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第64章 流血の海原

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1944年4月14日 午前10時20分

ハワイ諸島 オアフ島沖合 太平洋上空

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 第16攻撃飛行隊

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エメラルドグリーンの太平洋は、空から降り注ぐ無数の鉄骸と燃え盛る航空ガソリンによって、どす黒い死の海へと変貌していた。


「……第11攻撃飛行隊より通信。ジャップの機動部隊は、我が方の空母群へ波状攻撃を仕掛けてきている。我々の空母が完全にすり潰される前に、敵の飛行甲板を一つ残らず海の底へ沈めろ!」


合衆国海軍・第16攻撃飛行隊の編隊長、アーサー・W・ハミルトン少佐は、愛機である新型急降下爆撃機『SB2Cヘルダイバー』の操縦桿を強く握りしめ、防喉マイク越しに部下たちへ怒号を飛ばした。


彼の背後には、アメリカの巨大な自動車工場ラインから吐き出されたばかりのSB2Cヘルダイバーおよそ80機、そしてTBFアベンジャー雷撃機70機が、空を覆い尽くすほどの黒い雲となって密集陣形を組んでいる。さらにその周囲には、護衛のF6Fヘルキャット戦闘機が100機以上、分厚い防弾鋼板を盾にして飛び回っていた。


「隊長、この『野獣サノバビッチ』の操縦は骨が折れますぜ。SBDドーントレスの方がよっぽど素直に飛んでくれた」

後部銃出席に座るトーマス・R・クラーク軍曹が、ぼやきながら12.7ミリ連装旋回機銃のグリップを握り直す。


「文句を言うな、クラーク。ドーントレスの倍の爆弾(2,000ポンド)を腹に抱えて飛べるんだ。ルーズベルト大統領がデトロイトの工場をフル稼働させて用意してくれたこの鉄の塊で、ジャップの空母の装甲甲板ごとブチ抜いてやるんだよ」


ハミルトン少佐の視線の先、水平線の彼方に、幾筋もの白い航跡を引いて海原を突き進む巨大な輪形陣が姿を現した。

豊栄大日本帝国・第五機動艦隊。真田さなだ 幸道ゆきみち中将が率いる、新造艦艇のみで編成された極めて足の速い真新しい「剣」である。


「目標視認! ジャップの空母群だ! 装甲空母らしき大型艦が2隻、中型空母が3隻! 防空巡洋艦の輪形陣の中央に鎮座しているぞ!」

ハミルトン少佐が絶叫する。


「全機、攻撃態勢! F6F部隊はジャップの直掩機を引き付けろ! 爆撃隊と雷撃隊は、十字砲火クロスファイアで空母の土手っ腹と甲板を同時にえぐり取るぞ!」


アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」が放った圧倒的な質量が、ついに日本の機動部隊の喉元へとその巨大な牙を突き立てた。


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同日 午前10時30分

豊栄大日本帝国 第五機動艦隊

次世代防空巡洋艦『満月まんげつ』 防空指揮所

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「敵大編隊、接近! 距離4万! 雲上より急降下爆撃機、海面スレスレより雷撃隊が同時突入してきます!」


第五機動艦隊の最外郭で盾となるべく配置された新造防空巡洋艦『満月』の電探室で、レーダー員が悲鳴のような報告を上げた。


「慌てるな。我々はこの日のために造られたのだ」


防空巡洋艦『満月』艦長、大塚おおつか 幹夫みきお大佐は、双眼鏡越しに黒く染まりゆく西の空を睨みつけ、極めて冷徹な声で命じた。

『満月』は、第一艦隊の盾として活躍した秋月型の船体をさらに大型化し、アメリカ軍の飽和攻撃を物理的に叩き落とすために設計された次世代の防空専用艦であった。


「目標、右舷より接近する敵雷撃隊! 長10センチ高角砲、全門指向! 自動装填装置、最大稼働!」


『満月』をはじめとする『清月』『大月』『白月』の4隻の防空巡洋艦に搭載された計32門の長10センチ高角砲が、和泉堺の極限の規格化によって生み出された自動装填機構の唸り音とともに、一斉に火を噴いた。


ドゴォォォォォンッ!!


