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第58章 迫り来る鋼鉄の津波【第四期 完】

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1944年4月11日 午前10時

ハワイ諸島 オアフ島上空

アメリカ合衆国海軍 第15戦闘飛行隊

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作戦名「パシフィック・ストーム(太平洋の嵐)」が発動し、アメリカ合衆国の全生産力を結集した大艦隊がハワイ・オアフ島へと強襲を掛けてから、すでに6日間の血みどろの死闘が続いていた。


「くそっ、また右から来るぞ! ウィーヴ(交差)だ、ドノバン!」


合衆国海軍・第15戦闘飛行隊の編隊長、リチャード・ミラー大尉が防喉マイク越しに絶叫した。

新兵のマイケル・ドノバン少尉は、極限の疲労で霞む目をこすりながら、『F6Fヘルキャット』の重い操縦桿を力任せに横へと倒した。プラット・アンド・ホイットニー製2000馬力エンジンの猛烈な振動が、全身の骨を軋ませる。分厚い防弾ガラスの向こう側で、ハワイの青い空が機銃の曳光弾と黒煙によって完全に濁りきっていた。


彼らの目の前を、日本陸軍・第十飛行師団の四〇式戦闘機『荒鷲』と、海軍・第二五二海軍航空隊の四〇式局地戦闘機『轟電改二』の混成編隊が、凄まじい速度で切り裂いていく。


「なんだあの緑色の双発機は! 俺たちの機銃を弾きやがったぞ!」


ドノバン少尉が悲鳴を上げる。彼が12.7ミリ重機関銃を浴びせたのは、帝国陸軍が誇る重防御ドクトリンの極致、四二式重戦闘機『剛鷲』であった。分厚い防弾鋼板を纏ったその双発機は、アメリカ軍の火線をカンカンと弾き返しながら真正面から突っ込んで来る。同時に、下方の死角からは海軍の『轟電改二』が圧倒的な上昇力で突き上げ、大口径機関砲の火線をF6Fの腹部へと叩き込んだ。


「ミラー隊長! 左翼が燃えている! 脱出……」


ドノバンの僚機が巨大な火の玉となってハワイの青い海へと墜ちていく。

数の暴力で日本軍をすり潰すはずだったアメリカのパイロットたちは、オアフ島の地下要塞から際限なく湧き出してくる日本の陸海軍合同防空部隊の精鋭たちを前に、莫大な出血を強いられていた。


だが、ドノバンたちアメリカ軍パイロットを真の絶望に突き落としていたのは、敵の戦闘機ではなかった。


「……下を見ろドノバン! ジャップの『怪物』がまた撃ちやがるぞ!」


ミラー大尉の絶叫とともに、ドノバンが眼下の海面に視線を落とした瞬間。

オアフ島の沿岸スレスレ、ワイキキ沖の浅海域に布陣していた巨大な鋼鉄の城郭群──豊栄大日本帝国・第一艦隊司令長官である松平まつだいら 保男もりお大将が直卒する超弩級戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』の46センチ(18インチ)三連装砲が一斉に火を噴いた。


ドゴォォォォォォォンッ!!!


重量1.4トンの巨大な『三式弾(対空・対地焼夷散弾)』が、ハワイの空気を悲鳴のように引き裂きながらドノバンたちの頭上へと飛翔し、上空数千メートルで炸裂した。

数千発ものマグネシウムと燃焼ゴムの弾子が、巨大な火の雨となって全方位へばら撒かれる。その「空飛ぶ溶鉱炉」のような弾幕の網に引っかかった十数機のTBFアベンジャー雷撃機とSBDドーントレス急降下爆撃機が、一瞬にして主翼を燃やし尽くされ、為す術もなく海面へと墜落していった。


「神よ……。あんな巨砲が沿岸にへばりついている限り、我々の上陸船団は絶対に島へ近づけない……!」


ドノバン少尉は、燃え盛る友軍機の残骸を抜けながら、血の滲むような思いで機首を引き上げた。

ハワイはまさに、血と鉄が無限に消費される地獄の防波堤と化していた。



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同日 午後1時

太平洋東部 ハワイ沖合

アメリカ合衆国海軍 第5艦隊 旗艦『タイコンデロガ』

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「……損耗率はすでに許容範囲を超えつつあります。我が軍の航空機は、この6日間で実に400機以上が失われました。そして何より、ジャップの『第一艦隊』がオアフ島の沿岸に張り付いて、陸の防空陣地と完全に連動した『絶対的な浮き砲台』と化しているため、第62任務部隊の上陸船団(LST群)は、オアフ島の海岸線に1ヤードたりとも近づけません」


