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第23章 巨人の覚醒と砕け散る津波(第二期 完)

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1943年2月8日 午前11時(東部標準時) 米国ワシントンD.C.

連邦議会議事堂 上下両院合同会議

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「議員諸君。我がアメリカ合衆国は今まさに、建国以来最大の危機──すなわち『自由と民主主義の完全なる窒息』という、見えない死の淵に立たされている」


フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の重々しい声が、議事堂のピンと張り詰めた空気を震わせた。 議場を埋め尽くす上下両院の議員たちの前には、冷徹な現実を突きつける巨大な世界地図が掲げられている。ルーズベルトは車椅子の上で背筋を伸ばし、人類の歴史上かつてない規模で書き換えられようとしている「国際情勢の現実」を、血を吐くような声で整理し始めた。


「東を見よ。ナチス・ドイツの狂気は欧州大陸を呑み込み、我々の旧き友である大英帝国の心臓、ロンドンを軍靴で完全に踏み躙った。大英帝国のウィンストン・チャーチル首相はカナダのオタワへと逃れ、亡命政府を樹立して辛うじて息を繋いでいる。一方、ソビエト連邦のヨシフ・スターリンは首都モスクワを失い、凍てつくウラル山脈の東側、シベリアの雪原で血みどろのパルチザン抵抗を続けている状態だ。……ユーラシア大陸は今や、アドルフ・ヒトラーが支配する巨大なファシズムの牢獄と化した」


議場に、重苦しい沈黙が広がる。しかし、大統領の演説はさらに絶望的な太平洋の現状へと移った。

「そして、西を見よ。豊栄大日本帝国という東洋の怪物は、法理と武力を不気味に使い分け、アジア・太平洋のすべての富を完全に強奪した。彼らはオランダ亡命政府から蘭印(オランダ領東インド)の石油利権を合法的割譲という名目で買い取り、マレー半島の英軍を蹂躙してシンガポールを陥落させた。さらに、パースからニューカレドニア、ニュージーランドに至る南半球の海を完全に封鎖し、米英が豊秋津島オーストラリアへ介入するためのルートを完璧に切断したのだ」


ルーズベルトは、演台を拳で激しく叩いた。


「我が国は現在、この二つの巨大な軍事独裁国家によって、大西洋と太平洋の両洋から完全に挟み撃ちにされている。確かに、豊栄大日本帝国は我が合衆国の領土に対して一発の銃弾も撃ち込んではいない。彼らは国際法を巧妙に盾にし、我々が介入する大義名分を与えずに南洋の新秩序を構築した」


大統領の目が、孤立主義(反戦)を唱え続けてきた議員たちを鋭く射抜く。


「だが、彼らが構築した米英に依存しない『ブロック経済』と、南洋に張り巡らせた鉄の鎖は、自由世界の喉元を真綿で絞め上げる『見えない絞首刑』である! このまま我々が中立法という名の檻に自らを縛り付け、孤立主義の殻に引きこもり続ければどうなるか。数年後には世界のすべての市場と資源を奪われ、我が国は大陸に閉じ込められたまま干上がって死を待つのみとなるのだ!」


議場が、ざわめきと熱気に包まれ始める。アメリカの資本家と議員たちは、領土への攻撃よりも「経済と市場の死」を何よりも恐れる生き物であった。ルーズベルトはその恐怖を完璧に煽り立てた。


「我々は、自衛という受動的な態度を永遠に捨て去らねばならない。世界の自由貿易と、合衆国の未来を守るため、自らその鎖を物理的に叩き切るのだ! 私は合衆国大統領として、豊栄大日本帝国およびナチス・ドイツに対する『宣戦布告』を議会に要求する。我々は民主主義の兵器廠として、今日この瞬間から、あの怪物どもの動脈を完全に切断する!」


割れんばかりの拍手と歓声が、議事堂を包み込んだ。 日本側からの攻撃を待たず、アメリカ合衆国が自らの生存と覇権のために牙を剥く。議会は圧倒的多数で宣戦布告案を可決し、ルーズベルト大統領が署名文書にサインを刻み込んだ。

この瞬間、合衆国という名の「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」が、正式に世界大戦の舞台へとその巨体を現したのである。


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1943年2月8日 午後3時(現地時間) ソロモン諸島 ガダルカナル島沖合 150浬

米国太平洋反攻軍(第61・第62任務部隊)

