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第38章 環礁の偽計

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1943年9月22日 午前5時

中部太平洋 ギルバート諸島・タラワ環礁 ベティオ島沖合

アメリカ第5艦隊 機動反攻艦隊

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ユーラシア大陸の南腹、インドの平原で日本の「双頭の陸軍」と大英帝国の残党が果てしない泥沼の消耗戦に足を踏み入れていた頃。太平洋の青い海原においても、人類史上かつてない絶望的な質量の激突が幕を開けようとしていた。


夜明け前の静かな海原を、身の毛のよだつような轟音が引き裂いた。


「目標、ベティオ島全域! 全主砲、撃てェッ!」


タラワ環礁を包囲したアメリカ海軍の旧式戦艦群『コロラド』『メリーランド』『テネシー』などと、数え切れないほどの巡洋艦・駆逐艦から、一斉に数千発に及ぶ艦砲射撃の火球が解き放たれた。巨大な16インチ(40.6センチ)徹甲弾と榴弾が、空気を切り裂く不気味な飛翔音とともに、夜明けの空にオレンジ色の弧を描いて降り注ぐ。


さらに頭上の暗闇からは、水平線を埋め尽くす新鋭大型空母『エセックス』『レキシントン(CV-16)』『バンカー・ヒル』をはじめとする計8隻の空母群から発艦した、数百機の『F6Fヘルキャット』戦闘機と『SBDドーントレス』急降下爆撃機が、島を埋め尽くすような爆撃と機銃掃射を浴びせかける[500, 501]。


標的となったベティオ島は、面積わずか1.2平方キロメートル。東京の代々木公園ほどの広さしかない、平坦な珊瑚礁の島である。その小さな箱庭のような島が、文字通り「炎と爆煙の竜巻」に包み込まれていた。


ドゴォォォォンッ!!!


16インチ砲弾の直撃を受けたサンゴ礁が、数十メートルの水柱と土砂の塔となって天を突く。島に生えていた無数のヤシの木は根本からへし折れて吹き飛び、地表にあった兵舎や見張所などのあらゆる構造物が完全に粉砕され、地形そのものが変わるほどの凄まじい飽和攻撃であった。


「素晴らしい弾幕だ。おい、このままでは島そのものが海に沈んでしまうんじゃないか?」


上陸部隊を指揮する第2海兵連隊のデヴィッド・シュウプ大佐は、輸送船の甲板から双眼鏡を覗き込み、満足げに葉巻の煙を吐き出した。


「作戦計画通り、午前9時に水陸両用装軌車(LVT)でサンゴ礁を乗り越え、海岸へ強行上陸する。残ったジャップの残骸を掃討し、昼までには飛行場を占領して冷たいビールで乾杯だ!」


海兵隊の若き兵士たちも、圧倒的なアメリカの火力支援を前に勝利を確信し、LVTの中で陽気なジョークを飛ばし合っていた。この作戦は、アメリカが誇る「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」の威力を世界に誇示するための、簡単な掃討戦で終わるはずだった。


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同日 午前8時 ベティオ島

地下十メートル・日本軍守備隊 地下要塞

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だが、アメリカ軍が「すべて粉砕した」と確信していた炎と硝煙の竜巻のさらに下、地底の暗闇の中で、彼らは不気味なほど無傷で息を潜めていた。


「……第3坑道、異常なし。第5機銃座、被害なし。天井の補強梁は、ビクともしていません」


絶え間ない艦砲射撃の地響きが頭上で鳴り響き、パラパラと土埃が落ちてくる薄暗い地下坑道。そこで防毒マスクを首から提げた工兵特務小隊の高橋平蔵伍長が、カンテラの灯りを頼りに壁面を叩きながら報告した。


彼らは、伊達家の「奥州鉱業」から配備された最新型の「携帯用動力削岩機」を振るい、スコップなど跳ね返してしまう硬いサンゴ礁の岩盤を地下十数メートルまで掘り抜いていた。太いヤシの丸太を何重にも組み上げ、コンクリートを流し込み、さらにその上から越前松平重工業から送られた戦車用の「極厚装甲鋼板」を天井に敷き詰めることで、島全体をアリの巣のような「巨大な地下要塞群」へと改造していたのである。


ズガァァァンッ!!