旗艦『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、参謀が青ざめた顔で報告した。


「新鋭戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』を前面に押し出し、艦砲射撃戦を挑む許可を!」


砲術参謀が血走った目で進言するが、第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、冷徹な一瞥でそれを制した。


「無駄だ。アイオワ級の16インチ砲では、大和型の18インチ砲のアウトレンジ射程には勝てない。強引に突っ込めば、我が方の戦艦群が一方的にスクラップにされるだけだ。ジャップはそれを分かっているからこそ、外洋に出てこず、島の地下要塞と一体化して引き籠もっているのだ」


スプルーアンス中将は、熱いコーヒーを片手に、机の上に広げられたハワイ諸島の広域海図をじっと見つめ続けた。


「……だが、ハワイはなんとしても占領せねばならない。我々が太平洋を西進するための、絶対に不可欠な足場だ。オアフ島にあの『鉄の山脈(大和型)』がへばりついているのが問題なのだ。ならば、計略を弄してでも、あいつらを沿岸から『引き剥がす』しかない」


スプルーアンスの冷たい目に、絶対的な自信に裏打ちされた策謀の光が宿った。


「長官。しかし、もしジャップの機動部隊がハワイの救援に向かってきているとすれば、我々がオアフ島周辺でモタモタしていれば、側面を突かれる危険が……」


「その心配はない」


スプルーアンスは、コーヒーカップを置き、断言した。


「海軍情報局(ONI)とサンタクララバレーの新ハイポの暗号解析によれば、ジャップの主力機動部隊は、依然として遠く離れた海域に留まっている。我々には十分な時間がある。敵の増援が来る前に、オアフ島を陥落させ、我々の天文学的な物量と兵站をすべてハワイの砂浜へ荷揚げして、絶対不落の要塞へと作り変えてしまえば、我々の完全勝利だ」


スプルーアンスは、指揮棒の先端を、オアフ島の南東に位置する隣島──『マウイ島』へと突き立てた。


「これより、第62任務部隊(揚陸船団)の三分の一、および旧式戦艦群をはじめとする艦砲射撃部隊を、マウイ島へ差し向ける。猛烈な電波トラフィックを発し、さも『我が軍の本命はマウイ島上陸である』かのように偽装しろ」


「マウイ島への陽動……ですか!」

参謀が息を呑む。


「ジャップの第一艦隊司令官・松平保男は、オアフ島だけを守っていればいいわけではない。もし我々が隣のマウイ島を完全に占領し、そこに飛行場を築いて無尽蔵の航空機と長距離砲を配備すれば、オアフ島は完全に孤立し、真珠湾の裏側から締め上げられることになる」


スプルーアンスは冷酷に笑った。


「松平は、我々がマウイ島を落とすのを黙って見ていることはできない。マウイの防衛、あるいは我々の上陸部隊を粉砕するために、彼は必ず大和型戦艦群をオアフ島の沿岸から引き剥がし、マウイ方面へと向かわせるはずだ。……あの巨砲がオアフ島から離れ、島が『空』になったその決定的な瞬間こそが、我が軍の全質量をオアフ島へ叩き込む時だ」



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1944年4月13日 午前4時

ハワイ諸島 マウイ島 西岸沖合

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スプルーアンス中将の冷徹な計略は、夜の闇に紛れてただちに実行へと移された。


アメリカ海軍の『フレッチャー級』駆逐艦十数隻と、旧式戦艦『コロラド』『メリーランド』、そして無数のダミーの揚陸艇が、マウイ島の西岸沖合に猛烈な水飛沫を上げて殺到していた。


「通信手、偽装電波の送信出力を最大にしろ! 我々が『本隊』だとジャップに思い込ませるんだ!」


駆逐艦『ラドフォード』の艦長、アーサー・テイラー中佐は、艦橋で双眼鏡を握りしめながら怒号を飛ばした。

彼らは今、世界最大の大砲を持つ日本の大和型戦艦群を、自らの命を餌にしておびき出そうとしているのである。全乗組員の背中には、極度の緊張による冷たい汗が滝のように流れていた。