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ワシントンでの宣戦布告の議会承認と完全に同時刻。 ルーズベルト大統領が発した暗号指令「プラン・オレンジ(対日攻撃計画)・アクティブ」は、海底ケーブルと長波通信を通じて、すでにソロモン海域の目前まで進出していた巨大なアメリカ海軍の艦列へと瞬時に到達していた。


「ついに政治の茶番は終わった。これより我が合衆国海軍は、ジャップの急所たるソロモン諸島に対して、全面的な先制攻撃を開始する」


機動反攻艦隊(第61任務部隊)司令官、フランク・J・フレッチャー中将は、旗艦の正規空母『エンタープライズ』の艦橋で葉巻を噛みちぎりながら、海原を埋め尽くす星条旗の壁を見渡した。 そこにあるのは、日本海軍が職人技で組み上げた精緻な艦隊とは対極にある、アメリカの規格化された「暴力的な大量生産の結晶」であった。


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アメリカ合衆国 太平洋反攻軍(第61および第62任務部隊) 配置兵力

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■ 機動空母打撃群(第11・第16・第18任務群)

新鋭大型空母(エセックス級) 3隻:エセックス、コロンビア(CV-10)、イントレピッド

大型正規空母 3隻:エンタープライズ、サラトガ、ホーネット

新鋭軽空母(インディペンデンス級) 2隻:プリンストン、ベロー・ウッド


【機動空母群 搭載航空機 総計:594機】

F6Fヘルキャット戦闘機 288機

SBDドーントレス急降下爆撃機 162機

TBFアベンジャー雷撃機 144機


■ 直衛部隊(第64任務部隊)

新鋭戦艦 5隻:ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツ

重巡洋艦 8隻:サンフランシスコ、ソルトレイクシティ、ミネアポリス、ニューオーリンズ、ポートランド、アストリア、ヴィンセンス、クインシー

軽巡洋艦 6隻:アトランタ、サンフアン、サンディエゴ、ジュノー、ヘレナ、ボイシ

駆逐艦 36隻(フレッチャー級18隻、グリーブス級18隻)


■ 揚陸および輸送部隊(第62任務部隊)

攻撃輸送艦およびリバティ船 82隻

上陸侵攻部隊:アメリカ第1海兵師団 3万2,000名

揚陸支援装備:M4シャーマン中戦車 120両、LVT水陸両用車 84両、155ミリ榴弾砲 72門

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空母8隻、戦艦5隻、航空機594機、そして上陸兵力3万2,000名。 大英帝国がパース防衛のために捻出した戦力を遥かに凌駕するこの天文学的な質量が、日本の絶対防衛圏の突端、ガダルカナル島を物理的にすり潰すために牙を剥いた。


エセックス級をはじめとする新鋭空母群が、風上に舳先を向ける。


「敵のレーダー技術は侮れません。すでに我々の接近は、ガダルカナルに設置された日本軍の電波探知機に捉えられていると考えるべきです」


フレッチャー中将の傍らで、情報参謀が緊張した面持ちで報告した。


「構わん」


フレッチャーは冷徹に言い放った。


「我々の目的は奇襲ではない。この圧倒的な規格化された大量生産の兵器で、彼らがどれほど職人技で作った精緻な戦闘機を持っていようとも、正面から物理的にすり潰すことだ。全空母、F6Fヘルキャットの発艦準備。ガダルカナルの上空を完全に制圧しろ」


アメリカは知っていた。日本の航空機が精緻な手作りであり、一度消耗すれば補充に数ヶ月を要することを。 だからこそ彼らは、デトロイトの自動車工場でプレス加工と流れ作業によって1日に数十機単位で粗製濫造された、防弾性能だけに特化した『F6Fヘルキャット』288機を真っ先に投入し、日本の熟練パイロットたちとの間で「互いにすり減るだけの消耗戦」を強制しようとしていたのである。


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同日 午前6時30分 ソロモン諸島 ガダルカナル島 ルンガ岬

第四島嶼鎮撫兵団・防空指揮所

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「全周波数帯に巨大な反応! 敵機の大群です! 数、少なくとも500機以上! さらに沖合40浬から、巨大な水上艦艇の反応が多数接近中!」


