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第40章 太平洋の封じ手 【第三期 完】

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1943年11月10日 午後2時

帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場

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世界が固唾を飲んで見守った「ハワイ完全制圧および合衆国太平洋艦隊の降伏」の凶報は、大西洋を挟んだワシントンD.C.のみならず、ロンドンを占領するナチス・ドイツのベルリン、さらにはシベリアで泥を啜るソ連指導部の耳にまで、震えをもたらす電波となって瞬く間に駆け巡っていた。


しかし、そのすべての元凶たる帝都・東京の地下数十メートル、分厚いコンクリートと鉛に囲まれた幕府最高臨戦評議場には、歓喜の喧騒など微塵も存在しなかった。そこにあるのは、自らが引き起こした世界的地殻変動の数値を、ただ冷徹に処理し続ける「巨大な算盤の音」だけである。


「……ハワイ・オアフ島にて、第一艦隊の松平保男大将と、米太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将との間で、降伏文書の調印が完了しました」


幕府特務・防諜総監の小栗忠純が、一枚の書類をマホガニーの円卓の中央へと滑らせた。


「これにより、19世紀末からアメリカ合衆国が太平洋支配の絶対的な『不沈の要石』としてきたハワイ諸島全域の主権は、完全に我が豊栄大日本帝国へと譲渡されました。また、第一艦隊の46センチ砲による物理的解体によって、真珠湾の米軍港湾インフラや20万トン燃料タンク群は完全に消滅しており、合衆国がこの海域で再び大艦隊を運用する能力は数十年単位で失われました」


小栗の淡々とした報告を聞き、国家財務総監・水野忠徳は、扇子を開いて愉しげに笑った。


「見事なものだ。大西洋側からカイザー造船所で湧き出してきた新鋭艦艇や増援が到着する前に、その『受け皿』となる最大の港を完全に物理消去したのだからな。これで、アメリカは太平洋の西半分に、これ以上巨大な質量を投射することができなくなった」


「その通りです。そして、何よりも重要なのは、タラワ環礁に取り残されたルーズベルトの『巨大な矛』の処遇です」


小栗は、壁面の巨大な太平洋の海図を指差した。


ハワイから数千キロ南西に位置するギルバート諸島・タラワ環礁。

そこには、日本の島嶼防衛線をこじ開けるべく送り込まれたアメリカ第5艦隊の主力──新鋭大型空母『エセックス』をはじめとする空母8隻、新鋭戦艦群、そして数え切れないほどの駆逐艦が、完全に「宙に浮いた状態」で取り残されていた。


「彼らはタラワの地下要塞で凄惨な出血を強いられている最中に、帰るべき母港(真珠湾)を喪失しました。さらに……」


小栗は、竹中数理演算所が弾き出した極秘の戦果報告書を机に広げた。


「タラワで彼らに随伴していた給油艦群の重油は、すでに完全に底を突いております。ハワイ陥落の直前、ニミッツが絶望的な判断でハワイからタラワへ向けて送り出した追加の大型補給艦・給油艦の船団も、清水光美中将率いる我が『第六艦隊(潜水艦隊)』の伊号潜水艦群が敷いた海中の網によって、一隻残らず海底へと沈められました」


「つまり、油を一滴も持っていないということか」


水野の目が、冷酷な光を帯びた。


「その通りです。広大な太平洋のど真ん中で、彼らは燃料を完全に絶たれ、ボイラーを焚くことも、艦載機を飛ばすこともできない巨大な『鉄の浮き草』と化しています」


水野は声を上げて笑った。

「ルーズベルトの誇るマニュファクチャリング・モンスターも、油がなければただの鉄の棺桶だ。山口と真田の機動部隊に命じて、容赦なく海の底へ沈めて魚の漁礁にしてやるか?」


「いや、待たれよ」


水野の言葉を制したのは、評議場総裁にして永世宰相たる徳川家正であった。家正はパイプの紫煙をゆっくりと吐き出し、静かに立ち上がった。


「アメリカがベルトコンベアで粗製濫造したとはいえ、基準排水量3万トンのエセックス級空母8隻や新鋭戦艦群は、天文学的な量の鉄鋼と最新技術の結晶だ。それを海の底へ沈めてしまうのは、いかにも帝国の『ソロバンの計算』に合わん」


