第60章 巨砲の激突
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1944年4月13日 午後4時
ハワイ諸島 マウイ島 西方沖合
豊栄大日本帝国海軍 第一艦隊
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第一艦隊がオアフ島の沿岸から引き剥がされたまさにその日の午後。
マウイ島の西岸沖合に広がる深い群青色の海原を、巨大な白波を引き裂きながら進み来る鋼鉄の山脈があった。
豊栄大日本帝国海軍・第一艦隊司令長官の松平 保男大将が直卒する、超弩級戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』の5隻である。基準排水量6万4000トンを誇る巨城たちは、重装甲巡洋艦『高雄』『愛宕』や直衛防空巡洋艦『秋月』型を従え、幾何学的に完璧な単縦陣を形成していた[2]。彼らの目的は、マウイ島への強行上陸を企図しているアメリカ軍の別働隊を、46センチ砲の最大射程に捉え、水際で粉砕することであった。
「……電探に反応。前方、距離4万2000ヤード! 敵艦影多数!」
第一艦隊旗艦『大和』の作戦室で、通信参謀の黒河内 修中佐が、緊迫した声で報告を上げた。
「敵の主力は旧式戦艦2隻から3隻。その周囲に無数の駆逐艦と、輸送船団らしき反応を確認! 猛烈な電波交信を継続しております!」
松平大将は海図の上に視線を落とし、深く腕を組んだ。
「敵の上陸船団と、それを護衛する旧式戦艦群か。……黒河内中佐、敵艦隊の速度と進行方向はどうなっている」
「それが……」黒河内中佐は当惑したように電探の航跡図を見つめた。「敵はマウイ島の海岸へ向けて前進を続けてはいますが、非常に奇妙な機動です。我が艦隊の接近を察知しているはずなのに、逃げるどころか、むしろ旧式戦艦と駆逐艦群を我が方の正面に押し出し、盾のように展開しています」
その報告を聞いた瞬間、松平大将の眼光が冷たく光った。
「やはりな。スプルーアンスの狙いは、我々をマウイ島沖合に誘い出し、そこで『足止め(拘束)』することだ」
松平大将は、アメリカ海軍・第5艦隊司令官レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将の冷徹な計略を完璧に読み切っていた。敵はマウイ島に本気で上陸するつもりなどない。旧式戦艦とダミーの輸送船団を餌にして第一艦隊をオアフ島から引き剥がし、ここで1秒でも長く時間を稼ぐ。その間に、空になったオアフ島の砂浜へ、天文学的な量のLST(戦車揚陸艦)と物資を陸揚げし、ハワイを絶対不落の要塞へと作り変えようとしているのだ。
「松平長官! 敵の狙いが時間稼ぎの陽動だとすれば、我々はただちにオアフ島へ反転すべきではありませんか!」
幕僚の一人が血相を変えて進言するが、松平は首を横に振った。
「退路はない。もし我々がここで背を向ければ、この別働隊は本物の『上陸部隊』へと変貌し、無防備なマウイ島を数日でアメリカの不沈空母にしてしまう。陽動であろうと本命であろうと、ルーズベルトの物量による脅威は同じだ。……ならば、罠だと分かっていても、目の前の敵をすべて海の底へ叩き沈めるしかない」
松平大将は、決断の眼差しで前方の水平線を睨み据えた。
「第一艦隊、戦闘配置。目標、敵旧式戦艦群および随伴駆逐艦。……46センチ砲の射程に入り次第、全砲門を開け」
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同日 午後4時30分
マウイ島沖合 アメリカ海軍 第64任務部隊(別働隊)