ルンガ岬の地下深くに急造された防空指揮所で、筑前・黒田精機製の野戦電波探知機レーダーのブラウン管を睨んでいたオペレーターが絶叫した。


「なんだと!? ワシントンからの宣戦布告の通達はまだ来ていないぞ!」


第四島嶼鎮撫兵団を率いる黒田精機特務大尉は、血の気を失いながら計器に駆け寄った。 日本がマレーや蘭印を制圧した際、彼らは常に「自衛の宣戦布告」や「合法的な割譲条約」といった国際法理のステップを完璧に踏んでから軍事行動を起こしていた。しかし、目の前に迫るアメリカ軍は、法理も交渉の余地も一切かなぐり捨てて、いきなり全質量を叩きつける「純粋な暴力の先制攻撃」を仕掛けてきたのである。


「総員、第一種戦闘配置! 立花飛行機の『轟電』全48機、緊急発進スクランブル! トラック泊地の第一艦隊へ緊急入電! 敵の先制攻撃開始!」


けたたましいサイレンが、早朝のガダルカナルの密林に鳴り響く。 滑走路では、九州の職人たちが組み上げた四〇式局地戦闘機『轟電』48機が、大馬力エンジンを咆哮させて次々と空へ蹴り出されていった。

しかし、彼らが迎撃高度へ到達するよりも早く、アメリカの圧倒的な先制攻撃がガダルカナルの地表を火の海に変えた。


「敵戦艦群、発砲!」


沖合に姿を現した米新鋭戦艦『ノースカロライナ』『ワシントン』など5隻が、一斉に16インチ(40.6センチ)主砲の火を噴いた。 計45門の巨砲から放たれた重量1トンの砲弾群が、凄まじい飛翔音とともにルンガ岬の建設中の滑走路やレーダー施設に次々と降り注ぐ。奥州鉱業の動力削岩機で切り拓かれたばかりの珊瑚礁の岩盤が、根本から粉々に粉砕され、巻き上がった土砂と爆炎が天を突いた。


さらに上空からは、分厚い防弾鋼板を備えたF6Fヘルキャット戦闘機が、日本の対空陣地に対して容赦ない機銃掃射の雨を降らせる。それに続いて、SBDドーントレス急降下爆撃機162機が、滑走路の機能そのものを完全に消滅させるべく、1000ポンド爆弾を次々と投下していった。


「落とせ! 一機でも多く道連れにしろ!」


上空へ上がった『轟電』の編隊が、圧倒的な上昇力を活かしてF6Fの群れへと突入する。大口径機関砲が火を噴き、数機のアメリカ軍機が瞬時に火だるまとなって海へ墜ちていった。 しかし、アメリカ軍はその程度の損害など全く意に介さなかった。1機落とされれば、即座に3機が群がり、厚い防弾鋼板を盾にして日本の戦闘機を「数の暴力」で強引に押し潰していく。


「これが、合衆国の大量生産マニュファクチャリングの力だ! ジャップの飛行場を更地にしろ!」


ガダルカナル島の空と大地は、宣戦布告と同時に襲いかかったアメリカの純粋な「鉄の質量」によって、一瞬にして地獄の業火に包まれた。日本が法理と武力で構築した美しい南洋の秩序は、アメリカという巨人が振り下ろした、一切の容赦もない「鋼鉄の津波」によって、強引に叩き割られようとしていた。


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同日 午前7時15分 中部太平洋 トラック環礁

第一艦隊旗艦『大和』

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「──ガダルカナル島の第四島嶼鎮撫兵団より緊急入電! 敵機動部隊および戦艦群による猛烈な先制攻撃を受く! 敵航空機、約600機! 我、現在交戦中ナルモ、被害甚大!」


第一艦隊旗艦『大和』の巨大な作戦室に、通信参謀の絶叫が響き渡った。

作戦室の巨大なテーブルを囲んでいたのは、第一艦隊司令長官の松平保男大将、第三機動艦隊の山口多聞中将、そして新たに到着した第四機動艦隊の立花宗紀たちばな むねのり中将の3名であった。


「ルーズベルトめ、ついに中立の檻を自ら破り捨てたか」


松平保男大将は、海図の上のソロモン諸島を睨みつけ、静かに、しかし地鳴りのような声で呟いた。


「敵の狙いは、我々の迎撃機と相打ちになることによる消耗戦です。彼らの機体はプレス成形で大量生産された粗悪品ですが、防弾鋼板だけは分厚い。まともに付き合えば、こちらの機体の補充が間に合わなくなります」


