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第31章 暁の死闘と繋がった鎖

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1943年7月12日 午前3時40分 地中海中部

シチリア南方沖合・艦隊決戦

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漆黒の地中海で火蓋が切られた巨艦同士の殴り合いは、序盤、事前の戦力予想を裏切る劇的な展開を見せていた。 総数34隻を誇る枢軸大艦隊の猛威を真っ向から受け止めたのは、イギリス亡命艦隊が誇る圧倒的な「砲術の技量」と「熟練の意地」であった。


初弾夾叉きょうさ! 次弾、効力射撃用意!」


イギリス戦艦『ネルソン』の射撃指揮所では、アメリカから提供された最新のレーダー管制と、大英帝国が数世紀にわたって培ってきた熟練の光学測距儀の技術が完璧に連動し、暗闇の中を時速30ノットで疾走するイタリア戦艦『リットリオ』の未来位置をミリ単位で割り出していた。


ドゴォォォンッ!!


『ネルソン』の前甲板に集中配置された9門の16インチ(40.6センチ)砲が火を噴いた直後、『リットリオ』の艦首付近に巨大な水柱と火柱が突き立った。


「第一砲塔群、被弾! 前部水線下に破孔! 浸水始まります!」


イタリア艦隊旗艦『リットリオ』の羅針艦橋で、通信士が悲鳴を上げた。 ベルガミーニ提督は、艦橋の窓ガラスを打ち据える爆風に身を屈めながら、奥歯を強く噛み締めた。


「イギリス海軍の練度……これほどまでとは。我が方の速度と波浪を完全に計算しきっている」


大英帝国王立海軍ロイヤル・ネイビーの誇りは、本国を失いスコットランドへと追いやられてもなお、微塵も錆びついてはいなかった。旧式艦である『ネルソン』や『ロドネー』、そして第一次大戦の老兵『ウォースパイト』までもが、暗闇の中で吸い込まれるような正確な15インチ、16インチの徹甲弾を独伊の最新鋭戦艦へ叩き込み続けていたのである。


さらに、艦列の後方では、同胞同士の凄惨な撃ち合いが頂点に達しようとしていた。


「カサブランカの港で大破着底した兄弟艦『ジャン・バール』の無念……ここで晴らす! 祖国を売り渡したナチスの犬どもめ、自由フランスの意地を見せてやれ!」


戦艦『リシュリュー』のオーボワ艦長が、血走った眼で絶叫する。 『リシュリュー』の38センチ四連装砲から放たれた徹甲弾が、ドイツの軍艦旗を掲げる鹵獲フランス戦艦『ストラスブール』の上部構造物を容赦なく引き裂き、指揮所ごと吹き飛ばした。炎上する『ストラスブール』の姿に、連合軍の護衛艦隊は間違いなく序盤の主導権を握りつつあった。


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同日 午前4時30分

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だが、大口径砲の撃ち合いが1時間を超え、戦場が硝煙と無数の水柱で覆い尽くされていくにつれ、両艦隊の間に存在する「覆しがたい物理的な戦力差」が、残酷なまでにその牙を剥き始めた。


「……敵艦隊、回避行動が遅れています! 被弾による浸水と機関の老朽化で、最大速力20ノットを割り込みました!」


ドイツ海軍地中海派遣艦隊旗艦、高速戦艦『シャルンホルスト』の艦橋で、リュッチェンス提督が冷徹な笑みを浮かべた。


「技量だけで埋められる差ではないのだよ。全艦、速度を30ノットへ上げろ。鈍足のイギリス戦艦を包囲し、丁字(T字)戦法で一気に息の根を止める!」


リュッチェンスの号令とベルガミーニ提督の連携により、独伊の最新鋭艦隊は圧倒的な機動力を発揮し始めた。 足の遅い『ネルソン』や『ロドネー』は、自らの被弾を避けるための機動運動すらままならず、逆に機敏に回り込んでくる『リットリオ』『ローマ』『シャルンホルスト』からの集中砲火を十字砲火として浴びる形となった。


ズガァァァンッ!!


