第7章 南溟の猛攻とパース無力化
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1941年11月30日 午前4時30分
インド洋東部 豊秋津島南西海域
第二機動艦隊旗艦 装甲空母『大鳳』 羅針艦橋
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ジャワ海で大英帝国の誇る最強の執行艦隊を葬り去った第二機動艦隊は、一刻の休息も挟むことなく、豊秋津島の西海岸を烈風の如き速力で南下していた。
舳先が切り裂く漆黒の海原の先には、大英帝国が南半球に残した最後の戦略的楔──軍港パースが存在する。
司令長官・小沢治三郎中将は、夜明け前の冷徹な闇を見つめながら、手元の作戦書に目を落とした。
「パースまでの距離、残り230浬。気象班より入電、目標上空の視界は良好。風向、風速ともに航空作戦に最適です」
首席参謀の報告に、小沢は微かに顎を引いた。
「よろしい。第一次攻撃隊、発艦始め」
艦橋の足下、広大な飛行甲板に灯された薄暗い誘導灯の中に、異気の銀翼たちがその凶暴な輪郭を現した。
鍋島家の佐賀精密機械が削り出した高圧油圧カタパルトが、強烈な作動油の圧搾音とともに駆動を開始する。この射出システムは、1930年代初頭に英国の造船トラストからダミー会社経由でかすめ取った高圧油圧ピストンの基本図面を、国際特許など一顧だにせず徹底的にリバースエンジニアリングし、重い装甲を施した艦上攻撃機をも容易に突き出す帝国の「技術収奪」の結晶であった。
発動機が咆哮を上げる。先陣を切って飛び立っていくのは、時速650キロメートルを超える圧倒的な高速を誇る最新鋭の岐州重工製・四〇式艦上戦闘機『烈風』。それに続くのは、重魚雷を抱えながらも並の戦闘機を凌駕する快速で夜空へと吸い込まれていく 岐州重工製・三九式艦上攻撃機『流星』の編隊である。
さらにその後方から、岐州重工製・三八式艦上戦闘機『凱風』、岐州重工製・三八式艦上爆撃機『彗星』、上杉航空製・三六式艦上攻撃機『天山』が、豊秋津島東部の鉄鉱山から掘り出され、島津の工廠で圧延された強靭な装甲甲板を蹴って、次々と南の空へと舞い上がっていった。
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同刻。豊秋津島西部 英海軍パース基地
司令部地下防空壕
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「シンガポールからの返電はありません! 完全に通信が途絶しています!」
「通信兵、ロンドンの海軍省へ繋げ! 我々を見捨てる気か!」
パース守備隊総司令官、ヘンリー・ペルハム・クローリー少将は、地響きのように震える防空壕の片隅で、受話器を激しく叩きつけていた。
彼の机の上に置かれた状況マップは、完璧な絶望を示している。
数日前、ジャワ海で英東洋艦隊(Z部隊)が文字通り消滅したという報が届いた瞬間、この要塞の運命は決していた。
パースの背後に広がる豊秋津島の広大な大地──その東海岸と北海岸には、340年にわたる組織的移民によって数千万人の人口を抱える日系ネットワーク「豊秋津島連邦」の藩領が、鉄の壁のようにそびえ立っている。陸路による退路は1マイルたりとも存在せず、海路の盾であった大艦隊も消滅した。今やパースは、インド洋の片隅に取り残された孤立無援の要塞へと成り下がっていたのだ。
その時、防空壕の天井が割れんばかりの甲高いうなり音が、パースの街を震わせた。
「敵機襲来! 対空レーダー、完全に制圧されました! 速度が……奴らの戦闘機の速度が速すぎる!」
悲鳴のような報告と同時に、港湾の防空陣地から次々と火柱が夜空へと突き刺さる。