「目標、マウイ島沿岸陣地! 艦砲射撃開始!」


旧式戦艦『コロラド』の16インチ砲と、駆逐艦群の5インチ砲が夜明け前の海上で一斉に火を噴く。マウイ島の海岸線に猛烈な爆発が連続し、まるで数万人規模の上陸作戦が今まさに始まろうとしているかのような、凄まじい砲煙と土煙が舞い上がった。


「……来ますか、艦長。あの化け物(大和)が……」

見張員が、震える声で西の水平線──オアフ島の方角を凝視する。


「来るさ。我々がマウイを落とせば、ジャップのハワイ防衛は詰みだ。奴らは必ず、この『偽の本隊』を潰しにくる」



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同日 午前6時

ハワイ諸島 オアフ島沿岸

豊栄大日本帝国 第一艦隊旗艦『大和』 作戦室

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アメリカ軍の猛烈な艦砲射撃の閃光は、オアフ島の沿岸で浮き砲台として陣取っていた第一艦隊のレーダーにも、明確に捉えられていた。


「……マウイ島西岸沖合に、敵の大規模な艦影! 猛烈な電波交信とともに、艦砲射撃を開始しています! 敵はマウイ島への強行上陸を企図している模様!」


『大和』の作戦室で、第一艦隊・通信参謀の黒河内くろこうち おさむ中佐が、緊迫した声で報告を上げた。


第一艦隊司令長官、松平 保男大将は、海図の上のマウイ島をじっと見つめ、静かに腕を組んだ。


「スプルーアンスめ。我が方の巨砲の射程外であるマウイ島へ別働隊を差し向け、我々をオアフ島から誘い出す魂胆か」


松平大将は、アメリカの陽動作戦の意図を正確に見抜いていた。

しかし、同時にその陽動が「絶対に無視できない致命的な一撃」であることも理解していた。


「松平長官! アメリカ軍の物量は無尽蔵です。たとえ陽動の別働隊であろうと、マウイ島に強行上陸され、LSTから無限の戦車や物資を陸揚げされれば、数日のうちにマウイ島はアメリカの不沈空母と化します。そうなれば、オアフ島は完全に挟み撃ちにされます!」


幕僚の悲痛な進言に、松平大将は重く息を吐いた。


「分かっている。ルーズベルトの『物量』は、それが陽動であろうと本命であろうと、放置すれば等しく我々の首を絞める致命傷となる。……ならば、罠だと分かっていても、あのマウイ島の敵艦隊をすべて海の底へ沈めるしかない」


松平大将は、決断の眼差しで海図を睨みつけた。

彼は自らがこのオアフ島沿岸を離れることが何を意味するか、誰よりも理解していた。第一艦隊という「絶対的な盾」が消えれば、オアフ島はアメリカ軍の猛烈な艦砲射撃と航空爆撃の前に丸裸となる。


だが、ここでマウイ島を見捨てれば、ハワイ防衛そのものが戦略的に完全に崩壊するのだ。


「第一艦隊、抜錨! これより我が艦隊はオアフ島沿岸を離れ、マウイ島沖合の敵艦隊へ向けて進撃する! 46センチ砲の最大射程に捉え次第、敵上陸船団を粉砕せよ!」


巨大な蒸気タービンが地響きのような咆哮を上げ、6万4000トンの巨城『大和』をはじめとする5隻の超弩級戦艦群が、ついにオアフ島の沿岸からその重い錨を上げ、マウイ島の方角へ向けて白波を蹴立てて進撃を開始した。


それは、オアフ島の守備隊にとって、最大の守護神がその場から姿を消すという、絶望的な光景であった。



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同日 午前8時

アメリカ第5艦隊 旗艦『タイコンデロガ』

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「司令官! 探信音およびレーダー波に変化! ジャップの第一艦隊が、オアフ島沿岸から離れました! 目標、マウイ島沖合の我が第64任務部隊! 完全に誘引に乗りました!」