家正の指揮棒が、海図のタラワ周辺に配置された日本の青い駒──山口多聞の「第三機動艦隊」と、真田幸道の「第五機動艦隊」を力強く叩いた。


「山口と真田に命じよ。タラワ沖で立ち往生している米第5艦隊に対し、一発の魚雷も、一発の爆弾も投下してはならん。完全に包囲した上で、彼らに無条件降伏を迫り、空母と戦艦群を一隻残らず無傷で『鹵獲ろかく』せよ。アメリカの全生産力が生み出した怪物を、そっくりそのまま我が豊栄大日本帝国の帳簿に戦利品として組み込むのだ」



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1943年11月15日 中部太平洋 タラワ環礁沖合

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ハワイ陥落の報を受け、完全にパニックと絶望に陥っていたアメリカ第5艦隊司令官、フランクリン・J・フレッチャー中将。彼が苦渋の決断でタラワからの撤退を命じようとしたその瞬間、彼らを待ち受けていたのは、冷徹に研ぎ澄まされた日本の「完全包囲網」であった。


だが、フレッチャーにはもはや、逃げることも戦うことも許されていなかった。


旗艦である大型空母『レキシントン(CV-16)』の艦橋は、蒸し暑く、不気味なほど静まり返っていた。重油が完全に枯渇したことで巨大なボイラーの火は消え、艦内の照明は落ち、換気用の空調すら停止している。レーダーの巨大なアンテナも、電力を失って空しく止まったままであった。


広大な飛行甲板には、F6FヘルキャットやTBFアベンジャーといった数百機の艦載機が所狭しと並べられているが、航空ガソリンが一滴もない今、それらはただの重い鉄の置物でしかない。


「……敵艦隊、全周より接近。回避行動、とれません」


暗がりの艦橋で、参謀が死人のような声で報告した。


フレッチャー中将が双眼鏡で水平線を見渡すと、そこには日本の装甲空母『鳳凰』や『瑞鳳』をはじめとする第三・第五機動艦隊の威容が、太陽を背にして堂々と姿を現していた。

空には、2500馬力のエンジンを唸らせる最新鋭の『天風』や『流星』が圧倒的な威圧感で旋回しているが、彼らは一切の攻撃を仕掛けてこない。ただ上空を舞い、アメリカ艦隊が「完全に死に体」であることを冷ややかに見下ろしているだけであった。


やがて、日本艦隊の戦列から、40ノット超の猛烈な速度で白波を蹴立てて数隻の駆逐艦が接近してきた。鍋島家の佐賀精密機械が量産した島風型超高速駆逐艦である。


そのマストから、強烈な発光信号と国際信号旗が掲げられた。


『──貴艦隊ハ完全ニ包囲サレタ。無益ナ抵抗ヲ放棄シ、無条件降伏セヨ。全艦艇ヲ無傷デ引キ渡セ。拒絶スレバ、全滅アルノミ』


「司令官……」

幕僚たちが、震える声でフレッチャーを見た。戦艦『コロラド』や『メリーランド』の主砲を撃とうにも、電力を失った砲塔を人力で旋回させることなど不可能である。数万人の海兵隊員と水兵たちは、ただ鉄の檻の中に閉じ込められた無抵抗の肉塊に過ぎなかった。


「……白旗を揚げろ」


フレッチャーは、絞り出すような声で命じた。

「油を一滴も持たない我々に、これ以上の抵抗は不可能だ。何万人もの若者を、一矢報いることすらできない無駄な虐殺で死なせるわけにはいかない」


静まり返った『レキシントン』のマストから、星条旗がゆっくりと引き摺り下ろされ、代わりに屈辱的な白旗が海風に翻った。他のエセックス級空母や新鋭戦艦群からも、次々と白旗が掲げられていく。


アメリカがその工業力のすべてを注ぎ込み、太平洋を支配するために生み出した「マニュファクチャリング・モンスター」。その最強の巨大艦隊は、一発の砲弾を交えることもなく、丸ごと日本の巨大な戦利品として拿捕(鹵獲)されたのである。



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1943年11月下旬

帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場

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タラワ沖でアメリカ主力艦隊が「一隻残らず無傷で降伏・鹵獲された」という前代未聞の報を受け、江戸城地下の評議場には、いよいよ「今後の太平洋戦線の完全なる方針」を決定するための、重厚な空気が満ちていた。


「これにて、ハワイ以西の太平洋は、名実ともに『完全なる我が帝国の内海』となりました」


水野忠徳が、海図の上に残っていたアメリカの赤い駒をすべて取り払い、その代わりにアメリカから強奪した「エセックス級空母8隻」と「主力戦艦群」の巨大なリストを机に広げた。


