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第48章 要塞の略奪と地下室(ハイポ)の電脳

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1943年12月中旬(ハワイ陥落直前)

ハワイ諸島 オアフ島・真珠湾 第14海軍区司令部 地下区画

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頭上の分厚いコンクリートの天井が、絶え間なく続く地鳴りと爆音によってパラパラと白い粉を落としていた。

豊栄大日本帝国・第一艦隊が誇る大和型戦艦群の46センチ(18インチ)主砲が、真珠湾の地上施設を文字通り「蒸発」させつつあるのだ。


「急げ! IBMの計算機を完全に叩き潰せ! パンチカードは一枚残らず焼却炉へ放り込め! ジャップに一枚たりとも統計データを渡すな!」


海軍区司令部ビルの地下深く、分厚い防音扉に閉ざされた暗号解読部隊・戦闘情報班「ステーションHYPOハイポ」の室内で、班長であるジョセフ・ロシュフォール中佐は、赤いスモーキング・ジャケットの袖をまくり上げ、自らスレッジハンマーを振るっていた。


ガシャアン! という凄惨な破壊音とともに、トーマス・J・ワトソン率いるIBM社が提供した無数の真空管と電磁リレーの塊である『最新型・電磁計算機(パンチカード集計機)』が、ただの金属とガラスのゴミへと変わっていく。


「中佐、ニミッツ大将からの最終命令の確認が取れました!」

煤にまみれた通信士官が、紙片を握りしめて駆け寄ってきた。


太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将は、この真珠湾の陥落が避けられないと悟った瞬間、最も価値のある「資産」を救い出す決断を下していたのである。


「『機材はすべて破壊せよ。しかし、頭脳は生き延びよ』……ですね」


ロシュフォールはハンマーを置き、汗を拭いながら通信士官の言葉を先回りして言った。


「その通りです!『ステーションHYPOの全暗号解読要員は、直ちに極秘裏に待機中の潜水艦隊へ搭乗し、アメリカ本土へ撤退せよ。撤退後は西海岸のサンタクララバレーの地下施設へ向かい、新たな巨大情報センター(新ハイポ)を再建し、ジャップの暗号通信を解析し続けろ』との命令です!」


「サンタクララバレーの地下か。カリフォルニアの果樹園のど真ん中だな。悪くない隠れ家だ」


ロシュフォールは、焼け焦げた室内を見渡した。


彼らが構築したこのハイポのシステムは、日本の暗号『紫式部』の文章そのものを職人芸で翻訳するのではなく、太平洋中を飛び交う日本の暗号電波の「発信源」「時間帯」「頻度」といった付帯情報メタデータをパンチカードに記録し、機械の暴力的な処理速度で「統計解析」して敵の動向を確率論として導き出すという、画期的な兵器であった。


「我々の『頭脳』と『方法論』さえ無事にサンタクララバレーへ辿り着けば、機械は本土でいくらでも再生産できる。ジャップの艦隊がどれほど強力な巨砲を持っていようと、我々はこの見えない電波と数字の戦いで、必ず奴らの兵站の心臓を暴き出してやる」


ロシュフォールは燃え盛るパンチカードの山に最後のガソリンをぶち撒けると、部下たちとともに暗い地下水路を通じて、彼らを待つ脱出用の潜水艦へと急いだ。



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1943年12月下旬(ハワイ陥落後)

ハワイ諸島 オアフ島・真珠湾パールハーバー

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第一艦隊による徹底的な物理的破壊を経て、かつてアメリカ合衆国が太平洋の覇権を握るための要であった真珠湾は、完全に日本の軍門に下った。いまやフォード島の頂には、星条旗に代わって真新しい日章旗が南洋の海風にはためいている。


しかし、占領軍としてオアフ島に上陸した帝国海軍の将校たちを待ち受けていたのは、ただの焦土ではなく、途方もない規模の「無傷の鹵獲インフラ」であった。


「……凄まじいな。我が軍の大和型の46センチ砲弾は、地表に存在したものを文字通り『蒸発』させてしまったようだ」


くすぶる黒煙の中で、帝国海軍・真珠湾占領部隊司令官の松平信武まつだいら のぶたけ少将は、フォード島の港湾施設があったはずの巨大なクレーターを見下ろして息を吐いた。地表の燃料タンク群や木造兵舎は、大和と武蔵の巨砲がもたらした爆風と熱線によって跡形もなく吹き飛んでいる。


