第46章 巨獣の解剖と技術の収奪
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1943年11月28日 午前8時
瀬戸内海 芸州・浅野港湾 巨大ドック
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冬の刺すような冷たい海風が吹き抜ける瀬戸内海のどん詰まりに、異様なほどの黒煙と重低音が渦巻いていた。
タラワ沖で丸ごと日本の巨大な戦利品として降伏・鹵獲されたアメリカ第5艦隊の主力空母8隻。
その中核を成す新鋭大型空母『エセックス』『レキシントン(CV-16)』『バンカー・ヒル』をはじめとする基準排水量3万トン級のエセックス級数隻や、『エンタープライズ』『サラトガ』『ホーネット』などの大型正規空母、さらには新鋭軽空母群が、数千キロの太平洋を越え、浅野港湾が誇る無数の特務曳船群に引かれて、ついに日本本土のドックへとその規格外の巨大な姿を現したのである。
ドックにはすでに水が完全に抜かれ、盤木の上に鎮座する巨大な船体の全容が露わになっていた。かつてマストの頂で誇り高く翻っていた星条旗は降ろされ、代わりに調査と解体を示す白地に赤の安全旗が寒風にはためいている。
「……下から見上げれば見上げるほど、無骨で巨大な鉄の箱だな」
ドックの底から、見上げるようなエセックス級の分厚い舷側を仰ぎ見ていたのは、島津重工・特務技術少佐の伊集院誠であった。かつてニューカレドニアで鹵獲したアメリカ海軍工兵大隊の巨大ブルドーザーを恍惚と撫で回した彼は、今度はこの途方もなく巨大な「海の重機」の解剖を任されていた。
彼の傍らでは、各財閥から派遣された造船、機関、電子の専門家たちや和泉堺の検査官たちが、分厚い図面板を片手に、蟻の群れのように船体へと取り付いている。
「伊集院少佐。ざっと船体外板と隔壁の構造を見て回りましたが……こいつは『造船』とは呼べません。ただの『溶接の継ぎ接ぎ』ですな」
浅野港湾の老練な職長が、忌々しげにパイプを叩いて吐き捨てた。
「我が国の軍艦ならば、リベットを一本一本丁寧に打ち込み、水の抵抗と歪みを極限まで計算して流線型の美しい船体を作ります。しかし、こいつらは違う。巨大な鉄のブロックを内陸の別の工場で造り、船台に並べて電気溶接で強引にくっつけただけです。溶接のビード(跡)は粗く、ところどころ隙間すらある。職人技の欠片もありません」
職長の言う通り、エセックス級の外観は、日本の職人が鍛え上げた大和型戦艦や装甲空母『大鳳』の滑らかな曲線美に比べれば、あまりにも武骨で不格好であった。
しかし、伊集院は粗い溶接跡を革手袋で撫でながら、首を横に振った。
「外見の粗さに騙されるな。彼らは『数週間で空母を造る』ために、あえて外殻の仕上げを徹底的に簡略化しているだけだ。熟練の職人がいなくとも、素人の工員が電気溶接のトーチを持てば、数週間でこの3万トンの巨城が組み上がる。彼らは空母という戦略兵器すら、弾薬と同じ『沈めば次を補充する使い捨ての消耗品』として設計したのだ」
伊集院がレンチで舷側の装甲板を思い切り叩くと、カーンと甲高い、極めて良質な金属音がドックに響き渡った。
「溶接技術こそ粗製濫造の極みだが、アメリカの莫大な資源が注ぎ込まれたこの『鋼材の材質』と、船体そのものの『巨大な容積』は極上品だ。そして何より……中身を見ろ。心臓部と神経は、我々の技術を遥かに凌駕している箇所が山ほどあるぞ」
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1943年12月5日 午前10時
浅野港湾 第1会議室(鹵獲空母改装・合同技術会議)