『タイコンデロガ』のCICで、レーダー員が歓喜の絶叫を上げた。


スプルーアンス中将は、冷徹な顔のまま、ついにその口元に勝利を確信する深い笑みを浮かべた。


「かかったな、東洋の怪物め。いくら巨砲を持っていようと、守るべき場所が複数ある以上、すべての拠点を同時に覆うことはできないのだ」


スプルーアンスは、指揮棒でオアフ島の南岸──本命の上陸地点であるワイキキおよび真珠湾近郊の海岸線を力強く叩いた。


「今だ! 第一艦隊という『絶対的な盾』が消え、空になったオアフ島へ、我が軍の『真の本隊』を突入させろ! 第62任務部隊(揚陸船団)のLST群、全艦前進! 兵員、M4シャーマン戦車、そして天文学的な量の兵站物資のすべてを、一気にオアフ島の砂浜へ吐き出すのだ!」


スプルーアンスの号令とともに、水平線の彼方で息を殺して待機していた本命の大船団──数百隻のLSTとリバティ船、そしてアメリカ第1海兵師団の数万人の兵士たちが、怒涛の勢いでオアフ島へと殺到を開始した。


「ジャップの第一艦隊がマウイ島から引き返してくる前に、我々がすべての兵站を揚陸し、このオアフ島をアメリカの完全な要塞へと作り変えてしまえば、我々の完全勝利だ」


スプルーアンスは、自らの冷徹な計算と、アメリカの「マニュファクチャリング」の物量が完璧に噛み合ったことを確信し、勝利の葉巻に火をつけた。



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同日 午前11時

ハワイ諸島 オアフ島・ダイヤモンドヘッド地下要塞

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『大和』の巨躯が水平線の彼方へ消え去ったオアフ島の沿岸。

そこに取り残されたのは、陸海軍合同防空部隊と、地下要塞に立て籠もる守備隊の将兵たちであった。


「……敵大船団、水平線を覆い尽くして接近中! その数、測りきれません! 空母、戦艦、輸送船……海が、アメリカの船で埋まっています!」


ダイヤモンドヘッドの観測所から、悲鳴のような報告が地下要塞に響き渡った。


陸軍・第十飛行師団司令官の秋山あきやま 豊次とよじ中将と、海軍・第二五二海軍航空隊司令官の松永まつなが 貞市ていいち少将は、防空壕の中で固く唇を噛み締めていた。


「第一艦隊がマウイへ向かったこの隙を突いて、ルーズベルトの全生産力が、このオアフ島へ一気に雪崩れ込んできたか……!」


秋山中将が呻く。第一艦隊の46センチ砲という「盾」が消え去った今、この島に殺到するアメリカ軍の艦砲射撃と航空爆弾を止める手立ては存在しない。


「怯むな! 大和が戻るまで、この島は我々だけで死守せねばならん!」


第二五二海軍航空隊の飛行隊長、菅野かんの なおし大尉が、防空壕の入り口で軍刀を握りしめ、血走った眼で空を睨みつけた。


「全機、出撃だ! 陸軍の『剛鷲』と海軍の『轟電改二』のすべてを空へ上げろ! アメ公の船団を、一隻でも多く海の底へ道連れにしてやる!」


だが、彼らが地下から滑走路へ飛び出した瞬間、オアフ島の空はすでに、エセックス級空母群から発艦した何千機ものF6Fヘルキャットと、TBFアベンジャー、SBDドーントレスの巨大な黒い雲によって完全に覆い尽くされていた。


さらに海からは、新鋭戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』の16インチ主砲が、これまでの小競り合いとは次元の違う「本物の飽和砲撃」をオアフ島の沿岸へ向けて放ち始めた。


ドゴォォォォォォォンッ!!!


凄まじい閃光と衝撃波が、オアフ島の大地を根本から揺るがす。岩盤を砕く爆炎が至る所で上がり、通信線が断断され、海岸線に敷かれた有刺鉄線と塹壕が土砂もろとも吹き飛んでいく。


「ちくしょう! なんて火力だ! 地下へ戻れ、全員地下へ潜れ!」


工兵特務小隊の高橋たかはし 平蔵へいぞう曹長が、崩れ落ちる岩盤の下で必死に部下たちを押し込みながら絶叫した。


大和型という絶対の守護神を失い、完全に孤立無援となったオアフ島。

そこへ、西海岸の巨大ドックとデトロイトの工場から吐き出された「マニュファクチャリング・モンスター」の全質量が、いかなる容赦もなく、物理的に島をすり潰すための猛烈な津波となって殺到しつつあった。


豊栄大日本帝国が誇る「鉄壁の楽園」は、スプルーアンスの冷徹な計略の前に、ついにその防衛線が根底から決壊する、絶体絶命の崩壊の危機に立たされていたのである。

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