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第99章 両洋の決戦前夜

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1945年2月10日 午前7時00分(太平洋標準時)

アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンフランシスコ海軍基地

合衆国海軍・第5艦隊司令部

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どんよりと垂れ込めた冬の濃霧を鋭く切り裂くように、数万、いや数十万という数の電気溶接アーク・ウェルディングが放つ青白い閃光が、サンフランシスコ湾の広大な岸壁を不気味なほど真昼のように照らし出していた。


北太平洋から吹き付ける冷たく湿った海風には、焼けた鋼鉄と強烈なフラックスの臭気、溶剤のガス、そしてドックの奥底から漏れ出す重油の匂いが極めて濃密に混じり合い、この海軍基地に立つ者すべての肺腑を重く、そして息苦しく満たしている。


それは、もはや「造船」という職人の営みから発せられる匂いではなかった。未熟な女性工員や農夫たちを何万人も動員し、設計図通りに切り出された巨大な鉄のブロックをただ流れ作業で接合し続けるだけの、純粋で暴力的な「巨大工場の排気」そのものであった。


「……信じられるか。たった二ヶ月前まで、我々は太平洋パシフィックの島々を飛び石作戦アイランド・ホッピングで一つずつ確実に奪い返し、再び西へと進撃できると信じて疑わなかった。だが今や、我々が立っているこの西海岸ウェスト・コーストの砂浜こそが、合衆国最後の防衛線ディフェンス・ラインに成り下がってしまった」


合衆国海軍(USネイビー)・第5艦隊司令官のレイモンド・エイムズ・スプルーアンス大将は、司令部の分厚い防弾ガラスの窓から眼下に広がる異様な光景を見下ろし、血を吐くような、そして底知れぬ疲労と絶望を孕んだ重い吐息を漏らした。


彼の下に広がるサンフランシスコ湾の海面は、もはや波打つ「海」ではなく、幾何学的に整列した無機質な鋼鉄の巨大な平原と化していた。フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が発動した『国家総力戦体制ヌードセン・プラン』によって限界突破したアメリカ合衆国の大量生産マニュファクチャリングが、カイザー造船所をはじめとする西海岸の巨大ドック群から文字通り昼夜の別なく吐き出し続けた、無数の艦艇群である。


「嘆いている暇はないぞ、レイモンド」


スプルーアンスの背後で、ワシントンD.C.の国防総省ペンタゴンから直接西海岸の視察に訪れていた合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長、アーネスト・ジョゼフ・キング大将が、分厚いハバナ産の葉巻を強く噛みちぎりながら低い声で言った。その声には、冷徹な軍人としての響きの奥に、隠しきれない焦燥と煮えたぎるような怒りが滲んでいる。


「ロスアラモスの研究所が、ジャップの長距離奇襲爆撃によって地形ごと物理的に粉砕され、我々が絶対の切りアルティメット・カードとして頼みにしていた『神のニュークリア・ウェポン』の開発は、数年単位での後退を余儀なくされ完全に頓挫した。……もはや一発逆転の魔法は存在しない。我々は純粋な鋼鉄と血の『質量』だけで、このアメリカ本土ホームランドを、数千マイルの太平洋を渡ってやってくるジャップの怪物的な上陸部隊から死守しなければならないのだ」


キング大将の視線の先には、湾を埋め尽くすアメリカ海軍の最後の牙が、互いの舷側を擦り合わせんばかりの異常な密集度で並んでいた。


その中核を成すのは、基準排水量2万7100トンの新鋭大型空母(エセックス級)の群れである。『タイコンデロガ』『ランドルフ』『ハンコック』『ベニントン』『ボクサー』など、熟練の職人技を一切排除し、未熟な労働者でも組み立て可能なブロック工法によって、狂気的な速度で進水させられた空母群が、湾の入り口を塞ぐようにびっしりと並んでいる。


その広大な木張りの飛行甲板には、デトロイトの自動車工場から鉄道で直送されたばかりのグラマン社製『F6Fヘルキャット』戦闘機やヴォート社製『F4Uコルセア』、そしてカーチス社製『SB2Cヘルダイバー』急降下爆撃機が、翼を折りたたんだ状態で文字通り「絨毯のように」敷き詰められている。その総数は優に数千機に達し、パイロットたちの大半は飛行訓練を終えたばかりの若者たちであった。


