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第45章 砂浜の戦利品とルーズベルト給与

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1943年11月下旬

中部太平洋 ギルバート諸島・タラワ環礁 ベティオ島

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アメリカ第5艦隊の司令官フランクリン・J・フレッチャー中将が、油を一滴も持たない8隻の新鋭空母群とともに屈辱的な白旗を掲げ、日本軍の包囲網に対して完全なる無条件降伏を行ってから、すでに数日の時が経過していた。


「絶対防衛圏の最前線」として、アメリカ軍の圧倒的な猛攻をその身一つで受け止めたベティオ島は、面積わずか1.2平方キロメートルという、帝都・東京の代々木公園ほどの広さしかない極めて小さな珊瑚礁の島である。しかし今、その美しいエメラルドグリーンの海と、かつて純白であった砂浜(アメリカ軍呼称:レッドビーチ)は、凄惨な死の臭いと、夥しい数の鋼鉄の残骸に埋め尽くされていた。


数日前、16インチ艦砲射撃の激烈な支援を受けて強行上陸を試みた、アメリカ第2海兵連隊の若者たちと、彼らを乗せてきた数十両の水陸両用装軌車(LVT)の無残な成れの果てである。

日本の地下要塞から放たれた『三九式四十七粍対戦車速射砲』の徹甲弾と、『三〇式重機関銃』の完璧な十字砲火は、一切の遮蔽物を持たない平坦な砂浜において、アメリカの誇る水陸両用作戦を文字通りの「巨大な挽肉機」へと変貌させたのだ。


「……アメ公の死体の処理と消毒はあらかた終わったが、砂に埋もれた残骸と『落とし物』の回収だけでも、骨が折れる作業だな」


防毒マスクを首から提げ、南洋の強烈な日差しに汗と泥を輝かせた工兵特務小隊の高橋平蔵たかはし へいぞう伍長が、ひしゃげて黒焦げになったLVTの残骸の影から、重いオリーブドラブ色の木箱を引っ張り出しながら大きく息をついた。


海岸線には、珊瑚礁に乗り上げたまま炎上して赤錆を浮かべるLVTが連なり、波打ち際には、アメリカ海兵隊員たちが遺棄したライフル、弾帯、深くえぐれたM1ヘルメット、バックパック、そして無数の弾薬箱が、まるで海から吐き出された漂着物の山のように延々と散乱している。


第一機関銃小隊長の小林繁こばやし しげる曹長は、足元の砂に半ば埋もれていたアメリカ兵の分厚いキャンバス地のバックパックを拾い上げ、中身を敷かれたブルーシートの上へと無造作にぶちまけた。


「見ろよ、高橋。こいつは高級将校の荷物じゃない。ただの一兵卒、名もなき歩兵が背負っていた背嚢だぞ。だが……中に入っているものの『質』が異常だ」


小林曹長が砂の中から拾い上げたのは、オリーブドラブ色に塗装された、長方形の平べったい缶詰の束であった。「Kレーション」と呼ばれるアメリカ軍の戦闘糧食である。日本の歩兵が持ち歩く、竹の皮で包んだ干し飯や味噌玉、塩分の塊のような梅干しとは、明らかに次元の違う、規格化されたシロモノだった。


小林が軍用ナイフの先端で器用に缶を開けると、プシュッという乾いた音とともに、完璧な防湿パックに包まれた中身が顔を出した。

分厚く栄養価の高いビスケット、ぎっしりと良質な肉が詰まったコンビーフ、水に溶かすだけの粉末レモンジュースやインスタントコーヒー。さらには、疲労回復と熱量補給のためのチョコレートバー、数本の紙巻きタバコ(ラッキーストライク)、そしてどんな土砂降りの中でも確実に火がつく防水マッチに至るまでが、まるであらかじめ計算され尽くした工業的なパズルのように、隙間なく完璧に収められていた。


「食い物だけじゃありませんぜ、曹長。こっちの衛生兵が落としていった鞄を見てくださいよ」


高橋伍長が、赤い十字のマークが入った専用のメディカルバッグを開き、中身を取り出した。

そこには、止血用のガーゼや包帯が一つ一つ清潔なフィルムで滅菌パックされており、極限の戦場においても感染症を防ぐ配慮がなされていた。さらに特筆すべきは、鎮痛用のモルヒネの注射器がキャップを外せば即使える使い捨ての単回使用構造になっており、化膿止めの特効薬である「サルファ剤」の粉末が、どんな未熟でパニックに陥った兵士であっても負傷箇所に振りかけるだけで済むよう、極めてシステマチックに小分けされて詰まっていたのである。


