第21章 巨大なる断頭台と梟雄の蠢動
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1942年11月下旬
米国ワシントンD.C. ペンタゴン(米国防総省) 地下戦略会議室
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ペンタゴンの地下深く、眩い蛍光灯に照らされた広大な戦略会議室の壁面には、巨大な太平洋の海図が掲げられていた。
そこには、豊栄大日本帝国がこの十ヶ月間で急速に膨張させた絶対防衛圏のラインが、忌々しい青色の太線で引かれている。
ハワイの真珠湾からハズバンド・キンメル大将を更迭し、新たに太平洋艦隊司令長官として全権を握ったチェスター・ニミッツ大将からの報告書を手にした海軍作戦部長、アーネスト・キング大将が、車椅子に深く身を沈めるフランクリン・ルーズベルト大統領へ向けて口を開いた。
「大統領。ヌードセン国家戦時生産本部長の尽力により、合衆国のマニュファクチャリングはついに臨界点に達しました。我々はこれより、エセックス級航空母艦群と無数の護衛艦艇、そして何万機という規格化されたF6Fヘルキャットを太平洋へ解き放ちます。しかし──」
キング大将は、指示棒の先端で海図の真ん中を鋭く叩いた。
「我々の目的は、トラファルガー海戦のように敵の主力艦隊──トラック泊地に引き上げた大和型戦艦群や、島津の装甲空母と真っ向から撃ち合い、これを全滅させることではありません。そんなヒロイックな艦隊決戦は、損耗が激しい上に時間がかかりすぎる。我々が投射する莫大な質量は、日本の『動脈』のみを的確に切り刻むために使われます」
傍らのジョージ・C・マーシャル陸軍参謀総長も深く頷き、言葉を継いだ。
「日本の最大の強みは、米英の資源に一滴も依存しない『完全なブロック経済』を構築している点にあります。彼らはオーストラリア(豊秋津島)の鉱山から鉄と石炭を掘り出し、タラカン(多良加)や蘭印の密林から原油とゴムを吸い上げている。しかし、それらの富はすべて『海の上』を通って日本本土の重工業地帯(工廠)へと運ばれなければ、兵器として完成しません」
マーシャルは、日本本土から南へ向けて伸びる二つの太いシーレーンを指示棒でなぞった。
「日本軍はこれを守るため、『海上護衛総隊』という専任部隊を編成しています[70]。一つは、オーストラリア東岸から本土へと向かう、鉄と石炭、ニッケルを運ぶ長大な東側の動脈である『第2海上護衛隊』。もう一つは、タラカンや蘭印から原油とゴムを運ぶ西側の太い動脈たる『第1海上護衛隊』です。……我々のアメリカ流の反撃は、この二つの動脈を南から順に、物理的に切断する『巨大なる断頭台』です」
キング大将が、その具体的なステップ、すなわち「飛び石作戦」の全容を解説し始めた。
「第一段階(ステップ1)。ハワイの地下情報室(HYPO)が電磁計算機によって弾き出した、日本の兵站の綻び……すなわちソロモン諸島の『ガダルカナル』を急襲します。この島を奪い、飛行場を構築することで、日本がニューカレドニアとニュージーランドに築いた外郭防衛線の背後に楔を打ち込みます。これにより、オーストラリアの英連邦租界への補給路再開の足がかりを掴みます」
キングの指示棒が、ソロモンからさらに西──ニューギニア島へとスライドした。
「第二段階(ステップ2)。ソロモンを抜けた我が軍は、ニューギニア島を攻略し、そこからソロンや東ティモール方面を封鎖します。これが意味することは一つ。オーストラリア(豊秋津島)から日本本土へと向かう『鉄の動脈(第2海上護衛隊)』の完全なる切断です。これさえ成し遂げれば、日本の重工業を支える伊達家(奥州鉱業)の鉄鉱石と石炭は本土に届かなくなり、彼らの造船所と戦車工場は完全にストップします[147]」
