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第59章 血塗られた楽園

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1944年4月13日 正午

ハワイ諸島 オアフ島上空

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第一艦隊という「絶対的な盾」がマウイ島の陽動へ誘い出され、完全にからとなったオアフ島の沿岸。その無防備な喉元へ向け、アメリカ合衆国が西海岸で限界まで溜め込んだ「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」の全質量が、いよいよ容赦のない鉄槌となって振り下ろされた。


「……見ろ! 空が、アメリカの飛行機で完全に真っ黒だ!」


ダイヤモンドヘッドの中腹に偽装された対空機銃座で、陸軍歩兵の若き一等兵が、絶望に引きつった顔で天を仰いだ。

彼の視界を埋め尽くしていたのは、雲ではない。沖合に展開したアメリカ合衆国海軍・第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将が放った無数のエセックス級空母群から発艦した、天文学的な数の『F6Fヘルキャット』戦闘機、そして『SBDドーントレス』急降下爆撃機と『TBFアベンジャー』雷撃機からなる、推定1,500機を超える黒い大編隊であった。


デトロイトの自動車工場で流れ作業により大量生産され、極厚の防弾鋼板と2000馬力級エンジンを強引に組み合わせただけの「空飛ぶ鉄塊」。その無骨なシルエットが、太陽の光を遮るほどの密集陣形を組み、オアフ島全域へ向けて無慈悲な爆撃の雨を降らせ始めていた。


しかし、オアフ島は決して丸裸の生贄ではなかった。


「怯むな! 空の守りは我々陸海軍の航空隊がすべて引き受ける! 地下の連中は一発でも多く対空砲火を撃ち上げ続けろ!」


オアフ島の地下深くに設けられた巨大な防空作戦室で、第二五二海軍航空隊司令官である松永まつなが 貞市ていいち少将が、防喉マイクを握りしめて各飛行隊へ怒号を飛ばした。その隣では、陸軍・第十飛行師団司令官の秋山あきやま 豊次とよじ中将が、腕を組んで冷徹に戦況モニターを睨みつけている。指揮系統の異なる陸海軍が、この絶体絶命のハワイ防衛戦において、完全に連携した一つの防空システムとして稼働していた。


「松永少将。海軍の局地戦闘機で敵の爆撃陣形に風穴を開けよ。その穴へ、我が陸軍の『重装甲』をねじ込ませる」

「承知した、秋山中将。……海軍機、全機突入!」


松永少将の号令とともに、オアフ島の地下滑走路から次々と空へ飛び出してきたのは、海軍の四〇式局地戦闘機『轟電改二』を中心とする約150機の銀翼であった。


「アメ公の鉄屑どもめ、大和がいなくなったからと調子に乗りやがって! 全機、突撃! 分厚い装甲ごと、大口径機関砲で叩き割ってやる!」


第二五二海軍航空隊の飛行隊長、菅野かんの なおし大尉が、愛機『轟電改二』の操縦桿を力強く引き絞る。極限まで空気抵抗を減らした紡錘形の機体が、圧倒的な上昇力でアメリカ軍の大編隊の下方死角から垂直に近い角度で突き上げた。

機首に集中配置された大口径機関砲が火を噴き、編隊の最後尾を飛んでいたF6Fヘルキャットの腹部を正確に抉り抜く。日本の職人技が叩き出した徹甲弾がアメリカの防弾鋼板を貫通し、エンジンから発火したF6Fが黒煙を引きながら海へと墜ちていった。


「隊長に続け! 奴らの編隊をズタズタに切り裂け!」


列機を務める第二五二海軍航空隊の武藤むとう 金義かねよし飛行兵曹長も、機体を鮮やかに捻りながら、ドーントレス急降下爆撃機の編隊へ横槍を入れた。海軍特有の「圧倒的な上昇力と一撃離脱」による一撃が、システマチックに組まれていたアメリカ軍の編隊に確実な乱れを生じさせる。


だが、アメリカのパイロットたちも、ただ落とされるだけの素人ではなかった。


「ジャップの迎撃機が下から来たぞ! 教本マニュアル通りにサッチ・ウィーブ(交差戦法)を展開しろ! 数の暴力で包囲するんだ!」


合衆国海軍・第15戦闘飛行隊の編隊長、リチャード・ミラー大尉の指示を受け、新兵のマイケル・ドノバン少尉は冷や汗を流しながらもF6Fの操縦桿を横へ倒した。1機を撃墜された直後、その穴を埋めるように5機、10機のF6Fが群がり、6門のブローニング12.7ミリ重機関銃から放たれる圧倒的な弾幕を浴びせかける。