頭上で16インチ砲弾が炸裂し、地下室全体が大きく揺れたが、越前松平の鋼板とサンゴ礁の岩盤がその衝撃を完全に吸収した。


「アメリカ人は、相変わらず無駄弾を撃つのが好きだな。まるで花火大会だ」


第一機関銃小隊長の小林繁曹長が、土埃を払いながら冷ややかに笑った。


「水際での迎撃は一切行わん。奴らがのこのこと砂浜に上がり、俺たちが設定したキルゾーン(射撃帯)の真ん中まで入り込むまで、一発たりとも撃つなよ」


日本軍は最初から「海岸線の水際での迎撃」を完全に放棄し、アメリカ軍をわざと上陸させたうえで、障害物のない平坦な砂浜を「死の十字砲火」の舞台として設定していたのである。


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同日 午前9時15分

タラワ環礁 ベティオ島 海岸線レッドビーチ

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艦砲射撃の硝煙が海風に流され始めた頃、何百隻ものLVT(水陸両用装軌車)がサンゴ礁の浅瀬を乗り越え、白い波頭を蹴立ててベティオ島の砂浜へと殺到した[501]。


「前進だ! キャタピラを止めずに一気に砂浜まで乗り上げるぞ!」


キャタピラが浅瀬の砂を噛み、巨大な鉄の箱が次々と海岸へ乗り上げた。だが、ハッチが開き、海水に濡れたブーツで海兵隊員が島の砂浜へと足を踏み入れた瞬間。そこにあったのは、無傷のまま沈黙を保つ、不気味なほどの「静寂」であった。


「距離50。目標、正面の敵歩兵群。……撃てェッ!!」


地下トーチカの暗闇の中で、小林曹長が冷徹に軍刀を振り下ろした。


ダダダダダダダッ!! ズドォォォォンッ!!


何もないはずの更地の「地中」から、突如として猛烈な十字砲火が海兵隊の側面を薙ぎ払った。


「敵襲! 正面のヤシの木の残骸の下から機関銃! 左翼の砂の中から対戦車砲だ!」


「馬鹿な! あれだけの艦砲射撃を浴びせたんだぞ! どこに隠れていたんだ!」


米兵たちがパニックに陥り、身を隠そうと砂浜へ伏せたが、砲撃でヤシの木すら吹き飛ばされた砂浜には、身を隠す遮蔽物は一つも存在しなかった。


「引き付けろ! 敵が鉄条網に引っかかったところを、十字火網で徹底的にすり潰せ!」


小林曹長の号令のもと、井伊銃器製の『三〇式重機関銃』が特有の重低音を響かせ、逃げ惑うアメリカ兵の足を次々と刈り取っていく。さらに、分厚い鋼板の奥から顔を出した水戸徳川造兵工機製の『三九式四十七粍対戦車速射砲』が火を噴き、砂浜を這い上がろうとする米軍のLVTの薄い装甲を次々とブチ抜いた。車内に積まれていた燃料と弾薬が誘爆し、数十人の海兵隊員が炎に包まれながら吹き飛ばされる。


ベティオ島の美しい白い砂浜は、わずか数十分のうちに、おびただしい数のアメリカ海兵隊員の死体と、LVTの燃え上がる残骸で埋め尽くされ、エメラルドグリーンの海水は文字通り真っ赤な血の色に染め上げられた。


アメリカの誇る「圧倒的な物量と水陸両用作戦」が、日本の冷徹な「地下要塞・出血強要ドクトリン」の前に完全に無力化され、太平洋の島嶼戦が、純粋な命の削り合いという凄惨な泥沼のフェーズへと引きずり込まれた瞬間であった。



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1943年9月24日 午後2時

タラワ周辺海域 アメリカ第5艦隊旗艦『レキシントン』

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「……第2海兵連隊、レッドビーチにて完全に足止め。死傷者はすでに数千名に達する見込みです。ジャップの地下要塞は艦砲射撃を完全に無効化しています!」


