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第61章 鉄壁の防空傘

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1944年4月13日 午後9時

ハワイ諸島 オアフ島 ワイキキおよび真珠湾周辺

アメリカ第5艦隊 上陸海岸堡

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第一艦隊という「絶対的な盾」がマウイ島沖合へと引き剥がされたオアフ島では、夜の闇に包まれてなお、狂気的な出血を伴う死闘が続いていた。


「LST(戦車揚陸艦)の揚陸を止めるな! ジャップの抵抗網は薄れつつある! このまま一気に内陸部へ橋頭堡を押し広げろ!」


アメリカ陸軍・第1機甲師団の車長、ウィリアム・G・ガーナー軍曹は、砂浜に擱座した友軍戦車の残骸を盾にしながら、無線機越しに怒鳴り声を上げた。

ワイキキの海岸線は、燃え盛る水陸両用装軌車(LVT)と無数の海兵隊員の死体で地獄絵図と化していたが、アメリカ合衆国のマニュファクチャリング・モンスターが生み出した「量」の暴力は、日本の地下要塞から放たれる十字砲火による凄惨な出血を、強引な力技で上書きしつつあった。


カイザー造船所で大量建造されたLSTが次々と浅瀬に乗り上げ、巨大な観音開きの扉から、真新しい『M4シャーマン中戦車』と、無尽蔵の弾薬、そして補充の歩兵たちが淀みなく吐き出されてくる。


「火炎放射器隊、前へ! ジャップのトーチカを穴ごと焼き尽くせ!」


アメリカ兵たちが、背負ったタンクから猛烈な火柱を放ち、ヤシの木の根元にカモフラージュされた日本軍のコンクリート陣地を炙り出す。さらに、海上に展開する駆逐艦群が放つ無数の星弾(照明弾)が、夜のオアフ島を真昼のように照らし出し、艦砲射撃の弾幕がしらみ潰しに内陸部を更地へと変えていった。


「……第3坑道、突破されました! 敵の戦車が直上を通過しています!」


ダイヤモンドヘッドの中腹、深く掘り抜かれた地下要塞の暗闇の中で、第一艦隊防衛工兵特務小隊の高橋たかはし 平蔵へいぞう曹長が、土埃にまみれた顔で防空壕の奥へと駆け込んできた。

第一機関銃小隊長の小林こばやし しげる曹長は、熱を持った『三〇式重機関銃』の銃身に水をかけながら、忌々しげに舌打ちをした。


「アメ公どもめ、どれだけ死体を積もうが前進をやめない気か。俺たちの弾薬も無限じゃないぞ」


地下の巨大な大作戦室では、陸軍・第十飛行師団司令官の秋山あきやま 豊次とよじ中将と、第二五二海軍航空隊司令官の松永まつなが 貞市ていいち少将が、激しく揺れる天井のランプの下で沈痛な面持ちで対峙していた。


「アメリカ軍の揚陸速度は我々の予想を遥かに超えています。彼らは海岸の死体をブルドーザーで脇へ押しのけ、その上に鉄板を敷いて物資を運び込んでいる。すでに上陸部隊の半数と、数百両の戦車が陸揚げされました。このままでは、明日には島全体が完全に制圧されます」


秋山中将の報告に、松永少将は固く拳を握りしめた。

空の守りも限界に近づいていた。第二五二海軍航空隊の飛行隊長、菅野かんの なおし大尉や武藤むとう 金義かねよし飛行兵曹長らが駆る局地戦闘機『轟電改二』、そして陸軍の『剛鷲』が獅子奮迅の迎撃を行っていたが、数千機というアメリカの艦載機の波状攻撃の前に、地下滑走路からの離着陸すら困難な状況に追い込まれていたのである。


「大和の巨砲の援護がない状態で、我々だけでこの津波を押し留めることは不可能に近い。……だが、松平大将は必ずアメリカの首根っこを食い破る罠を仕掛けているはずだ。我々は最後の一兵までこの地下に立て籠もり、敵に一滴でも多くの血を流させるのだ」



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同日 午後11時

ハワイ諸島 マウイ島 西方沖合

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オアフ島がアメリカの物量によって着実に侵食されているその頃、マウイ島沖合の海域は、昼夜の区別もつかないほどの凄惨な砲雷撃戦の只中にあった。


アメリカ海軍・第64任務部隊の一部を指揮するウィリス・A・リー少将は、旧式戦艦『コロラド』の艦橋で、西の海上に次々と噴き上がる巨大な閃光を絶望的な目で見つめていた。


「またフレッチャー級がやられました! 敵の巨砲の直撃です! これで我が方の駆逐艦の喪失は12隻に達しました!」

「ダミーの輸送船団も、すでに半数が海の底です!」


リー少将は、夜空に星弾(照明弾)を乱れ打ちさせ、高濃度の煙幕を張り続けさせていた。彼らの任務は、第一艦隊と撃ち合うことではなく、彼らをこの海域に「釘付け(拘束)」にすることである。

しかし、豊栄大日本帝国・第一艦隊司令長官の松平まつだいら 保男もりお大将が座乗する超弩級戦艦『大和』をはじめとする5隻の巨城は、アメリカ軍の煙幕や欺瞞機動を、電探レーダーによる精緻な照準と「圧倒的な破壊力」によって強引に粉砕し続けていた。


ドゴォォォォォォォンッ!!!