松平大将の言葉に、立花宗紀中将が不敵な笑みを浮かべた。


「だからこそ、我々がいるのです、松平長官。我が第四機動艦隊が放つ132機の『烈風』は、和泉堺の商工組合が主導した『堺公差』によって、すべての部品がコンマ1ミリの狂いもなく規格化されています。エンジンが壊れようが翼が折れようが、予備部品をボルトで留めるだけで数時間で新品同様に蘇る。……大量生産の工業力を持っているのは、アメリカだけではありませんよ」


「頼もしいことだ」


山口多聞中将も、己の軍帽を深く被り直した。


「アメリカの艦隊は、戦艦5隻を空母の盾として前衛に配置している。ならば、我々が取るべき戦術はただ一つ。敵の戦闘機を無視し、あの空母8隻と輸送船82隻の土手っ腹に、962機の魚雷と爆弾の全質量を一瞬で叩き込む」


山口中将の決断に、作戦室の3人の司令長官は固く頷き合った。


「各艦隊へ通達!」


松平大将の重厚な号令が、大和の通信室を通じてトラック泊地の全艦艇へと一斉に響き渡った。


「これより第一艦隊は抜錨し、ソロモン海へ突入。敵戦艦部隊の迎撃および上陸部隊の粉砕に当たる! 第三、第四機動艦隊は直ちに出港、第一艦隊の上空を掩護しつつ、敵空母8隻を完全に撃滅せよ!」


「大和、前へ! 抜錨!」


46センチの主砲を空へ突き上げた6万4,000トンの巨城『大和』が、重低音の汽笛を鳴らし、巨大な波濤を蹴立ててトラックの水道を抜け始めた。 それに続き、『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』の4隻が、寸分の狂いもない単縦陣を形成して続く。さらにその左右を、山口の装甲空母『鳳凰』、立花の装甲空母『白鳳』をはじめとする15隻の空母群と、無数の巡洋艦、駆逐艦が埋め尽くしていく。


空母15隻、搭載機962機、戦艦13隻。 豊栄大日本帝国が誇る「三つの槍」が、アメリカの放った「断頭台の刃(第61任務部隊)」と真っ向から衝突するため、白波を引いてソロモンの海へと解き放たれた。


「全機、発艦用意! 目標、敵機動部隊! 1機たりともハワイへ帰すな!」


立花宗紀中将の咆哮とともに、第四機動艦隊の飛行甲板から、第一波となる『烈風』と『流星』の編隊が、鼓膜を裂くようなエンジン音を轟かせてソロモンの灼熱の空へと突き出されていった。


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同日 午前8時15分 ソロモン諸島・ガダルカナル島沖合 上空

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灼熱の太陽が照りつける南太平洋の空は、一瞬にして無数の黒い点と交錯する白煙、そして鼓膜を物理的に破壊し尽くすような凄まじい爆音の渦に支配された。


第四機動艦隊から放たれた第一波攻撃隊。『烈風』および『流星』からなる計180機の銀翼が、ソロモンの海峡へ殺到するアメリカ第61任務部隊の直掩防空網と、真正面から激突したのである。


「全機、突入! 敵の分厚い装甲ごと、大口径機関砲で叩き割れ!」


第四機動艦隊の制空隊を率いる『烈風』の編隊長が防喉マイク越しに咆哮を上げた。 岐州重工(織田家)が削り出した1500馬力級液冷発動機『水星』が、防長石油が精錬した100オクタンガソリンを爆発的に燃焼させ、超高速で敵の防空陣形へと突っ込んでいく。


彼らを迎え撃つのは、アメリカ合衆国の「マニュファクチャリング」の象徴たる、F6Fヘルキャット戦闘機の分厚い壁であった。 自動車工場でプレス成形された鋼板を流れ作業で溶接し、暴力的速度で粗製濫造されたこの機体には、精緻な空力設計は存在しない。あるのはただ、2000馬力級の巨大なエンジンと、パイロットを護る過剰なまでの防弾鋼板だけであった。