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鹵獲空母群の徹底的な解剖と解析を終えた各財閥の技術代表たちは、浅野港湾の会議室に集結し、この巨大な戦利品たちを帝国海軍の新たな空母の系譜──とりわけエセックス級をアメリカの象徴たる猛禽の名を取り「鷲型正規空母」組み込むための、「技術収奪」会議を開いていた。
「まず、アメリカ空母の最大のアキレス腱である『木張りの飛行甲板』だ」
親藩・越前松平重工業の技師が口火を切る。
「これだけは我が国のドクトリンに絶対に合致しない。装甲空母を前衛の盾とするため、甲板の主要部分に我が社の極厚特殊装甲鋼板を全面に上張りする。重量増による復原性の致命的な悪化は、船体側面に巨大な『バルジ(張り出し装甲)』を増設して強引に相殺する。アメリカの巨大な船体容積だからこそ可能な力技だ。ここまでは決まりだ」
「問題は、その重装甲化による重量増を支える『機関(心臓部)』の処遇です」
島津重工の機関設計技師が、エセックス級の機関部の青焼き図面を机に広げた。その顔には、隠しきれない驚愕と畏怖の色が浮かんでいた。
「当初、国産タービンへの換装が検討されました。しかし解析の結果、アメリカの『高温・高圧ボイラー』と『ギヤード・タービン』の技術は、我が国のそれを優に10年は引き離していることが判りました。大和型戦艦の機関よりも遥かに小型でありながら、エセックス級は15万馬力という怪物的な出力を叩き出しているのです。これを国産に換装するなど、技術的な退化でしかありません」
島津の技師は、タービンブレードのサンプルを掲げた。
「このブレードに使われている耐熱合金の成分、そして超高圧の蒸気を一切逃さないバルブの密閉精度は、水戸徳川や我が社の工廠でも未だ量産化できていない次元にあります」
技師の言葉に、和泉堺・商工組合から派遣された『堺公差』の検査官が深く頷いた。
「同感だ。我々はアメリカの主機関を『そのまま』流用する。いや、流用するだけではない。タービンブレードの特殊合金や高圧バルブの構造をネジ一本に至るまで徹底的に解析し、これらアメリカの最高峰の機関部品を『堺公差』の規格に落とし込んで完全コピーする。これを今後の我が国の新型艦艇の標準機関とするのだ」
会議室に、敵の心臓を丸ごと飲み込む獰猛な熱気が広がっていく。
「ならば、『血管と神経』も残らず頂こう」
今度は、岐州重工(織田家)の発動機技師が、F6Fヘルキャット戦闘機のエンジンから取り出した小さな部品の数々を机にぶちまけた。
「タラワで鹵獲した数百機の米軍機からエンジンを解剖して驚愕した。彼らの点火プラグ、耐熱パッキン、そして高圧配線の耐久性と品質は、我が国の部品とは比較にならないほど優れている。我が社の『烈風』や『天風』の稼働率が熱帯で落ちる原因は、エンジンの基本設計ではなく、ひとえにこの電気系統とシール材といった『基礎工業品の劣悪さ』が原因だったのだ」
技師は、アメリカ製の精巧な点火プラグと、細川ゴム工業製のものを並べて見せた。
「機体やエンジンの基本設計そのものは、間違いなく我々の職人技が勝っている。ならば、このアメリカ製の極上な『プラグ、配線、パッキン』を細川ゴム工業と黒田精機に完全にコピーさせ、我々の機体に組み込めばいい。それだけで、我が国の航空機の信頼性はアメリカ並みに跳ね上がる!」
日本が「極め抜かれた一品モノの質」で勝負しているのに対し、アメリカは「個人の技量に依存しない圧倒的な基礎工業力」において日本を明確に凌駕していた。技術者たちはその現実を直視し、プライドを捨てて丸ごと自国へ取り込む算段を立てていた。
「電子兵装と運用システムについても、圧倒的な『戦利品』が手に入りました」