「鹵獲した敵の主力艦艇は、すべて浅野港湾や藤堂製作所のドック、あるいは多良加の軍港へと曳航させています。彼らの造船技術は粗製濫造の極みですが、船体そのものの容積と素材は極上品だ。これらを我が国の『堺公差』に基づく規格で徹底的に解析し、発動機や電子兵装を帝国仕様へ改装した上で、帝国の新たな盾(戦力)として運用いたします」


水野の言葉に、小栗忠純が冷徹に頷いた。


「アメリカは、自らの兵站を絶たれた結果、自らの最大の武器であった『大量生産の工業力』そのものを、そっくりそのまま我々へ献上したというわけです。彼らの生産スピードすらも、これで完全に相殺されました」


「見事なソロバンの弾きっぷりだ」


家正宰相は、手元のパイプを置き、今後の太平洋における『絶対的方針』を宣言すべく立ち上がった。


「これより、我が豊栄大日本帝国は、当面の間は太平洋戦線において無闇な東進(アメリカ本土上陸)は行わない。我々の目的はアメリカを滅ぼすことではなく、彼らの心を完全に折り、我が国が構築した『大連邦経済圏』を永遠に認めさせることにある」


家正は、指揮棒でハワイ諸島、ミッドウェイ、そしてタラワを強固な線で結んだ。


「制圧したハワイおよびミッドウェイを、西海岸を睨む『東の絶対要塞』として再構築せよ。奥州鉱業の携帯用動力削岩機を用いて島を完全な地下要塞化し、水戸徳川の巨大な要塞砲を据え付け、アメリカが二度と太平洋の西側へ足を踏み入れられない『物理的な海の大壁』を完成させるのだ」


そして家正の眼光が、一段と鋭く、冷酷な光を放った。


「その上で、アメリカの『戦意の心臓』を直接破壊する計画を承認する。……島津の地下ドックで極秘裏に建造を進めさせている『第十八号型特型潜水母艦(伊号第四百型潜水艦)』の進捗はどうなっている?」


小栗が即座にファイルを開く。


「ハッ。島津重工(西国重工)の巨大ドックにて、世界最大の『潜水空母』数隻の建造が最終段階に入っております。耐圧格納筒に村上産業が開発した特殊水上攻撃機『晴嵐』を3機搭載し、地球を半周する航続距離を持つこの怪物は、来年中には実戦投入が可能です」


「よろしい」


家正の唇が、冷酷な弧を描いた。


「伊四百型が就役し次第、アメリカ合衆国の兵站と海軍移動の絶対的な心臓部たる『パナマ運河』を、海中から奇襲して破壊せよ。パナマ運河が破壊されれば、アメリカが大西洋で建造した新鋭艦艇は、南米のマゼラン海峡を大きく迂回しなければ太平洋へ出られなくなる。彼らの巨大な工業力は、地理的制約によって完全にへし折られるのだ」


アメリカの物量を「要塞の壁」と「鹵獲した艦隊」で防ぎつつ、その「動脈の根本(パナマ運河)」を潜水空母によるピンポイント打撃で切断する。

それは、純粋な殴り合いではなく、武力と法理、そして極限の地政学を融合させた、帝国の最も恐るべき「非対称戦略」の完成を意味していた。


「インドの泥沼でイギリスを窒息させ、地中海の膠着でドイツの力を削ぎ落とし、そして太平洋を完全な内海としてアメリカの喉元に短刀を突きつける」


家正宰相は、巨大な世界地図を前にして、両腕を大きく広げた。


「関ヶ原から340年。棄民たちが切り拓いた道は、ついに世界の覇権という『絶対の玉座』へと到達した。米英に依存しない完全なるブロック経済圏(豊栄大連邦)は、今や誰にも侵すことのできない、永遠の要塞となったのだ」


江戸城の地下要塞に、帝国の完全なる勝利と、新秩序の完成を宣言する冷徹な拍手が響き渡った。


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同日 米国ワシントンD.C. ホワイトハウス

大統領執務室

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だが、太平洋の西側で帝国の勝利の拍手が響いていたその時。太平洋の対岸たるワシントンD.C.には、常軌を逸した「工業の狂気」が渦巻いていた。


「……第5艦隊の空母8隻が、丸ごとジャップの手に落ち、戦利品として奴らの帳簿に組み込まれただと?」


オーバル・オフィス(大統領執務室)で、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は、アーネスト・キング海軍作戦部長からの報告を受け、激怒するどころか、不気味なほど冷徹な笑みを深めた。