重量1.4トンの46センチ(18インチ)徹甲榴弾が、旧式戦艦『メリーランド』の第三砲塔付近に直撃。強固な装甲板をティッシュペーパーのように引き裂き、内部で炸裂した。火柱が天を突き、巨体が大きく右舷へ傾斜する。


「……バケモノめ。我々が全滅する方が先か、奴らの弾薬が尽きる方が先か」


リー少将が呻いたその時、上空からけたたましいエンジン音が降り注いできた。

アメリカ第5艦隊の空母群から発艦した、TBFアベンジャー雷撃機とSBDドーントレス急降下爆撃機の大編隊である。


「よし! 航空支援だ! 上空からジャップの戦艦群を削り落とせ!」


アメリカ軍のパイロットたちは、闇夜に浮かび上がる『大和』や『武蔵』の巨大なシルエットを捉え、一斉に降下を開始した。戦艦の対空砲火など、数の暴力で押し切れると彼らは信じていた。

合衆国海軍・第15戦闘飛行隊のマイケル・ドノバン少尉も、F6Fヘルキャットの操縦桿を握り、爆撃機を護衛しながら急降下体制に入った。


だが、第一艦隊の上空には、彼らが想像すらしていなかった「絶対不可侵の無菌室」が形成されていたのである。


「敵機接近! 距離2万! ……防空直衛隊、迎撃開始!」


第一艦隊旗艦『大和』の作戦室で、通信参謀の黒河内くろこうち おさむ中佐が叫んだ。

その瞬間、『大和』型戦艦群の周囲を取り囲んでいた8隻の直衛防空巡洋艦──『秋月』『照月』『初月』『涼月』『冬月』『春月』『宵月』『夏月』から、計64門の「長10センチ連装高角砲」が一斉に火を噴いた。


アメリカのVT信管に匹敵する、和泉堺の極限の規格化による自動装填装置と、竹中数理演算所の弾道計算機が連動した、狂気的な対空弾幕である。夜空がオレンジ色の曳光弾の網の目で完全に覆い尽くされた。


「クソッ、弾幕が厚すぎる! 抜けないぞ!」


さらに、アメリカ軍機を絶望の淵へ叩き落としたのは、第一艦隊の戦列の後方、安全な海域に随伴していた防空軽空母『鳳翔』『龍驤』『龍鳳』の3隻から発艦した、直衛防空専任の航空部隊であった。


「第一艦隊の頭上に、一機たりともハエを近づけるな。大和の巨砲の邪魔をする奴は、すべてここで叩き落とせ」


四〇式艦上戦闘機『烈風』の編隊を率いる進藤しんどう 三郎さぶろう大尉が、冷徹な声で命じた。

彼らは攻撃機を一切持たず、第一艦隊の防空「のみ」に特化した純粋な制空部隊である。艦隊の電探管制と完璧にリンクした彼らは、アメリカの爆撃機が降下体制に入る最適なタイミングを狙い澄まし、大出力エンジンの速度を乗せて次々と襲いかかった。


「左から来るぞ! 速い!」


ドノバン少尉の僚機が、闇夜から飛び出してきた『烈風』の20ミリ機関砲を浴び、一瞬で火だるまとなって海へ墜ちていく。

さらに、陸軍機から艦載型へと改造された局地戦闘機『轟電改二』の群れが、雷撃態勢に入ろうと海面すれすれを這うTBFアベンジャーの前に立ち塞がり、大口径機関砲の火線で次々とその翼をへし折っていった。


「ダメだ! ジャップの戦艦に近づく前に、直掩機と対空砲火の壁で完全にすり潰される! 投弾不能!」


アメリカ軍の編隊長、リチャード・ミラー大尉が血を吐くような声で撤退を命じる。

第一艦隊は、巨大な水上打撃力だけでなく、防空軽空母と防空巡洋艦による「完璧なエアカバー」を構築しており、敵機の空襲を全く意に介していなかった。空からの脅威を完全に遮断された状態の『大和』型戦艦群は、まさに無敵の洋上城郭であった。



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1944年4月14日 午前2時

第一艦隊旗艦『大和』 作戦室

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だが、アメリカの攻撃機をすべて追い払い、敵の陽動部隊を次々と海の底へ沈めている第一艦隊の中枢にも、目に見えない「限界」が確実に足音を立てて迫っていた。