さらにその後方には、新鋭高速戦艦(アイオワ級)の『アイオワ』『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』が、40.6センチ(16インチ)砲の砲身を西の水平線へ向けてそびえ立たせている。


だが、スプルーアンスとキングが見つめる真の「狂気」は、それだけではなかった。


「……見ろ。ジャップの『大和型』が誇る18インチの巨砲に対抗するためだけに、大統領が建造スケジュールを数年単位で強引に前倒しにし、未完成のまま海へ蹴り出した『真の化け物』たちを」


キング大将が顎でしゃくった先、サンフランシスコ湾の最も深い水域に、まるで巨大な人工の要塞島のように重々しく鎮座する5隻の超巨大戦艦のシルエットがあった。


基準排水量6万5000トン超。40.6センチ(16インチ)砲をなんと12門も搭載する、合衆国海軍の限界設計の結晶にして究極の恐竜──超弩級戦艦スーパー・ドレッドノート『モンタナ級』の5隻(『モンタナ』『オハイオ』『メイン』『ニューハンプシャー』『ルイジアナ』)である。


「装甲の溶接も荒く、内部の電気配線は剥き出しのままです。居住区の艤装も終わっておらず、何千人という水兵たちはハンモックを吊るす場所すらなく、冷たい鉄板の床で身を寄せ合って寝起きしています。機関の調整も不十分で、いざという時の損害復旧ダメージコントロール機能の一部にも深刻な欠陥が残っています。……ですが、あの5隻が放つ計60門の16インチ砲の飽和斉射ブロードサイドならば、ジャップの大和型や新型の超大和型と正面から殴り合い、刺し違えてでも相討ちに持ち込むことが可能です」


スプルーアンスは、双眼鏡越しにその巨大な主砲塔を睨みつけた。


本来であれば1945年後半以降にゆっくりと就役し、太平洋の覇権を確実にするはずだったこのモンタナ級は、日本の米本土・西海岸強襲という未曾有の国難を前に、文字通り「浮いて大砲が撃てる状態」になった瞬間に造船所のドックから乱暴に追い出されたのである。アメリカ合衆国は、国家の存亡を賭け、文字通り「造れる船はすべて海へ吐き出す」という狂気の総動員を行っていた。


軍港に隣接する広大な陸揚げヤードには、数千隻の戦車揚陸艦(LST)に積み込まれるのを待つアメリカ陸軍のM4シャーマン戦車が、地平線を埋め尽くすように整列している。


「ジャップは我々の西海岸ウェスト・コーストの工業地帯を直接焼き払い、合衆国の生産力そのものを根絶やしにするつもりだ。だが、アメリカの工場ファクトリーが産み出したこの数千隻の鋼鉄の津波をすべて海の底へ沈めない限り、彼らの戦車がカリフォルニアの砂浜に上がることは絶対にない」


キング大将は、窓ガラスに映る己の老いた顔を見つめ、獰猛な笑みを浮かべた。


太平洋パシフィックを完全に二分する、人類史上空前の艦隊決戦だ。ジャップに教えてやれ。アメリカ合衆国が自らのホームで戦う時、いかに法外で絶望的な物量を叩きつけるかをな」


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1945年2月15日 午後6時00分

太平洋東部海域 ハワイ・オアフ島 東方1000浬

豊栄大日本帝国 第一艦隊 旗艦 超大和型戦艦『駿河するが

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西半球の巨竜がカリフォルニアの沿岸で限界まで刃を溜め込んでいた頃。

ハワイ諸島を越え、アメリカ西海岸へと向かう太平洋東部の広大な海原は、水平線の果てから果てまで、すべてを黒く塗りつぶすほどの「豊栄大日本帝国の全質量」によって完全に支配されていた。


「……各機動艦隊、および後続の強襲揚陸船団の陣形維持、完璧です。美濃国の竹中数理演算所たけなかすうりえんざんじょが極秘裏に構築した『自動陣形統制算法アルゴリズム』に、コンマ一秒の狂いもありません」


