第24章 巨人の鉄槌と血塗られた砂浜
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1943年3月15日 午前8時 米国ワシントンD.C.
ホワイトハウス 大統領執務室
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「──以上が、ソロモン海域における第61、第62、第64任務部隊の最終損害報告です」
合衆国海軍情報局(ONI)極東課長、アーサー・H・マッカラム中佐は、分厚いファイルを閉じ、オーバル・オフィスの重苦しい沈黙の中にその言葉を落とした。 その報告を横で聞いていたジョージ・C・マーシャル陸軍参謀総長も、苦渋に満ちた表情で葉巻を強く噛み締めている。
「ガダルカナルへの上陸を企図した我が方の輸送船団82隻は、日本の第一艦隊の40.6センチ(16インチ)を超える正体不明の艦砲射撃により全滅。海兵隊3万2,000名、M4シャーマン中戦車120両、LVT水陸両用車84両が海鳥の餌となりました。さらに、直衛の新鋭戦艦『サウスダコタ』が爆沈。空母『ワスプ』『ホーネット』『サラトガ』が雷爆撃により大破炎上。我々の反攻作戦の第一撃は、文字通り物理的にすり潰されました」
車椅子に深く身を沈めたフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、手元のコーヒーカップを見つめたまま、微かに唇を歪めた。 並の国家であれば、国が傾くほどの戦略的敗北である。しかし、ルーズベルトの顔には、絶望よりもむしろ、冷徹な計算機のような光が宿っていた。
「マーシャル将軍、マッカラム中佐。ジャップが職人技と極限の規格化を融合させた、恐るべき軍事国家であることは開戦前から承知の上だ。だが、先月8日の上下両院合同会議で、私が署名した宣戦布告の文書を思い出してくれたまえ。私はあの時、豊栄大日本帝国だけでなく、ナチス・ドイツに対する宣戦布告にも同時にサインをしている」
ルーズベルトは車椅子を進め、壁に掛けられた巨大な世界地図の「欧州」を指差した。
「東洋の怪物は、我々の領土には手を出さず、自らのブロック経済圏に引きこもる防衛戦に徹している。しかし、アドルフ・ヒトラーは違う。奴らはロンドンのザ・シティを軍靴で踏み躙り、大英帝国の中枢機能を完全に破壊した。このままヨーロッパ全土がナチスの牢獄として固定化されれば、大西洋の向こう岸は永遠に我々の敵となる。太平洋の泥沼に足をとられている暇はない。我々は、世界大戦の真の決着を『ユーラシア大陸の西側』でつける」
マーシャル将軍は、深く頷いた。これこそが、合衆国の冷徹なる「ヨーロッパ第一主義(ドイツ打倒優先)」の戦略であった。
「ロンドンが陥落し、イギリスという不沈空母を失った以上、我々アメリカ軍自らが血を流して、ユーラシア大陸に直接橋頭堡を築かねばなりません」
「その通りだ」
ルーズベルトは、北アフリカの沿岸を太い指で叩いた。
「目標は、親独のヴィシー・フランス政権が支配するモロッコ、およびアルジェリア。作戦名『トーチ(たいまつ)』。大西洋を直接横断し、我が合衆国の暴力的な大量生産の結晶を、アフリカの砂浜へ直接叩きつける。……ヒトラーの横腹に、デトロイトの鉄槌を振り下ろすのだ」
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1943年4月10日 未明 大西洋中央部
欧州・地中海方面派遣軍(トーチ作戦侵攻部隊)
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月明かりすら届かない漆黒の大西洋。 しかし、その波間を埋め尽くしていたのは、人類の海戦史において誰も見たことのない、異常なまでの「規格化された鉄の暴力」であった。
ヘンリー・K・ヒューイット中将率いる、アメリカ合衆国・欧州方面派遣軍。 攻撃輸送艦(APA)35隻、攻撃貨物輸送艦(AKA)28隻、そしてアメリカの造船所がこの上陸作戦のためだけに新規開発・暴力的速度で大量建造した戦車揚陸艦(LST)150隻と、歩兵揚陸艇(LCI)240隻。 その後方には、カイザー造船所が平均42日という狂気的なブロック工法で進水させた戦時標準船(リバティ船)400隻が、地平線の果てまでびっしりと黒い影を連ねている。
