第37章 血塗られた高原
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1943年9月10日 午前8時 インド東部 ラーンチー東方(チョータ・ナーグプル高原)
マレー・ビルマ攻略軍(印度方面軍) 最前線
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アラカン山系の密林を抜け、インパールの国境防衛線を突破した豊栄大日本帝国の「双頭の陸軍」。彼らはベンガル平原を西進し、今、標高600メートルの起伏に富む岩山と森林地帯──チョータ・ナーグプル高原の入り口たる「ラーンチー」の防衛線へと差し掛かっていた。
しかし、その高原は無人の荒野ではなかった。
「……第17防衛線、突破しました。しかし、敵は後方の尾根へ整然と撤退を完了。すでに新たな対戦車火網が敷かれています」
前線指揮所として急造された土嚢の陰で、泥と汗にまみれた伝習隊の参謀が、マレー・ビルマ攻略軍総司令官・山下奉文少将へ報告を行った。 山下は、野戦双眼鏡を下ろし、重く息を吐き出した。インパールを抜けてから1ヶ月。彼らが進んだ距離は、広大なインド亜大陸の縮尺から見ればわずかなものに過ぎない。
イギリスインド防衛軍総司令官アーチボルド・ウェーヴェル大将の戦術は冷徹だった。広大なインドの国土を「巨大なクッション」として使い、日本軍を決定的な決戦に引きずり込むことなく、無数の遅滞陣地で一歩一歩血を流させる泥沼の防衛戦を展開していたのである。
「敵の火力は、マレーの比ではありません。カルカッタの港から運び込まれたアメリカのレンドリース(武器貸与法)物資が無尽蔵に前線へ注ぎ込まれています」
参謀が指差す先、数百メートル先の岩陰には、アメリカ軍が提供したM4シャーマン中戦車が、車体を隠すように掘られた壕(ハルダウン陣地)から砲塔だけを覗かせていた。
「水戸の重砲を前へ出せ! 敵陣地を面で吹き飛ばし、越前松平の装甲で押し潰せ!」
重砲兵連隊の中隊長、野村健太郎大尉の号令とともに、水戸徳川造兵工機製の『一五〇ミリ重加農砲』が咆哮を上げた。池田化学の遅延信管を搭載した重量40キロの徹甲榴弾が、英軍のコンクリート陣地に降り注ぐ。 土砂と煙が舞い上がる中、越前松平重工業製の新鋭『四〇式中戦車 鎧』の群れが、V12空冷ディーゼルエンジンを唸らせて突撃を開始した。
「正面のシャーマンを沈黙させろ! 撃て!」
『鎧』の長砲身75ミリ砲が火を噴き、壕に隠れていたM4戦車の砲塔をカチ割る。だが、一両を撃破した直後、高原のあちこちに隠蔽されていたアメリカ供与の対戦車砲が一斉に火線を交差させた。
ガァァァンッ!! 先頭を走っていた『鎧』の側面に徹甲弾が直撃し、履帯を引きちぎられた戦車が不気味な金属音を立てて停止する。そこへ、イギリス軍のグルカ兵が肉薄して手榴弾を投げ込んできた。
「歩兵、前へ! 戦車を援護しろ!」
井伊銃器製の三十八年式小銃を構えた伝習隊の兵士たちが、起伏の激しい岩場を這い進みながら銃撃戦を展開する。一歩前進するごとに、両軍の兵士の血がインドの赤土に吸い込まれていく。 防衛線を一つ突破しても、イギリス軍は決してパニックを起こさず、トラックに乗って次の尾根へと整然と後退していく。陣地を制圧した日本軍に残されるのは、破壊されたシャーマン戦車の残骸と、自軍の流した血の代償だけであった。
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1943年9月18日 午前7時 インド東部 ラーンチー西方
マレー・ビルマ攻略軍(印度方面軍) 前線補給路
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インド東部の果てしなく広がる赤茶けた荒野。その上空に、聞き慣れたアメリカ製の星型エンジンの音とは全く異なる、けたたましい金属音を伴う異様な飛行音が響き渡った。
「敵機襲来! 超低空だ!」
前田発動機製の四輪駆動トラックの荷台から、対空警戒に当たっていた伝習隊の兵士が絶叫した。 地平線の僅か数十メートルの高さを這うようにして、太く無骨なシルエットを持つ4機の戦闘爆撃機が、猛烈な速度で突進してくる。機首の下に巨大なラジエーター(空気取入口)をぶら下げたその異形の機体は、イギリス王立空軍(RAF)が放った対地攻撃の怪物、『ホーカー・タイフーン Mk.IB』であった。
イギリス本国が陥落し、生産拠点を喪失した大英帝国。しかし彼らは、カナダやインドへ逃れる際、最新鋭機の設計図と技術者たちを何としてでも持ち出していた。このタイフーンは、カルカッタの地下工廠において、アメリカからのレンドリース工作機械と部品を強引に流用しながら組み上げられた「亡命帝国・最後の牙」である。 搭載されたネイピア・セイバー液冷H型24気筒エンジン(2200馬力)は極端に整備性が悪く、まさに血を吐くような共食い整備で稼働率を維持している代物だが、こと低空での対地攻撃においては無類の凶悪さを発揮していた。
「撃て! 対空機銃、撃てェッ!」
日本軍のトラックから三四式軽機関銃が火を噴くが、タイフーンは時速600キロに迫る圧倒的な低空高速性能で弾幕をすり抜ける。そして、主翼の下面に懸架された太い筒から、凄まじい白煙を引いて「それ」が放たれた。
シュルルルルッ!!