しかし、その背後に控えていた島津重工・特務工兵大尉の島津義明しまづ よしあきは、分厚い設計図面と照らし合わせながら、興奮に満ちた声を上げた。


「松平少将。地上の施設が消し飛んだのはまったく問題ではありません。むしろ、瓦礫の撤去の手間が省けたというものです。……これを見てください」


島津大尉が指差したのは、ホノルルの丘陵地帯の奥深くへ続く巨大なトンネルの入り口であった。


「我が軍の46センチ砲弾の直撃を受けてなお、この岩山に隠された『レッドヒル地下燃料タンク』は完全に無傷です。厚さ数十メートルの岩盤と極厚のコンクリートに守られた、高さ76メートルにも及ぶ巨大な円筒形の地下タンクが20基。……その中には、アメリカ本土から運び込まれた極上の航空ガソリンと重油が、数百万バレルという天文学的な単位でタプタプと揺れているのです!」


「なんと……。数百万バレルだと?」


松平少将が絶句する傍らで、同行していた浅野港湾・特務技師長の浅野鉄平あさの てっぺいが、重々しく頷いた。


「ええ。それだけではありません。湾の奥底には、巨大な第一・第二乾ドックが眠っており、周辺の地下工場には、大型艦の装甲板を軽々と吊り上げる100トン級の最新鋭ガントリークレーンや高精度の工作機械がずらりと残されていました。これほどの設備と無尽蔵の地下燃料があれば、わざわざ傷ついた我が艦隊を日本本土へ帰投させる必要はありません。アメリカが太平洋のど真ん中に築き上げた巨大な工業インフラは、今日から『日本艦隊の不沈の前線要塞』となるのです」


「素晴らしい。直ちに工兵隊と鹵獲した米軍のブルドーザーを動かし、我が軍の規格へ向けた改装工事を始めよ」


松平少将は満足げに頷いた。


しかし、日本軍の進駐部隊がこのハワイで手に入れた最も恐るべき「戦利品」は、兵器でも燃料でもなく、ある薄暗い地下室の中に眠っていたのである。



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同日 午後

真珠湾 第14海軍区司令部ビル 地下区画(ステーションHYPO跡地)

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真珠湾の海軍区司令部ビルの地下深く。ガスマスクを被った美濃・竹中数理演算所の暗号解読班長、竹中源一たけなか げんいち特務少佐は、黒焦げになった地下室ダンジョンの扉をこじ開けた。


ガソリンを撒かれて放火され、壁は黒焦げになり、床にはスレッジハンマーで粉砕された機械の残骸と、雪のように積もった何百万枚もの「紙くず」の灰が散乱している。


「竹中少佐。敵の暗号解読部隊の姿はどこにもありません。機材を徹底的に破壊して逃亡したようです」


帝国海軍・情報参謀の黒河内修くろこうち おさむ中佐が、部屋の隅を懐中電灯で照らしながら舌打ちをした。


「……逃げたのは人間だけで十分ですよ、中佐。我々が知るべき『答え』は、この瓦礫の中にあります」


竹中少佐は、灰の中から燃え残った一枚の長方形の厚紙を拾い上げた。そこには、規則的な小さな長方形の穴が無数に開けられている。


「これは『IBMのパンチカード』です。それも、ただの給与計算用じゃない」


竹中は、部屋の奥でハンマーによって無残に叩き割られていた巨大なキャビネット型の機械群の残骸へと歩み寄った。


「竹中少佐、これは一体何の機械です? まるで繊維工場の自動織機のようなバカでかい図体ですが……」


同行していた筑前・黒田精機の電子技術主任、黒田長武くろだ ながたけが首を傾げた。


「これは『悪魔の電脳算盤』ですよ、黒田主任。……アメリカの奴らが、我々の暗号をどうやって破ろうとしていたか、その全貌がこの残骸からようやく分かりました」


竹中少佐の顔から、完全に血の気が引いていた。彼は粉砕された真空管の破片と、複雑に絡み合った配線の束を震える手で撫でた。


「ニミッツやロシュフォールの部隊は、我が国の暗号文の中身そのものを職人芸で『翻訳』して読んでいたのではありません。……彼らはもっと暴力的で、冷徹な数学的アプローチをとっていたのです」


