第44章 王冠の最終防衛線
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1943年11月10日 午前8時 インド中央部 ライプル西方(チャッティースガル平原)
マレー・ビルマ攻略軍(印度方面軍) 最前線
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チョータ・ナーグプル高原の岩肌と密林を血で染めながら突破し、10月末に要衝ライプルを制圧した豊栄大日本帝国の「双頭の陸軍」。彼らの眼前に広がっていたのは、インド亜大陸の中央部を貫く広大なチャッティースガル平原であった。
だが、その平原は、地平線の彼方まで見渡す限り、爆炎と黒煙に覆い尽くされていた。
「……また陣地です。第32防衛線、敵は後方へ後退しつつ、執拗な対戦車砲火を浴びせてきます」
前線指揮所で、泥にまみれた伝習隊の参謀がマレー・ビルマ攻略軍総司令官・山下奉文少将へ報告を行った。
「イギリスの奴らめ、どれだけ陣地を掘れば気が済むのだ。アメリカからのレンドリース(武器貸与法)物資を、文字通り湯水のように使い捨ててきやがる」
島津忠久少将が、忌々しげに双眼鏡を下ろした。 視界の先では、アメリカ製のM4シャーマン戦車が壕(ハルダウン陣地)に車体を隠し、75ミリ砲の火線を休むことなく放っている。撃破されれば、生き残った乗員はすぐに後方の新しいシャーマンへと乗り換え、再び防衛線へ戻ってくる。カルカッタの港から無尽蔵に送り込まれるアメリカの「マニュファクチャリング」の暴力が、イギリスインド防衛軍の致命的な出血を強引に塞いでいたのである。
「敵の物量がどれほどあろうと、水戸の重砲で平原を丸ごと耕すのみだ! 撃てェッ!」
重砲兵連隊・野村健太郎大尉の号令とともに、水戸徳川造兵工機製の『一五〇ミリ重加農砲』が一斉に咆哮を上げた[105]。池田化学の高威力遅延信管を装着した徹甲榴弾が、英軍のコンクリート陣地や塹壕を土砂もろとも吹き飛ばす。
「装甲部隊、前へ!」
土煙の壁を突き破り、越前松平重工業製の新鋭『四〇式中戦車 鎧』の群れが、V12空冷ディーゼルエンジンの重低音を響かせて突撃を開始し。 M4シャーマンの75ミリ砲弾が『鎧』の鋳造装甲に直撃し、火花を散らして弾かれる。直後、『鎧』の長砲身75ミリ砲が火を噴き、至近距離からM4戦車の砲塔をカチ割った。
「正面は幕府の旦那方に任せろ! 遊撃隊、敵の側面をすり抜けろ!」
島津少将の号令で、財閥遊撃隊のトラック部隊が平原の荒れ地を時速40キロで爆走し、イギリス軍の退路へと回り込む。アメリカから鹵獲したキャタピラー社製ブルドーザーが、砲撃で空いた大穴を強引に埋めて「道」を作り、その後を佐賀精密機械製の『百式機関短銃』を構えた兵士たちが雪崩れ込んでいく。
「退け! 次の防衛線へ下がれ!」
イギリス兵たちは、アメリカ製のトラックに乗って整然と後退していく。彼らは決してパニックを起こさず、広大なインドの国土をクッションとして使い、日本軍に出血を強いる遅滞戦闘を完遂していた。 一歩前進するごとに、日本の戦車の残骸と、英兵の屍が平原に積み上げられていく。
「……果てしないな。だが、奴らの帳簿にも必ず限界は来る」
山下少将は、赤茶けた大地を見つめながら低く唸った。
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1943年11月25日 午後1時 チャッティースガル平原 上空
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地上での凄惨な削り合いを空から打開すべく、帝国陸軍航空隊の異形の怪物たちが雲海を割って姿を現した。
「歩兵の旦那衆が泥水をすすっているんだ! イギリスの戦車とトーチカは、空から残らずスクラップにしてやれ!」
相模航空廠が誇る近接支援機、四一式襲撃機『大鴉』の編隊が、エンジン下部を覆う極厚のバスタブ装甲で対空機銃の弾幕をカンカンと弾き返しながら、急降下を仕掛ける。彼らが巨大な爆弾倉から無数の小型爆弾をばら撒き、広範囲の塹壕を文字通り更地へと変えていく。
さらに、その頭上から双発の怪物、四〇式双発襲撃機『雷鳥』が機首を下げた。
「目標、敵M4戦車! 47ミリ砲、撃て!」
機首に剥き出しで搭載された水戸徳川製の47ミリ対戦車速射砲が火を噴く。空から撃ち下ろされた徹甲弾が、M4シャーマンの薄い天蓋装甲を正確に貫通し、内部の弾薬を誘爆させた。 空と陸の完璧な連動により、イギリス軍の遅滞防御線は着実に、そして致命的な速度で踏み破られ続けていた。
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1943年12月2日 午後5時 インド中央部 ナグプール東方100キロ
英インド防衛軍 最終防衛線
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灼熱の平原を越え、幾重もの防衛線を血と泥で塗りつぶしてきた日本の「双頭の鉄脚」が、ついにその重厚な歩みを止めた。
彼らの眼前に横たわっていたのは、これまでの急造の遅滞陣地とは次元の違う、インド亜大陸の中央交通の要衝「ナグプール」を守るための巨大な要塞線であった。
「……ついに着いたか」
前線指揮所の双眼鏡越しに、山下奉文少将は夕陽に照らされたナグプール東方の防衛線を凝視した。 無数の対戦車壕、有刺鉄線の海、そして、アメリカから届いたばかりの大量のM4シャーマン戦車と105ミリ榴弾砲群が、地平線を埋め尽くすように砲列を敷いている。
英インド防衛軍総司令官アーチボルド・ウェーヴェル大将が、カナダのチャーチル首相からの「ナグプール死守」の厳命を受け、残存する全兵力とアメリカのレンドリース物資のすべてを注ぎ込んで構築した『絶対防衛線』であった。
「敵の士気は依然として高く、防衛の厚みはこれまでの比ではありません」
参謀の報告に、島津忠久少将が残忍な笑みを浮かべた。
「上等だ。大英帝国が最後の意地で築き上げた王冠の防壁、この手で完全に叩き割ってくれる」
山下少将は、ゆっくりと軍刀の柄に手をかけた。
「全軍に布告せよ。これより我が印度方面軍は、ナグプール最終防衛線への総攻撃準備に入る。水戸の重砲、越前の装甲、そして財閥の全機動力をもって、大英帝国の息の根を完全に止めるのだ」
1943年12月2日。 半年間に及ぶ過酷な泥沼の進撃の末、豊栄大日本帝国はついに大英帝国最後の王冠の宝石たるインド亜大陸の中央部、ナグプールの喉元へとその巨大な双頭の牙を突き立てたのである。
歴史の命運を決するインド最終決戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。