『ネルソン』の第2主砲塔に、イタリアの15インチ徹甲弾が直撃した。装甲をブチ抜かれた砲塔が沈黙し、黒煙が艦橋を包み込む。


「被害拡大! 護衛の巡洋艦隊も分断されました!」


カニンガム提督の顔が、絶望の影に覆われた。この地中海戦線には、アメリカの「新鋭戦艦」の姿は一隻も存在しなかった。 ルーズベルトは、数ヶ月前のモロッコ上陸(トーチ作戦)にこそ新鋭戦艦『マサチューセッツ』を投入していたが、上陸が完了するや否や「太平洋で日本軍(大和型戦艦群や機動艦隊)を抑え込むための戦力が決定的に不足している」として、ただちに大西洋から西海岸へと引き抜いてしまったのだ。 その代償が、今この地中海で最悪の形で支払われていた。空の防空戦ならば無敵を誇ったVT信管も、夜間の近距離水上戦においては全くの無力である。


枢軸艦隊の砲火が、ついに護衛の戦列をすり抜け、背後で待機していたLST(戦車揚陸艦)や輸送船団へと降り注ぎ始めた。巨大な火柱が次々と上がり、上陸を待っていたアメリカのM4シャーマン戦車や兵士たちが、鉄の棺桶ごと暗い地中海の底へと沈んでいく。


「くそったれ! ルーズベルトめ、俺たちを太平洋の割を食う生贄にしやがって!」


『ネルソン』の艦橋で、米軍のパットン中将が軍帽を床に叩きつけて吠えた。


「『マサチューセッツ』や『ノースカロライナ級』さえ残してくれていれば、こんなマカロニ野郎の艦隊などアウトレンジで沈めてやったものを!」


もはや、連合軍の敗色は濃厚であった。ベルガミーニ提督が『リットリオ』の艦橋で、とどめの全門斉射を命じようと右手を振り上げた、まさにその時である。


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同日 午前5時15分 同海域

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東の水平線が、夜明けの光で白く染まり始めた瞬間だった。


ドゴォォォォンッ!!


突如として、枢軸艦隊の右舷(東側)の暗闇から、巨大な15インチ徹甲弾の雨が降り注ぎ、ドイツ戦艦『グナイゼナウ』の舷側装甲を激しく打ち据えた。


「なんだと!? 東から新たな艦隊だと!?」


ベルガミーニ提督が驚愕して東の海原を睨みつける。

そこに姿を現したのは、傷ついた『ネルソン』の艦橋から見ていたカニンガム提督が、思わず男泣きに咽び泣くほどの威容であった。


「……間に合ったか! アレクサンドリアに配置していた、地中海艦隊だ!」


カニンガム大将が北アフリカのロンメル軍団を東から抑え込み、スエズ運河を死守するためにエジプトに配置していた「英地中海艦隊」。彼らは、ハスキー作戦の窮地を救うため、スエズ防衛の最低限の予備戦力だけを残し、夜を徹して全速力でシチリア沖へと駆けつけてきたのである。


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■ 英地中海艦隊・緊急来援部隊(エジプト・アレクサンドリアより進発)

※スエズ運河防衛の予備戦力を残し、抽出された精鋭部隊。


第1戦艦戦隊:近代化改修戦艦 ヴァリアント / クイーン・エリザベス

第1航空戦隊:正規航空母艦 フォーミダブル / イーグル

第15巡洋艦戦隊:軽巡洋艦 オライオン / エイジャックス / ダイドー / クレオパトラ / シリアス / ペネロピ

駆逐艦部隊:V・W級、A〜I級などの戦間期型駆逐艦群 計18隻


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「全主砲、放て! 本国を失おうとも、大英帝国の盾は砕けぬと教えてやれ!」