豊栄大日本帝国・第一艦隊の旗艦、第14号計画超弩級戦艦『駿河』の巨大な羅針艦橋で、通信参謀が静寂を破って報告した。


第一艦隊司令長官、松平まつだいら 保男もりお大将は、これまでの長きにわたって自らの絶対的な座乗艦であった『大和』から、ついにこの呉海軍工廠で極秘裏に産声を上げた「次世代の怪物」へと旗艦を移していた。


基準排水量8万トン。その広大な前甲板に鎮座しているのは、人類の造船史における究極の物理的破壊力──水戸徳川造兵工機みととくがわぞうへいこうきが極限の職人技で鍛え上げ、呉のドックで強引に据え付けられた、51センチ(20インチ)連装砲3基6門である。


「アメリカのアイオワ級が束になろうとも、あるいは奴らが噂のモンタナ級を強引に未完成のまま海へ蹴り出してこようとも。……この『駿河』と『美濃』の51センチ砲弾ならば、距離4万メートルの遥かなる射程外アウトレンジから、奴らの分厚い防郭バイタルパートごと、まるで紙屑のように叩き割れる」


松平大将は、夕陽に鈍く光る巨大な砲身を見下ろし、深く、重い息を吐き出した。


『駿河』と『美濃』の周囲を鉄壁の陣形で固めるのは、かつての絶対抑止の盾であった『大和』『武蔵』『信濃』『甲斐』『紀伊』の46センチ砲搭載戦艦群である。合計7隻の超弩級戦艦が放つ殺意は、まさに「動く鉄の山脈」と呼ぶにふさわしい威容であった。彼らは、西海岸への上陸部隊を支援する無敵の盾であり、アメリカ艦隊を水際で粉砕する絶対的なハンマーである。


しかし、この人類史上空前の大遠征作戦において、第一艦隊の51センチ巨砲すらも、全体を構成する「一つの歯車」に過ぎなかった。


「……空の守りも盤石のようだな」


松平大将が空を見上げると、そこにはアメリカのエセックス級を遥かに凌駕する、帝国海軍の新たな「絶対不沈空母」の威容があった。


島津重工しまづじゅうこうが建造を急がせた第130号艦型、改鳳型超大型装甲空母『蒼鳳そうほう』『飛鳳ひほう』『天鳳てんほう』の三隻である。基準排水量6万トンを超え、飛行甲板の装甲厚をこれまでの大鳳型の倍である150ミリ以上に増強したその広大な甲板には、佐賀精密機械さがせいみつきかい製の『超高圧油圧射出機カタパルト』が複数基搭載されている。アメリカのいかなる急降下爆撃や特攻兵器の直撃にも耐えうる、真の「動く飛行場」だ。


そこから次々と発艦し、上空に隙間のない防空網エアカバーを形成しているのは、岐州重工きしゅうじゅうこうが開発を完了させた、プロペラを持たない次世代の怪物──双発ターボジェットエンジン搭載の四三式艦上噴進戦闘機『焔風えんぷう』と、2500馬力級エンジンの四二式艦上戦闘機『天風てんぷう』の巨大な編隊であった。甲高いジェットの咆哮と、二重反転プロペラが空気を切り裂く爆音が、太平洋の風を圧している。


「第一艦隊と蒼鳳を最前衛の盾とし、その後方には我が国の持つすべての航空火力が控えている」


松平大将の背後、太平洋の西側を埋め尽くすように追随しているのは、第二から第六に至る、豊栄大日本帝国が保有する『全機動艦隊』の空母群であった。計数十隻に及ぶ空母から放たれる数千機の大編隊。それは、アメリカ合衆国海軍のすべてを空から圧殺するための、文字通りの「完全なる全賭け(オールイン)」であった。


そして、その巨大な空母群と戦艦群の輪形陣の中央──最も安全な海域を、不気味なほどの重低音を響かせて進む黒い船団の群れがあった。


「……あれが、アメリカの心臓を抉り出すための『刃』か」


松平大将の視線の先には、瀬戸内海の芸州・浅野港湾あさのこうわんと伊勢の藤堂製作所とうどうせいさくしょが狂気的な速度で量産した『第一号型 / 第百一号型高速強襲揚陸艦』の群れが、数百隻規模でひしめき合っていた。


