴』、右舷水線下に魚雷命中! さらに飛行甲板に爆弾直撃!」
海面スレスレを這うように肉薄してきた、合衆国海軍・第15雷撃飛行隊の隊長、ウィリアム・T・シェパード少佐が率いる『TBFアベンジャー』の編隊が放った航空魚雷が、防御力を持たない『翔鶴』の土手っ腹を無慈悲に抉り取ったのだ。さらに上空からの爆弾が木張りの甲板を貫通し、上部格納庫で出撃待ちをしていた『流星』に積まれた航空ガソリンと魚雷に次々と誘爆を引き起こした。
「『翔鶴』大火災! 第2エレベーター吹き飛びました! 機関区画浸水、速力低下します!」
『翔鶴』艦長、城島 高次大佐の血を吐くような悲鳴が無線越しに届く。
「……アメリカの物量は、我々の装甲と弾薬をどこまですり減らせば気が済むのだ」
燃え盛る『翔鶴』の巨体を見つめながら、小沢中将はギリッと奥歯を噛み締めた。アメリカは、パイロットの犠牲など一切顧みず、ひたすらに鉄と爆薬を投げ込み続けている。このまま防戦一方になれば、いかに装甲空母であろうと、いずれは限界を迎える。
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同日 午後4時20分
ハワイ諸島沖合 空戦空域
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上空の制空戦もまた、人間の限界を遥かに超えた狂気の泥沼へと陥っていた。
「クソッ、何機落とせば終わるんだ! アメ公の空母は無限の工場か!」
第二機動艦隊の岩本徹三少佐は、愛機『天風』の操縦桿を握る手が完全に痺れ、極度のG(重力加速度)によるブラックアウトで視界の端が黒く染まるのを、気付け薬を噛み砕くことで強引に堪えていた。
彼の眼前には、合衆国海軍・第11戦闘飛行隊のジェームズ・H・カーター少尉ら、アメリカの新兵たちが操る『F6Fヘルキャット』の群れが、まるで銀色の壁のように立ちはだかっていた。彼らは『天風』の2500馬力の出力と30ミリ機関砲の威力を熟知しており、決して単独でのドッグファイトには応じない。常に二機一組の「サッチ・ウィーブ(交差戦法)」を維持し、弾幕の網の目で日本機を絡め取ろうとする。
ダダダダダダッ!!
6門の12.7ミリ重機関銃が放つ猛烈な火線が、岩本の『天風』の主翼を掠める。
「システム戦術がなんだ! 機械の部品になり下がった素人が、武士の魂に勝てると思うな!」
岩本はスロットルを押し込み、二重反転プロペラの爆発的な加速力でF6Fの弾幕を強引に突破。すれ違いざまに30ミリ機関砲を叩き込み、カーター少尉の僚機の分厚い装甲板を叩き割って火だるまに変えた。
しかし、その代償として岩本の機体も被弾し、エンジンカウルから微かな黒煙が上がり始めていた。日米のパイロットたちは、機体性能、装甲、そして己の肉体のすべてを限界まですり減らしながら、互いの血を空に撒き散らし続けていたのである。
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同日 午後5時00分
アメリカ第5艦隊 機動空母打撃群 上空
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アメリカ軍の第五波攻撃隊が日本の機動艦隊を蹂躙していたまさにその同時刻、アメリカ第5艦隊の頭上にも、豊栄大日本帝国からの「死の返礼」が容赦なく襲いかかっていた。
「……敵の対空火網、来ます。タラワで我々を苦しめた『悪魔の信管(VT信管)』です。全機、欺瞞紙散布準備!」
第四機動艦隊・第4航空戦隊の攻撃隊長、関 衛少佐の冷徹な号令が、機内通信に響く。彼が率いるのは、四三式艦上攻撃機『迅星』と三九式艦上攻撃機『流星』からなる、計200機を超える雷爆統合の大編隊であった。
ズドォォォォンッ!!
アメリカの護衛駆逐艦群が放った無数の5インチ両用砲弾が、空中で自動起爆し、空全体を黒い爆発の壁で塗りつぶそうとする。
「第一欺瞞隊、散布開始!」
関少佐の命令とともに、前衛を飛ぶ数機の『彩雲』の腹部から、美濃の算盤と和泉堺の職人が生み出した数百万枚の「電波欺瞞紙」が、銀色の吹雪となってハワイの空へ解き放たれた。
「まただ! ジャップの金属片のせいで、VT信管が空中で勝手に起爆しているぞ!」
米新鋭大型空母『タイコンデロガ』の艦橋で、対空射撃指揮官が絶叫する。アメリカの絶対的な防空システムは、日本の物理的な欺瞞によって再び巨大な風穴を開けられた。
「安全回廊が開いたぞ! 目標、敵旗艦エセックス級! 迅星隊、全機突入!」
関少佐の乗る『迅星』が、2000馬力級エンジンの出力を全開にして、海面スレスレを超低空で這うように突進する。ボフォース40ミリ機関砲の猛烈な水柱を紙一重で回避しながら、巨大な『タイコンデロガ』の土手っ腹を照準に捉えた。
「雷撃、投下!」
海面から数十メートルの高度で放たれた『二九式改航空魚雷』が、白い航跡を引いて突き進む。同時に、高高度からは『流星』と『彗星』の群れが、完全な垂直ダイブで急降下爆撃を敢行した。
ドゴォォォォンッ!! ズドォォォォンッ!!