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一方、マウイ島沖合で待ち構えるアメリカ海軍・第64任務部隊の一部を指揮するウィリス・A・リー少将は、旧式戦艦『コロラド』の艦橋から、西の水平線に現れた「黒い壁」を双眼鏡でじっと見つめていた。
「……とうとう来やがったな、東洋の怪物どもが」
リー少将の視界の先で、大和型戦艦群の巨大な46センチ(18インチ)三連装砲が、陽光を鈍く反射しながらゆっくりと旋回し、真っ直ぐにこちらへ向けられるのが見えた。その威圧感は、距離3万ヤード(約27キロ)以上離れていても、背筋を氷結させるほどの物理的な殺意を放っていた。
「司令官。敵の第一艦隊、一直線にこちらへ向かってきます! このままでは、我が方の16インチ砲の射程外から一方的にアウトレンジされます!」
『コロラド』の砲術長、ジェームズ・ハリソン少佐が、焦燥に駆られた声で報告した。
「慌てるな、ハリソン」
リー少将は、冷や汗を拭うこともせず、極めて冷静な声で命じた。
「我々の任務は、あの化け物どもと真っ向から撃ち合い、勝つことではない。スプルーアンス中将の『本隊』がオアフ島の砂浜にすべての兵站を陸揚げし終えるまで、このマウイ沖にジャップの第一艦隊を『釘付け』にすることだ。我々は勝たなくていい。ただ、死なずに時間を稼げば、それだけでアメリカの完全勝利となる」
リー少将は、指揮棒で海図を叩いた。
「全駆逐艦へ通達! 煙幕を展開し、ジグザグ運動で敵の照準を撹乱しろ! 『コロラド』『メリーランド』は、煙幕の背後から16インチ砲の最大仰角で牽制射撃を行え! ジャップに『的』を絞らせるな!」
「アイ、サー!」
アメリカ海軍の『フレッチャー級』を中心とする無数の駆逐艦が、一斉に高濃度の化学煙幕を噴き出し始めた[5]。重油を不完全燃焼させた漆黒の煙が海風に乗って広がり、数キロにわたる巨大な「黒いカーテン」となって、旧式戦艦群とダミーの輸送船団を隠蔽していく。
しかし、その黒いカーテンすらも、大和型戦艦群が解き放つ「規格外の物理力」の前には、何の慰めにもならなかったのである。
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同日 午後4時45分
マウイ島沖合 艦隊決戦空域
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第一艦隊旗艦『大和』の砲塔内部。
『扶桑』から転属してきた歴戦の砲術長、有賀 定武大佐は、測距儀から送られてくる敵艦隊のデータに目を光らせていた。
「敵艦隊、猛烈な煙幕を展開! 光学測距、困難です!」
「慌てるな。我が国には電探がある。煙の向こうの旧式戦艦のシルエットを、電波で正確に捉えろ」
有賀大佐の冷徹な指示のもと、砲塔内の巨大な油圧機構が唸りを上げ、重量1.4トンの九一式徹甲榴弾が薬室へと押し込まれる。
「距離、3万2000ヤード! 目標、煙幕後方の敵大型艦!」
「……撃てェッ!!」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』。5隻の超弩級戦艦に搭載された計45門の46センチ巨砲が、凄まじい閃光とともに一斉に火を噴いた。
6万4000トンの巨体が発射の反動で海面へ深く沈み込み、鼓膜を物理的に破壊するような轟音がマウイ島沖合の空間を支配する。
初速800メートル毎秒近い速度で打ち出された45発の巨大な鉄の塊は、放物線を描いて成層圏近くまで上昇し、そしてアメリカ軍が展開した黒い煙幕のカーテンの上から、隕石のように降り注いだ。
ズドガァァァァァンッ!!!