通信参謀の絶望的な報告に、第5艦隊司令官フランクリン・J・フレッチャー中将は拳で海図台を強く殴りつけた。アメリカの誇る圧倒的な物量は、日本の冷徹な遅滞戦術の前に、ただ莫大な若者の血を砂浜に流すだけの凄惨な挽肉機へと陥っていた。


「ならば航空支援だ! エセックス級の艦載機をすべて島へ差し向けろ! 爆撃で奴らの穴という穴をすべて埋めてしまえ!」


フレッチャーが怒鳴ったその時、レーダー員が悲鳴のような声を上げた。


「司令官! 敵機動部隊の接近を探知! 距離3万ヤードのラインから、敵の雷爆撃機の編隊が断続的に接近してきます!」


「またか! またジャップの牽制部隊か!」


タラワでの地上戦が泥沼化しているその裏側で、日本の機動部隊は、アメリカの主力空母群に対する冷徹な「拘束」と「嫌がらせ」の任務を完璧に遂行し続けていたのである。


「第64任務部隊、対空戦闘! 目標、接近中の敵雷撃隊!」


護衛の駆逐艦群から、一斉に5インチ(12.7センチ)両用砲が火を噴く。「VT信管(的近接信管)」を組み込まれた砲弾が、敵機の接近を電波で感知し、空全体を埋め尽くすような黒い爆発のスプラッシュ・バリアを張る。さらに、上空で待機していた数十機のF6Fヘルキャットが、2000馬力エンジンの出力を全開にして敵編隊へと襲いかかった。


しかし。


「……敵機、反転! 距離3万ヤードのラインから、一機もこちらへ突入してきません!」


レーダー員の報告に、艦橋の将校たちは忌々しげに顔をしかめた。

日本軍の機体──岐州重工製の『流星』や上杉航空製の『天山』の群れは、アメリカ艦隊の対空砲火の射程のわずか外側で、嘲笑うかのように急旋回し、そのまま水平線の彼方へと飛び去っていく。彼らは魚雷の一本も落とさず、ただアメリカ軍に莫大な対空砲弾と航空燃料を浪費させただけであった。


「クソッ! 奴ら、最初から我々とまともに殴り合うつもりがないのだ!」



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同日 午後5時

タラワ西方 攻撃機動海域

第三・第五機動艦隊 合同遊撃部隊

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アメリカ艦隊が焦燥と弾薬の浪費に苦しんでいるその裏側で、日本の機動部隊は冷徹な「拘束」の任務を完璧に遂行していた。


「第五次牽制部隊、全機帰投。敵のF6F部隊と直衛艦艇は、こちらのフェイントに過剰に反応し、大量のVT信管と燃料を浪費しております」


装甲空母『鳳凰』の羅針艦橋。

第三機動艦隊司令長官・山口多聞中将は、飛行長からの報告を聞き、双眼鏡越しに東の空を睨みながら獰猛な笑みを浮かべた。


「ルーズベルトの化け物(エセックス級)も、正面から殴り合わねばただの鈍重な鉄の塊に過ぎんな。奴らはタラワの海兵隊を見殺しにできず、自らの『質量』を過信しているがゆえに、目の前をチラつく羽虫(陽動)を無視できないのだ」


山口中将の言葉に、別海域で展開する新鋭・第五機動艦隊の真田幸道中将の知略が見事に噛み合っている。彼ら二人の提督に与えられた任務は、「米新鋭空母群の撃滅」ではない。江戸城の徳川家正宰相が下した至上命令は、「米主力をタラワ海域に拘束・牽制し、一歩たりともハワイ方面へ戻らせないこと」であった。


「……そろそろ、本命の刃が届く頃合いだな」


山口中将は、懐中時計の蓋をパチンと閉めた。


「我々がここでルーズベルトの矛を空転させている間に、松平大将の第一艦隊と、小沢・立花の第二・第四機動艦隊はハワイを完全に包囲しているはずだ。そして、細萱の第五艦隊がミッドウェイの補給線を確保したならば……真珠湾は間もなく、文字通り物理的に解体される」


