第57章 西海岸の巨竜と鉄壁の楽園
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1944年2月10日 午前9時
米国西海岸 カリフォルニア州 サンフランシスコ海軍基地
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どんよりと垂れ込めた冬の濃霧を切り裂くように、無数の電気溶接の青白い閃光が、サンフランシスコ湾の岸壁を真昼のように照らし出していた。海風には、焼けた鋼鉄とフラックス、そして重油の強烈な匂いが混じり合っている。
「……信じられるか。たった半年だ。タラワの海で我々の機動部隊が包囲・鹵獲され、太平洋の主力空母群が事実上消滅してから、わずか半年でこれだ」
合衆国海軍・第5艦隊司令官に新たに任命されたレイモンド・エイムズ・スプルーアンス中将は、司令部の分厚いガラス窓から眼下に広がる異様な光景を見下ろし、思わず感嘆とも戦慄ともつかない吐息を漏らした。
彼の下にある海面は、もはや「海」ではなく、幾何学的に整列した鋼鉄の巨大な平原と化していた。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が発動した国家総力戦体制によって、カイザー造船所をはじめとする西海岸の巨大ドック群は、24時間365日、一秒の休みもなく稼働を続けている。熟練工の神業を一切必要としないブロック工法と、電気溶接による荒々しいほどの大量生産。その暴力的なマニュファクチャリングが吐き出した結晶が、湾を隙間なく埋め尽くしていたのだ。
基準排水量3万トン級の新鋭大型空母(エセックス級)の群れである。
タラワでの鹵獲を補うべく狂気的な前倒しで就役した『ボノム・リシャール』『オリスカニー』『フランクリン』『シャングリラ』『タイコンデロガ』『ランドルフ』『ハンコック』『ベニントン』『ボクサー』『クラウン・ポイント』『レイク・シャンプレイン』『ヴァリー・フォージ』『フィリピン・シー』。
さらに、巡洋艦の船体を流用して急造された新鋭軽空母(インディペンデンス級)の『カウペンス』『バターン』『サン・ジャシント』『ラングレー』『カボット』。
これら空母群の直衛として、日本の大和型戦艦を正面から粉砕すべく大西洋からパナマ運河を経由して急行してきた新鋭高速戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』『イリノイ』『ケンタッキー』、そして『マサチューセッツ』『ノースカロライナ』『ワシントン』『インディアナ』が、16インチ(40.6センチ)砲の砲身を天に向けてそびえ立たせている。
「スプルーアンス中将。艦隊の編成は、計画よりさらに3週間前倒しで完了しました」
背後の執務机で、ワシントンから直接視察に訪れていた合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長、アーネスト・ジョゼフ・キング大将が、分厚い葉巻を噛みちぎりながら低い声で言った。
「失った艦の倍の数を造ればいい。沈められた兵士の三倍の若者を訓練し、工場から吐き出される機体に乗せればいい。それが我々アメリカの戦い方だ。……だが、航空戦力の更新については、少々忌々しい問題が残っている」
キング大将は、怒りを滲ませながら葉巻の灰を灰皿へ落とした。
「新型の『F4Uコルセア』戦闘機は、機首が長すぎて空母の甲板への着艦視界が悪く、バウンド事故が多発している。主力機動部隊の空母への本格配備は当面見送らざるを得なかった。また、急降下爆撃機も、新型の『SB2Cヘルダイバー』の初期不良が完全に解決しておらず、現場のパイロットたちからは『野獣』と忌み嫌われ、前線での稼働率に致命的な懸念がある。この時期に、我々の主力艦隊のすべての翼を新鋭機に更新することは不可能だった」
「構いません、キング提督」
スプルーアンス中将は、窓から視線を戻し、冷静な眼差しで海図を見つめた。