「ジャップの戦闘機だ! 散開しろ、機銃を浴びても構うな! 数の暴力で押し潰せ!」


『烈風』の主翼に搭載された20ミリ機関砲が火を噴き、F6Fの胴体を正確に打ち抜く。しかし、徹甲弾が分厚い防弾鋼板を叩き割り、エンジンから黒煙を吹かせても、ヘルキャットはすぐには墜ちない。火だるまになりながらも強引に機首を巡らせ、6門のブローニング12.7ミリ重機関銃による弾幕の雨を『烈風』へ向けてばら撒いてくるのだ。


「構うな、そのまま撃ち抜け! 防長化学の焼夷弾をタンクにねじ込め!」


『烈風』もまた、越前松平重工業製の強固な防弾鋼板と、細川ゴム工業製の防弾燃料タンクシールによって、強靭な生存性を付与されている。米軍の12.7ミリ機銃をカンカンと弾き返し、すれ違いざまに互いの機体を削り合う凄惨な消耗戦が、ソロモンの上空で繰り広げられた。


被弾して火を噴く機体が、日米双方から次々とエメラルドグリーンの海へと墜ちていく。 しかし、この過酷な消耗戦こそが、アメリカ軍が意図して仕掛けた冷徹な土俵であった。

第61任務部隊の旗艦、正規空母『エンタープライズ』の艦橋で、フレッチャー中将は、レーダーに映る無数の光点を見つめながら冷酷に笑った。


「見ろ、ジャップの戦闘機が我々のヘルキャットと刺し違えて次々と墜ちていく。奴らの機体は職人技で作られた精緻な芸術品だ。一度消耗すれば、補充には数ヶ月を要する。このまま出血を強いれば、明日の朝にはジャップの空母の甲板は空っぽになるだろう」


しかし、フレッチャー中将のその確信は、数時間後に届いた索敵機からの信じがたい報告によって、根本から打ち砕かれることになる。


「……第11任務群より緊急入電! 敵の第二波攻撃隊、接近中! 機数……約200機! 先ほど我々が撃退したはずの『烈風』の部隊が、再び完全に編隊を組み直して押し寄せてきます!」


「なんだと!? 馬鹿な、奴らの空母にあれだけの予備機を積むスペースはないはずだ!」


フレッチャー中将は、葉巻を落としそうになりながら怒鳴った。 アメリカ側の予測モデルは完全に破綻していた。彼らは知らなかったのだ。豊栄大日本帝国が、単なる「職人技の国」をとうに脱却し、アメリカとは全く異なるアプローチで極限の『規格化』と『大量生産』を達成しているという事実を。


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同日 午前11時 第四機動艦隊旗艦 装甲空母『白鳳』 飛行甲板

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「第一波、帰投! 機体に被弾多数! 第三エレベーターへ下ろせ!」


凄まじい着艦音とともに飛行甲板へ滑り込んできた『烈風』の機体には、F6Fの重機関銃によって無数の風穴が空き、主翼の半分が吹き飛んでいた。 アメリカの基準であれば、修理不能として即座に海へ投棄される状態である。しかし、アレスティング・ワイヤーが外れるや否や、待ち構えていた数十人の整備兵が群がり、機体を瞬く間に格納庫へと引き摺り下ろしていった。


「主翼ブロック、完全破損! 第四ロットの予備翼を持て! 尾翼のラダーも交換だ!」


格納庫に響き渡る整備長の声とともに、木箱から真新しい『烈風』の主翼が取り出される。 整備兵たちは、歪んだ古い翼のボルトを電動レンチで瞬時に外し、新しい翼をスライドさせてはめ込んだ。

ガチャン、と。 一切の引っ掛かりもなく、コンマ1ミリの隙間もなく、新しい翼が胴体へと完璧に接合された。


「接続完了! 機銃弾薬、ならびに燃料装填! 再出撃可能!」


これこそが、帝国兵站の影の支配者たる「和泉堺・鍛冶商工組合」が確立した、絶対的な共通規格──すなわち『堺公差さかいこうさ』の恐るべき威力であった。 帝国の兵器は、ネジのピッチ一本からスプリングの張力に至るまで、この堺公差によって厳格に数値化されている。この『ソロバン式コモン・プラットフォーム』により、第四機動艦隊の空母群は、被弾した機体をわずか数時間で「新品同様」に蘇らせ、信じがたい回転率でアメリカ軍の頭上へと第二波、第三波を叩きつけていたのである。


