第43章 砂城の落日と血塗られた海
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1943年11月上旬 エジプト北部 アレクサンドリア要塞都市 外縁部
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エジプト・リビア国境のファルファヤ峠を突破したエルヴィン・ロンメル元帥率いるドイツ・アフリカ軍団(DAK)は、熱砂の大地を怒涛の勢いで駆け抜け、ついに大英帝国の中東支配の心臓部たる要塞都市・アレクサンドリアの眼前にまで到達していた。
「目標、前方のイギリス軍対戦車陣地! 撃て!」
ハインツ・フォン・クライスト大尉が乗る重戦車『ティーガーI』の8.8センチ砲が火を噴き、イギリス第8軍の陣地を砂煙とともに粉砕する。モントゴメリー中将がアメリカからのレンドリースでかき集めたM4シャーマン戦車の残骸が、沿岸道路の至る所で黒焦げになって燻っていた。
「よし、このまま市街地の外郭を突破する! アレクサンドリアを落とせば、スエズ運河は我々のものだ!」
ロンメルは前線視察用の装甲車から身を乗り出し、勝利を確信して声を張り上げた。 だがその直後、砂漠の空気を切り裂くような巨大な飛翔音が、彼らの頭上から降り注いだ。
キュイィィィィィィィンッ!! ズドガァァァァァァンッ!!
「……ッ!? なんだ、今の爆発は!」
クライスト大尉のティーガーのわずか数十メートル先で、直径数十メートルの巨大なクレーターが穿たれ、先行していたIII号戦車が衝撃波だけで真上に吹き飛ばされた。それは、野砲や戦車砲などとは次元の違う、規格外の破壊力であった。
「元帥閣下! 海からです! イギリス軍の戦艦が、港湾から艦砲射撃を仕掛けてきました!」
ロンメルが双眼鏡でアレクサンドリアの港の方向を睨みつけると、そこには近代化改修によって巨大な城郭のような艦橋を与えられたイギリス地中海艦隊の戦艦『ウォースパイト』『ヴァリアント』『クイーン・エリザベス』の3隻が、15インチ(38.1センチ)主砲を陸地へ向けて一斉に火を噴いている姿があった[362]。
「くそっ……! 海からの火力支援(盾)がある限り、海岸線の制圧は不可能だ!」
ロンメルは歯軋りをした。 大英帝国は本国ロンドンを失い、カナダへ逃れた亡命政府からの補給も途絶えかけている。しかし、アレクサンドリアに立て籠もるアンドルー・カニンガム大将率いる地中海艦隊は、スエズ運河を死守するという執念のみで、残された弾薬のすべてを陸上のドイツ軍へ向けて撃ち込み続けていたのである。
「陸軍の力だけでは、あの巨艦どもを排除できない。……ケッセルリンク元帥に打電しろ! 空と海からアレクサンドリアの港を完全にすり潰せと!」
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1943年11月中旬 アレクサンドリア沖合
独伊合同艦隊
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ロンメルの要請を受けたドイツ南方総軍司令官アルベルト・ケッセルリンク元帥は、地中海の制海権を完全に掌握すべく、枢軸国の全海空戦力にアレクサンドリアへの総攻撃を命じた。
「イギリス亡命艦隊の息の根を止める。全艦、突入せよ」
イタリア王立海軍主力艦隊司令官、カルロ・ベルガミーニ提督の号令とともに、超弩級戦艦『リットリオ』『ローマ』『ヴィットリオ・ヴェネト』の三姉妹が、アレクサンドリアの港外へと姿を現したさらにその後方には、ギュンター・リュッチェンス提督が率いるドイツ海軍の高速戦艦『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』が追随している。
空からは、フゴー・シュペルレ元帥が放ったドイツ空軍のJu87(スツーカ)急降下爆撃機とJu88爆撃機の数百機からなる大編隊が、サイレンを鳴らして港内へ殺到した。
「ファシストどもが、ついに総力で仕掛けてきたか」
戦艦『ウォースパイト』の艦橋で、カニンガム大将はパイプを強く噛み締めた。 彼の指揮下には、旧式の戦艦3隻と、正規空母『フォーミダブル』『イーグル』、そしてダイナモ作戦の際に極東や地中海へ逃がしていた無数の軽巡洋艦と駆逐艦が残されている。
「大英帝国の王冠は、まだ海に沈んではいない。全艦艇、防空戦闘および水上砲撃戦用意! 迎え撃て!」