「数学的アプローチ……?」


黒河内中佐が眉をひそめた。


「ええ。彼らは太平洋中を飛び交う我々の無数の暗号電波の『メタデータ(付帯情報)』を、このパンチカードに一枚一枚記録し、この巨大な電磁計算機に読み込ませていたのです」


黒田主任は息を呑んだ。


「まさか……通信トラフィックの『統計解析』ですか……!」


「その通りです。日本のどの部隊が、どのタイミングで、どこへ向けて電波を出したか。その膨大なデータを、この機械は24時間、人間には到底不可能な速度で集計し、統計的に処理し続けていた。暗号の中身が読めなくとも、『いつ、どこで、どれだけの通信量が急増したか』というデータをこの機械で物理的に算出すれば、自ずと我々の『次の作戦の狙い』が統計的な確率論として浮かび上がる。……奴らは人間の直感や勘ではなく、この『暴力的な情報処理速度』によって、我々の兵站の綻びと艦隊の動向を完全に炙り出していたのです」


それは、日本の暗号解析がいまだ「数学の天才たちの頭脳と、職人による手回し計算機」という属人的な技量に依存しているのに対し、アメリカが「真空管と電気信号を用いた自動演算システム」へと移行しているという、絶望的な基礎国力と情報処理パラダイムの差を突きつけられた瞬間であった。


ルーズベルトの放ったマニュファクチャリング・モンスターは、単なる船や飛行機の大量生産にとどまらず、情報戦という目に見えない領域においてすら、「天才的な人間を不要とする巨大なシステム」を構築していたのである。


「……背筋が凍るような話だ。彼らは戦争のすべてを、工場のラインと同じ『データと確率』に置き換えようとしていたのか」


黒田主任が、ハンマーで粉砕された真空管の破片を握りしめながら低く唸った。

地下室に重く冷たい沈黙が下りた。焼け焦げた紙の臭いの中で、三人はただ呆然と、破壊された計算機の残骸を見つめていた。


しかし、豊栄大日本帝国とは、恐怖に膝を屈するような国ではない。彼らの真の恐ろしさは、相手がどれほど絶対的な力を持っていようとも、それを冷徹に分析し、自らの利益のために丸ごと強奪する「極限の合理主義」にあった。


「……黒田主任。直ちに浅野港湾の特務工兵と、あんたのところの電子技術班を全員この地下室へ呼んでください」


竹中少佐は、灰まみれの顔を上げ、獰猛な笑みを浮かべた。その眼には、絶望の代わりに、途方もない獲物を見つけた狩人のようなギラギラとした光が宿っていた。


「ハンマーで叩き割られていようが、黒焦げになっていようが関係ない。この『IBMの電磁計算機』の残骸をネジ一本、真空管の欠片一つ、歯車の一個に至るまで残らずかき集め、和泉堺と竹中の研究所へ送るのです! 奴らが壊したのなら、我々の『堺公差』の職人技と竹中の頭脳で、元の図面以上の精度で完全に復元してやります」


竹中は、燃え残ったパンチカードを力強く握りしめた。


「ニミッツがアメリカ本土のサンタクララバレーにでも籠って、計算機で我々を先読みし続けるというのなら、我々もこの技術を丸ごと盗み出し、帝国版の『超高速・電脳算盤』を造り上げる。アメリカの物量と統計学を、我が国の職人技と独自の論理演算アルゴリズムで完全に支配し、逆に奴らの兵站網の心臓を暴き出してやるのです」


真珠湾の陥落は、単なる領土や艦隊の鹵獲にとどまらなかった。

無傷で手に入れた巨大なインフラと、この地下室で発見された情報戦の「未来(コンピュータの黎明)」。それらはすべて一滴残らず帝国の帳簿に吸収され、竹中数理演算所や黒田精機の技術者たちによって解剖・錬成されることとなる。


かくして、情報戦の主導権すらも自らの「質の暴力」へと組み込もうとする帝国の異形の進化が、ハワイの薄暗い地下室でいま静かに産声を上げていたのである。

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