「日本の次世代機である2500馬力級の『天風』や統合機『迅星』も、まだ大規模な部隊配備には至っていないと情報局から報告が上がっています。彼らの新造空母群での慣熟訓練も遅れているはずです。我々は、既存の『F6Fヘルキャット』と『SBDドーントレス』を、ただただ圧倒的な『数』で揃えるだけで十分です。ジャップの戦闘機が職人技で作られた精緻な芸術品であり、パイロットが長年の訓練を経た達人であることは認めよう。だが、彼らが1機を丁寧に作り、1人を育てる間に、我々はデトロイトの自動車工場からヘルキャットを50機吐き出し、促成栽培の若者を50人乗せて空へ放ちます」
キングの口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。
「作戦名『パシフィック・ストーム(太平洋の嵐)』。我が合衆国の全生産力を結集したこの大艦隊をもって、ジャップに奪われたハワイ・オアフ島を直接強襲し、奪還する。彼らがハワイを要塞化してどれほど強固な盾を築こうとも、それを海から『物理的に削り取る』だけの絶対的な火力が、今ここにある。……4月、波が穏やかになる春の海を越えて、ハワイを灰燼に帰せ」
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1944年3月20日 午後2時
ハワイ諸島 オアフ島・ダイヤモンドヘッド地下要塞
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西海岸でアメリカの巨大な竜が目覚めの咆哮を上げていた頃、太平洋の絶対的な防波堤として日本軍の支配下に置かれたハワイ・オアフ島は、常軌を逸した「大土木工事」の轟音に包まれていた。
「もっと深く掘れ! 岩盤の厚みがまだ足りん! アメリカの16インチ砲弾が降ってきてもビクともしない『完全な地下都市』を造り上げるのだ!」
ダイヤモンドヘッドの中腹、鬱蒼とした熱帯の植物に巧妙に偽装された巨大な坑道の入り口で、第一艦隊防衛工兵特務小隊の高橋 平蔵曹長が、汗と火山灰にまみれた顔で怒号を飛ばしていた。
坑道の奥深くからは、鼓膜を物理的に破壊するようなけたたましい駆動音が響き続けている。伊達家の「奥州鉱業」から緊急配備された最新型の『携帯用動力削岩機』が、ハワイ特有の硬い火山岩をガリガリと削り取っている音だ。坑道内は削岩の粉塵で白く濁り、熱気と男たちの酸えた汗の匂いが充満している。
前年11月のハワイ制圧直後から、江戸城の徳川家正宰相の厳命を受けた守備隊は、アメリカ軍の圧倒的な艦砲射撃と航空爆撃を想定し、海岸線での水際防衛を完全に放棄していた。彼らはオアフ島の主要な山々や丘陵地帯──ダイヤモンドヘッド、パンチボウル、コオラウ山脈などの地下深くに、アリの巣のように入り組んだ強固な要塞線を構築し続けていたのである。
岩盤をくり抜いた地下には、弾薬庫、野戦病院、兵員待機所が設けられ、その上からは越前松平重工業製の極厚装甲鋼板と分厚いコンクリートが何重にも被せられている。さらに、山の斜面には偽装された砲眼が穿たれ、水戸徳川造兵工機が旧式戦艦から転用した「40センチ級海岸要塞砲」が、静かに太平洋の水平線を睨んでいた。
その要塞の中枢、第一艦隊司令部が置かれている地下大作戦室では、豊栄大日本帝国海軍・第一艦隊司令長官の松平 保男大将と、第一艦隊・通信参謀の黒河内 修中佐が、海図を前に深刻な面持ちで対峙していた。
「……筑前の黒田精機が展開している広域電波探知網によりますと、アメリカ西海岸の通信トラフィックが異常な跳ね上がりを見せています。サンフランシスコから、天文学的な数の大型艦艇が次々と出港し、ハワイへ向けて西進を開始した模様です」
黒河内中佐の報告に、松平大将は腕を組み、重く息を吐いた。
「来たか。ルーズベルトの生産力は、タラワで我々に鹵獲された空母の穴をわずか半年で埋め、さらに倍以上の質量を整えてきおったか。……我が方の迎撃準備はどうなっている」
「松平長官。それが……」
黒河内中佐は苦渋に満ちた顔で書類をめくった。
「本土の岐州重工へ発注している2500馬力級の次世代戦闘機『天風』および雷爆統合機『迅星』の量産と前線配備が、大幅に遅延しております。アメリカの物量に対抗するためのこれらの新型機は、まだ数十機しかハワイに到着しておらず、搭乗員の慣熟訓練も終わっていません。我々は、今回のアメリカの総攻撃を、旧来の四〇式艦上戦闘機『烈風』と、四〇式局地戦闘機『轟電改二』のみで迎え撃たねばならない状況です」
作戦室の空気が、一瞬にして凍りついた。