「……なるほどな。これが奴らの強さの真の根源か」


地下要塞の入り口から現れた守備隊の中隊長が、小林たちの見つけた戦利品を手に取り、冷徹な分析の目で低く呻いた。


「兵器の破壊力や装甲の分厚さ、あるいは個人の射撃の精度ならば、我が国の職人技が勝っている。だが、国家の『真の基礎国力』とは、一握りの一騎当千の最新兵器ではなく、こういうありふれた日用品や、末端の生活・医療物資にこそ如実に現れるのだ」


将校は、アメリカ製キャンティーン(水筒)のプラスチック製キャップを指で弾いた。プレス加工で大量生産された安価な作りだが、水漏れを完全に防ぐパッキンの精度は驚くほど高く、洗浄の手間も省けるよう一切の無駄がない。


「何万マイルも離れた太平洋の最前線で、血と泥にまみれて死んでいく名もなき一兵卒の手にまで、これほど均一で高品質な食料、最先端の医療品、そして士気を維持するためのタバコを、何万トンという単位で淀みなく送り届ける巨大なロジスティクス(兵站網)。……これこそが、アメリカ合衆国の真の恐ろしさだ」


敵の兵器を「使い捨ての粗製濫造」と見下していた将校たちも、この末端の補給物資に込められたアメリカの冷酷な合理主義──「人間を巨大な機械の部品としてシステムに組み込み、その部品(兵士)の稼働率と心理的士気を最大限に維持する」という徹底した設計思想には、背筋の凍るような不気味な脅威を感じずにはいられなかった。


「おい、この医療キットとレーションの未開封品を直ちに木箱へ纏めろ」


中隊長は、鋭い声で高橋伍長に命じた。


「本土へ送る潜水艦の便に乗せ、和泉堺の商工組合と、各財閥の兵站部門へ届ける。……この『誰でも使えるシステマチックなパッケージング』の思想は、我が軍も直ちに取り入れるべきだ。この使い捨てのモルヒネ注射器とサルファ剤のパックを『堺公差』に落とし込んで徹底的にコピーし、我が軍の衛生キットとして標準化させるのだ。使えるものは敵からでも躊躇なく盗むのが、帝国の流儀だからな」



しかし、日本軍の驚愕は、血に濡れた海岸の残骸だけにとどまらなかった。


タラワ沖で完全に燃料を絶たれ、白旗を掲げて降伏したアメリカ第5艦隊。日本の浅野港湾が誇る無数の特務曳船群に拿捕されていく新鋭大型空母『エセックス』をはじめとする空母8隻や新鋭戦艦群の艦内を臨検した日本軍の接収将校たちは、その巨大な船腹の奥底に眠る「補給品の山」を前に、文字通り絶句することになる。


弾薬庫に満載された無傷の16インチ砲弾や、日本側が血眼になって探していた未使用の『VT信管(近接信管)』は当然の、そして極上の戦利品であった。しかし、彼らの度肝を抜いたのは、直接的な戦闘能力とは関係のない「兵站の圧倒的な余裕」であった。


空母の最深部に設置された巨大な冷蔵保管庫の分厚い扉を開けた瞬間、白い冷気とともに姿を現したのは、何千人もの水兵の胃袋を満たすために吊るされた、見事な霜降りの新鮮な牛肉の山であった。


さらに別の巨大倉庫には、段ボール箱にパレット単位で積まれた炭酸飲料コカ・コーラの瓶、うず高く積まれたトイレットペーパー、ハリウッドの最新映画のフィルム缶が山をなしている。そして極めつけは、艦内の食堂にデンと鎮座し、つい先刻まで稼働していたであろう業務用の「アイスクリーム製造機」であった。


「……信じられるか。明日、我が大和型の46センチ砲で海の底へ沈むかもしれない戦争の最前線に浮かぶ軍艦の中で、こいつらは水兵に分厚いステーキを食わせ、冷たいアイスクリームとコーラを飲ませていたんだぞ」


臨検に当たった若手将校は、稼働を停止して溶けかかっているバニラアイスのタンクを呆然と見つめながら、アメリカを「戦争をお遊戯と勘違いしている」と嘲笑おうとした。しかし、同行していた古参の特務将校はそれを手で制し、静かに首を横に振った。


「馬鹿なことを言うな。彼らは決して遊んでいるわけではない。これは、極めて合理的な『兵器のメンテナンス』なのだ」


特務将校は、氷のように冷たいコーラの瓶を手に取り、その均一な王冠を見つめた。


「兵士が機械の歯車ではない以上、長期の航海や、いつ死ぬか分からない過酷な最前線において、狂気を防ぎ、士気を高く維持するためには『美味い食と甘味(嗜好品)』が不可欠だ。それは洋の東西を問わず、我々日本軍とて熟知していることだ。事実、我が国の誇る超弩級戦艦『大和』の艦内には専用のラムネ製造設備が組み込まれており、艦隊直属の給糧艦『間宮』は、職人の手で極上の羊羹や最中を作り、前線で命を張る将兵たちへ振る舞っているではないか」