この1,000隻に迫る天文学的な大船団の足元に、ドイツ海軍潜水艦隊司令官・カール・デーニッツ提督が放ったUボートの群狼が牙を剥いた。
「雷跡接近! 右舷30度、距離1,500! 敵潜水艦です!」
護衛駆逐艦『バックレイ』の薄暗いソナー室で、ヘッドホンを押し当てていたジョン・D・ワトソン二等水兵が、ブラウン管の波形を見て悲鳴のような声を上げた。 彼の警告とほぼ同時に、リバティ船の1隻に、ドイツ海軍のVII型Uボート(U-552)艦長、ハンス・ディーター・モア少佐が放った魚雷が直撃した。積載していた105ミリ榴弾砲の弾薬に誘爆し、夜空を焦がす巨大な火柱が上がる。1万トンの貨物船が、真っ二つに折れて轟沈した。
「構うな! 止まれば他の船も標的になる! 全艦、そのまま前進を続けろ!」
旗艦の艦橋で、ヒューイット中将が下した命令は冷酷であった。 1隻の船が沈み、数百人の水兵と数十台の戦車が海の底へ消えたところで、アメリカのマニュファクチャリングにとっては「誤差」に過ぎなかった。アメリカは、1隻撃沈される間に工場から3隻のリバティ船と10台のシャーマン戦車を吐き出すことができるのだ。乗っている人間の命すら、巨大な帳簿の上の消耗品であった。
「敵潜水艦を深海で圧殺しろ! ヘッジホッグ、斉射!」
船団の周囲を固める250隻の護衛駆逐艦(DE)と、14隻の護衛空母群から発艦したTBFアベンジャー雷撃機が、漆黒の空から獲物を狩り立てる。
「ソノブイ(音響探知機)反応あり。あのドイツの猟犬どもをスクラップにしてやれ」
アベンジャー雷撃機の機長、チャールズ・E・ブラッドリー中尉は、操縦桿を蹴り込みながら爆弾倉の投下ボタンを押し込んだ。職人技で作られた精緻なモア少佐のUボートも、アメリカの無慈悲な「面による制圧(数百発の対潜爆雷)」の前には、ただすり潰される運命にしかなかった。深海で次々と圧壊音が響き、油と残骸が海面へ浮き上がる。
「デーニッツの狼どもは、我が国の『建造速度』という本当の暴力を知らないのだ」
ヒューイット中将は、双眼鏡越しにアフリカ大陸の海岸線──モロッコ・カサブランカの灯りを捉え、獰猛に笑った。
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同日 午前6時30分 モロッコ・カサブランカ沿岸
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夜明けとともに、カサブランカの沖合に星条旗を掲げた巨大な鉄の壁が姿を現した。
ヴィシー・フランス軍のエルヴェ・クラプィエ提督は、沿岸のエル・ハンク砲台からその光景を見下ろし、絶望に顔を青ざめさせた。
「なんだ、あの船の数は……! 海が、見えない!」
カサブランカ港内には、未完成のままフランス本国で拿捕された新鋭戦艦『ジャン・バール』が停泊していた。四連装38センチ(15インチ)主砲を前甲板に1基だけ備えたこの巨艦が、ヴィシー・フランス軍にとって唯一の希望であった。
「撃て! アメリカ軍を上陸させるな!」
『ジャン・バール』の砲術長、ピエール・ルニエ少佐の号令とともに、38センチ主砲が火を吹き、1トンの砲弾がアメリカ船団の只中へ水柱を上げる。沿岸の要塞砲台からも、一斉に反撃の火蓋が切られた。
しかし、その抵抗はわずか数分で無惨に粉砕されることとなる。
「目標、敵戦艦ジャン・バールおよび沿岸砲台。主砲、斉射」
沖合に陣取ったアメリカ新鋭戦艦『マサチューセッツ』の艦橋で、砲術長のアルバート・K・シンプソン中佐が冷徹に命令を下す。40.6センチ(16インチ)三連装砲3基、計9門の巨砲が一斉に唸りを上げた。
鼓膜を物理的に破壊する轟音とともに放たれた重量1.2トンの徹甲弾群が、放物線を描いてカサブランカ港へ降り注ぐ。『マサチューセッツ』から放たれた計45発の主砲弾のうち数発が、『ジャン・バール』の甲板と砲塔を正確に貫通。未完成のフランス戦艦は内部で大爆発を起こし、ルニエ少佐ら砲塔の乗員ごと一瞬にして沈黙した。