クローリー少将が防空壕の銃眼から外を見上げた時、彼が目にしたのは、英国製航空機の設計思想を冷徹に模倣しながらも、毛利家の百オクタンガソリンによって怪物的な効率を得るに至った『烈風』の姿であった。
1500馬力級液冷エンジン『水星』を鋭く唸らせる日本の銀翼は、英軍が配置していた対空砲座や通信施設といった「反撃の手足」だけを、一撃離脱戦法で正確に破壊していく。
続いて飛来した『流星』と『彗星』『天山』の群れは、軍港で迎撃態勢を取ろうとしていた数隻の英警備艦艇を瞬く間に沈黙させ、港湾の背後にそびえる司令部ビルと要塞砲台をピンポイントで粉砕していった。
「各機、目標は対空砲座と司令部のみ! 港湾クレーンと燃料タンク群には弾一発、掠らせるな!」
『彗星』部隊を率いる艦爆隊長・江草隆繁少佐の怒号が、上空の機内通信に鋭く響き渡る。
「隊長、第三砲台のすぐ横に20万トン級の燃料タンク群があります! 爆風が及ぶかもしれません!」
列機を操る山田良平飛行兵曹長が緊張した声で叫ぶと、江草は急降下の操縦桿を限界まで握りしめながら吠え返した。
「馬鹿野郎、あの油とドックは明日から我が『大鳳』が使うものだ! 進入角度を80度まで引き上げろ! 誤差数メートルの神業を見せつけてやれ!」
「了解!」
鼓膜を裂くような風切り音とともに、江草の機体が垂直に近い角度で夜空を切り裂く。極限の降下角から投下された250キロ爆弾は、隣接する巨大インフラを一切傷つけることなく、コンクリートの砲座だけを正確にすり鉢状に吹き飛ばした。
それは戦闘ではなく、極めて計算された無力化作業であった。
日本の航空隊は、港に並ぶ近代的な港湾クレーンや巨大な乾ドック、そして20万トンに及ぶ燃料タンク群には、機銃の弾一発すら掠らせない。彼らは大英帝国が莫大な富を投じて築き上げたそのインフラすべてを、そのまま無傷で鹵獲し、帝国の新たな前進基地として再利用する算段を完全に整えていた。
わずか3時間の間に、パースが誇った防空網と司令部機能は徹底的に解体され、抵抗する術を失った軍港は、静かにその主を換える瞬間を待つのみとなった。
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同日 午前9時
インド洋東部 第二機動艦隊旗艦 装甲空母『大鳳』 羅針艦橋
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「第一次、第二次攻撃隊、全機帰投。パース基地の防空陣地、沿岸砲台、ならびに敵司令部の制圧を完了。……港湾インフラ、乾ドック、20万トンの燃料タンク群は、何れも一分の損壊ありません。敵守備隊は完全に無力化されました」
飛行長からの淡々とした報告を聞き、小沢治三郎中将は小さく頷いた。
双眼鏡の視界の先には、もはや迎撃の対空砲火すら上がらない、完全に牙を抜かれたパースの軍港が横たわっている。今回は上陸部隊を伴っていないが、敵に増援の見込みはない。改めて上陸作戦を敢行すれば、あの広大な港湾施設も、蓄えられた膨大な燃料も、すべてがそのまま豊栄大日本帝国の資産として鹵獲され、インド洋を睨む新たな盾へと作り変えられる。
「よし。これより現地部隊へ接収作業を引き継ぐ」
小沢は短く頷くと、舳先の先──さらに北の海域へと視線を転じた。
「面舵一杯。本艦隊はこれより北上、豊秋津島北部の天領・多良加へ向かう。次の戦いに備え、燃料と弾薬の完全なる補給を行う」
小沢の静かな号令とともに、装甲空母『大鳳』を中核とする巨大な鋼鉄の執行艦隊は、南溟の海に完璧な秩序の鉄鎖を回しながら、堂々と舳先を翻した。
ロンドンの帳簿は燃え落ち、インド洋の拠点はそっくりそのまま奪い取られた。
だが、このパースの無力化は、帝国が南溟に敷く絶対的な新秩序の、ほんの一歩に過ぎない。
帝国の次なる目標は、ニューカレドニアなど南太平洋における英連邦権益の速やかな制圧であり、間髪入れずにニュージーランドの完全占領へと突き進むことであった。