ルーズベルト大統領は、パイプを咥えたまま冷徹な目で海図を見つめていた。
鉄が止まれば、大和型も烈風も、新しいものは何一つ作れなくなる。
「そして最終段階(ステップ3)。オーストラリアを切り離した我が軍は、さらに北上し、フィリピン(呂宋)をダグラス・マッカーサーが攻略します。ルソン島と台湾周辺の海域・空域を我が軍が制圧した瞬間、日本の最後の、そして最大の動脈である『油のシーレーン(第1海上護衛隊)』は死を迎えます」
キング大将は、タラカン(多良加)から日本へ向かうルートに、赤鉛筆で大きなバツ印を書き込んだ。
「毛利家が支配するタラカンの100オクタンガソリンも、細川家の天然ゴムも、一滴たりとも日本本土へは届かなくなります。……これでチェックメイトです」
会議室に、凄まじい衝撃が走った。
マーシャル参謀総長が、静かに結論を口にする。
「本土と資源地帯を完全に切り離された日本は、兵器を作る鉄もなく、艦隊や航空機を動かす油も失います。彼らがどれほど無敵の戦艦や、職人技の精緻な戦闘機を無傷で温存していようとも、動けなければただの鉄の案山子です。我々は日本の本土に一歩も上陸することなく、また彼らの主力艦隊とまともに付き合うこともなく、彼らの国力を根底から『餓死(窒息死)』させ、無条件降伏のテーブルへと引き摺り出すのです」
これが、アイランド・ホッピングという陽気な名の裏に隠された、アメリカ合衆国の冷徹極まる大戦略の真の姿であった。
「素晴らしい」
ルーズベルト大統領は、パイプの煙を深く吐き出し、口元に氷のような笑みを浮かべた。
「東洋の怪物たちは、法理と武力を組み合わせて大英帝国の心臓を潰したと誇っている。だが、我々は法理などという小賢しい真似はしない。我々の規格化された圧倒的な『質量』による断頭台の刃で、彼らの血管を下から順番に物理的に叩き切るのだ」
ルーズベルトは机の上の万年筆を手に取り、『両洋大反攻展開・最終承認書』へと力強くサインを刻み込んだ。
ワシントンの地下深くで書き上げられたこの死刑執行のシナリオに従い、アメリカの莫大な生産力は、最初の標的たるソロモンの海へと「鋼鉄の津波」を叩きつけるための猛烈な回転を開始した。
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1942年12月上旬
ウラル山脈東部 エカテリンブルク臨時司令部 および シベリア平原
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世界が二つの大洋へと視線を向ける中、ユーラシア大陸の中心部では、凍てつくような冬将軍の中で凄惨な殺し合いが継続されていた。
前年11月、ナチス・ドイツの猛攻によって首都モスクワを完全に制圧されたソビエト連邦。国家の中枢を失い、組織的防衛が瓦解した赤軍であったが、彼らは決して降伏したわけではなかった。
ヨシフ・スターリンをはじめとする共産党指導部と数百万の残党は、凍てつくウラル山脈を越えて広大なシベリア平原へと逃れ、過酷な雪原の中でドイツ軍に対する執拗なパルチザン(遊撃)戦を展開していたのである。
エカテリンブルクの地下深くへ急造された臨時司令部で、スターリンはトレードマークの口髭を撫でながら、パイプの紫煙を深く吐き出していた。その黄色く濁った双眸には、首都を喪失した絶望など微塵もなく、ただ血に飢えた狂暴な熊のような冷徹な輝きだけが宿っている。
「ドイツの機械仕掛けの狼どもは、我が国の広大さを理解していない。モスクワなど、巨大な熊の鼻先にすぎん。鼻を噛まれただけで熊が死ぬとでも思っているのか」
スターリンは傍らの秘密警察(NKVD)の将校へ、氷のような声で命じた。