艦砲射撃によって沿岸の防御陣地が完全に更地と化す中、いよいよアメリカの「規格化された暴力」が砂浜へと乗り上げる。
「揚陸艦(LST)、全艦前進! 砂浜に直接乗り上げろ!」
150隻の戦車揚陸艦(LST)が、浅瀬の海水を蹴立てながら、そのままカサブランカの砂浜へと突進した。鋼鉄の艦底が砂を擦る凄まじい摩擦音が響き渡り、巨大な艦首の観音開きドア(バウ・ドア)が左右に開く。
それは、兵士が小舟に乗り換えて上陸するという従来の戦争の常識を覆す、完全な「工場の延長」であった。
「止まるな! そのまま海岸へ突っ込め!」
LSTの巨大なタラップ(道板)を一番乗りで駆け下りたのは、M4シャーマン中戦車の車長、ウィリアム・G・ガーナー軍曹であった。フォードの工場で電気溶接されたばかりの新品の戦車が、エンジンを咆哮させて次々と砂浜へと吐き出されていく。
「第3歩兵師団、前進! ヴィシーの連中を叩きのめせ!」
ガーナー軍曹の戦車の後ろ盾に隠れながら、分隊長のトーマス・A・カーペンター伍長がトンプソン短機関銃を片手に部下を怒鳴りつけた。 M3スチュアート軽戦車180両、そしてカーペンター伍長ら完全武装のアメリカ兵6万5,000名が、一切の混乱なく、マニュアル化された完璧な流れ作業によってアフリカの大地を踏み締めた。
空からはF6Fヘルキャット戦闘機が容赦ない機銃掃射の雨を降らせ、ヴィシー・フランス軍の抵抗は、この圧倒的な機械と人海戦術の波の前にわずか数時間で物理的に圧殺された。クラプィエ提督は、震える手で降伏文書にサインをするしかなかった。
合衆国の暴力的な大量生産の力が、ついにユーラシア・アフリカ大陸に直接の橋頭堡を築き上げた瞬間であった。
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1943年4月12日 午後3時 エジプト西部・エルアラメイン近郊
ドイツ・アフリカ軍団(DAK)前線司令部
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モロッコ・アルジェリアにおけるアメリカ軍上陸の報は、そこから数千キロ東、エジプトの砂漠でイギリス軍の残党を追い詰めていたドイツ・アフリカ軍団の司令部にも、暗号電報によってもたらされた。
「……アメリカ軍、カサブランカおよびオランに上陸。兵力6万5,000名、戦車約500両。ヴィシー・フランス軍は全面降伏したとのことです」
報告を読み上げたのは、アフリカ軍団の通信・情報参謀であるフリードリヒ・フォン・メレンティン少佐であった。その声は、砂漠の熱気とは無縁の冷や汗に濡れていた。
アフリカ軍団司令官、エルヴィン・ロンメル元帥は、埃まみれの軍服のまま、作戦机の地図を無言で睨みつけた。
彼の指揮下には、歴戦の第15、第21装甲師団を含む21万8,000名の兵員と、長砲身7.5センチ砲を積んだIV号戦車420両、さらには無敵のVI号戦車(ティーガーI)45両という強力な機甲戦力が揃っている。彼らはアレクサンドリアに立て籠もるイギリス地中海艦隊の残党を陸路からすり潰し、スエズ運河を強奪する寸前まで来ていた。
しかし、アメリカ軍のモロッコ上陸は、その輝かしい勝利の盤面を根底からひっくり返す最悪の「背後からの刺突」であった。
「……ルーズベルトめ。太平洋で日本の艦隊に叩き潰されたばかりだというのに、もうこちらの背後に6万の兵力と数百の戦車を送り込んできたというのか」
ロンメルは、手にした赤鉛筆をへし折った。
「閣下。アメリカのM4戦車の性能は我が軍のIV号戦車やティーガーの敵ではありません。しかし、彼らの生産速度は我々の補給線を遥かに凌駕しています。メレンティン少佐の分析によれば、彼らは戦車を『使い捨ての弾薬』と同じように運用するつもりのようです」
参謀長の言葉に、ロンメルは苦々しく頷いた。
「西からはアメリカの無尽蔵の機械化部隊。東からはスエズを死守するイギリスの残党。我々は、アフリカ大陸という巨大な砂漠の真ん中で、完全に挟み撃ちにされたわけだ」