「対空戦闘、撃ち方始めッ!!」


オレンジ色の曳光弾が、まるでレーザービームのように海面スレスレを這うTBFアベンジャーの編隊へと襲いかかる。VT信管がなくとも、和泉の職人が削り出した精緻な時限信管と、美濃の竹中数理演算所が開発した弾道計算機の完璧な連携により、アメリカ軍の雷撃機は次々と空中で粉砕され、火の玉となって海面に突き刺さっていった。


だが、アメリカ軍の「量」は、日本の想像を絶していた。


「防空火網、突破されます! 敵機、数が多すぎます! 第2波、第3波が間断なく突入してくる!」

大塚大佐の顔に、初めて焦燥の色が浮かんだ。


上空では、2500馬力級のエンジンを唸らせる四二式艦上戦闘機『天風』の編隊が、F6Fヘルキャットの分厚い壁に突っ込み、30ミリ機関砲で次々と敵機を叩き割っていた。しかし、1機を落とす間に3機のヘルキャットが群がり、数の暴力で『天風』を乱戦の泥沼へと引きずり込んでいる。


直掩機が敵戦闘機に完全に釘付けにされているその「黄金の隙」を、ハミルトン少佐の爆撃隊は見逃さなかった。


「ジャップの対空砲火は雷撃隊に集中している! 頭上がガラ空きだ! 今だ、野獣ヘルダイバーのダイブブレーキを開け! 突っ込めェェッ!」


高度4,000メートルから、80機のSB2Cヘルダイバーが、サイレンのような風切り音とともに完全な垂直ダイブを開始した。


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同日 午前10時40分

第五機動艦隊 中型快速空母『海龍かいりゅう

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「敵急降下爆撃機、本艦の真上! 急速降下してきます!」


第五機動艦隊の陣列の中央。基準排水量1万8000トンの中型快速空母『海龍』の羅針艦橋で、見張員が空を指差して絶叫した。


『海龍』艦長、高橋たかはし 良一りょういち大佐は、上空から隕石のように迫り来る黒い機影の群れを見上げ、即座に号令を飛ばした。


面舵一杯ハード・ア・スターボード! 回避しろ! 対空機銃、全門上へ向けろ!」


『海龍』の艦体が、34ノットの猛スピードのまま激しく右へ傾き、海面を泡立てて急旋回を試みる。飛行甲板の両舷に配置された25ミリ三連装機銃が、銃身を真っ赤に焼きながら天へ向けて必死の弾幕を張り巡らせた。


ダダダダダダダッ!!


数機のヘルダイバーが機銃弾を浴びて空中で爆散する。しかし、ハミルトン少佐は被弾した僚機を顧みることなく、照準器の十字線に『海龍』の木張りの飛行甲板をピタリと捉えていた。


「装甲空母じゃない通常空母だ! 甲板をブチ抜けば沈むぞ! 爆弾、投下リリース!」


高度わずか500メートル。ハミルトンが投下レバーを引いた瞬間、重量2,000ポンド(約900キロ)の巨大な徹甲爆弾が機体から切り離され、『海龍』の飛行甲板へと真っ直ぐに突き刺さった。


ズドガァァァァァァンッ!!!!


凄まじい衝撃波が『海龍』の艦体を根本から揺るがした。

アメリカ軍の2,000ポンド爆弾は、木張りの飛行甲板をティッシュペーパーのように貫通し、艦の心臓部である上部格納庫のど真ん中で炸裂したのである。


「格納庫で大爆発! 第2エレベーター吹き飛びました!」

「火災発生! 航空ガソリンに引火ッ!」


艦橋にいる高橋大佐の足元が跳ね上がり、全員が床に叩きつけられた。


日本の空母が抱える致命的なアキレス腱。それは、艦載機の搭載量を増やすために格納庫を密閉式にし、かつ装甲空母以外は飛行甲板に防御力を持たせていないことであった。

爆弾が格納庫内で炸裂した瞬間、そこに満載されていた航空ガソリンと、出撃待ちであった『流星』に懸架されていた魚雷や爆弾が、次々と連鎖的な誘爆を引き起こしたのである。


ドドォォォォンッ!! ズガァァァンッ!!


