第100章 史上最大の海戦へ【第8期 完】
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1945年2月20日 午前4時00分(太平洋標準時)
アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンタクララバレー
海軍情報局・新地下情報センター(ステーション・ニューHYPO)
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果樹園が広がるカリフォルニアの長閑な風景──のちに世界の電子産業の中心地となるこの谷の地下数十メートルに極秘裏に構築された巨大なコンクリートの空間は、およそ数百台にも及ぶ巨大な機械群が放つ、耳を聾するような稼働音と暴力的な熱気に完全に支配されていた。
「……パンチ・カード(穿孔紙片)の入力、規定の束を完了! コンピュータ(真空管式電磁計算機)、稼働率100パーセントを維持しています!」
熱気でシャツを完全に肌に貼り付かせたオペレーターが、絶叫するように報告した。
ここは、かつてハワイ・オアフ島が日本の第一艦隊による艦砲射撃で物理的に解体される直前、チェスター・ニミッツ大将の決断によってアメリカ本土へと間一髪で脱出した暗号解読部隊の頭脳、ジョセフ・ロシュフォート大佐が西海岸の地下に再建した、新たな情報戦の絶対的ハブである。
彼らの眼前にそびえ立つのは、IBMのトーマス・J・ワトソン社長が国家の威信と莫大な資金を投じて組み上げた、数万本の真空管と無数の電磁リレーで構成された「世界初の電子頭脳」の群れであった。
「日本の『紫式部』の暗号文そのものは、未だに1文字たりともデコード(解読)できていない。しかし、そんなものはもうどうでもいいのだ」
ロシュフォート大佐は、赤いスモーキング・ジャケットの袖をまくり上げ、計算機から吐き出される印字用紙を血走った目で睨みつけた。
日本の暗号は、美濃国・竹中数理演算所の天才たちが構築した、文字の置換則が天文学的な速度で変動する完璧な論理暗号である。しかし、アメリカはこの機械の「暴力的な情報処理速度」によって、暗号を解くのではなく、太平洋全域を飛び交う電波の「発信源」「周波数」「通信頻度」といったメタデータを24時間休まずに統計解析し続けていた。
「出ました! マスタティシャン(主計算機)が、太平洋東部におけるジャップの艦隊軌道と質量を完全に弾き出しました!」
オペレーターが差し出した用紙を見た瞬間、ロシュフォートの顔からスッと血の気が引いた。
「……ジーザス(神よ)。これは単なる艦隊の規模ではない。『動く国家』そのものだ」
ロシュフォートは、震える手で海図に無数の赤いピンを突き立てた。
ハワイを越え、アメリカ合衆国本土・ウェスト・コースト(西海岸)の心臓部へ向けて一直線に進撃してくる日本の艦隊群。その通信トラフィックから算出された艦艇の数は、戦艦・空母群だけで数十隻、護衛艦や上陸用強襲揚陸艦の船団を含めれば、優に数百から千隻に迫る絶望的な物理的質量であった。
「奴ら、ハワイの防衛で留まる気など最初から毛頭なかったのだ。ジャップは本気で、このアメリカン・ホームランド(合衆国本土)の西海岸へ、あの化け物のような戦車と兵士たちを直接上陸させるつもりだ。……スプルーアンス提督の第5艦隊へ至急電を回せ! 敵はすでに、目と鼻の先まで迫っているぞ!」
人間の勘や職人技を完全に排除し、冷徹な「システムと確率論」によって戦争を支配しようとするアメリカのマニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)。その電子の頭脳は、太平洋の闇夜を切り裂いて迫る東洋の極限の刃を、一分の狂いもなく正確に捉えていた。
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同日 午前6時30分
太平洋東部 ハワイ〜西海岸中間海域
アメリカ合衆国海軍 第5艦隊
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夜明け前の太平洋。冷たい海風が吹き抜ける海原は、地平線の果てから果てまで、星条旗を掲げた黒々とした「鋼鉄の平原」によって完全に埋め尽くされていた。