港内の空母『フォーミダブル』と『イーグル』から、旧式ながらも信頼性の高い『スーパーマリン・スピットファイア』戦闘機と『フェアリー・ソードフィッシュ』雷撃機が、防空と迎撃のために決死の発艦を行う。 同時に、防波堤を挟んで両軍の巨大な戦艦同士が、38.1センチ(15インチ)主砲による凄まじい砲撃戦を開始した。
「目標、敵旗艦『リットリオ』! 撃て!」
『ウォースパイト』の15インチ砲から放たれた徹甲弾が、『リットリオ』の強固な装甲に命中し、火花とともに分厚い鋼鉄を削り取る。 しかし、イタリアの最新鋭戦艦『ローマ』からの反撃が『ヴァリアント』の前甲板を貫通し、副砲塔を吹き飛ばした。
上空では、スピットファイアがドイツ空軍の爆撃機に喰らいつくが、数の暴力と弾薬不足の前に次第に押し切られていく。スツーカの急降下爆撃が、港に停泊していたイギリス軽巡洋艦『ダイドー』や『シリアス』に次々と直撃し、アレクサンドリアの海面は燃え盛る重油と黒煙で覆い尽くされた。
だが、追い詰められたイギリス海軍の抵抗もまた、常軌を逸した狂気を帯びていた。
「ソードフィッシュ隊、突入! ナチスの高速戦艦に魚雷を叩き込め!」
布張りの複葉機であるソードフィッシュが、ドイツ戦艦『シャルンホルスト』の対空砲火の弾幕を低速ですり抜け、肉薄雷撃を敢行する。放たれた18インチ航空魚雷が『シャルンホルスト』の右舷に命中し、機関区画を破壊してその足を完全に止めた。
「馬鹿な……! あの時代遅れの複葉機が、我々の装甲を抜いただと!?」
リュッチェンス提督が呻く中、『ウォースパイト』の砲火が、イタリア戦艦『ローマ』の弾薬庫に致命的な一撃を与えた。大音響とともに『ローマ』の巨体が真っ二つに裂け、数千名の乗員とともに地中海へと沈んでいく。
空と海、そして陸からの砲火が交錯するアレクサンドリアは、双方の血と鉄を限界まで搾り取る、底なしの挽肉機と化していた。
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1943年12月上旬 アレクサンドリア港内 および 市街地
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死闘は、およそ一ヶ月にわたって昼夜を問わず続けられた。 しかし、本国を失い、外部からの補給を完全に絶たれていたイギリス地中海艦隊の「意地」も、ついに物理的な限界を迎えた。
「……主砲弾、全弾撃ち尽くしました。これ以上の艦砲射撃は不可能です」
満身創痍となった『ウォースパイト』の艦橋で、砲術長が血塗れの顔で報告した。 港内を見渡せば、空母『イーグル』はドイツ軍の急降下爆撃によって横転し、沈没。『フォーミダブル』も飛行甲板を破壊されて完全に沈黙している。軽巡洋艦や無数の駆逐艦も、大半が黒焦げの残骸となって浅瀬に着底していた。
「……総員、退艦せよ。船を自沈させろ。ドイツの連中に、大英帝国の船は渡さん」
カニンガム提督は、静かに、しかし誇り高く命令を下した。 アレクサンドリアの港湾設備と残存艦艇が次々と自爆処分されていく中、海からの火力支援(盾)を失った陸上の防衛線へ向けて、ロンメルのティーガーが容赦なく雪崩れ込んできた。
「防衛線突破! 市街地を制圧しろ!」
ドイツ・アフリカ軍団の装甲擲弾兵たちが、燃え上がるアレクサンドリアの市街地へと突入し、生き残ったイギリス兵たちを次々と武装解除していく。 12月上旬、大英帝国が中東支配の絶対的な要石としていたアレクサンドリア要塞は、ついに完全に陥落したのである。
「これで、スエズ運河への扉は開かれた」
ロンメルは、瓦礫の山となった市街地を見下ろしながら、安堵と疲労の混じったため息をついた。 だが、その代償は枢軸軍にとってもあまりにも大きかった。
「……海軍のリュッチェンス提督より報告です。イタリア戦艦『ローマ』が沈没。『リットリオ』も大破。我が方の『シャルンホルスト』および『グナイゼナウ』も深刻な損傷を受け、ドックでの長期修理が必要です。地中海合同艦隊は、事実上その戦闘能力の大半を喪失しました」
参謀の報告に、ロンメルは苦い顔をした。 イギリスの地中海艦隊は壊滅したが、同時にドイツとイタリアの海軍力も致命的なダメージを受け、事実上相打ちとなったのだ。
それでも、彼らはスエズの喉元をこじ開けた。中東の油田地帯を抜け、インドで日本軍と合流するという「ユーラシア打通」の夢が、いよいよ現実の射程圏内に入ったのである。
大英帝国の命脈は完全に断ち切られようとしていた。