古参将校の言葉に、若手将校はハッとして口を閉ざした。


「だが、真に恐るべきはそこからだ。我々日本軍は、そうした高度な慰安設備を『大和』のような国家の象徴たる旗艦や、『間宮』という特別な特務艦など、ごく限られた空間にしか用意できていない。……しかしアメリカはどうだ。奴らは、ブロック工法で数週間で粗製濫造し、『沈めば次を補充する使い捨て』を前提としたこのエセックス級空母の『すべて』に、アイスクリーム製造機や巨大冷蔵庫を標準インフラとして当たり前のように組み込んでいるのだ」


将校は、暗い船底の倉庫に果てしなく積み上げられた牛肉とコーラの山を見上げた。


「この圧倒的なまでの『無駄ゆとり』を、太平洋のど真ん中の最前線まで平然と送り届ける輸送力と生産力。我々が職人の手で一隻一隻丁寧に護衛艦を造っている間に、奴らはアイスクリームの材料と牛肉を運ぶためだけのリバティ船すら、何百隻も量産できるという証明だ。……これこそが、合衆国の基礎国力の底知れぬ巨大さなのだ」


この臨検結果が暗号電報で帝都・東京へ送られた際、江戸城地下の幕府最高臨戦評議場においてさえ、そのアメリカの桁外れの「国力の余裕」には一瞬の重い沈黙が下りたほどであった。


「我々の『間宮』の羊羹と、奴らの『エセックス』のアイスクリームか。……士気の重要性を知る者同士の、果てしない国力の背比べだな」


国家財務総監・水野忠徳は、呆れたように扇子を広げた。

アメリカの基礎国力の高さは、もはや恐怖を通り越して不気味なまでの次元に到達していたのである。


しかし、豊栄大日本帝国はただ敵の強大さを恐れて怯むだけの軟弱な国家ではない。

他国の富を強奪し、自らの血肉として咀嚼し、相手の優れたシステムは丸ごと自軍の規格へ落とし込むことにかけては、彼ら以上の冷徹な合理主義者は地球上に存在しなかった。



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1943年11月末

南太平洋からインドに至る 帝国防衛線の各所

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「おい、今日のメシはまた『ルーズベルト給与』のスパム缶だぞ! こいつを鉄板でこんがりと焦げ目がつくまで焼いて、アメリカの粉末コーヒーで流し込むと最高に気力が出るんだ!」


タラワの砂浜で回収された膨大なアメリカ軍のKレーションや、ニューカレドニア、ニュージーランドの巨大地下倉庫から強奪されたレンドリース(武器貸与法)物資の山は、日本の浅野港湾が誇る高速輸送船団によって、瞬く間に前線の島々や、マレー・インド国境のジャングルで泥にまみれる兵士たちのもとへと効率的に分配された。


「ありがてえ。アメリカのルーズベルト大統領は、俺たちの兵站の面倒までタダで見てくれるってわけか。太っ腹なこった!」


前線の日本兵たちは、泥まみれの塹壕の中で、アメリカから分捕ったばかりの真新しいジッポーライターでラッキーストライクに火をつけ、濃厚な甘さのチョコレートバーを齧りながら豪快に笑い合っていた。衛生兵の腰には、早速和泉堺の工場がフル稼働でリバースエンジニアリングを開始した「帝国規格版」の使い捨てモルヒネとサルファ剤の試作品パックが配備され始めている。


アメリカ合衆国が、自国の兵士の士気を維持するために工業力の粋を集めて造り出した最高品質の「アメリカン・ライフ」のパッケージは、皮肉なことに、最前線で命を削って戦う帝国の兵士たちの間で「ルーズベルト給与」という隠語で呼ばれ、爆発的な人気を博していたのである。


「使える物資は敵からでも躊躇なく奪い、自らの胃袋を満たし、優れた仕組みは完全に盗み取って自らの生存確率を上げる」


圧倒的な基礎国力を見せつけるアメリカの物量を、恐怖の対象としてではなく、「極上の美味い戦利品にして最高の教材」として自らの血肉にする。それこそが、マキャベリズムの極致である「諸侯連衡国家」の最末端の兵士たちにまで深く染み付いた、冷徹で貪欲な生存本能であった。


かくして、タラワの血塗られた砂浜と、拿捕されたアメリカ第5艦隊から吐き出された天文学的な量の物資は、一滴残らず帝国の帳簿に吸収された。


そして、いよいよその中でも「最高の戦利品」たるエセックス級空母群が、日本本土の巨大ドックへと曳航されていくのである。

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