「左舷中央部に魚雷2本命中! 飛行甲板に500キロ爆弾直撃!」
『タイコンデロガ』の巨体が海を泡立てて激しく横転し、巨大な水柱と炎のキノコ雲が艦を包み込んだ。飛行甲板のエレベーターが吹き飛び、格納庫内で出撃準備中であったF6F戦闘機が次々と誘爆を引き起こす。さらに、隣を航行していた新鋭空母『エセックス』にも魚雷が命中し、右舷へ大きく傾斜し始めた。
「やったぞ! 敵旗艦、大破炎上!」
関少佐ら日本の熟練パイロットたちが歓喜の声を上げる。
だが、アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」の恐ろしさは、ここからであった。
「消火班、急げ! 燃料ラインのバルブを遮断! スプリンクラー全開! 隔壁を油圧で即座に閉鎖しろ!」
炎上する『タイコンデロガ』の艦内で、アメリカのダメージコントロール要員(ダメコン班)たちが、炎の猛威に怯むことなく、マニュアル化された完璧な消火作業を開始した。燃え盛る機材はブルドーザーで海へ蹴り落とされ、浸水した区画は油圧隔壁で瞬時に封じ込められる。日本の正規空母であれば致命傷になりかねない大火災が、アメリカの空母ではわずか数十分のうちに鎮火へと向かいつつあった。
「……沈まないだと? あれだけの魚雷と爆弾を食らって、まだ微速で陣形を維持しているぞ!」
上空からその光景を見た関少佐が、驚愕に目を見開く。「沈めば次を造る」消耗品ドクトリンの産物でありながら、「絶対に致命傷を負わない不沈の箱」として区画細分化されたアメリカの空母の生存性は、異常なレベルに達していた。
「一撃で沈まんのなら、沈むまで何十発でも叩き込むまでだ! 第二波、突入しろ!」
関少佐は血を吐くような声で叫び、自らの機体を再び火線の中へと反転させた。
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同日 午後6時00分
ハワイ沖 空母決戦空域
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太陽が西の水平線に沈みかけ、太平洋の海原が急速に赤黒い黄昏に包まれても、日米両軍の死闘は終わる気配を見せなかった。
「『翔鶴』、ついに機関停止。総員退艦を開始しました。さらに『海龍』も被弾により大火災を起こしています……」
『大鳳』の艦橋で、古村参謀が苦渋に満ちた声で小沢中将に報告した。
同じ頃、アメリカ第5艦隊の『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)でも、スプルーアンス中将がスプリンクラーの煤水に塗れながら、絶望的な報告を受けていた。
「『エセックス』、浸水が止まらず戦列を離脱。『ワスプ』は飛行甲板大破。護衛の巡洋艦も数隻が魚雷の餌食となりました……」
双方が互いの肉を切り刻み、骨を砕き合う、極限の削り合い。
空は無数の航空機の残骸と黒煙で覆われ、海には沈みゆく鋼鉄の城と、血に染まった兵士たちが無数に漂っている。
「……夜が来る」
小沢治三郎中将は、双眼鏡を下ろし、暗黒に包まれつつある東の海原を睨みつけた。
空母決戦において、夜間は「航空機の目」が奪われる絶対的な休戦時間であると同時に、水上打撃部隊による「夜戦」という新たな恐怖の幕開けを意味していた。
「ルーズベルトの化け物たちは、これだけ血を流しても決して退こうとはしない。アメリカの消火ポンプの水が枯れるまで、我々も最後の一滴の血を流す覚悟が必要だな」
スプルーアンス中将もまた、燃え盛る自艦の甲板から西の闇を見つめ、歯が砕けそうになるほど強く噛み締めていた。
「退く場所などない。ハワイを奪われた我々には、ここでジャップの機動部隊を道連れにしてでも沈めるしか、合衆国の未来を繋ぐ道はないのだ」
人類史上最大にして究極の「空母決戦」。
両軍の血と鉄が際限なく消費されるこの地獄の釜は、決着の天秤をどちらにも傾かせることなく、狂気に満ちた暗黒の夜へとその凄惨な戦いを持ち越そうとしていたのである。




