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第63章 銀色の欺瞞

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1944年4月14日 午前6時40分

ハワイ諸島 オアフ島沖合 太平洋上空

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ハワイの空が、これほどまでに夥しい数の鋼鉄の翼によって覆い尽くされたことは、地球の歴史上かつて一度もなかった。


アメリカ合衆国海軍・第5艦隊司令官のレイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将が放った数百機に及ぶ『F6Fヘルキャット』戦闘機の群れ。そして、それを取り囲むように全方位から殺到してきた、豊栄大日本帝国の四個機動艦隊から放たれた総計1,650機に及ぶ巨大な編隊。


朝陽に照らされたエメラルドグリーンの海原の上空で、両軍の機影が、まるで二つの巨大な暗雲が衝突するかのように激突した。


「敵機、距離5,000! パニックを起こすな! 教本マニュアル通りに編隊を組め!」


合衆国海軍・第11戦闘飛行隊の編隊長、トーマス・B・ケリー大尉が防喉マイク越しに怒号を飛ばす。彼の列機を務める新兵、ジェームズ・H・カーター少尉は、分厚い防弾ガラスの向こう側に現れた「異形の機影」に、思わず息を呑んだ。


彼らの正面から異常な速度で接近してくるのは、これまでの流線型で華奢な日本の戦闘機とは全く異なる、野太く巨大な胴体を持った機体であった。

岐州重工(織田家)が持てる技術のすべてを注ぎ込み、液冷エンジンを捨てて2500馬力級の超大出力空冷星型発動機を強引に詰め込んだ次世代艦上戦闘機、四二式『天風てんぷう』である。巨大なエンジンの暴力的とも言えるトルクをすべて推進力へと変換するため、『天風』は二重反転プロペラを採用していた。互いに逆回転するプロペラが空気を切り裂く独特の甲高い飛翔音が、アメリカのパイロットたちの鼓膜を不気味に震わせる。


「怯むな! サッチ・ウィーブ(交差戦法)だ! 側面から12.7ミリを浴びせろ!」


ケリー大尉の指示のもと、アメリカ軍のF6F編隊が左右に分かれ、互いの死角をカバーし合う十字の機動を描きながら突入する。対する『天風』の編隊を率いるのは、豊栄大日本帝国・第二機動艦隊の第2航空戦隊制空隊長、岩本いわもと 徹三てつぞう少佐であった。


「アメ公のシステム戦術など、速度で食い破れ!」


岩本少佐がスロットルをさらに押し込むと、2500馬力の出力がもたらす圧倒的な加速力が、F6Fが旋回を終えるよりも早くアメリカ編隊の中枢へと彼らを到達させた。


ダダダダダダッ!!


F6Fの6門のブローニング12.7ミリ重機関銃が火を噴く。分厚い弾幕が『天風』の進路上に張られたが、岩本少佐ら日本の熟練パイロットは真正面からその火線を突っ切った。機首に集中配置された30ミリ大口径機関砲が凄まじい閃光を放ち、和泉堺の工廠が削り出した巨大な徹甲焼夷弾が、F6Fの誇る分厚い装甲板を叩き割り、数機のアメリカ軍機を一瞬で火だるまに変えた。


「やったか!」

日本のパイロットが歓喜の声を上げるが、その直後、彼らの視界を別のF6Fの群れが覆い尽くした。


「……甘いぞ、ジャップ! 俺たちの代わりはいくらでもいる!」


ケリー大尉が怒号を上げ、生き残ったF6Fが即座に陣形を立て直して反撃の弾幕を張る。

アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」がデトロイトの工場から生み出したF6Fは、パイロットの生存性と防御力に極振りした空飛ぶ金庫であった。30ミリ機関砲の直撃を受ければ墜ちるが、それ以外の部位への被弾や、かすり傷程度であれば、極厚の装甲板とセルフシーリング(自己防漏)タンクが完全にダメージを吸収してしまう。