「くそっ、囲まれた! 陸軍の旦那方はまだ上がってこないのか!」


菅野大尉が機体を激しく横転させて弾幕を躱したその瞬間、オアフ島の内陸部、コオラウ山脈の地下から、地響きのような大馬力エンジンの咆哮が沸き起こった。


「海軍の連中を孤立させるな! 敵の機銃弾など避ける必要はない! 我々第十飛行師団の『重防御』の意地を見せてやれ!」


秋山中将の号令のもと、ハワイ防空の主力として大規模配備された陸軍航空隊の四二式重戦闘機『剛鷲』、四〇式戦闘機『荒鷲』、四二式陸上戦闘機『天雷』など、計約450機の大編隊が、雲を突いて戦場へ躍り出たのである。


「真正面から突っ込め! アメ公の弾幕ごと食い破れ!」


陸軍の飛行戦隊長が操る双発の『剛鷲』は、越前松平重工業製の極厚防弾鋼板を纏った「空飛ぶ重戦車」であった。F6Fの放つ12.7ミリ弾をフロントガラスと装甲板でカンカンと火花を散らして弾き返しつつ、アメリカの爆撃機編隊のど真ん中へ強引に機体をねじ込む。巨大な機関砲が火を噴き、アベンジャー雷撃機の主翼を根元からへし折った。


海軍の『轟電改二』が圧倒的な上昇力と一撃離脱で敵の陣形をかき乱し、陸軍の『剛鷲』と『荒鷲』が分厚い装甲を盾にして真正面から敵を粉砕する。

ハワイの青い空は、日米の航空ドクトリンが極限で激突し、無数の火だるまとなった機体が雨のように降り注ぐ凄惨な死の空域へと変貌していた。



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同日 午後1時

ハワイ諸島 オアフ島 ワイキキおよび真珠湾近郊 海岸線

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「空のジャップは放っておけ。我々の仕事は、あの海岸線の地形そのものを『平らな駐車場』に変えることだ」


沖合に展開したアメリカ海軍・第64任務部隊(艦砲射撃部隊)の旗艦で、ウィリス・A・リー少将は冷徹に命じた。

オアフ島の沿岸を睨んでいた日本の第一艦隊(大和型)がマウイ島へ引き剥がされた今、彼らを阻む巨砲は存在しない。


「目標、オアフ島・ワイキキ海岸および真珠湾南岸! 全艦、主砲一斉射撃ブロードサイド!」


旧式戦艦『コロラド』『メリーランド』をはじめとする戦艦群と、無数の巡洋艦、駆逐艦から、数千発に及ぶ大口径の榴弾が放物線を描いてオアフ島の海岸線へと降り注いだ。

地響きとともに、海岸のヤシの木やかつての高級ホテルの残骸が土砂もろとも吹き飛び、地形そのものが変わるほどの凄まじい飽和攻撃が展開された。


「よし、海岸線の障害物は完全に消滅した。揚陸艦(LST)、全艦前進! 砂浜に直接乗り上げろ!」


第5水陸両用軍団司令官、ホランド・M・スミス少将の号令とともに、数百隻の戦車揚陸艦(LST)と歩兵揚陸艇(LCI)が、浅瀬の海水を蹴立てながら、ワイキキの白い砂浜へと突進した。鋼鉄の艦底が砂を擦る凄まじい摩擦音が響き渡り、巨大な艦首の観音開きドア(バウ・ドア)が左右に開く。


「前進だ! ジャップの残骸を踏み越えていけ!」


アメリカ陸軍・第1機甲師団のM4シャーマン車長、ウィリアム・G・ガーナー軍曹は、キューポラから身を乗り出して叫んだ。デトロイトの工場で電気溶接されたばかりの新品のM4シャーマンが、エンジンを咆哮させて次々と砂浜へと吐き出されていく。その後ろからは、重い装備を背負ったアメリカ海兵隊員たちが、腰まで海水に浸かりながら上陸を開始した。


「海岸のジャップは艦砲射撃で全滅したようだぞ! 抵抗の気配はない!」


海兵隊の分隊長が、トンプソン短機関銃を掲げて安堵の声を上げた。

海岸線にはすでに何千トンという弾薬と食料、そして数十両のM4シャーマンがひしめき合い、巨大な海岸堡ビーチヘッドが形成されつつあった。


だが、アメリカ軍が「すべて粉砕した」と確信していた炎と硝煙の竜巻のさらに下、地底の暗闇の中で、日本の守備隊は不気味なほど無傷で息を潜めていた。



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同日 午後2時

ベティオ島 地下十メートル・日本軍守備隊 地下要塞

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「……第3坑道、異常なし。第5機銃座、被害なし。天井の補強梁は、ビクともしていません」


絶え間ない艦砲射撃の地響きが頭上で鳴り響き、パラパラと土埃が落ちてくる薄暗い地下坑道。そこで防毒マスクを首から提げた第一艦隊防衛工兵特務小隊の高橋たかはし 平蔵へいぞう曹長が、カンテラの灯りを頼りに壁面を叩きながら報告した。


彼らは、伊達家の「奥州鉱業」から配備された最新型の「携帯用動力削岩機」を振るい、ハワイの硬い火山岩の岩盤を地下十数メートルまで掘り抜いていた。そこにコンクリートを流し込み、越前松平重工業の極厚装甲鋼板を天井に敷き詰めることで、オアフ島の沿岸部をアリの巣のような「巨大な地下要塞群」へと改造していたのである。


ズガァァァンッ!!