「逃亡兵は一人残らず射殺せよ。『一歩も退くな』。これはイデオロギーの問題ではない、我々が歴史に生き残るための絶対的な法則だ。シベリアの凍土に巨大な肉の防壁を築き、ドイツ兵の血が完全に凍りつくまで、我が赤軍の血を流し続けよ。奴らの戦車が雪と泥に沈むまで、我が方の兵士の屍を惜しみなく積め」
スターリンという梟雄は、決して諦めてはいなかった。
彼はモスクワ陥落の直前、数千もの軍需工場をすべて分解し、鉄道でウラル以東へと移転させるという異常な力技を完遂していた。今やシベリアの奥地では、零下数十度の劣悪な環境の中で、飢えと寒さに耐える労働者たちが、無骨だが雪と泥に滅法強い「T-34」中戦車を狂気的な速度で大量生産し、前線へと吐き出し続けていたのである。
シベリア平原の最前線。吹き荒れる猛吹雪の中、ボロボロの軍外套を纏った赤軍の政治将校が、凍りついた小銃を握りしめる兵士たちを前に血を吐くような声で鼓舞していた。
「同志諸君! モスクワはファシストの軍靴に踏みにじられたが、我々の祖国はこの無限の大地そのものだ! 冬の寒さは我々の味方だ。一歩も退くな!」
だが、彼らの前に立ちはだかるのは、イギリス本土を制圧して背後の憂いを完全に絶ち、全軍の矛先を再び東へと向け直したドイツ国防軍の精鋭装甲師団であった。
「撃て! スラヴの劣等民族どもを雪原ごと吹き飛ばせ!」
ドイツ軍のティーガー戦車が無限軌道の音を響かせ、容赦ない88ミリ主砲の砲火が雪原を真紅に染め上げる。ヒトラーの狂気は留まることを知らず、ウラルを越えてソ連の残党を完全に歴史から抹殺し、その先にある中東およびコーカサスの巨大な油田地帯を大ゲルマン帝国の新たな血液として確保すべく、恐るべき執念で東進を続けていた。
圧倒的な火力と装甲を誇るドイツ戦車に対し、ソ連兵たちは自らの肉体に爆薬を巻き付け、あるいは粗製乱造されたT-34の群れで文字通り「体当たり」を敢行して無限軌道を食い破ろうとする。
スターリンの非情な算盤とヒトラーの誇大妄想が激突するシベリアの雪原は、人類の流血の許容量を限界まで試す、終わりのない地獄の肉挽き機と化していた。
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同刻
タイ王国 バンコク 極秘会談場
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世界が流血の泥沼に沈む中、イギリスに残された反抗の拠点──「英領インド」を巡る暗闘もまた、見えない水面下で激しさを増していた。
バンコクの裏路地に設けられた幕府特務機関の隠れ家。
そこで日本茶を啜っていたのは、幕府特務・防諜総監である小栗忠純の密命を帯びた特務調役、鳥居忠道であった。
彼の対面に座っているのは、鋭い眼光と強い意志を秘めたインド人指導者、スバス・チャンドラ・ボースである。
ガンディーが提唱する「非暴力・不服従」といった生ぬるい幻想を冷笑し、「血を流さずして、いかにして大英帝国の強固な鎖を引きちぎれるというのか」と豪語する、インド独立運動におけるもう一人の梟雄。
彼はイギリスの官憲から幾度も投獄されながらも、その監視網をすり抜けてドイツへ渡り、そして今、東洋の新たな覇者たる日本と手を結ぶために極東へ飛んできた、純粋な闘争の化身であった。
「鳥居殿。大英帝国の心臓たるロンドンが陥落し、東洋最大の要塞シンガポールも貴国によって打ち砕かれた。……ついに、我々インド人民が立ち上がる『時』が来たのですね」
ボースは、丸眼鏡の奥の瞳に狂信的な炎を燃やしながら、鳥居をまっすぐに見据えた。
「イギリスは我々から二世紀にわたって富を収奪し、我々の誇りを奪い続けてきました。私は祖国の解放のためなら、ファシストだろうが帝国主義者だろうが、悪魔とでも手を結ぶ覚悟がある。日本軍が外からビルマ国境の門を叩き割るというのなら、私はインドの内側から二億の民を蜂起させ、大英帝国の心臓に毒刃を突き立ててみせよう」