「ロケット弾だ! 散開しろ!」
イギリス軍が開発したRP-3(60ポンド無反動ロケット弾)。航空機から撃ち出されるその兵器は、一撃が巡洋艦の主砲弾にも匹敵する威力を誇る。放たれた計32発のロケット弾が、日本軍のトラックの列と、護衛に随伴していた『四〇式中戦車 鎧』の周辺に次々と着弾した。
ズドガァァァァンッ!! 『鎧』の分厚い鋳造装甲すらも、60ポンドロケット弾の直撃には耐えられなかった。砲塔が吹き飛び、周囲のトラックが弾薬の誘爆によって次々と巨大な火柱へと変わる。さらにタイフーンは、引き起こしざまに主翼の20ミリ機関砲4門から猛烈な機銃掃射を浴びせ、日本の輜重部隊に多大な出血を強いて飛び去っていった。
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1943年9月20日 午前10時 ラーンチー上空
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イギリス空軍の果敢な対地空襲は、日本陸軍航空隊の逆鱗に完全に火をつけていた。
「これ以上、地上の旦那方に泥を舐めさせるな! イギリスの残党は、空から一機残らず掃除しろ!」
雲海の上から、葵航空工機(尾張徳川家)が生み出した「空飛ぶ重戦車」たちが、怒濤のエンジン音を轟かせて急降下を開始した。 2000馬力級の超大出力空冷発動機を搭載した四〇式戦闘機『荒鷲』24機と、さらにその上空から睨みを利かせる双発の四二式重戦闘機『剛鷲』12機である。
眼下の低空には、再び日本の地上部隊を狙って侵入してきたホーカー・タイフーンの編隊と、それを直掩するスピットファイアMk.V(熱帯仕様)の群れが飛んでいた。
「敵の護衛機は『剛鷲』が引き受ける! 『荒鷲』隊は下のロケット弾持ちを叩き落とせ!」
『剛鷲』の編隊長が無線で怒号を飛ばし、双発の巨体をスピットファイアの群れへと突っ込ませた。ロールス・ロイス・マーリンエンジンを積むスピットファイアは美しい旋回で背後を取ろうとするが、『剛鷲』のパイロットはそれを全く意に介さない。
ダダダダダッ! スピットファイアの7.7ミリ機銃が『剛鷲』の胴体を激しく叩くが、越前松平製の極厚防弾鋼板はそれを火花とともにすべて弾き返した。
「豆鉄砲が効くかよ! 陸軍の装甲を舐めるな!」
『剛鷲』は被弾を無視したまま強引に機首を巡らせ、機首に集中配置された大口径機関砲の火線をスピットファイアへ浴びせかけた。重防御と大馬力による「格闘戦の拒否」。それが帝国陸軍の制空ドクトリンである。美しい楕円翼を持つイギリスの傑作機は、装甲の暴力の前に次々と翼をへし折られて墜落していく。
その直下では、『荒鷲』の編隊がホーカー・タイフーンを追い詰めていた。低空での速度に優れるタイフーンだが、ロケット弾という重い枷を抱えた状態では、『荒鷲』の降下エネルギーを振り切ることはできない。
「貰ったァ!」
『荒鷲』から放たれた機関砲弾が、タイフーンの機首下にある巨大なラジエーターを正確に撃ち抜いた。水冷エンジンの急所を破壊されたタイフーンは、白煙とクーラント液を噴き出しながら、インドの赤土へと突っ込んで爆散した。
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1943年9月22日 午後2時 ラーンチー西方
日本軍最前線
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空の脅威を完全に払拭した日本の「双頭の陸軍」は、ラーンチー防衛線への総攻撃を開始した。だが、そこにはこれまでとは全く異なる、新しい「陸空連携(空陸統合戦)」の姿があった。
泥濘の塹壕の最前列で、伝習隊の観測班に属する若き少尉が、筑前・黒田精機製の『三二式六号野戦携帯無線機』の送受話器を握りしめ、空を見上げて絶叫していた。
「こちら地上観測班! 目標、前方の丘陵地帯に潜む敵対戦車砲座およびコンクリート陣地! 座標、フタ・マル・ヨン! 航空支援を要請する!」
黒田精機が真空管の耐久性を極限まで高めたこのポータブル無線機は、前線の激しい砲撃音の中でも、ノイズ一つなくクリアな音声を上空の友軍機へと届けていた。
『──上空支援隊、了解。これより目標を更地にする』