羅針艦橋からその凄まじい作業効率を見下ろしていた立花宗紀中将は、腕を組みながら冷ややかに笑った。


「ルーズベルトは、我が国のマニュファクチャリング(ものづくり)を甘く見すぎている。粗製濫造で使い捨てるアメリカの大量生産と、極限の規格化によって無限の再生を可能にした帝国の大量生産。……さあ、どちらの工業力が先に音を上げるか、見物だな」


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同日 午後1時30分 ソロモン海域

アメリカ第61任務部隊 上空

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第四機動艦隊の『烈風』が、再生を繰り返しながらアメリカの防空網に絶え間ない出血を強いているまさにその裏側で、いよいよ帝国の「真の牙」がアメリカ機動部隊の喉元へと到達した。

猛将・山口多聞中将率いる、第三機動艦隊である。


「第四機動艦隊の坊主どもが、見事に敵の直掩機をすり減らしてくれた。これより本命の刃を、敵空母の土手っ腹に突き立てる」


装甲空母『鳳凰』の艦橋で、山口中将は双眼鏡を力強く握りしめた。 雲海を割って姿を現したのは、『鳳凰』『瑞鶴』『真鶴』をはじめとする歴戦の空母群から放たれた、計296機にも及ぶ『流星』『彗星』『天山』の巨大な編隊であった。


「目標、敵正規空母群! 対空砲火を恐れるな! 突っ込め!」


『瑞鶴』飛行長の歴戦の少佐が命を下すと同時に、空を覆う銀翼の群れが、眼下の星条旗を掲げた大艦隊へと雪崩を打って襲いかかった。


アメリカ海軍も無策ではなかった。新鋭戦艦『サウスダコタ』『ノースカロライナ』をはじめとする護衛艦艇の群れが、ハリネズミのような対空砲火を上空へ向けて撃ち放つ。 特に、彼らが極秘裏に実戦投入した新兵器「VT信管(的近接信管)」を搭載した5インチ両用砲の弾幕は恐るべきものであった。目標に直撃せずとも、電波で機体を感知して至近距離で炸裂するこの砲弾は、突入してくる『天山』の編隊の幾つかを一瞬で火の玉へと変えた。


しかし、帝国の攻撃隊は戦闘のプロフェッショナルである。


「敵の対空砲火、指定高度で自動炸裂しています! 恐らく新型の近接信管です!」 「ならば、その信管が反応できない超低空から抉り込め!」


『天山』の雷撃隊は、波頭が主翼に触れんばかりの超低空へと高度を下げ、VT信管の電波が海面反射で無効化されるギリギリのラインを這うように肉薄した。 同時に、はるか高高度からは、空気抵抗を極限まで減らした『彗星』の編隊が、80度近い完全な垂直ダイブで急降下爆撃を敢行する。


「落ちろォッ!!」


『彗星』から投下された250キロ爆弾が、米正規空母『ワスプ』の飛行甲板を正確に貫通。毛利家(防長化学)が開発した新型高爆速火薬が艦の内部で大爆発を起こし、格納庫で出撃待ちをしていたF6Fと爆弾に次々と誘爆を引き起こした。凄まじい火柱が天を突き、『ワスプ』の巨体が海面から跳ね上がる。


さらに、超低空から肉薄した『天山』と『流星』の群れが、米大型空母『ホーネット』と『サラトガ』の両舷に向けて、二九式改航空魚雷を扇状に放った。 分厚い装甲網を突破した数本の魚雷が、白波を立てて土手っ腹に突き刺さる。防長化学の爆薬が艦底を無慈悲に引き裂き、アメリカが誇る巨大空母群は、次々と断末魔の呻きを上げてその巨体を傾かせていった。


「……信じられん。これが、東洋の猿のやることか……!」


旗艦『エンタープライズ』の艦橋で、フレッチャー中将は炎に包まれる僚艦を見つめ、言葉を失っていた。 アメリカの圧倒的な「量」は、帝国の極め抜かれた「規格化された質と練度」の前に、確実な死を迎えつつあった。

しかし、この凄惨な航空戦すらも、アメリカという国家を根底から絶望させる「地獄の序曲」に過ぎなかったのである。


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同日 午後5時45分 ソロモン諸島 ガダルカナル島・サボ島沖合アイアンボトム・サウンド

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夕闇が水平線を赤黒く染め上げる頃。 アメリカ軍のガダルカナル島上陸を支援するため、海峡の目前まで進出していた第62任務部隊(輸送船団)および第64任務部隊(艦砲射撃部隊)のレーダー員が、ブラウン管に現れた信じがたい「光点の群れ」に悲鳴を上げた。