「ロシュフォートのコンピュータ(計算機)からの警告通りだ。ジャップは、我が合衆国の心臓を直接抉り出しに来た」
合衆国海軍・第5艦隊司令官、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス大将は、旗艦である新鋭大型空母『タイコンデロガ』の艦橋から、双眼鏡越しに西の暗黒を冷徹に睨み据えた。
これまでアメリカ軍は、日本の職人技と極限の規格化が生み出す「質の暴力」の前に、ただ数を揃えただけの『F6Fヘルキャット』による単調な消耗戦を強いられてきた。
しかし、大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトが発動した国家総力戦体制は、単なる「数の暴力」の段階をとうに超え、史実を数年先取りする「究極の質と量の融合」をこの太平洋の最終防衛線に間に合わせていたのである。
「ジャップが次世代機を出してくるというのなら、我々はそれを頭から丸かじりにする『真の化け物』で迎撃するまでだ」
スプルーアンスの眼下、『タイコンデロガ』をはじめとする十数隻のエセックス級空母群の広大な飛行甲板に並んでいたのは、もはや不格好で鈍重なF6Fの姿ではなかった。
グラマン社がF6Fの「重くて丈夫」な思想から一転、2000馬力超のプラット・アンド・ホイットニー社製R-2800エンジンはそのままに、機体を極限まで小型・軽量化した「日本機キラー」。究極のレシプロ艦上戦闘機『F8F ベアキャット』の大編隊である。日本の『烈風』や新鋭『天風』を運動性能と上昇力で完全に凌駕し、格闘戦でも真っ向から日本のエースパイロットをねじ伏せるアメリカ版の芸術品が、デトロイトの工場から文字通り「絨毯のように」敷き詰められていた。
さらに、その横には、ダグラス社が生み出した次世代統合艦上攻撃機『AD-1 スカイレイダー』の重厚なシルエットが並ぶ。急降下爆撃と雷撃を単機でこなすこの恐るべき怪鳥は、単発機でありながらB-17四発重爆撃機に匹敵する3トン以上という異常な爆弾搭載量を持ち、無数のロケット弾を翼下にぶら下げていた。
そして、スプルーアンスの切り札は航空機だけではなかった。
「……第11任務群の『ミッドウェイ級』三隻から発光信号。射出機の圧力正常、全機発艦準備完了とのことです」
通信参謀の報告に、スプルーアンスは獰猛な笑みを浮かべた。
エセックス級すら過去のものとする、基準排水量4万5000トンを誇る合衆国海軍の次世代超大型装甲空母『ミッドウェイ』『フランクリン・D・ルーズベルト』『コーラル・シー』の三隻。分厚い飛行甲板装甲を持つこれらの絶対不沈空母が、数年単位で建造を前倒しされ、すでに前衛に配置されていたのである。
「素晴らしい。ジャップがジェット戦闘機を飛ばしてくるのなら、我々のアメリカン・ジェットで奴らを成層圏から叩き落とせ」
スプルーアンスの頭上を、耳を劈くような甲高いタービンの咆哮が切り裂いた。
日本のジェット機『焔風』の存在を察知したアメリカが、莫大な資金を投じて強引に実用化させた米軍初の単発ターボジェット戦闘機『ロッキード P-80 シューティングスター』の編隊である。時速900キロに迫る超音速の刃が、迎撃の傘として上空を旋回している。
さらに、艦隊の最前衛には、日本の大和型の巨砲に対抗するためだけに未完成のまま海へ蹴り出された超弩級戦艦『モンタナ級』5隻(『モンタナ』『オハイオ』『メイン』『ニューハンプシャー』『ルイジアナ』)が、計60門の16インチ(40.6センチ)砲を要塞のように連ねていた。装甲の溶接も荒く、内部の電気配線は剥き出しのままであるが、彼らはただ大砲を撃つためだけにそこへ浮かんでいた。
「我々はもう、ジャップの進化を指をくわえて見ているだけの三流国ではない。アメリカの工場が生み出したこの『究極の質と量』の津波で、ジャップの職人技を地形ごとすり潰す。……全艦、戦闘配置! 迎撃の陣形をとれ!」
スプルーアンス大将の号令とともに、アメリカの全生産力と次世代技術を結集した巨大な艦隊が、パシフィック(太平洋)の波濤を蹴立てて迎え撃つ態勢を完了させた。
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同日 午前7時00分