アメリカ軍の戦車揚陸艦(LST)の脅威を直接的に模倣し、巨大な観音開きの艦首扉バウ・ドアと油圧式の道板ランプを備えたその薄暗い腹の中には、アメリカ西海岸の砂浜へ直接躍り出るための、極限まで一新された帝国の次世代陸戦兵器が隙間なく詰め込まれている。


親藩・越前松平重工業えちぜんまつだいらじゅうこうぎょう製、重量45トンの極厚120ミリ傾斜装甲と長砲身105ミリ砲を備えた『四四式主力戦車 つるぎ』。1000馬力を叩き出す加賀・前田発動機まえだはつどうきのV12空冷ディーゼルが、艦の奥底でアイドリングの咆哮の時を待っている。

さらに、伊達家傘下・上杉製作所うえすぎせいさくしょ製の八輪駆動『四四式半装軌兵員輸送車ハーフトラック』。

そして、その車内で息を潜める数十万の財閥武装開拓陸戦隊(鎮撫兵団)の兵士たちの手には、佐賀精密機械と井伊銃器いいじゅうきが共同開発した『四四式突撃自動小銃』と、青山火薬工機あおやまかやくこうき製の『四三式無反動噴進砲バズーカ』が固く握りしめられていた。


アメリカがデトロイトから吐き出すM4シャーマンの数万両の波を、カリフォルニアの砂浜に上がった瞬間に完全に粉砕するための、絶対的な質の暴力である。


さらに、彼らの頭上遥か高高度──高度1万メートルの極寒の成層圏では、アメリカのB-29を狩り、西海岸の巨大工場群を空から直接焼き払うための「空の殲滅兵器」が、白く美しい飛行機雲を何本も引きながら進撃していた。


「……見えはしないが、頼もしい羽音だ」


松平大将は、はるか上空を見上げた。

そこを飛ぶのは、尾張徳川家・葵航空工機あおいこうくうこうきが威信をかけて開発した完全与圧キャビンを持つ四四式超重爆撃機『蒼鸛そうこう』と、美濃・岐州重工設計・相模航空廠さがみこうくうしょう量産による六発の怪物、四四式戦略爆撃機『試製富嶽ふがく』の約20機からなる大編隊である。

マイナス50度の外気から完全に守られた与圧キャビンの中で、搭乗員たちは防寒着も着ずに快適な室温のもと、爆弾倉に積まれた計20トンの焼夷弾と徹甲爆弾の投下スイッチを握りしめている。


「ルーズベルトの工場がどれほど戦車や飛行機を吐き出そうとも、我々の上陸部隊が砂浜に上がる前に、この『富嶽』と『蒼鸛』の圧倒的な爆弾の雨が、ロサンゼルスからサンフランシスコ、シアトルに至る西海岸の工業地帯を地形ごと更地へと変える」


松平大将は、冷徹な目で東の地平線──見えないアメリカ合衆国本土ホームランドの方角を睨み据えた。


「アメリカの大量生産マニュファクチャリングが限界を超えるのが先か。我が帝国の質の暴力が、奴らの工場を物理的に焼き尽くすのが先か。……もはや法理も計略も不要だ。これは、互いの国家の心臓を直接抉り出す、純粋な殺し合いである」


太平洋の海原は、波の音すらも消え去るような、絶対的な静寂と濃密な殺意に包まれていた。


東のカリフォルニアで、未完成のモンタナ級などの全質量を海へ吐き出し、限界まで牙を溜め込んだアメリカ合衆国。

西から、51センチ砲の超大和型、絶対不沈の改鳳型装甲空母、そして完全に一新された陸戦兵器という全質量を束ねて迫り来る豊栄大日本帝国。


日米両軍が互いの国家の存亡と歴史のすべてを賭け、数千マイルの太平洋を挟んで巨大な刃を交えようとする、人類史上最も息詰まる「両洋の決戦前夜」は、その臨界点のまま、夜明けの強襲の瞬間をただ静かに待ち受けていたのである。

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