「レーダーに巨大な反応! 艦影多数! 距離3万ヤード! デカい……! 先頭の艦影は、我々の新鋭戦艦を遥かに上回る規格外の質量です!」


「なんだと!? 敵の機動部隊は北の海域で我が空母群と交戦中のはずだ!」


第64任務部隊司令官のウィリス・A・リー少将が、戦艦『ワシントン』の艦橋で怒号を放つ。

その疑問に対する答えは、水平線の彼方から飛来した「1トンの鋼鉄の雨」という、最悪の物理的暴力によってもたらされた。


「キュイィィィィィィィンッ……!!」


空を切り裂くような巨大な飛翔音。それが何かを米軍の将兵が理解するよりも早く、重巡洋艦『アストリア』と『クインシー』の艦体そのものが、凄まじい爆発とともに文字通り「真っ二つ」に叩き割られ、海の底へと消滅した。


「敵艦隊、発砲! 砲弾の口径……測敵不能! 少なくとも16インチを遥かに超えています!」


夕闇の海を割って姿を現したのは、徳川幕府が誇る絶対決戦部隊──第一艦隊であった。

超弩級戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』、そして大和型5番艦『紀伊』。 基準排水量6万4,000トン。人類史上最大・最強を誇る46センチ(18インチ)三連装砲を各3基、計45門も戴くこの「動く鉄の山脈」たちが、寸分の狂いもない単縦陣を形成し、米軍の正面に立ちはだかったのである。


第一艦隊旗艦『大和』の巨大な作戦室。 司令長官・松平保男大将は、燃え盛る米巡洋艦の炎に照らされながら、静かに、しかし地鳴りのような声で命令を下した。


「山口や立花の坊主どもが、上空のハエをすべて掃除してくれた。これより我々は、ルーズベルトの放った鋼鉄の津波を、根本から物理的に叩き割る」


松平の鋭い視線の先には、アメリカが誇る新鋭戦艦『ワシントン』『サウスダコタ』『インディアナ』『マサチューセッツ』の4隻、そしてその後ろに連なる82隻の上陸輸送船団の姿があった。


「全艦、主砲左戦。目標、敵戦艦群ならびに輸送船団。水戸徳川の巨砲の真髄を、世界に刻み込め。……撃てェッ!!」


『大和』『武蔵』をはじめとする5隻の超弩級戦艦が、一斉に46センチ主砲の火を噴いた。 夜空を真昼のように照らす強烈な閃光。大気が悲鳴を上げ、海面が爆風で深く抉り取られる。

放たれた計45発の九一式徹甲弾は、3万ヤードの距離を完璧な弾道計算で飛翔し、アメリカ新鋭戦艦群の装甲へと雨霰と降り注いだ。


米戦艦『サウスダコタ』の16インチ砲弾に耐えるはずの強固なバイタルパート装甲も、水戸徳川造兵工機が削り出し、池田化学の遅延信管を搭載した46センチ砲弾の前には、ボール紙のように薄弱であった。 『サウスダコタ』の第三砲塔下部に直撃した徹甲弾は、何重もの装甲を易々と貫通し、弾薬庫の深部で大爆発を引き起こした。数十メートルの火柱が吹き上がり、3万5,000トンの巨体が瞬時に爆沈する。


「撃ち返せ! 敵の戦艦に全火力を集中しろ!」


リー少将の絶叫とともに、生き残った『ワシントン』『マサチューセッツ』が16インチ主砲による反撃の弾幕を張る。


無数の砲弾が『大和』や『武蔵』の舷側へと命中した。 しかし、島津家(西国重工)の技術の粋を集めた410ミリの極厚VH甲鈑は、米軍の16インチ砲弾をカンカンと火花を散らして弾き返し、その装甲に僅かな凹みを作るにとどまった。


「敵弾、命中! しかし装甲貫通せず! 本艦の戦闘能力に異常なし!」


報告を受けた松平大将は、表情一つ変えずに次なる標的を指し示した。


「敵戦艦は無力化した。次弾装填。目標、敵上陸輸送船団」


大和型5隻の巨砲が、今度は後方に控える82隻の攻撃輸送艦およびリバティ船へと向けられた。 飛び石作戦の第一歩として、ガダルカナルに上陸するはずだったアメリカ第1海兵師団3万2,000名を乗せた船団である。彼らが海岸に足をつけることは、永久に失われた。