近代化改装を受けた戦艦『ヴァリアント』と『クイーン・エリザベス』の15インチ砲が火を噴き、枢軸艦隊の側腹に痛撃を与える。


だが、反撃はそれだけではなかった。


「提督! 今度は西の空……大西洋のジブラルタル方面から、巨大な航空機の大群が接近してきます!」


『リットリオ』の通信士が、裏返った声で絶叫した。


「西の空からだと……まさか!」


リュッチェンス提督が西の空を見上げた瞬間、雲の隙間から、まるで銀色のスズメバチの大群のような機影が、怒涛の勢いで降下してきた。

それは、合衆国の誇る空母『レンジャー』をはじめとする、米大西洋機動部隊(正規空母1隻、軽空母・護衛空母群数隻)の艦載機群であった。ルーズベルトは、新鋭戦艦こそ太平洋に引き抜いたものの、大西洋の防衛とトーチ作戦後の支援のために、空母戦力を遊弋させていたのである。


東からは英地中海艦隊の戦艦と空母『フォーミダブル』『イーグル』から発艦した雷撃隊が。 西からは米空母『レンジャー』から発艦したF6F戦闘機とTBFアベンジャー雷撃機が。


夜が明け、航空機が飛べる時間帯になった瞬間、東西から殺到した数百機の連合軍艦載機が、制空権を奪還すべく戦場へと襲いかかってきたのだ。


「全機、マカロニとナチスの水上艦を海の底へ叩き込め!」


アメリカ軍の雷撃隊が、海面すれすれから無数の魚雷を投下する。 夜間の砲撃戦で対空レーダーや高角砲を損傷していた枢軸艦隊に、アメリカの狂気的な航空火力と、イギリス増援艦隊の砲火を同時に防ぐ手立ては残されていなかった。


ドドォォォンッ!


『シャルンホルスト』の左舷にアベンジャーの魚雷が命中し、巨大な水柱が上がる。さらにイタリア重巡『ザラ』が急降下爆撃を受けて大火災を起こした。


「……ここまでか」


リュッチェンス提督は、燃え上がる自艦の甲板を見つめながら、血の滲むような声で撤退を決断した。


「夜が明けてしまえば、敵の航空機とVT信管の独壇場だ。これ以上の戦闘は艦隊の全滅を招く! ベルガミーニ提督に伝達! 煙幕を展開し、全艦、ターラントへ急速離脱せよ!」


圧倒的な水上打撃力で連合軍を追い詰めた枢軸艦隊であったが、イギリス海軍の不屈の増援と、アメリカの底知れぬ「空母の予備戦力」の前に、完全な勝利を目前にして後退を余儀なくされた。

空と海を血で染め上げた地中海艦隊決戦は、双方に甚大な被害を出し合う、凄惨な「痛み分け」の形で幕を閉じたのである。


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1943年7月14日 午後2時 シチリア沖合

連合軍司令部 / チュニジア前線

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海戦そのものは痛み分けに終わったが、その「結果」がもたらした戦略的な意味合いは、両陣営にとってあまりにも対照的であった。


「……ハスキー作戦(シチリア上陸)は、地中海の制海権が完全に我々のものとなるまで、一時待機(延期)とする」


大破した『ネルソン』の艦橋で、パットン中将は血を吐くような思いで命令を下した。 枢軸艦隊の突撃により、上陸に不可欠な数十隻のLST(戦車揚陸艦)と弾薬輸送船が海の底へ沈められてしまった。作戦のスケジュールは完全に崩壊し、アメリカ軍はいったん北アフリカの港湾まで後退して、兵站の再編成と艦隊の修理を行わざるを得なくなったのである。

そして、この連合軍の大混乱という「千載一遇の隙」を、ドイツの砂漠の狐は見逃さなかった。


「……見ろ。本国からの補給船団だ」


チュニジアの灼熱の砂漠。エルヴィン・ロンメル元帥は、双眼鏡越しにビゼルト港へ入港してくる数十隻の枢軸輸送船団の姿を確認し、歓喜に顔を歪めた。 地中海の制海権争いが膠着し、海上封鎖が緩んだ数日の間に、イタリア本土から弾薬と、何よりも貴重なガソリンを満載した輸送船団が、強行突破に成功したのだ。