巨大な火柱が『海龍』の飛行甲板を突き破り、数百メートルの高さまで黒煙のキノコ雲を噴き上げた。分厚い鉄の甲板がめくれ上がり、燃え盛る航空機が次々と海へと滑り落ちていく。


「消火班、急げ! 隔壁を閉鎖し、スプリンクラーを全開にしろ! 弾薬庫への注水急げ!」


高橋大佐が血を流しながら怒鳴るが、艦内の状況はすでに絶望的であった。

アメリカのエセックス級空母が、被弾しても区画を細分化し、大火災を数十時間で鎮火させる強靭なダメージコントロール(ダメコン)能力を持っているのに対し、日本の中型空母は、軽量化と引き換えに火災に対する脆弱性を極限まで高めてしまっていたのだ。


「ダメです! 消火パイプが爆発で切断されました! 水圧が上がりません!」

「第1格納庫の火災、抑えきれません! 弾薬庫の温度が急上昇しています!」


艦内から逃げ出してきた整備兵たちが、炎に包まれて甲板をのたうち回っている。

『海龍』の機関部は無傷であったが、上部構造物を舐め尽くす紅蓮の炎は、すでに人間の手で制御できる次元を超えていた。


「……ここまでか」


高橋大佐は、真っ赤に燃え上がる自艦の飛行甲板を見つめ、静かに軍帽を脱いだ。


「総員、退艦せよ。……御真影(天皇陛下の写真)を移乗させろ。私は残る」


「艦長! まだ助かります! 一緒に……」


「行けッ! 貴様らは生きて、再び空母に乗ってアメリカの鉄屑どもを沈めるのだ! これは命令だ!」


高橋大佐の怒号に背中を押され、生き残った乗員たちが次々と燃え盛る艦から海へと飛び込んでいく。

その数十分後、誘爆が弾薬庫に達した『海龍』は、腹の底から引き裂かれるような大爆発を起こし、1万8000トンの巨体を真っ二つに折って、無数の将兵とともに太平洋の深い海の底へと沈んでいったのである。


アメリカのマニュファクチャリングが放った無尽蔵の航空質量は、ついに日本の第五機動艦隊の輪形陣をこじ開け、貴重な正規空母を一隻、完全に葬り去ったのだ。


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同日 午後1時

アメリカ第5艦隊 旗艦 新鋭大型空母『タイコンデロガ』

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「……第16攻撃飛行隊より報告! ジャップの中型空母1隻を撃沈! さらに装甲空母1隻(『祥鳳』)に爆弾複数発命中、大火災を発生させています!」


旗艦『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、通信参謀が歓喜の声を上げた。


第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、海図台の前で腕を組み、冷徹な表情のまま小さく頷いた。


「犠牲を払った甲斐があったな。ジャップの機動部隊は無敵ではない。奴らの空母は職人技で作られた芸術品だが、装甲の薄い箇所(飛行甲板)を上からブチ抜けば、火だるまになって沈むただの鉄の箱だ」


スプルーアンスは、コーヒーカップを口に運びながら、太平洋の海図を冷ややかに見つめた。


「だが、油断はするな。我々がジャップの空母を沈めたということは、奴らも我々に対して、同じかそれ以上の殺意をもって波状攻撃を継続してきているということだ。……第11任務群の状況はどうなっている?」


その問いに対し、参謀の顔からスッと血の気が引いた。


「……被害甚大です。ジャップの『流星』と『彗星』の波状攻撃により、新鋭空母『バンカー・ヒル』の飛行甲板が大破、発着艦不能。『エセックス』も魚雷1本を被弾し、微速航行中。さらに……護衛の新鋭戦艦『インディアナ』が、敵雷撃機の集中攻撃を受けて大火災を起こし、戦列を離脱しました」


アメリカ軍の「VT信管(近接信管)」は、日本の「電波欺瞞紙チャフ」によってその弾幕に巨大な風穴を開けられていた。

その隙を突き、山口 多聞中将率いる第三機動艦隊と、小沢 治三郎中将の第二機動艦隊が放つ、合わせて500機以上の攻撃隊が、アメリカ艦隊の頭上へ休むことなく殺到し続けていたのである。