46センチ砲の三式弾(対空・対地焼夷散弾)と徹甲榴弾が、無抵抗の輸送船団の中へ文字通り「巨大な死の雨」となって降り注ぐ。 M4シャーマン戦車を満載した輸送艦が真っ二つに裂け、弾薬を積んだリバティ船が連鎖的に誘爆を起こし、アイアンボトム・サウンドの海は、アメリカのマニュファクチャリングが生み出した鉄屑と炎で完全に埋め尽くされた。


「……撤退だ。これ以上の戦闘は、ただの虐殺だ……」


空母『エンタープライズ』の艦橋で、フレッチャー中将は屈辱に震えながら全軍撤退の命令を下した。

アメリカが圧倒的な工業力をもって投射した「飛び石作戦」の第一歩は、豊栄大日本帝国の「規格化された航空戦力」と「絶対的な巨砲の暴力」という二重軍備の前に、ガダルカナルの海岸に一歩も上陸することなく、文字通り物理的にすり潰され、粉砕されたのである。


人類史上最大の質量激突たる「ソロモン海戦」は、帝国の完璧な勝利をもって幕を閉じた。


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1943年2月12日 午前10時 帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場

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ソロモンの海でアメリカの大反攻部隊を粉砕したという歴史的勝利の報は、すぐに江戸城の地下要塞へと届けられた。

巨大な世界地図の前に立つ幕府最高財務査定官・水野忠徳は、ソロモン諸島に突き刺さっていたアメリカの「赤い矢印」を無造作に取り外し、静かにテーブルへ置いた。


「報告の通りです。山口と立花の機動部隊が敵空母群を大破・撃沈せしめ、松平の第一艦隊が敵上陸部隊を海上で完全に破砕。ガダルカナル島の防衛線は維持されました」


水野の報告に、評議場に居並ぶ幕府・親藩の重鎮たちは安堵の息を漏らした。 だが、評議場総裁にして永世宰相たる徳川家正の顔に、慢心や歓喜の甘さは微塵も存在しなかった。


「勝って当然だ。我々はあの海域に、帝国の戦力の大半を叩き込んだのだからな」


家正宰相は、パイプの紫煙をゆっくりと吐き出し、地図のアメリカ大陸を冷徹な目で見据えた。


「だが、この一戦でアメリカの息の根が止まったと錯覚してはならない。ルーズベルトは今頃、ホワイトハウスで怒りに震えながら、デトロイトの工場へ『失った倍の艦艇と航空機を造れ』と命じているはずだ。エセックス級空母数十隻、新型機数万機。……奴らの真の『マニュファクチャリング・モンスター』としての力が解放されるのは、これからだ」


その言葉に、幕府特務・防諜総監の小栗忠純が静かに同意した。


「宰相閣下の仰る通りです。さらに西のインドでは、我々が支援したチャンドラ・ボースが大規模な反乱を起こし、イギリスの息の根を止めようとしていますが、ヨーロッパではロンドンを占領したドイツが、いよいよ巨大な装甲師団の矛先を中東・アジア方面へと向け始めています。ナチスの狂気と、アメリカの無限の生産力。我々を待っているのは、勝利の美酒ではなく、真の『世界総力戦』という地獄です」


大英帝国の心臓を潰し、蘭印を呑み込み、ソロモンでアメリカの第一撃を粉砕した豊栄大日本帝国。 だが、その完璧な全盛期の玉座は、終わりの見えない血と鉄の果し合いの始まりに過ぎなかった。


「……構わん。降りかかる火の粉は、すべて払いのけるまでだ」


家正宰相がゆっくりと立ち上がり、江戸城の分厚い壁の向こう──広大な世界へと向けて、不敵な笑みを浮かべた。


「我々には、大和の巨砲があり、烈風の銀翼があり、多良加の油がある。ルーズベルトの生産力が勝つか、我々の規格化された連衡の剣が勝つか。……さあ、世界の新たな幕を開けようではないか」


1943年初春。 太平洋の波濤とユーラシアの泥濘を舞台に、四つの巨人が国家の生存のすべてを賭けて殴り合う「総力戦」の狂乱が、いよいよその真の姿を現そうとしていた。

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