一機を撃墜しても、即座に三機のF6Fが死角から湧き出し、相互支援の弾幕を張り巡らせる。日本の『天風』が異次元の速度と火力を誇ろうとも、アメリカのシステマチックな編隊戦術と暴力的なまでの「数と装甲の壁」を、一撃で崩壊させることはできなかった。


「チィッ、落としても落としても湧いてきやがる! 乱戦に持ち込まれるな、一撃離脱を徹底しろ!」


岩本少佐が舌打ちをして機体を反転させる。ハワイ上空の制空戦は、日本の新鋭機が一方的に蹂躙する展開にはならず、互いの装甲と機銃弾を限界まで削り合う、凄惨な消耗戦の様相を呈し始めていた。


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同日 午前7時15分

アメリカ第5艦隊 旗艦 新鋭大型空母『タイコンデロガ』

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「上空の戦闘飛行隊より報告! 敵の新型機の速度と火力は我々を凌駕していますが、数の優位と装甲で持ち堪えています! 防衛線は維持されています!」


旗艦『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、航空管制官が汗まみれの顔で報告した。

司令官のスプルーアンス中将は、海図台に両手をつき、冷徹な目でレーダーの光点を見つめていた。


「よし。空中戦でジャップの戦闘機を足止めしている間に、敵の爆撃隊と雷撃隊を艦隊の防空火網で叩き落とす。……全艦、対空戦闘配置! ジャップの雷爆撃機を、この艦隊の半径5マイル以内に一機たりとも近づけるな!」


スプルーアンスの号令とともに、オアフ島沿岸に密集する『エセックス級』空母8隻を中心としたアメリカ第5艦隊の全艦艇が、一斉に天に向けて5インチ(12.7センチ)両用砲とボフォース40ミリ機関砲の砲身を向けた。


「目標、急速降下してくる敵の雷爆撃隊! VT信管、装填! 撃てェッ!!」


合衆国海軍・第5艦隊第11任務群司令官のフレデリック・C・シャーマン少将が乗る新鋭空母『レキシントン(CV-16)』の護衛駆逐艦群から、何千発という5インチ砲弾が一斉に打ち上げられた。


アメリカ合衆国の膨大な生産力が生み出した最高機密『VT信管(的近接信管)』。砲弾の先端に極小の真空管レーダーを内蔵し、目標に直撃せずとも半径21メートル以内に近づいた瞬間に自動で起爆するこの悪魔の兵器は、タラワや地中海で日本の航空隊に甚大な出血を強要してきた絶対的な盾であった。


空全体が黒い煙で埋め尽くされ、目に見えない死のスコールが飛来する日本軍機を待ち受ける。


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同日 午前7時25分

ハワイ沖 空母決戦空域

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「敵艦隊より、対空砲火の弾幕が打ち上げられました!」


豊栄大日本帝国・第四機動艦隊の第4航空戦隊攻撃隊長であるせき まもる少佐は、愛機である四三式艦上攻撃機『迅星じんせい』の風防越しに、眼下から湧き上がる無数の黒い爆発雲を冷徹な目で見下ろしていた。


「タラワの海で我々を苦しめた『悪魔の信管』か。だが、二度も同じ手品が通用すると思うなよ」


関少佐の口元には、確固たる勝算に裏打ちされた不敵な笑みが浮かんでいた。

日本の熟練パイロットたちは、すでにVT信管の脅威を十分に認知・分析していた。彼らは、見えない電波で起爆するこの砲弾の仕組みを逆手に取る、物理的な「魔法破り」の手段を用意してハワイの空へ臨んでいたのである。


