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第62章 絶望の逆包囲

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1944年4月14日 午前5時30分

ハワイ諸島 オアフ島・ワイキキ海岸

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 第62任務部隊 上陸海岸堡

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夜明けの薄明かりが、ハワイ・ワイキキの砂浜を不気味なほど白く照らし出していた。

本来であれば静かな波の音だけが聞こえるはずのその海岸線は、果てしなく連なるアメリカ合衆国の巨大な「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」が吐き出した鋼鉄の産物によって、隙間なく埋め尽くされていた。


「揚陸作業、95パーセント完了! M4シャーマン戦車、および弾薬と補給物資の陸揚げをほぼ終えました!」


アメリカ陸軍・第1機甲師団の車長、ウィリアム・G・ガーナー軍曹は、砂浜に敷き詰められた即席の鉄板の上で、真新しい戦車のハッチから身を乗り出し、極度の疲労と安堵が入り混じった声を上げた。

数日前から始まった上陸作戦は、日本の地下要塞から放たれた猛烈な十字砲火によって、莫大な血の代償を彼らに強要した。だが、カイザー造船所が粗製濫造した数百隻のLST(戦車揚陸艦)の波状揚陸により、アメリカ軍の天文学的な兵員と物資の山が、ついにオアフ島の大地に完全に根を下ろしたのである。


太平洋反攻の要である第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、沖合に停泊する旗艦・新鋭大型空母『タイコンデロガ』の艦橋で、冷え切ったコーヒーカップを満足げに置いた。


「マウイ島沖の陽動部隊(第64任務部隊)から報告。ジャップの第一艦隊は、ついに主砲の射撃を完全に停止したとのこと。奴らの弾薬庫は空です」


参謀の報告を受け、スプルーアンスの口元に冷徹な勝利の笑みが浮かんだ。

「勝ったな。我々がすべての兵站をこの島に積み上げるまで、奴らはマウイ島沖で足止めを食い、ただの鉄の案山子と化した。そして海軍情報局の分析通り、ジャップの主力機動部隊は本土で再編中であり、ここには絶対に間に合わない。オアフ島は今や、我々アメリカの不落の要塞だ」


スプルーアンスは、勝利を確信して真新しい葉巻に火をつけようとした。

だが、そのマッチの火が葉巻の先端に触れることは、永遠になかった。


「し、司令官ッ!!」


『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)から、レーダー担当の将校が血相を変え、階段を転がるようにして艦橋へ駆け込んできた。その顔は、まるで幽霊でも見たかのように蒼白に引きつり、手には震える出力用紙が握りしめられていた。


「レーダーに異常な反応です! 巨大な艦影の群れと、天文学的な数の航空機が……我々に接近しています!」


「なんだと? どこからだ! 日本の機動部隊は間に合わないはずだぞ!」

スプルーアンスは葉巻を床に落とし、怒鳴った。


「ど、どこから、ではありません……全方位からです! 北、西、そして南! 我々の艦隊とオアフ島を囲み込むように、完璧な『半円形の逆包囲陣』が形成されています! 距離、わずか150マイル! 完全に奇襲されました!」


アメリカの情報網は、日本の「偽の無線交信」に完全に騙されていたのである。彼らが「あと10日は間に合わない」と信じ込んでいた豊栄大日本帝国の真の主力『四個機動艦隊群』は、完全な無線封止状態のまま、月の光だけを頼りに太平洋を滑り、アメリカ艦隊が全兵站をハワイの砂浜に降ろし「絶対に海へ逃げられなくなる」この完璧なタイミングを、息を殺して待ち伏せていたのだ。



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同日 午前6時

太平洋中部 ハワイ諸島周辺海域

豊栄大日本帝国 第二機動艦隊旗艦 装甲空母『大鳳』 羅針艦橋

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朝陽が水平線を真紅に染め上げる中、ハワイを囲む海原には、人類史上かつてない絶望的な威容が浮かび上がっていた。


「……予定通り。見事な包囲陣だ」


第二機動艦隊司令長官、小沢おざわ 治三郎じさぶろう中将は、海風に軍服の裾をはためかせながら、冷徹な眼光で東のオアフ島を睨み据えた。


ハワイの北側海域からは、小沢率いる『第二機動艦隊』と、真新しい剣である真田さなだ 幸道ゆきみち中将の『第五機動艦隊』が、圧倒的な威圧感で迫る。

西の海域からは、立花たちばな 宗紀むねのり中将が指揮する超重量級の遊撃部隊『第四機動艦隊』が進出。

そして南の海域からは、猛将・山口やまぐち 多聞たもん中将率いる『第三機動艦隊』が、逃げ道を完全に塞ぐように陣取っていた。


計15隻の空母、そのすべてが、アメリカ艦隊の背後と横腹を完璧に狙い澄ましている。


「各艦隊より、攻撃準備完了の緑色発光信号を確認。アメリカ軍は現在、揚陸作業の真っただ中であり、無数の輸送船団がオアフ島の海岸線に縛り付けられています。彼らの艦隊は陣形を組むことすらままならない、最も無防備な状態です」


首席参謀の古村こむら 啓蔵けいぞう大佐が、双眼鏡を下ろして鋭く報告した。


「第一艦隊の松平保男大将が、己の艦隊の弾薬をすべて使い切ってまで、敵の全質量をハワイの砂浜に引きずり出し、退路を断ってくれた」


小沢中将の口元に、残忍で、かつ完璧な計算に裏打ちされた冷酷な笑みが浮かんだ。

アメリカは、自らの兵站を積み上げた砂浜という「ルビコン川」を渡ってしまった。海へ逃げようにも船団は身動きが取れず、陸へ逃げようにも日本の地下要塞が待ち構えている。


「これより、ルーズベルトの喉元を掻き切る。全機動艦隊、無線封止解除。一斉発艦テイクオフ!」


ドゴォォォォンッ!!


