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第32章 熱砂の快進撃と補給線の確立

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1943年7月20日 午前5時 北アフリカ・チュニジア南部

マレス防衛線 ドイツ・アフリカ軍団(DAK)前線司令部

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夜明け前の冷え切った砂漠の空気を震わせて、腹の底に響くような重低音が地響きを立てていた。


「……素晴らしい。これほど力強いマイバッハ・エンジンの咆哮を聞くのは、いつ以来だろうか」


「砂漠の狐」こと、エルヴィン・ロンメル元帥は、前線司令部の天幕を出て、朝靄の中に整然と並ぶ巨大な鋼鉄の群れを見つめながら恍惚と呟いた。 彼の眼前に広がるのは、ドイツ・アフリカ軍団(DAK)の誇る重装甲部隊であった。歴戦のIII号戦車、長砲身のIV号戦車、そして何よりも、圧倒的な火力と装甲を誇る56口径88ミリ砲を搭載した怪物、重戦車『ティーガーI』の群れである。


数週間前まで、ロンメルの軍団はチュニジアの砂漠で、一滴のガソリンと一発の砲弾を惜しみながら、アメリカ軍とイギリス軍にじわじわと包囲され、干し殺されようとしていた。 しかし、地中海における連合軍の「ハスキー作戦(シチリア上陸)」を巡る大規模な艦隊決戦が勃発し、制海権の争いが痛み分けに終わった数日間の「黄金の隙」を突き、イタリア本土からの大規模な補給船団がビゼルトやチュニスの港への強行突破に成功したのだ。


満載された弾薬、そして何よりも貴重な航空ガソリンとディーゼル燃料。 血液を失いかけていたアフリカ軍団は、この奇跡的な補給によって完全に息を吹き返していた。


「元帥閣下。第15装甲師団、第21装甲師団、ならびにイタリア軍『アリエテ』機甲師団、全車両への燃料と弾薬の補給、完了いたしました」


参謀長のフリッツ・バイエルライン少将が、興奮を抑えきれない様子で報告する。


「連合軍は、ハスキー作戦後の混乱で足並みが完全に乱れている。さらに我々の背後(東側)にいるイギリス第8軍も、シチリア海戦の窮地を救うために地中海艦隊の主力艦を引き抜かれ、海岸線の防備に決定的な隙ができている」


ロンメルの目が、砂漠の狼のように鋭く光った。

「今こそ、狩りの時間だ。全軍、機首を東へ反転させろ。我々はチュニジアでの防衛戦を打ち切り、これよりリビア方面への大反攻へと移行する。目標は英第8軍の粉砕、そしてリビアの首都『トリポリ』の奪還だ!」


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1943年7月25日 地中海・マルタ島 上空

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ロンメルが熱砂の大地で東進を開始したのと同じ頃、地中海の上空でも、枢軸軍によるもう一つの致命的な「楔の引き抜き」が行われていた。

イタリア半島と北アフリカの間に浮かぶ、大英帝国の不沈空母「マルタ島」。 これまでロンメルへの補給船団を幾度となく海の底へ沈めてきたこの厄介な英軍の拠点は、シチリア海戦の余波によって、絶対的な守護神であった英地中海艦隊の支援を失い、完全に孤立していた。


「地中海艦隊が傷ついてアレクサンドリアへ逃げ帰っている今が、マルタの息の根を止める最後の好機だ。一匹のネズミも生き残れないほどに爆撃しろ!」


ドイツ南方総軍司令官、アルベルト・ケッセルリンク元帥の厳命を受け、イタリア本土から飛び立った数百機のルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)のJu88爆撃機とJu87(スツーカ)急降下爆撃隊が、マルタ島のグランド・ハーバーと航空基地へと容赦ない鉄の雨を降らせた。

防空網をズタズタに引き裂かれたマルタ島へ向けて、イタリア軍の空挺部隊『フォルゴーレ』師団と、ドイツ軍の降下猟兵部隊がパラシュートで次々と舞い降りる。海空からの苛烈な立体攻撃の前に、弾薬の尽きかけたマルタ守備隊は数日の市街戦ののちに完全に沈黙した。


このマルタ島の無力化(事実上の制圧)によって、イタリア半島からチュニス、そしてトリポリへと至る地中海の補給ルート、通称「死の海廊」は、ついに枢軸国にとって安全な「命の動脈」へと姿を変えたのである。

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1943年7月30日 リビア西岸 沿岸道路

英第8軍 前線司令部

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「……マルタ島が陥落しました。さらに西からは、補給を完全に回復したロンメルの重装甲部隊が、時速数十キロの猛烈な速度で沿岸部を東進してきています!」