「……松平長官。砲術長の有賀定武大佐より、弾薬庫の状況報告が上がりました」


作戦室で、黒河内中佐が極めて深刻な顔で書類を差し出した。


「マウイ島沖合での海戦開始より、我が艦隊は休むことなく主砲の斉射を続けています。現在、『大和』『武蔵』をはじめとする各艦の46センチ主砲弾の残弾数は、全砲塔平均して『残り15発』を切りました。三式弾も徹甲弾も、すでに底を突きかけています。……継戦能力の限界です」


戦艦の主砲弾は、一発が1.4トンもの重量があり、弾薬庫に積める数には物理的な限界がある。アメリカ軍が旧式戦艦と駆逐艦を「使い捨ての盾」として投げ出し、煙幕とジグザグ運動でしぶとく時間を稼いだ結果、第一艦隊は彼らを仕留めるために莫大な弾薬を消費させられていたのである。


「副砲の15.5センチ砲弾も残りわずかです。このまま撃ち続ければ、夜明けを待たずに、我が艦隊の全巨砲は完全に『から』になります!」


幕僚たちの顔に、焦燥の色が浮かぶ。

戦艦が弾薬を撃ち尽くせば、いかに装甲が厚かろうとも、ただ海に浮かぶ巨大な鉄の標的でしかなくなる。アメリカの機動部隊が再び波状攻撃を仕掛けてくれば、いずれは防空網も突破され、なす術なく撃ち沈められるだろう。


しかし、第一艦隊司令長官・松平保男大将の顔には、焦りも恐怖も微塵も存在しなかった。


「……残り15発か。よく持った方だ」


松平大将は、海図の上のマウイ島を指差した。


「全艦へ通達。一発たりとも残すな。弾薬庫が完全に空になるまで、目の前のアメリカ艦隊へ撃ち尽くせ」


「長官! 弾薬が尽きれば、我が艦隊は無防備になります! 今すぐオアフ島へ反転し、後退すべきです!」


黒河内中佐が進言するが、松平大将は冷徹に首を横に振った。


「退く必要はない。……スプルーアンスは、我々の弾薬が尽きるのを待っている。我々の巨砲が沈黙したその瞬間こそが、奴らがオアフ島にすべての兵站を降ろし切るタイミングだ」


松平大将は、腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。


「我々の役目は、アメリカの全質量がオアフ島の砂浜に積み上がり、船団が空になり、上陸部隊が絶対に海へ逃げ戻れなくなるまで、奴らの目をこのマウイ沖に釘付けにすることだ。弾薬が尽きるその瞬間こそが、我々が用意した『真の罠』が発動する合図なのだ」



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同日 午前4時

アメリカ第5艦隊 旗艦『タイコンデロガ』

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「司令官! マウイ島沖のジャップの第一艦隊、主砲の発砲頻度が極端に低下しています! レーダーの解析と探信音のデータから、奴らの46センチ砲の弾薬は、完全に枯渇したものと推測されます!」


『タイコンデロガ』のCICで、情報参謀が歓喜の声を上げた。


第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、冷めかけたコーヒーを置き、勝利の確信に満ちた笑みを浮かべた。


「リー少将の第64任務部隊は、十二分に役目を果たしてくれた。ジャップのバケモノ戦艦群も、弾がなければただの巨大な的だ。夜が明け次第、全空母から攻撃隊を発艦させ、弾切れのジャップ戦艦をすべて海の底へ叩き送れ」


スプルーアンスは、指揮棒でオアフ島の地図を叩いた。


「オアフ島の揚陸状況はどうなっている」


「第62任務部隊より報告。兵員、M4シャーマン戦車、および膨大な弾薬と補給物資の80パーセントが、すでにワイキキの砂浜へ揚陸完了。明日の夕刻には、リバティ船の船倉は完全に空になり、すべてがハワイの大地に根を下ろします。ジャップの地下要塞も、我が方の物量の前に陥落は時間の問題です」


「完璧だ」


スプルーアンス中将は、葉巻に火をつけた。

日本の第一艦隊はマウイ沖で弾薬を撃ち尽くして無力化し、オアフ島にはアメリカの天文学的な兵站がすべて運び込まれた。日本の主力機動部隊は本土で再編中であり、救援には絶対に間に合わない。


「ジャップの空母がノコノコとハワイへ辿り着いた頃には、この島は完全にアメリカの不落の要塞と化している。我々の完全勝利だ」


西海岸の竜は、自らの計画が完璧に進行していると信じて疑わなかった。

彼らは全く気づいていなかった。自らがオアフ島の砂浜に全質量を投射し、「絶対に後戻りできなくなった」この決定的なタイミングを、日本の四個機動艦隊・計15隻の新鋭空母群が、すでに目と鼻の先で息を殺して待ち受けているという、絶望的な真実に。

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