「これで、ティーガーのエンジンが再び回る。連合軍がシチリア上陸でもたついている間に、我々は反転してエジプトを突破するぞ。……打通の夢は、まだ死んではいない!」


地中海は、アメリカの思い通りにはならない泥沼へと、再び強引に引き戻されたのであった。


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1943年7月18日 午前10時 帝都・東京

江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場

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地中海で繰り広げられた空と海の凄惨な死闘、そして連合軍のシチリア上陸の一時待機という事態は、地球の裏側にある江戸城の地下要塞で、冷徹なソロバンの数字として観測されていた。


「……報告の通りです。独伊の合同水上艦隊が夜戦で米英の護衛艦隊を圧倒し、シチリア上陸を一時的に頓挫させました。しかし夜明けとともに米英の空母部隊が来援し、結果は痛み分け。その隙を突き、ロンメルのアフリカ軍団への補給が成功しました。欧州戦線は、完全な膠着状態(泥沼)へと突入しました」


防諜局の小栗忠純からの報告に、水野忠徳は扇子を打ち鳴らして冷ややかに笑った。


「ルーズベルトがモロッコ上陸で使った最新鋭戦艦を、すぐさまこの太平洋の日本対策に引き抜いていたからこそ、旧式艦しか持たない護衛艦隊がドイツとイタリアに付け込まれたのだ。我が方の艦隊が太平洋で圧力をかけ続けている限り、ヨーロッパは永遠に泥沼のままだ」


水野の言葉に、評議場の執政閣たちは深く頷いた。大和型戦艦群と無数の機動艦隊がハワイ沖や南太平洋で金縛りを続けている事実が、地球の裏側のドイツの首の皮を繋いだという、世界総力戦の不気味なバタフライ効果であった。

しかし、評議場総裁たる徳川家正宰相の眼差しは、一切の楽観を許していなかった。


「水野殿、浮かれている場合ではない」


家正の低く重い声が、地下要塞の空気を一瞬で引き締めた。


「米軍の真の恐ろしさは、夜明けとともに大西洋から飛来したという、あの『空母群の予備戦力』だ。太平洋に主力を回しながらも、なお大西洋に数百機の艦載機を即座に投射できるだけの空母と護衛艦隊を隠し持っていた。奴らのマニュファクチャリングは、すでに我々の予測を超えて膨張し始めている」


家正宰相はゆっくりと立ち上がり、壁面を覆う太平洋の巨大な海図を睨みつけた。


「いずれ必ず、彼らはあの異常な数の戦車揚陸艦(LST)と、空を埋め尽くす艦載機をもって、我が国の絶対国防圏たる太平洋の島々へ襲いかかってくる。その時、海岸線での水際防衛に固執すれば、我が軍は艦砲射撃と航空爆撃の前に数時間で消し飛ぶだろう」


家正は、海図に記された「トラック諸島」「サイパン」「ペリリュー」、そして「硫黄島」といった南洋の島々を指揮棒で強く叩いた。


「これより、帝国陸軍の島嶼防衛ドクトリンを根本から転換させる。海岸線を放棄し、サンゴ礁や岩盤を深く掘り抜き、島全体を完全な『地下要塞』へと作り変えろ。水際で撃退するのではなく、島の内陸部で徹底的な出血・遅滞戦闘を強要し、アメリカの膨大な物量と人命を泥沼の底で削り取るのだ」


「地下要塞化、ですか……。しかし、それには膨大な工機と時間がかかります」


陸軍を統括する関係者が口を開きかけたが、家正はそれを冷酷に制した。


「時間は、ドイツとロンメルが地中海で血を流して稼いでくれている。奥州鉱業の携帯用動力削岩機を南洋の全守備隊へ緊急配備し、コンクリートと鉄で島を『死のハリネズミ』へと変貌させよ。……我々は、一島たりともアメリカに安値でくれてやるつもりはない」


地中海の暁の死闘がもたらした教訓は、遠く離れた豊栄大日本帝国に「さらなる防衛の狂気」を植え付けた。 世界総力戦は、あらゆる戦術と技術が交錯し、血の一滴までを搾り取る真の消耗戦へと、その醜悪な形を完全に現し始めていたのである。

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