「美濃の算盤と、和泉の職人が導き出した解答を見せてやる。……第一欺瞞隊、散布開始!」


関少佐の号令とともに、攻撃隊の最前衛を飛んでいた数機の『彩雲』および『流星』の腹部から、無数の「銀色の吹雪」が太平洋の空へ向けて大量に放出された。


それは、美濃・竹中数理演算所が捕獲したVT信管のレーダー波長を完全に解析し、その電波に最も強く共振する長さに精密切断された、数百万枚に及ぶアルミ箔と錫箔の束──『電波欺瞞紙チャフ』であった。


パラパラと風に舞い散った無数の銀色の箔は、ハワイの上空で瞬く間に巨大な「金属の雲」を形成した。


その直後、アメリカ艦隊の上空で異常事態が発生した。


「な、何だあれは!? 撃ち上げた対空砲弾が、ジャップの航空機に届く遥か手前の『何もない空間』で、勝手に次々と起爆しているぞ!」


『レキシントン(CV-16)』の艦橋で、対空射撃指揮官がパニックに陥った声を上げた。

アメリカが絶対の自信を持っていたVT信管の極小レーダーは、空中に漂うチャフの雲を「巨大な航空機の群れ」と完全に誤認したのである。結果として、アメリカ軍が打ち上げた何千発もの5インチ両用砲弾は、日本の攻撃隊から数キロも離れた無害な空域で、自らのレーダーの誤作動によって次々と「自爆」を繰り返していった。


「近接信管が空振りを起こしている! 弾幕の壁に穴が空いたぞ!」

シャーマン少将が絶叫する。


「敵の弾幕に風穴が開いた! 我々の前に安全回廊トンネルが開いたぞ!」


上空からその様子を見下ろしていた関少佐は、操縦桿を力強く前へと押し込んだ。


「これより本命の刃を突き立てる! 目標、海岸線に密集するエセックス級空母群! 迅星隊、全機突入!」


関少佐が率いる『迅星』の編隊が、圧倒的な速度でアメリカ艦隊の輪形陣へと殺到する。魚雷と爆弾の両方を同時に抱えて飛来した岐州重工製の究極の雷爆統合機は、戦闘機並みの機動力で急降下と蛇行を繰り返した。


「目標、右舷前方のエセックス級! 雷撃、投下テー!」


海面からわずか数十メートルの高度で投下された『二九式改航空魚雷』が、白い航跡を引いて新鋭空母『レキシントン(CV-16)』の巨大な船体へと向かって突き進む。同時に、高高度からは四〇式双発襲撃機『雷鳥』や『彗星』の群れが、80度の完全な垂直ダイブで急降下爆撃を敢行した。


だが、アメリカの艦隊防空は、VT信管という魔法の盾だけに頼っていたわけではなかった。


「VT信管が駄目なら、物理的な弾幕で叩き落とせ! ボフォース40ミリとエリコン20ミリの全砲門を開け!」


シャーマン少将の怒号とともに、アメリカ艦隊のハリネズミのような近接防空火器が、火を噴き上げる。レーダーに頼らない、水兵たちの目視と力任せの弾幕が、『迅星』と『彗星』の行く手を文字通り「火の壁」となって塞いだ。


ドドォォォォンッ!!

弾幕を強引に突破しようとした数機の『彗星』が空中で粉砕され、火の玉となって海へ落ちる。それでも、日本の熟練パイロットたちは死を恐れずに肉薄し、ついに数発の魚雷と爆弾をアメリカ空母へと叩き込んだ。


ズドォォォォンッ!!


「左舷中央部に魚雷1本命中! さらに飛行甲板に500キロ爆弾直撃!」


凄まじい衝撃波が『レキシントン』の艦体を揺るがし、巨大な水柱と炎のキノコ雲が空母を包み込んだ。飛行甲板の一部がめくれ上がり、格納庫で火災が発生する。


「やったぞ! 敵空母に命中!」

関少佐ら日本のパイロットたちが歓喜の声を上げる。


だが、アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」の真の恐ろしさは、兵器の数や電子兵装だけでなく、その「異常なまでのダメージコントロール(損害復旧能力)」の中にこそ潜んでいた。