数においてアメリカ軍は優に1,500機以上の航空機を投射してくる。それに対し、日本側のハワイ駐留陸上航空隊(第二五二海軍航空隊など)の総数は500機程度。最新鋭機への更新すら間に合っていないこの状況で、3倍以上の物量と正面から殴り合えば、いかに日本の搭乗員が優秀であろうとも、数日で完全にすり潰されてしまう。
「……我々は逃げも隠れもせん。ルーズベルトが空を埋め尽くすほどの量産機を飛ばしてくるというのなら、こちらは地下の要塞と、大和の巨砲の『装甲と火力』ですべて叩き落としてやる」
松平大将は、海図の上のオアフ島を拳で強く叩いた。
「我が第一艦隊の戦艦5隻(『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』)は、オアフ島の沿岸スレスレの浅海域に布陣し、陸の対空陣地と完全に連動した『絶対的な浮き砲台』としてアメリカ艦隊を迎え撃つ。敵が上陸部隊を送り込んできたら、46センチ砲の三式弾で水平線の彼方から薙ぎ払え。新型機が間に合わぬなら、このハワイそのものを巨大なハリネズミにして、アメリカの鉄屑どもを串刺しにしてやるのだ!」
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1944年4月5日 午前5時
太平洋東部 ハワイ諸島東方沖合 400浬
アメリカ合衆国・第5艦隊 機動奪還部隊
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夜明け前の太平洋。
西海岸から数千キロの荒波を越えて進撃してきたアメリカの大艦隊は、まさに「動く大陸」と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。
旗艦である新鋭大型空母『タイコンデロガ』の艦橋で、スプルーアンス中将は熱いコーヒーを啜りながら、漆黒の空が白み始めるのを静かに待っていた。
「……長官。目標のオアフ島まで、距離400浬。これより我が艦隊は、日本の哨戒圏内へと突入します」
参謀の報告に、スプルーアンスは静かに頷いた。
「各空母群へ通達。全パイロットを飛行甲板へ上げろ。第一波攻撃隊、発艦準備だ」
『タイコンデロガ』をはじめとする無数のエセックス級空母の広大な飛行甲板には、デトロイトの工場から直送されたばかりの真新しい『F6Fヘルキャット』戦闘機と『TBFアベンジャー』雷撃機、そして『SBDドーントレス』急降下爆撃機が、隙間もないほどびっしりと並べられていた。新型のコルセアやヘルダイバーへの更新が遅れようとも、合衆国の「大量生産された既存の暴力」は一切揺るがない。
操縦席に座っているのは、開戦後に促成栽培の訓練カリキュラムを数ヶ月受けただけの、若いアメリカの青年たちである。日本のパイロットのような、数千時間の飛行経験を持つ職人とは比べ物にならない素人たちだ。
合衆国海軍・第15戦闘飛行隊に所属する新兵、マイケル・ドノバン少尉は、F6Fの分厚い防弾ガラスの向こうで、操縦桿を握る手を小刻みに震わせていた。プラット・アンド・ホイットニー製2000馬力エンジンの凄まじい振動が、彼の背中をガンガンと叩いている。
「おいマイケル、震えるなよ。この機体はトラクターみたいに頑丈だ。ジャップの機銃なんか、何発食らっても弾き返してくれるさ」
編隊長を務めるベテランのリチャード・ミラー大尉が、無線機越しに明るい声で励ました。
「いいか、俺たちはドッグファイト(格闘戦)をするためにここに来たんじゃない。教本通りに編隊を組んで、圧倒的な数でジャップの戦闘機を囲み、ブローニングの12.7ミリを浴びせかけるんだ。もし後ろを取られたら、無理に旋回するな。エンジンのパワーを全開にして、装甲を盾にして急降下で逃げろ。それだけで俺たちは勝てる」
「……了解しました、隊長」
ドノバン少尉は深く息を吐き出し、2000馬力級エンジンのスロットルを押し込んだ。
「全機、発艦!」
飛行甲板の誘導員が緑のランプを振り下ろす。爆発的なエンジン音とともに、数百機という天文学的な数のアメリカ軍機が、次々と太平洋の空へと蹴り出されていった。
空母群から飛び立った航空機の群れは、まるで巨大な黒い雲のように編隊を組み、ハワイ・オアフ島を目指して一直線に進撃を開始した。