「消火ポンプを止めさせるな! 我々のアメリカン・ダメージコントロールの限界を見せてやれ! 沈まなければ、西海岸のドックへ持ち帰って一ヶ月で新品に直せるんだ!」


スプルーアンスは怒鳴った。

アメリカの空母は「不沈の金庫」として設計されている。しかし、日本の熟練パイロットたちは、その金庫を沈めるために「一撃」ではなく、執拗な「波状攻撃」を選択していた。消火班が火を消し止めた端から、第二波、第三波が飛来し、新たな爆弾を投下してくる。

いかに優れたマニュアルと機材があろうとも、それを運用する生身のアメリカ水兵たちの疲労と恐怖は、すでに限界を迎えつつあった。


「司令官! 北西方向より、新たな敵編隊が接近! ジャップの第四波です! 数、およそ150機!」


「まだ来るのか! 奴らの弾薬庫は底なしなのか!」


スプルーアンスは、レーダーのスクリーンに無数に湧き出す光点を見つめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。

太平洋の覇権を賭けた空母決戦は、互いの空母が火だるまになりながらも、決して攻撃の手を緩めない「地獄の殴り合い」へと、その凄惨な度合いをさらに深めていたのである。


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同日 午後3時

豊栄大日本帝国 第三機動艦隊 旗艦 装甲空母『鳳凰』

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南の海域からアメリカ艦隊を逆包囲する位置に陣取っていた、第三機動艦隊の羅針艦橋。

司令長官である猛将・山口やまぐち 多聞たもん中将は、双眼鏡越しに、水平線の彼方で燃え上がる自軍の空母『海龍』の黒煙を睨みつけていた。


「……第五機動艦隊の真田中将より入電。『海龍』沈没。『祥鳳』大破炎上により戦列離脱。……我が軍の損害も、許容範囲を超えつつあります」

首席参謀の鈴木すずき 義尾よしお大佐が、苦渋に満ちた声で報告する。


「アメリカの大量生産マニュファクチャリングが吐き出した『数』の暴力。それがついに、我が国の職人技の防空網を食い破り、肉を削ぎ落としに来たか」

山口中将は、腕を深く組み、低い声で唸った。


「だが、ここで痛みに怯んで攻撃の手を緩めれば、ルーズベルトの化け物たちは即座に息を吹き返し、明日には倍の数の飛行機を飛ばしてくる。……アメリカの消火ポンプの水を枯れさせ、彼らの空母を真の鉄屑に変えるまで、我々は血を流してでも攻撃を継続しなければならない」


山口の眼光に、猛将としての獰猛な炎が燃え上がった。


「和田飛行長! 稼働可能な全機体、全搭乗員を甲板へ上げろ! 第五次攻撃隊を編成せよ!」

「長官、パイロットたちはすでに三度の出撃をこなし、極度の疲労状態です。これ以上の連続出撃は……」


「出撃させろ!」

山口は、通信管に向かって吠えた。

「アメリカの工員が工場で汗を流している間に、我々はこの海で血と命を削って奴らの生産力を叩き割るのだ! 息をつかせるな、敵の甲板が完全に燃え落ちるまで、上から爆弾を降らせ続けろ!」


『鳳凰』『瑞鶴』『雲龍』の飛行甲板では、煤にまみれた整備兵たちが、帰還したばかりの『流星』や『彗星』の翼に群がり、火傷を負いながらも弾薬と燃料を再装填していた。

疲労で目の焦点が定まらないパイロットたちが、気付け薬をあおりながら再びコックピットへと這い上がっていく。


互いの肉を切り刻み、骨を砕き合う、終わりのない流血の空母決戦。

夕闇が太平洋の海を赤黒く染め上げようとしている中、日米両軍の巨大な質量は、どちらも致命傷を負いながら、決して引くことなく最後の一滴の血を搾り出すかのような死闘を継続していた。


決着の天秤は、いまだどちらにも傾くことなく、狂気的な炎の中で激しく揺れ動いていたのである。

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