雲の切れ間から、相模航空廠が誇る「近接航空支援」のスペシャリストたちが、凄まじい爆音とともに急降下してきた。 四一式襲撃機『大鴉』12機の編隊である。機体の腹部とエンジン下部を越前松平製の極厚バスタブ装甲で囲ったこの異形の機体は、英軍陣地から撃ち上げられる対空機銃の弾幕をカンカンと弾き返しながら、目標上空へ到達。巨大な爆弾倉から、数十発の小型爆弾を一斉に雨霰とバラ撒いた。
ズガガガガガガッ!! 「面」として降り注いだ爆弾が、英印軍の塹壕と機関銃座を一瞬にして広範囲に耕し、文字通りの更地へと変える。
「まだだ! 奥のトーチカが生きている! 座標修正、フタ・マル・ロク!」
観測班の少尉が無線で叫ぶと、今度はその上空で旋回待機していた双発の怪物、四〇式双発襲撃機『雷鳥』6機が機首を下げた。 『雷鳥』の機首には、水戸徳川造兵工機が設計した「47ミリ対戦車速射砲」が剥き出しで搭載されている。伊勢・藤堂製作所の高度油圧緩衝器が発射反動を一瞬で吸収するため、空中にいながらにして戦車砲を連射できる「空飛ぶ戦車」である。
ドォン! ドォン! 上空数百メートルから撃ち下ろされた47ミリ徹甲弾が、分厚いコンクリートのトーチカの天蓋を正確にカチ割り、内部の弾薬を誘爆させた。イギリス軍が頼みにしていた遅滞防御の拠点が、空からの精密かつ暴力的な支援によって、ものの数十分で完全に沈黙したのである。
「前方の障害は完全に排除された! 行くぞ!」
その完璧な空からの掃討を見届けた地上部隊が、一斉に吶喊を開始した。 水戸徳川の『一五〇ミリ重加農砲』が支援砲撃を被せる中、越前松平製の『鎧』戦車が土煙を上げて突進し、その側面から財閥遊撃隊のトラックが敵の背後へと回り込む。
前線の歩兵からの無線誘導による「初歩的な空陸統合戦(近接航空支援=CAS)」。 これまでは別々に戦っていた陸軍の歩兵と航空隊が、黒田精機の通信機という「神経」によって完全に一つの有機体として連動し始めた瞬間であった。
ラーンチーの王冠へ続く泥道は、帝国陸軍の空と陸の完全な連携の前に、着実に、そして致命的な速度で踏み破られようとしていたのである。
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1943年10月31日 午後6時 インド中央部 ライプル近郊
英インド防衛軍・後方司令部
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ラーンチー高原の泥沼の攻防から、さらに1ヶ月半。 豊栄大日本帝国の「双頭の陸軍」が、血と泥にまみれながらも一歩一歩防衛線を踏み砕き、ついにチャッティースガル平原の要衝「ライプル」の眼前にまでその重厚な陣容を押し上げてきた。
英インド防衛軍総司令官、アーチボルド・ウェーヴェル大将の顔には、隠しきれない疲労と絶望の色が濃く滲んでいた。
「……ラーンチーの防衛線が完全に崩壊し、我が軍はライプルまで後退を余儀なくされました。日本軍は甚大な損害を出しながらも、前進を一度も停止していません。彼らの重砲と戦車は、我が軍の遅滞陣地を確実にすり潰してきます」
幕僚の報告に、ウェーヴェルは地図の上に置かれたチェスの駒を一つ、後方へと下げた。
「アメリカから届くM4戦車も、弾薬も、届いたそばから前線へ投入し、すべて消費している。我々はアメリカの生産力という巨大なポンプを直接繋がれているにもかかわらず、あの東洋の怪物たちを完全に押し留めることができていないのだ」
日本軍の強さは、単なる兵器の性能だけではない。重防御で正面を叩き割る「伝習隊の盾」と、速度で側背を突く「財閥遊撃隊の矛」を完璧に使い分けてくる。イギリス軍が陣地を固めれば伝習隊の重砲で吹き飛ばされ、退却しようとすれば財閥のトラック部隊が先回りして退路を塞ぐ。 遅滞防御で日本の国力を削っているつもりだったが、同時にイギリス軍の人的資源も、アメリカの物資も、恐るべき速度で灰燼に帰していた。
「このままのペースで彼らが血塗られた一歩を踏み出し続ければ……12月には、インドの中央交通の要衝『ナグプール』の東方100キロの最終防衛線まで到達するだろう」
ウェーヴェルは、机の上の書類を強く握りしめた。 カナダに逃れたチャーチル首相からは「いかなる犠牲を払ってもナグプールを死守せよ」との厳命が下っている。そこを抜かれれば、インド亜大陸は東西に分断され、大英帝国は真の死を迎える。
決着の日は、まだ見えない。ただ、夥しい屍の山だけが、ライプルからナグプールへと続く泥道に築き上げられていくのであった。