煙幕の向こう側で、凄まじい火柱が天を突いた。
駆逐艦『ラドフォード』の艦橋で、アーサー・テイラー中佐は、自分の目を疑うような光景を目の当たりにしていた。
彼らの右舷斜め前方を航行していた僚艦のフレッチャー級駆逐艦が、1発の46センチ砲弾の直撃を受けたのである。いや、直撃という表現すら生ぬるかった。重量1.4トンの徹甲榴弾は、2,000トン級の駆逐艦の薄い装甲を上甲板から艦底まで「一切の抵抗を感じさせずに」突き抜け、海底深くで炸裂した。
その凄まじい衝撃波と水柱によって、駆逐艦は文字通り「真っ二つ」に叩き割られ、数秒の間に乗員ごと海の底へと消滅してしまったのだ。
「……ジーザス。まるで神の鉄槌だ。あんな砲弾が直撃したら、旧式戦艦だろうが空母だろうが、一瞬でスクラップだぞ……!」
テイラー中佐は、冷や汗で軍服を濡らしながら操舵輪を握る兵士に怒鳴った。
「面舵一杯! 煙幕の中から絶対に出るな! 止まれば死ぬぞ!」
アメリカ軍の旧式戦艦『コロラド』と『メリーランド』も、必死の反撃を試みた。彼らの16インチ(40.6センチ)砲が最大仰角で火を噴き、大和型戦艦群の周囲に無数の水柱を立てる。
しかし、大和の圧倒的な射程の外側からの牽制射撃では、命中弾を得ることは奇跡に近く、万が一命中したとしても、島津家(西国重工)の技術の粋を集めた410ミリの極厚装甲を貫通することなど物理的に不可能であった。
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同日 午後6時
マウイ島西方沖合
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太陽が西の水平線に沈み、ハワイの海原が急速に夜の闇に包まれ始めても、両艦隊の死闘は終わらなかった。
「……敵の駆逐艦群が、煙幕の背後から散発的に雷撃を仕掛けてきます! さらに、無数の星弾(照明弾)を撃ち上げて、こちらの位置を夜空に浮かび上がらせています!」
黒河内中佐が、作戦室で報告した。
「小賢しい真似を」
松平大将は、海図の上のアメリカ艦隊の駒を睨みつけた。
アメリカ軍は、デトロイトの自動車工場で粗製濫造された駆逐艦群を、文字通り「使い捨ての盾」として大和型戦艦の前に投げ出していた。駆逐艦が次々と46センチ砲の犠牲になって火だるまになろうとも、彼らは決死のジグザグ運動と煙幕展開を繰り返し、大和型の進行ルートを塞ぎ続けている。
「長官。このままでは、敵の遅滞戦術の泥沼に引きずり込まれます。アメリカ軍の目的は、一隻でも多くの駆逐艦を犠牲にしてでも、我々をこの海域に夜明けまで張り付けることです。……オアフ島が危ない」
幕僚の悲痛な声に、松平大将は深く息を吐いた。
「分かっている。だが、敵のダミー船団の中には、本物のLSTが混じっている可能性がある。この艦隊を完全に粉砕せずにオアフ島へ背を向ければ、マウイ島がアメリカの手に落ちる。我々は、この忌々しい『金縛り』を力ずくで打ち破るしかないのだ」
松平大将は、暗黒の海へ向けて絶対的な号令を下した。
「全艦、探照灯を照射! 直衛の秋月型防空巡洋艦は前へ出ろ! 敵の駆逐艦群を長10センチ高角砲の弾幕で一掃し、大和の巨砲の射線を確保せよ!」
漆黒の太平洋で、日本の探照灯の白い光芒と、アメリカの星弾のまばゆい光が交錯する。
アメリカ軍の『5インチ両用砲の弾幕と、日本軍の精緻な砲術が、暗闇の中で狂気的な火花の嵐を巻き起こした。
リー少将は『コロラド』の艦橋で、燃え盛る僚艦の駆逐艦たちを見つめながら、冷徹な笑みを浮かべていた。
「……よく耐えている。我々の血と鉄が、ジャップの巨砲をこのマウイ沖に完全に縛り付けているぞ。スプルーアンス中将、あとはオアフ島の砂浜に、アメリカの全質量を荷揚げしてくれ。それで我々の勝ちは揺るぎないものになる」
アメリカ軍の情報部は完全に騙されていた。
彼らは、日本の主力機動部隊が遥か彼方の本土やトラック泊地で再編中であり、ハワイの救援には「絶対に間に合わない」と信じ込んでいた。だからこそ、第一艦隊さえマウイ沖で拘束すれば、オアフ島は無防備な生贄になると確信していたのである。
だが、アメリカ軍が「勝利」を確信し、全兵站をハワイの砂浜へ降ろすというルビコン川を渡っていたまさにその頃。
ハワイからわずか数日の距離にある海域を、完全な無線封止状態のまま、月の光だけを頼りに海原を滑るように進む巨大な黒い影の群れ──豊栄大日本帝国が用意した「絶対殲滅の罠」が、息を殺して彼らの背後へ迫りつつあることに、スプルーアンスもリー少将も、まだ誰も気づいていなかったのである。