四つの機動艦隊、計15隻の飛行甲板から、鍋島家(佐賀精密機械)が削り出した高圧油圧カタパルトが凄まじい圧搾音とともに作動した。


次々と空へ射出されていくのは、旧来の『烈風』や『流星』をさらに凌駕する、帝国航空技術の極致であった。

2500馬力級の超大出力空冷星型発動機を搭載し、二重反転プロペラを回転させる四二式艦上戦闘機『天風てんぷう』。そして、雷撃と急降下爆撃の両方を一機でこなす四三式艦上攻撃機『迅星じんせい』の巨大な編隊である。


空母15隻から解き放たれた、総計1,650機に及ぶ天文学的な大編隊。

それは、アメリカ軍が自負する「大量生産の暴力」を、さらに狂気的な「極限の質と量の暴力」で丸ごと呑み込むための、鋼鉄と業火の津波であった。



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同日 午前6時30分

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 上空

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「全機、緊急発進スクランブル! 飛行甲板の機体をすべて空へ上げろ! 一機も残すな!」


スプルーアンス中将の怒号を受け、エセックス級空母群の広大な飛行甲板からは、大馬力エンジンを唸らせて無数のF6Fヘルキャット戦闘機が次々と太平洋の空へと蹴り出されていた。


合衆国海軍・第15戦闘飛行隊に所属する新兵、マイケル・ドノバン少尉は、F6Fの分厚い防弾ガラスの向こうで、操縦桿を握る手を小刻みに震わせていた。プラット・アンド・ホイットニー製2000馬力エンジンの凄まじい振動が、彼の背中をガンガンと叩いている。

彼がキャノピー越しに見上げたハワイの空は、西から迫り来る信じられない数の「銀色の猛禽」たちによって、完全に黒く塗りつぶされようとしていた。


「敵機、視認! なんだあの数は! 空が……日本の飛行機で埋め尽くされている!」


ドノバン少尉が防喉マイク越しに絶望の悲鳴を上げる。


「パニックを起こすなドノバン! 教本マニュアル通りにサッチ・ウィーブ(交差戦法)を展開しろ! 艦隊のVT信管の弾幕の範囲内に敵を誘い込むんだ!」


編隊長のリチャード・ミラー大尉が怒号を飛ばすが、その声にはかつての余裕は微塵もなかった。

彼らがこれまで相手にしてきた機体と、今眼前に迫る機体は、シルエットからして完全に次元が異なっていた。二重反転プロペラを回し、異次元の速度で距離を詰めてくる『天風』の群れ。そして、魚雷と爆弾の両方を抱えながらも戦闘機並みの速度で降下してくる『迅星』の巨大な編隊。


海上のアメリカ第5艦隊もまた、生き残りを賭けた極限の防空陣形を形成すべく、狂乱の様相を呈していた。


「新鋭戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』を外郭に配置しろ! 全巡洋艦、駆逐艦はエセックス級を囲むように輪形陣を組め!」


「5インチ両用砲、装填急げ! すべてVT信管(的近接信管)だ! 空を黒い爆発の壁で埋め尽くせ!」


水兵たちが怒号を交わし、何千門という対空砲の砲身が、一斉に西の空へと向けられる。

絶対的な物量とシステム化された教本に守られたアメリカのマニュファクチャリング・モンスターが、全身の毛を逆立てて威嚇の姿勢をとった。


しかし、それを迎え撃つ日本艦隊の陣列の只中では、極めて冷徹な「電脳」の計算がすでに始まっていた。


次世代電脳巡洋艦『仁淀によど』『吉野よしの』『剣埼つるぎざき』。

美濃・竹中数理演算所の最新型電子算盤を中核とした洋上管制室(CIC)を持つこれらの新造軽巡洋艦の艦内では、無数の電子管が青白い光を点滅させながら、アメリカ軍のレーダー波と防空陣形の隙間をミリ単位で解析していたのである。


「敵防空網の周波数、全域ロック完了。……各攻撃隊へデータリンク。突入経路、指示通り」


静まり返ったハワイの空と海。

上陸船団を抱え、逃げ場を失ったまま防空の壁を築き上げるアメリカの大艦隊と、それを完全に逆包囲し、圧倒的な質量と新鋭機をもって襲い掛かろうとする日本の四個機動艦隊。


太平洋の覇権を賭けた、人類史上最大にして究極の「空母決戦」。

両軍の放った殺意と火線が交差する直前の、ピリピリと張り詰めた絶望的な緊張感が、嵐の前の静寂となって海原を支配していた。

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