鳥居は静かに頷き、机の上に分厚い目録を置いた。
「ええ。我が豊栄大日本帝国は、貴方の率いる『自由インド仮政府』および『インド国民軍(INA)』の創設を全面的に支援いたします。この目録にある通り、我が国の佐賀鍋島精密機械が製造した十万丁の『三八式機関短銃』、数千門の迫撃砲、そしてマレー戦線で鹵獲したイギリス軍の兵器と弾薬のすべてを、無償で貴軍へ提供いたします」
ボースは目録を手に取り、感極まったように目を閉じ、そして獰猛な笑みを浮かべた。
インドは二億の人口を抱えながらも、イギリスの過酷な植民地支配と非武装化政策によって、自らの手で独立を勝ち取る牙を奪われていた。しかし今、日本の特務機関から莫大な物理力が提供されようとしている。
「イギリスはチャーチル首相のもと、新大陸カナダへ亡命し、アメリカの支援を受けながらもインドを死守しようとしています。ボース閣下には、この武器を用いてインドの内部で最大の反乱を誘発していただきたい。大英帝国の残された手足を、完全に解体するために」
「承知した。イギリスの鎖は、我々インド人の血で断ち切ってみせる。進め、デリーへ!(チャロー・ディッリー)」
鳥居とボースが固く握手を交わした瞬間、二億の民を抱える英領インド帝国の内部に、歴史を転覆させるための巨大な時限爆弾のスイッチがセットされた。
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1942年12月中旬
英領インド帝国東部 アッサム州インパール
英連邦インド軍司令部
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「日本軍によるチャンドラ・ボースへの武器供与が確認された。インド国内の独立運動(暴動)は日増しに激化している。一刻の猶予もない」
英連邦インド軍総司令官、アーチボルド・ウェーヴェル大将は、湿気を帯びた熱帯の風が吹き込む司令部で、幕僚たちに厳しい顔で告げた。
カナダのオタワへ亡命したウィンストン・チャーチル首相からの命令はただ一つ、「いかなる犠牲を払ってでも、インドを死守せよ」であった。大英帝国にとって、二億の人的資源と中東への防波堤たるインドを失うことは、国家の完全なる死を意味する。
「アメリカのルーズベルト大統領から約束されたレンドリース物資の第一陣が、カルカッタの港に到着した。M4シャーマン戦車400両、P-51マスタング戦闘機200機、そして天文学的な量の弾薬だ」
ウェーヴェルは地図のビルマ(ミャンマー)国境──アラカン山脈とチンドウィン川が交差する険しいジャングル地帯を指差した。
「日本軍はマレーを制圧した勢いのまま、必ずこのビルマ国境を越えてインドへ侵攻してくる。我々はアメリカの兵器とインドの兵員を結集させ、このインパールからコヒマに至る国境地帯に、絶対に突破されない『鋼鉄の防衛線』を構築する。さらに、オード・ウィンゲート准将が率いる特殊部隊をジャングルの奥深くへ浸透させ、日本軍の補給線を徹底的に攪乱しろ」
アメリカの莫大な生産力に寄生してでも、大英帝国の血を繋ぐ。
不屈の老獅子チャーチルの執念は、アメリカの物量という新たな牙を得て、灼熱のインド・ビルマ国境に巨大な防波堤を築き上げつつあった。
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1942年12月下旬
帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場