日本の真の恐ろしさは、この「盤面全体を使った冷徹な分業」にあった。

アメリカが誇る最強の盾をタラワの海で完全に無力化(拘束)し、その裏側で、ハワイという太平洋の心臓部へ「大和の巨砲」と「新造空母の暴力」のすべてを叩き込む。

それは、正面からの消耗戦を避け、盤面の急所のみを確実に抉り取るという、諸侯連衡国家の冷徹な計算の極致であった。



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1943年9月26日 午後3時

タラワ周辺海域 アメリカ第5艦隊旗艦『レキシントン』

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夕闇がタラワの海を包み込み始めた頃、旗艦『レキシントン』の通信室に、ワシントン海軍省、そしてハワイの太平洋艦隊司令部から、暗号を解読する暇もないほどの「平文の緊急電報」が滝のように雪崩れ込んできた。


「司令官! ニミッツ大将からの大至急電です!」


通信参謀が、血の気を完全に失った顔で、震える紙片をフレッチャー中将へと差し出した。

フレッチャーはその電報に目を通した瞬間、葉巻を落とし、まるで信じられない悪夢を見たかのように後ずさりした。


『──ハワイ・オアフ島、敵機動部隊約660機による奇襲を受く。上空の制空権を完全に喪失』


『──ミッドウェイ環礁からの通信途絶。敵旧式戦艦群による艦砲射撃を受け、守備隊は玉砕。同島は敵の占領下に置かれ、補給の中継拠点と化している模様』


『──真珠湾沖合に、日本の超弩級戦艦群(大和型)5隻が侵入。バトルシップ・ロウ(戦艦通り)および乾ドック、燃料タンク群に対し、四六センチ砲による艦砲射撃を開始……』


最後に記された一文が、フレッチャーの心を完全にへし折った。


『──真珠湾は物理的に解体された。太平洋艦隊の残存機能は消滅。第5艦隊はタラワの作戦を直ちに中止し、全速で反転、ハワイを救援せよ』


「……なんだと? ハワイが、第一艦隊と新鋭空母群の総攻撃を受けているだと……!」


フレッチャーの背筋に、氷のような戦慄が走った。

罠だったのだ。日本軍の主力がタラワの防衛に集中しているというのは、完全にアメリカ側の思い込みであった。日本はあえて、タラワの守備隊に凄惨な出血を強要させることでアメリカの目を釘付けにし、さらに山口と真田の機動部隊で「付かず離れずの牽制」を行うことで、アメリカの最強の空母群をこの海域に完全に「拘束」したのである。


そしてその隙に、彼らは太平洋のもう半分を使い、ハワイとミッドウェイを同時に奪取するという、神業のような超広域挟撃戦を展開していたのだ。


「中将! ニミッツ大将の命令通り、直ちに艦隊を反転させ、ハワイの救援に向かいましょう!」


幕僚が叫ぶが、フレッチャーはその場に立ち尽くしたまま、絶望的に首を横に振った。


「……無理だ。反転など、できはしない」


フレッチャーは、レーダーのスクリーンの端で、依然として不気味な機動を続けている日本の空母群の光点を指差した。


「我々がハワイへ向けて反転し、あの山口と真田の機動部隊に『無防備な背中』を見せればどうなる? 彼らは我々が陣形を崩した瞬間、その速度とアウトレンジ戦術を駆使し、我々の背後から『流星』と『彗星』の全火力を叩き込んでくるぞ。……追撃戦となれば、足の遅い戦艦や輸送船を抱えた我々は、完全に食い破られる!」


進むことも、退くこともできない。

タラワの海兵隊を見捨ててハワイへ向かえば、背後から山口と真田に食い殺される。だが、このままタラワの空何もない空間へ弾薬を浪費し続ければ、ハワイは完全に灰燼に帰し、太平洋の覇権はアメリカの手から永久に失われる。


「我々は……日本の描いた盤面の上で、完全に『チェックメイト(詰み)』にされたのだ」


マニュファクチャリング・モンスターが生み出した規格外の暴力は、タラワの美しい珊瑚礁の海で、完全に身動きの取れない「巨大な鉄の案山子」へと成り下がった。

太平洋の覇権を懸けた死闘は、アメリカの圧倒的な物量が、日本の冷徹な知略と分業の前に完全に敗北した瞬間を刻んでいたのである。

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