「……レーダーに反応。前方より、日本の迎撃部隊が接近してきます。数は……およそ100機!」
『タイコンデロガ』のCIC(戦闘指揮所)で、レーダー員が報告を上げる。
「たった100機か。我々の第一波はその5倍だぞ」
スプルーアンス中将は冷酷な目で海図を見つめた。
「旧式機と数の差で押し潰せ。ハワイの空を、アメリカの星条旗で埋め尽くすのだ」
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同日 午前7時
ハワイ・オアフ島沖合 迎撃空域
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「敵機、視認! ……信じられん、なんだあの数は! まるでイナゴの大群だぞ!」
ハワイ駐留陸上航空隊・第二五二海軍航空隊(通称:ハワイ航空隊)から迎撃に上がった、立花飛行機製の四〇式局地戦闘機『轟電改二』の飛行隊長、菅野 直大尉が、防喉マイク越しに驚愕の声を上げた。
彼らの視界の先、東の空から迫り来るのは、水平線を黒く塗りつぶすほどのアメリカ軍機の大編隊であった。分厚い装甲を持つF6Fヘルキャットが分厚い壁となって爆撃機を守り、その圧倒的な質量で押し寄せてくる。
「怯むな! 新型機が間に合わずとも、俺たちの『轟電』の上昇力と腕があれば、あの重いアメリカの鉄屑どもを落とせる! 全機、突入!」
菅野大尉の『轟電』編隊が、大馬力エンジンを唸らせて上方からF6Fの群れへと急降下を仕掛けた。機首に集中配置された大口径機関砲が火を噴き、数機のF6Fが火だるまとなって海へ墜ちていく。日本の職人技が光る精緻な射撃は、確かにアメリカの新兵たちに致命傷を与えていた。
「やったぞ! アメ公の編隊が崩れた!」
菅野の列機を務める第二五二海軍航空隊の武藤 金義飛行兵曹長が、キャノピー越しに歓喜したのも束の間。
「隊長! 右からも左からも、敵の増援が湧いてきます! サッチ・ウィーブ(交差戦法)です! 数が多すぎます!」
1機のアメリカ機を撃ち落とした直後、その穴を埋めるように5機、10機のF6Fが群がり、圧倒的な弾幕を浴びせかけてくる。ドノバン少尉らアメリカの新兵たちは、個人の技量ではなく「システム化された教本と数の暴力」で、菅野や武藤ら日本の精鋭たちを完全に包囲し、すり潰しにかかっていた。
ダダダダダッ!!
無数の12.7ミリ機銃弾が武藤飛曹長の『轟電』の機体を叩き、火花を散らす。いかに日本のパイロットが優秀であろうと、360度から浴びせられる弾幕の壁をすべて回避することは不可能であった。
ハワイの上空は、日本の精緻な刃と、アメリカの無尽蔵の鉄槌が激突する、血みどろの消耗戦の空へと変貌した。
しかし、この空の戦いは、これから始まる巨大な地獄のほんの序曲に過ぎなかった。
「……空の連中はよくやっている。だが、敵の本命は海から来るぞ」
オアフ島の沿岸スレスレ、ワイキキ沖の浅海域に布陣した第一艦隊旗艦『大和』の艦橋で、松平保男大将は、水平線の彼方に現れた巨大な艦影の群れを鋭い眼光で睨みつけた。
「敵の新鋭戦艦群、および上陸輸送船団、肉眼で視認! 距離、4万ヤード!」
レーダーと光学測距儀が、海を埋め尽くして進撃してくるアメリカの戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』らの威容を正確に捉えていた。
「全砲門、開け。アメリカの工場がどれほど船を造ろうとも、大和の46センチ砲でまとめて海の底へ叩き返してやる」
松平大将の右手が、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて振り下ろされた。
「第一艦隊、撃てェッ!!」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』。
5隻の超弩級戦艦に搭載された計45門の18インチ巨砲が、ハワイの海を震わせる咆哮とともに一斉に火を噴いた。重量1.4トンの三式弾と徹甲弾の群れが、アメリカの「マニュファクチャリング・モンスター」を物理的に粉砕すべく、青い空を引き裂いて飛翔していく。
世界大戦の命運を決する、ハワイを巡る絶望的な質量の激突。
その真の火蓋が、今ここに切って落とされたのである。