太平洋東部 ハワイ〜西海岸中間海域
豊栄大日本帝国 第一艦隊 旗艦 超大和型戦艦『駿河』
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西海岸の巨竜が、かつてないほどの鋭い牙を剥いていたまさにその時。
水平線の向こう側から、それを遥かに凌駕する「極限のキメラ」たちが、不気味なほどの重低音を響かせて進撃の歩を進めていた。
「……敵の大艦隊、前方に展開を完了した模様。筑前国・黒田精機製の広域電波探知機が、米軍の凄まじい電磁波の壁を完全に捉えております。敵空母群の中に、未知の4万トン級超大型艦の反応あり!」
豊栄大日本帝国・第一艦隊旗艦、第14号計画超弩級戦艦『駿河』の巨大な羅針艦橋で、通信参謀が静寂を破って報告した。
第一艦隊司令長官、松平 保男大将は、腕を深く組んだまま、朝陽に照らされて鈍く光る己の座乗艦の巨大な前甲板を見下ろした。
基準排水量8万トン。呉海軍工廠の奥底で極秘裏に産声を上げたこの艦の主砲塔には、水戸徳川造兵工機が極限の職人技で鍛え上げ、強引に据え付けられた人類の造船史の限界を突破した51センチ(20インチ)連装砲が3基6門、静かにそびえ立っている。
「アメリカの『大量生産』が、あのモンタナ級や新鋭のミッドウェイ級を前倒しで海へ押し出してきたか。だが、我が『駿河』と『美濃』の51センチ砲弾ならば、距離4万メートルの遥かなる射程外から、奴らの分厚い防郭ごと紙屑のように叩き割れる」
松平大将は、隣を並走する『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』の46センチ砲搭載戦艦群を一瞥し、冷徹な笑みを浮かべた。
しかし、この人類史上空前の米本土西海岸直接上陸作戦において、彼ら第一艦隊の巨砲群すらも、全体を構成する「一つの盾」に過ぎなかった。
「……空の陣容は、これ以上ないほど完璧な仕上がりだな」
松平の視線の先、艦隊の上空には、アメリカの『ミッドウェイ級』と真っ向から殴り合う、帝国海軍の新たな「絶対不沈空母」の威容があった。
島津重工が建造を急がせた第130号艦型、改鳳型超大型装甲空母『蒼鳳』『飛鳳』『天鳳』の三隻である。飛行甲板の装甲厚を極限まで増強したその「絶対不沈空母」の甲板から、佐賀精密機械製の超高圧油圧射出機によって次々と空へ蹴り出されているのは、プロペラを持たない流線型の怪物であった。
美濃の岐州重工が開発した双発ターボジェットエンジン搭載の四三式艦上噴進戦闘機『焔風』である。
さらにその後方には、重い魚雷と爆弾を抱えながらも高速で敵陣を切り裂く、岐州重工製の雷爆統合機『四三式艦上攻撃機 迅星』の大編隊が控えている。
そして、松平大将の背後には、アメリカから強奪した「誇り」を極限の規格で縫い合わせた、新編・第六機動艦隊の不気味な威容が広がっていた。
「角田の連中も、アメリカの船体を完全に自分たちの手足、いや……凶悪な『鷲』として手懐けているようだな」
第六機動艦隊司令長官、角田 覚治中将が座乗するのは、タラワ沖で無傷で鹵獲したアメリカのエセックス級空母群を、浅野港湾と藤堂製作所のドックで完全に『堺公差』の規格で大改装した異形の艦隊──『鷲型正規空母』の群れである。
アメリカの巨大な船体容積に、越前松平の重厚な装甲板を何重にも被せ、佐賀精密機械の超高圧油圧兵装を強引にねじ込んだその姿。本来の「大量生産の消耗品」としての哲学を完全に破壊され、日本の職人技という異質の血肉を混ぜ合わされたその姿は、まさに東洋の怪物が産み出した不気味な合成獣そのものであった。
1番艦『飛鷲』、2番艦『翔鷲』をはじめ、『蒼鷲』『猛鷲』『紅鷲』『白鷲』『黒鷲』『神鷲』の8隻の鷲型空母群の広大な飛行甲板からは、アメリカの船体を間借りしていることを微塵も感じさせないほどの滑らかさで、2500馬力の四二式艦上戦闘機『天風』の大編隊が次々と空へ解き放たれていた。
ルーズベルトへの究極の意趣返しとして、アメリカの国鳥の名を冠したこの艦隊こそが、太平洋の海に君臨する新たな死神であった。
さらに、彼らの頭上遥か高高度──高度1万メートルの極寒の成層圏では、アメリカ本土の巨大工場群を空から直接焼き払うための「空の殲滅兵器」が、白く美しい飛行機雲を引きながら進撃していた。