「消火班、急げ! 燃料ラインのバルブを遮断しろ! スプリンクラー全開! 隔壁を油圧で即座に閉鎖しろ!」


炎上する『レキシントン』の艦内で、アメリカのダメージコントロール要員(ダメコン班)たちが、炎と煙の猛威に怯むことなく、マニュアル化された完璧な消火作業を開始した。燃え盛る機材はブルドーザーでそのまま海へ蹴り落とされ、浸水した区画は瞬時に封じ込められる。日本の空母であれば致命傷になりかねない大火災が、アメリカの空母ではわずか十数分のうちに鎮火へと向かいつつあった。


「……沈まないだと? 魚雷と爆弾を食らって、まだ微速で陣形を維持しているぞ!」

上空からその光景を見た関少佐が、驚愕に目を見開いた。


アメリカのエセックス級空母は、区画の細分化と徹底的な防火システムによって「絶対に致命傷を負わない不沈の箱」として設計されていたのである。一撃で空母を海の底へ沈めるという日本軍の期待は、アメリカの強靭なダメージコントロール能力の前に、見事に打ち砕かれた。


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同日 午前8時15分

豊栄大日本帝国 第三機動艦隊 旗艦『鳳凰』

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タラワの海域からハワイ方面へと展開し、アメリカ艦隊を逆包囲する位置に陣取っていた第三機動艦隊の羅針艦橋。

第三機動艦隊司令長官である山口やまぐち 多聞たもん中将は、双眼鏡越しに水平線の彼方で上がり続ける黒煙の柱を睨みつけていた。


「……和田飛行長からの報告です。チャフ散布による欺瞞は機能し、敵のVT信管の弾幕に穴を開けることには成功しました。敵空母『レキシントン』や『バンカー・ヒル』に命中弾を与えましたが、敵の対空機銃の弾幕が極めて濃密であり、さらに敵のダメージコントロールが異常に早く、未だ決定的な『撃沈』には至っておりません」


第三機動艦隊旗艦『鳳凰』飛行長の 和田わだ 鉄二郎てつじろう中佐が、通信管越しに苦渋の色を滲ませて報告した。


「アメリカの工業力は、船を『浮かぶ鉄の金庫』に変えたというわけか。しかも、消火機能付きのな」

山口中将は、腕を深く組み、冷徹な目で海図を見つめた。


「一撃で致命傷を与えられないのであれば、我々の戦術も変えるしかない」


山口中将の目に、猛将としての獰猛な炎が宿る。


「金庫であろうと、蓋を開けて中身をすべて燃やし尽くせば同じことだ。敵の防空網が厚く、消火能力が高いのなら、彼らの対空弾薬と消火ポンプの水が完全に枯渇するまで、延々と叩き続けるのみ。小沢中将の第二機動艦隊、立花中将の第四機動艦隊と連携し、我々の持つすべての航空質量を、休む間もなく『波状攻撃』として叩きつけろ」


山口中将の決断は、一撃必殺の美学を捨てた、凄惨な削り合いの宣告であった。


「息をつく暇も与えるな。第一波が帰還する前に第二波を、第二波の背後に第三波を差し向けろ。アメリカのダメージコントロール班が疲労で倒れ、艦隊の機能が物理的に削り尽くされるまで、我々の血を流してでも上から爆弾を降らせ続けるのだ!」


『鳳凰』『瑞鶴』『雲龍』をはじめとする空母群の飛行甲板では、整備兵たちが血走った目で次々と『天山』や『彗星』に爆弾と魚雷を懸架し、高圧油圧カタパルトが悲鳴のような圧搾音を響かせて休むことなく次弾を射出し続けていた。


ハワイ沖の空母決戦は、華麗な一撃で勝負が決まる舞台ではなく、互いの防衛力と意地を泥沼の中で限界まで削り合う、終わりの見えない地獄の消耗戦へとその姿を変えていったのである。

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