頭上で艦砲が炸裂し、地下室全体が大きく揺れたが、鋼板と岩盤がその衝撃を完全に吸収した。


「アメリカ人は、相変わらず無駄弾を撃つのが好きだな。まるで花火大会だ」


地下要塞の暗がりで、第一機関銃小隊長の小林こばやし しげる曹長が、土埃を払いながら冷ややかに笑った。


「水際での迎撃は一切行わん。奴らがのこのこと砂浜に上がり、俺たちが設定したキルゾーン(射撃帯)の真ん中まで入り込むまで、一発たりとも撃つなよ」


日本軍は最初から「海岸線の水際での迎撃」を完全に放棄し、アメリカ軍をわざと上陸させたうえで、障害物のない平坦な砂浜を「死の十字砲火」の舞台として設定していたのである。



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同日 午後3時

ハワイ・オアフ島 ワイキキ海岸線

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「よし、橋頭堡は確保した! 内陸部へ向けて前進を開始しろ!」


ガーナー軍曹がM4シャーマンのハッチから身を乗り出し、前進を命じたその瞬間。


何もないはずの更地の「地中」から、突如として猛烈な十字砲火がアメリカ海兵隊の側面を薙ぎ払った。


「距離50。目標、正面の敵歩兵群および戦車。……撃てェッ!!」


地下トーチカの暗闇の中で、小林曹長が冷徹に軍刀を振り下ろした。


ダダダダダダダッ!! ズドォォォォンッ!!


「うおおおおッ!?」


砂浜に躍り出たアメリカの若き海兵隊員たちの体が、井伊銃器製の『三〇式重機関銃』から放たれた猛烈な弾幕によって真ん中から引き裂かれ、血しぶきを上げて吹き飛んだ。


「敵襲! 正面の瓦礫の下から機関銃! 左翼の砂の中から対戦車砲だ!」


「馬鹿な! あれだけの艦砲射撃を浴びせたんだぞ! どこに隠れていたんだ!」


米兵たちがパニックに陥り、身を隠そうと砂浜へ伏せたが、砲撃で完全に平らにされた砂浜には、身を隠す遮蔽物は一つも存在しなかった。


「引き付けろ! 敵がキルゾーンに入ったところを、徹底的にすり潰せ!」


さらに、岩肌に巧妙にカモフラージュされた砲眼から、水戸徳川造兵工機が旧式戦艦から転用した「40センチ級海岸要塞砲」が、地獄の底からのような咆哮を上げた。


ドゴォォォォンッ!!!


1トンを超える要塞砲の巨弾が、海岸に乗り上げていたアメリカ軍のLST(戦車揚陸艦)の土手っ腹に直撃。強烈な爆発がLSTの艦体を真っ二つにへし折り、内部に搭載されていた弾薬とガソリンが連鎖的に誘爆して、ワイキキの海岸に数十メートルの巨大な火柱を現出させた。


「ぎゃああああっ!!」


炎に包まれた海兵隊員たちが、生きたまま吹き飛ばされていく。

ガーナー軍曹の乗るM4シャーマンも、地下陣地から撃ち出された四七粍対戦車速射砲の至近射撃を受け、履帯を引きちぎられて砂浜で座礁した。


「前進しろ! 海岸に立ち止まればマトになるだけだ!」


沖合の輸送船からホランド・スミス少将が無線で絶叫する。しかし、上陸した海兵隊員たちの前には、日本軍が巧妙に配置した幾重もの見えないトーチカと、そこへ向けて放たれる十字砲火が「死の壁」となって立ちはだかっていた。


衛生兵メディック! 衛生兵ェェッ!」


「脚が……俺の脚が吹き飛んだ! 助けてくれ!」


オアフ島の美しい白い砂浜は、わずか数十分のうちに、おびただしい数のアメリカ海兵隊員の死体と、M4シャーマンやLSTの燃え上がる残骸で埋め尽くされ、エメラルドグリーンの海水は文字通り真っ赤な血の色に染め上げられた。


アメリカの誇る「マニュファクチャリング・モンスター」の絶対的な物量が、日本の冷徹な「地下要塞・出血強要ドクトリン」の前に完全に血の泥沼へと引きずり込まれた。


第一艦隊という盾を失いながらも、ハワイの守備隊は決して絶望することなく、アメリカの青年の血を限界まで搾り取るための死闘を、不気味なほどの冷静さで展開し続けていたのである。

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