「ええ。太平洋における我々の第一撃は、完全に失敗しました」


キング大将は苦渋に満ちた声で答える。


「しかし大統領、我が国の工場はまだ一秒たりとも止まってはおりません」


「そうだ、キング提督。たかが8隻の空母を奪われたからといって、アメリカ合衆国の生産力マニュファクチャリングが膝を折るなどと、東洋のサルどもに勘違いさせてはならない」


ルーズベルトは車椅子を進め、机の上に積まれた造船局からの分厚い「全米艦船建造リスト」を叩いた。


「エセックス級の建造計画32隻のうち、タラワで失ったのは先行配備された一部に過ぎない。アメリカ国内のドックの状況を報告しろ」


キング大将は即座にファイルを開き、淡々と、しかし恐るべき事実を読み上げ始めた。


「ハッ。エセックス級空母の建造は、ニューポート・ニューズ造船所、ベスレヘム・スチール、ニューヨーク海軍造船所、フィラデルフィア、ノーフォークといった全米の巨大ドック群で、まったく同じ設計図面を用いたブロック工法により同時進行しております。タラワ海戦に間に合わず、すでに大西洋岸で就役を終え出港待ちとなっているのが『ボノム・リシャール』『イントレピッド』『オリスカニー』です」


キングは淀みなくリストを読み上げる。


「さらに現在、西海岸で慣熟訓練を急ピッチで進めているのが『キアサージ』『フランクリン』『シャングリラ』。そして船台で艤装の最終段階に入り、数ヶ月以内に完成する艦が『タイコンデロガ』『ランドルフ』『ハンコック』『ベニントン』『ボクサー』『クラウン・ポイント』『レイク・シャンプレイン』『ヴァリー・フォージ』『フィリピン・シー』……。残る十数隻も、ベルトコンベアで組み立てられるように次々と形になっており、来年中には海を埋め尽くすほどの正規空母が太平洋へ押し寄せます」


その報告に、ルーズベルトは満足げに頷いたが、彼の狂気はそれに留まらなかった。


「それだけではない。カイザー造船所等が生み出している護衛空母のペースはどうだ?」


「すでに『カサブランカ級』など商船改造の護衛空母は50隻以上の建造ラインがフル稼働しております。大統領の厳命通り、彼らは文字通り『毎週1隻』という信じがたいペースで空母を就役させ、大西洋のUボート狩りと、太平洋の兵站輸送へ次々と送り出しています」


「素晴らしい。ジャップが職人技で1隻の船を丁寧に直している間に、我々は毎週1隻の空母を海へ放り込んでいるのだ」


ルーズベルトは葉巻の煙を深く吐き出し、氷のような声で最終にして最大の命令を下した。


「奴らが我々のエセックス級を8隻も鹵獲したというのなら、それを遥かに上回る『絶望』を叩きつけるまでだ。……キング提督。エセックス級すら過去のものとする、基準排水量4万5,000トン級の超大型装甲空母『ミッドウェイ級』の建造計画を直ちに承認・スタートさせよ。日本の装甲空母に、我々も正面から殴り勝つ巨大な鉄の島を造るのだ」


「承知いたしました」


「それに随伴する護衛艦艇もだ。来るべき巨大空母群の絶対的な防空網を担うため、完全自動装填装置を備えた『デモイン級』重巡洋艦、そして対空火力を極限まで高めた『アレン・M・サムナー級』および『ギアリング級』駆逐艦を、規模にふさわしい数で直ちに量産ラインに乗せろ。何百隻でも構わん。合衆国の予算と鉄のすべてを使い尽くせ」


ルーズベルトは、車椅子から身を乗り出し、窓の外のワシントンの空を睨みつけた。


「ジャップは我々の第一波を跳ね返し、タラワで戦利品を手に入れたことで勝った気でいるだろう。だが、我々の本当の『暴力』が目を覚ますのはこれからだ。太平洋を、文字通り鋼鉄の船で歩いて渡れるほどに埋め尽くしてやる」


狂狼たちが吼え猛った血の時代は終わりを告げ、帝国の冷徹な算盤が地球の千年を支配する、新たな「豊栄の世紀」が始まるかに見えた。 しかし、太平洋の東の果てでは、規格外のマニュファクチャリング・モンスターが、日本の勝利をただの前座に変えてしまうほどの絶望的な質量を腹の底に溜め込みながら、不気味な咆哮を上げようとしていたのである。


【第三期 完】

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