無敵のティーガー戦車がいかに強力であろうと、無限に湧き出してくるアメリカのM4シャーマンの波と、上空を覆い尽くす連合軍の爆撃機をすべて撃ち落とすことは不可能である。 ロンメルは、自分たちが大西洋から押し寄せる「マニュファクチャリング・モンスター」と、血みどろの消耗戦という泥沼に引きずり込まれたことを、誰よりも早く悟っていた。
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1943年4月15日 午前10時 帝都・東京
江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場
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欧州とアフリカが新たな業火に包まれたという報告は、地球の裏側、帝都・東京の地下要塞にも精緻な防諜網を通じて届けられていた。
「ロンドン潜入任務を帯びていた外務防諜局・特務調役の鳥居忠道より、第一報が入っております。アメリカ軍が北アフリカ・モロッコに上陸。ヴィシー・フランス軍は降伏し、ロンメルのドイツ・アフリカ軍団は完全に背後を突かれました」
評議場の巨大な壁面地図の前に立ち、明瞭な声で報告を行ったのは、幕府最高臨戦評議場に仕える若き将校、永井信強大尉であった。 彼は、モロッコ沿岸に星条旗のマークが描かれた真新しい「巨大な赤い矢印」を配置した。
その報告を受け、幕府最高財務査定官・水野忠徳は、雛壇の席で愉しげに老い皺を歪めて笑った。
「ルーズベルトも思い切ったものだ。我が第一艦隊がハワイを金縛りにし、ガダルカナルで彼らの第一撃を粉砕したというのに、その出血を無視して大西洋を渡り、ヒトラーの喉元へ直接刃を突き立てるとはな」
水野の隣で、幕府特務・防諜総監の小栗忠純が、葉巻の紫煙を細く吐き出しながら応じた。
「アメリカの工業力は、我々の予想以上に狂気的です。永井大尉の防諜報告によれば、カイザー造船所では1万トン級のリバティ船が平均42日という速度で粗製濫造され、ドイツのUボートが沈める速度を完全に凌駕しています。彼らは兵器どころか、前線の兵士すら『消費財(部品)』として戦場へ投射し始めました」
「結構なことだ」
水野は、手元の扇子をパチンと鳴らした。
「人種至上主義と職人技の呪縛に酔いしれるドイツの精緻な戦車と、アメリカの暴力的な大量生産の戦車。この二つの巨人が、北アフリカの砂漠と地中海で果てしない殺し合いと資源の浪費を始めてくれた。我々にとっては、これ以上ない好都合な盤面だ」
水野の視線が、アフリカからスエズ運河を越え、さらに東──ユーラシア大陸の南腹に位置する巨大な亜大陸へと移動した。 評議場総裁にして永世宰相たる徳川家正もまた、眼鏡の奥の瞳に鋭い光を宿してその地図を見据えている。
「欧米の連中が西で泥沼の殴り合いをしている間に、我々は東の仕上げを完遂する。……標的は、インドだ」
シンガポールを陥落させた山下奉文率いる「双頭の鉄脚(伝習隊と財閥遊撃隊)」は、現在マレー半島で再編成を完了している。さらにインド洋のセイロン島やボンベイには、本国を失い、海を封鎖されて孤立したイギリス東洋艦隊の残党と、112隻の駆逐艦群が絶望的な防衛線を敷いている。
「イギリスの残党をこのまま放置すれば、いずれアメリカの支援を受けて息を吹き返す。完全に干上がらせ、ユーラシア大陸を物理的に分断する。そのためには、インド国内でくすぶる反英独立の火種──チャンドラ・ボースの自由インド仮政府を全面的に支援し、我が軍がビルマからインド国境(インパール方面)へと直接進撃する」
家正宰相はゆっくりと立ち上がり、地下要塞の重厚な天井を見上げた。
「アメリカとドイツには、思う存分血を流してもらおう。我々豊栄大日本帝国は、その隙にアジアのすべての鎖を断ち切り、完全なる絶対防衛圏を完成させる。……さあ、世界総力戦の第二幕、インド洋の最終決算を始めようではないか」
1943年春。 アメリカの巨大な鉄槌がアフリカの最前線の兵士たちをすり潰しながら振り下ろされたまさにその裏側で、諸侯連衡国家の冷徹な刃は、大英帝国最後の王冠の宝石──インド亜大陸へと向けられようとしていた。