イギリス第8軍司令官、バーナード・モントゴメリー中将は、無線の報告を聞いてベレー帽を強く握りしめた。


「アレクサンドリアに帰還したカニンガム提督の地中海艦隊へ連絡しろ! すぐに主力戦艦を出港させ、沿岸道路を進んでくるドイツ軍の戦車部隊へ、15インチ砲の艦砲射撃による弾幕を浴びせるのだ! 海からの火力がなければ、海岸線の遅滞戦闘など不可能だ!」


モントゴメリーが怒鳴ったが、通信参謀の返答は絶望的なものだった。


「だ、ダメです将軍! アレクサンドリアの地中海艦隊は、シチリア沖海戦の損傷修理に追われています。さらに、ターラント軍港に引いたイタリア艦隊『リットリオ』ら無傷の水上打撃部隊が睨みを効かせているため、不用意に戦艦群を西へ派遣すれば、今度こそ艦隊が全滅する危険があると、カニンガム大将は出撃を拒否しています!」


モントゴメリーは息を呑んだ。 太平洋の日本軍を抑え込むために、アメリカが新鋭戦艦を地中海へ回せなかった。その穴埋めとして、シチリアの死闘へイギリス地中海艦隊の主力が引き抜かれた。その「バタフライ効果」が、今このアフリカの砂漠で、海岸線を防衛するための「艦砲射撃という最強の盾」を完全に奪い去っていたのだ。


「海からの支援なしで、補給を受けたティーガーの群れを受け止めろというのか……」


海岸線の防備は、艦砲射撃の支援があって初めて成立する。モントゴメリーは極めて冷静な現実主義者であった。ここで無理に戦線を維持しようとすれば、アフリカに展開するイギリス陸軍の主力が完全にすり潰される。


「……全軍、リビア西部トリポリタニアの放棄を命じる」


モントゴメリーは血を吐くような思いで決断を下した。


「ロンメルの補給線が伸びきるエジプト国境、エル・アラメインの防衛線まで、遅滞戦闘を行いながら全力で後退しろ。今は、耐えるしかない」


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1943年8月12日 午前10時 リビア首都 トリポリ

ドイツ・アフリカ軍団 入城式

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かつて北アフリカにおけるイタリア帝国の象徴であった白亜の都市、トリポリ。 その目抜き通りを、砂煙にまみれ、しかしたくましいマイバッハ・エンジンの重低音を響かせた重戦車『ティーガーI』の車列が、パレードのように堂々と進み入っていく。


沿道で歓声を上げるイタリア系市民や兵士たちを、指揮用ハノマーク装甲車の上から見下ろしながら、エルヴィン・ロンメル元帥は満足げに軍帽のツバに手を当てた。

シチリア沖での艦隊決戦から約半月。 ロンメルの軍団は、地中海艦隊の支援を失って後退する英軍を追い立て、チュニジアからリビア西岸を怒涛の勢いで突破し、ついにこのトリポリを奪還することに成功したのだ。


さらに、マルタ島が制圧された恩恵は計り知れなかった。 トリポリの港には、イタリア本土から出港したタンカーや弾薬輸送船が、イギリス軍の空爆や潜水艦に怯えることなく次々と入港を始めている。燃料と弾薬の山が、港の岸壁を埋め尽くしていく。


「元帥閣下。モントゴメリーの英第8軍は、リビア東部のベンガジすら放棄し、エジプト国境のエル・アラメインまで後退を続けています。我が方の補給線は、トリポリを拠点として完全に再構築されました」


参謀長のバイエルライン少将が、真新しい地図を広げながら報告した。


「よし。兵站が確保された以上、我々の進撃はもはや誰にも止められない」


ロンメルは、エジプトの地図の先──アレクサンドリア、そしてスエズ運河へと鋭い視線を走らせた。

ターラント軍港の独伊合同艦隊と、アレクサンドリアの英地中海艦隊は、今も地中海東部で互いの出方を窺い、緊迫した睨み合いを続けている。イギリス軍は海からの攻撃力を失い、エジプト国境に引き籠もるしかない。


「次の目標はエル・アラメインの防衛線、そしてスエズの突破だ。その先には中東の油田が広がり、アラビア海を抜ければ…インドを攻略中の東洋の同盟国がいる」


ロンメルの瞳には、戦術的な勝利を超えた、壮大な地政学的ビジョンが燃え盛っていた。


「ユーラシアの西を我々枢軸が制し、東を日本が制する。我々がスエズを突破し、日本軍がインド洋から打通して両者が物理的に手を取った瞬間、米英の海上包囲網シーパワーは完全に崩壊するのだ」


熱砂の狂撃は、ついに兵站という最強の武器を手に入れ、大英帝国のアフリカ・中東における支配を根底から崩壊させるための、確実で冷徹な歩みを進め始めた。

そしてこの「ユーラシア打通」の悪夢は、ハスキー作戦を頓挫させられたワシントンのホワイトハウスに、いよいよ焦燥と、太平洋での狂気的な血の決断を突きつけることになるのである。

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