最後に立ち上がったのは、筑前・黒田精機と美濃・竹中数理演算所の合同電子技術班であった。彼らの手には、厳重にクッション材で包まれた一つの砲弾の先端部が握られていた。
「タラワで鹵獲した米艦隊の弾薬庫には、我々がフィジー沖で破片を探し回っていた『VT信管(的近接信管)』の完全な未使用品が、数万発単位で眠っていました。極小の耐衝撃真空管の構造はすでに完全に丸裸にしました」
黒田精機の技師が、獰猛な笑みを浮かべる。
「我々はこの真空管を自国で量産し、水戸徳川造兵工機の長10センチ高角砲の砲弾に組み込む。さらに、アメリカの空母に搭載されていた『CIC(戦闘指揮所)』の存在は、我々にとって最大の教訓でした」
竹中数理演算所の技師が、分厚い運用マニュアルを机に叩きつける。
「彼らのSCレーダーや対空射撃システムは、未熟な兵士でもマニュアル通りに操作・保守ができるよう、極限まで合理化されています。人間を『機械のパーツ』としてシステムに組み込むこの思想は、職人の勘に頼る我が国にはないものでした。我々はこのCICのレイアウトと運用システムをすべてそっくりそのまま盗み出し、竹中の電子算盤と融合させる。……アメリカの防空システムは、明日から我が豊栄大日本帝国の防空システムとなるのです」
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1943年12月上旬
浅野港湾、藤堂製作所、および多良加軍港
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12月の初旬。瀬戸内の浅野港湾、伊勢の藤堂製作所のドック、そして赤道直下の多良加軍港において、鹵獲されたエセックス級をはじめとするアメリカ空母群に対する前代未聞の「解体と再構築」が一斉にスタートした。
「アメリカの配管を全部引き抜け! 鍋島のポンプに繋ぎ直せ!」
「バルジの溶接急げ! 越前松平の装甲板が冷える前に叩き込め!」
ドックには昼夜を問わず眩いアーク溶接の閃光が弾け、巨大なクレーンがアメリカの旧部品を放り出しては、帝国規格の真新しい鋼鉄を次々と流し込んでいく。
本来、一隻の空母をここまで徹底的に改造するには年単位の時間がかかる。しかし、帝国の職人たちはタラワの海で鹵獲されたこの船を「敵の生産力を相殺する絶対的な盾」として一刻も早く前線へ戻すため、不眠不休の狂気的な突貫工事を続けていた。
アメリカの優れた高温高圧ボイラーはそのまま生かして解析し、優秀なレーダーやCICのシステムは自国の電子技術と融合させ、弾薬庫に眠るVT信管は残らず自国の高角砲へと転用する。
「使える技術は、他国の懐からでも躊躇なく奪い、自らの血肉として咀嚼し、元の持ち主へと撃ち返す」
これこそが、明治維新というイデオロギー闘争を素通りし、極限の実利と資本主義のまま重工業化を成し遂げた「異形の帝国」の真の強さであった。
「……見事なものだ」
ドックを見下ろす高台から、幕府特務・防諜総監の小栗忠純が葉巻の煙を細く吐き出しながら、改装の進む巨大な船体を見つめていた。
ルーズベルトが太平洋の覇権を奪い返すために解き放ったマニュファクチャリング・モンスターは、今や帝国のドックで完全に解剖され、アメリカの「先進的な心臓や神経」に、日本の「重装甲という職人技の盾」を被せた、真に恐るべきキメラへと生まれ変わろうとしている。
かくして、アメリカの大量生産の象徴は、日米両国の技術の「いいとこ取り」を極限まで突き詰めた鷲型正規空母『飛鷲』『翔鷲』『蒼鷲』『猛鷲』等として、大日本帝国の帳簿に深く刻み込まれた。
彼らが新たな日章旗を掲げ、アメリカが作り出した最新技術そのものをアメリカへ向けて撃ち返す悪夢の時間が、静かに胎動を始めていたのである。