尾張徳川家・葵航空工機が開発した完全与圧キャビンを持つ四四式超重爆撃機『蒼鸛』。
そして、岐州重工設計・相模航空廠量産による、全幅65メートルを誇る六発の戦略爆撃機、四四式『試製富嶽』の約20機からなる大編隊である。
マイナス50度の外気から完全に守られた快適なキャビンの中で、搭乗員たちは防寒着も着ずに、アメリカの『B-29』と真っ向から激突し、西海岸を地形ごと更地へと変えるための投下スイッチを固く握りしめていた。
「我々がアメリカ艦隊をこの海で粉砕し、彼らの頭上の『富嶽』と『蒼鸛』が西海岸の工場地帯を更地へと変える。……そして、あの船団が西海岸の砂浜からデトロイトの喉元へ直接躍り出るのだ」
松平大将の視線の先、艦隊の最も安全な中央を航行しているのは、浅野港湾が数百隻規模で狂気的に量産した『第一号型 / 第百一号型高速強襲揚陸艦』の群れであった。
巨大な観音開きの艦首扉を持つその薄暗い腹の中には、アメリカ西海岸の砂浜へ直接躍り出るための、極限まで一新された帝国の次世代陸戦兵器が隙間なく詰め込まれている。
親藩・越前松平重工業製、重量45トン、前面120ミリ傾斜装甲と水戸徳川製の長砲身105ミリ砲を備え、1000馬力のV12空冷ディーゼルで駆動する『四四式主力戦車 剱』。
随伴するのは、伊達家傘下・上杉製作所製の『四四式半装軌兵員輸送車』。
そして、その車内で息を潜める数十万の財閥武装開拓陸戦隊(鎮撫兵団)の兵士たちの手には、佐賀精密機械と井伊銃器が共同開発した『四四式突撃自動小銃』と、青山火薬工機製の『四三式無反動噴進砲』が固く握りしめられていた。
アメリカがデトロイトから吐き出すM4シャーマンの数万両の波を、カリフォルニアの砂浜に上がった瞬間に完全に粉砕するための、文字通りの「完全一新」された質の暴力である。
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同日 午前8時00分
太平洋東部 両洋の激突
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「……敵艦隊、全艦主砲の指向を完了! 電波探知機の反応、極限まで増大!」
『駿河』の羅針艦橋で、黒河内中佐が絶叫する。
松平保男大将は、双眼鏡越しにアメリカのモンタナ級戦艦群と、地平線を埋め尽くすミッドウェイ級・エセックス級の群れを睨みつけ、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて右手を振り下ろした。
「アメリカの大量生産と次世代機が限界を超えるのが先か。我が帝国の質の暴力が、奴らの国家を物理的に焼き尽くすのが先か。……全艦、全砲門開け。この海を、ルーズベルトの鉄屑の墓標とせよ。撃てェッ!!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
『駿河』と『美濃』の51センチ連装砲が、大気を物理的に引き裂く凄まじい轟音とともに火を噴き、1トンを遥かに超える巨大な徹甲榴弾が、アメリカの未完成の化け物たるモンタナ級へ向けて放たれた。
同時に、スプルーアンス大将の乗る『タイコンデロガ』の命令を受け、アメリカのモンタナ級とアイオワ級の計100門近い16インチ砲が一斉に反撃の火線を上げる。
空では、音速に迫る米軍のジェット戦闘機『P-80シューティングスター』と日本の『焔風』が成層圏で火花を散らし、日本機キラーたる究極のレシプロ機『F8Fベアキャット』の群れが、日本の『天風』と互いの装甲と機動力を限界まで削り合う壮絶なドッグファイトが開始された。さらに、数トンもの爆弾を抱えた『AD-1スカイレイダー』が、VT信管の弾幕を掻き潜って『蒼鳳』や『飛鷲』へ向けて垂直降下を仕掛ける。
太平洋の東側において、日本の「51センチ砲とジェット機、そしてアメリカの象徴を奪った鷲型空母群」と、アメリカの「F8FやP-80といった究極の次世代機を擁する天文学的な大量生産艦隊」が、ついに対峙したのである。
どちらかの国家が完全に滅びるまで決して終わることのない、人類史上最大・最終の「総力海戦(絶対殲滅戦)」の火蓋が、今、圧倒的な熱狂と重苦しい轟音とともに切って落とされた。
【第八期 完】