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世界中で巨人と梟雄たちが新たな殺し合いの準備を進める中、豊栄大日本帝国の「脳髄」たる江戸城の地下要塞でも、次なる主戦場に向けた大掛かりな戦力再配置の決定が下されていた。
「マレーを平定した山下奉文と島津忠久の双頭の陸軍(伝習隊および遊撃隊)は、タイを経由してビルマ方面への進発を開始しました。同時に、多良加で補給を終えた小沢治三郎中将の『第二機動艦隊』をインド洋のさらに奥深く、ベンガル湾へと進出させ、英印軍の海上補給路を完全に粉砕します」
国家財務総監・水野忠徳が、評議場の巨大な世界地図に新たな青い矢印を書き込みながら報告した。
「うむ。内からはボースを焚きつけ、外からは山下と小沢の牙でインドを落とす。これでイギリスという国家は完全に息絶える。一気に押し潰せ」
徳川家正宰相が鷹揚に頷く。
だが、その傍らに立つ幕府特務・防諜総監の小栗忠純の顔には、勝利の確信よりも、見えない足音に対する底知れぬ警戒感が張り付いていた。
「宰相閣下。イギリスへの止めを刺すことは重要ですが……私が危惧しているのは、太平洋の東側です」
小栗は地図の反対側、ハワイから南太平洋にかけての広大な海域を指差した。
「筑前の黒田精機と、美濃の竹中数理演算所が運用する電磁傍受網から、極めて不気味な報告が上がってきました。先月から、アメリカ西海岸からハワイ、そしてフィジー方面へ向けて、米軍の『通信トラフィック(暗号通信量)』と『輸送船の航跡』が、異常なほどの増大を見せています」
小栗は竹中の電磁算盤が弾き出したパンチカードのデータ表を、机の上に広げた。
「我が国の防衛線の中で、唯一、補給の遅延と綻びが生じている場所……南太平洋のソロモン諸島、およびガダルカナル島。アメリカ軍は、ソロモン方面への攻略を企図してフィジーに天文学的な量の兵器と兵員を集中させつつあります。おそらく彼らは、我が国の無敵の艦隊と正面から戦うことを避け、外縁部の島々を一つずつ物理的にすり潰しながら、我が国の『シーレーン(動脈)』を南から順番に切断しにくるつもりです」
その報告に、評議場の空気が一瞬で凍りついた。
アメリカが企図する「飛び石作戦」の真の狙い──すなわち、豊秋津島の鉄と、多良加の油を日本本土から切り離し、帝国を兵糧攻めにして窒息死させるという『巨大なる断頭台』の意図に、帝国の脳髄がいち早く気づき始めた瞬間であった。
「……なるほど。無骨な力技に見えて、実にアメリカらしい冷徹で合理的なソロバンだ」
水野忠徳が眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「我が国がインドでイギリスの息の根を止めようとしているまさにその背後から、彼らは我々の首を断頭台の刃で切り落とそうとしているというわけか。ならば、こちらもその刃を力ずくで叩き割る準備をしておかねばならんな」
小栗が力強く頷く。
「すでに、山口多聞中将率いる『第三機動艦隊』を南太平洋のトラック・ラバウル方面へ急行させています。また、トラック泊地で休養中であった大和・武蔵を擁する『第一艦隊』にも、いざという時にはソロモン海域へ突入できるよう、出港準備を命じました」
大英帝国の心臓を潰し、蘭印を呑み込み、全盛期に君臨する豊栄大日本帝国。 しかし、その絶頂の玉座は、アメリカの圧倒的な生産力による「断頭台」の脅威と、インド死守に命を懸けるイギリスの執念、そしてソ連の雪原で不屈の抵抗を続けるスターリンの狂気によって、すでに大きく揺さぶられようとしていた。
ソロモンの灼熱の海で、してビルマの泥濘で。 人類史上未曾有の鉄と血が激突する第三幕へ向けて、帝国はいよいよ巨大な双頭の矛と盾を、二つの主戦場へと完全に配置し終えようとしていたのである。




