第94章 火焔の目覚め
アメリカ合衆国の奥深く、ニューメキシコ州の荒涼たる砂漠地帯で秘密裏に胎動する『核分裂爆弾』という、都市を丸ごと蒸発させる絶対的な破壊兵器。
さらに、北方の成層圏から日本の絶対防衛圏を一方的に蹂躙し始めた、ボーイング社製・超重爆撃機『B-29 スーパーフォートレス』の圧倒的な高高度性能。
ルーズベルト大統領が放った「マニュファクチャリング・モンスター(大量生産の怪物)」は、いよいよこれまでの鉄と血の削り合いという旧来の戦争の常識を根本から破壊し、一つのボタンで国家を消滅させる神の領域へとその巨大な足を踏み入れようとしていた。
だが、この未曾有の絶望的脅威を電磁計算機の逆解析によっていち早く察知した豊栄大日本帝国の「脳髄」たちは、ただ防空壕の奥深くで怯えるような真似は決してしなかった。
「アメリカの『量』が神の火を生み出すというのなら、我々はその火が放たれる前に、次元を超越した『究極の質』をもって、奴らの頭上からその手首ごと切り落としてやるまでだ」
大英帝国を解体し、絶対的な全盛期に君臨する東洋の諸侯連衡国家は、迫り来るアメリカの巨大な質量と新兵器を真正面から物理的に粉砕すべく、極秘裏に開発を進めていた「次世代の魔物たち」の封印を、ついに完全なる実戦配備の段階へと強引に引き上げたのである。
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1944年10月25日 午前8時00分
美濃国 各務原 陸海軍統合航空審査基地
岐州重工 秘密格納庫
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伊吹山から吹き下ろす冷たく乾いた秋風が、広大なコンクリートの滑走路を鋭く撫でる美濃国・各務原飛行場。
その最も奥深く、憲兵隊による何重もの厳重な警戒網に守られた秘密格納庫の分厚い鉄扉が、重々しい油圧の駆動音とともにゆっくりと開かれた。
「……ついに、この日が来たな。レシプロ発動機とプロペラの時代の、完全なる終焉だ」
美濃織田家当主にして、帝国最大の航空機デベロッパーである『岐州重工』の総帥、織田 信恒は、格納庫の中から姿を現した「異形の銀翼」を見上げ、震える息を吐き出した。
彼らの目の前に引き出されたのは、従来の戦闘機が必ず機首に備えていたはずの「プロペラ」が一切存在しない、まるでサメのように滑らかで鋭角的な流線型を持つ機体であった。
岐州重工が帝国の命運を懸けて極秘裏に開発を進め、ついにロールアウト(完成)を果たした次世代の怪物──『四三式艦上噴進戦闘機 焔風』である。
「織田総帥。我が技術陣が心血を注いだ『軸流式ターボジェット発動機』の燃焼テストは、すでにベンチマークにおいて完璧な数値を叩き出しております。多良加の精製所から届いた極上の軽油燃料を使えば、出力はアメリカのいかなるエンジンをも凌駕します」
主任設計技師が、機体の腹部、主翼の付け根に埋め込まれた巨大な「二つの筒」を愛おしげに撫でながら報告した。
プロペラで空気を掻きむしって進むレシプロ機の限界速度は、物理的に時速700キロメートル台の壁を超えることはできない。アメリカ軍の『P-51 マスタング』がいかに大馬力エンジンを積もうとも、その限界からは逃れられない。
しかし、この『焔風』に搭載されたターボジェットエンジンは、前面から吸い込んだ空気を内部の圧縮機で極限まで高圧化し、そこに燃料を吹き付けて爆発的に燃焼させ、その後方への超高速の排気ガスそのものを推力とする、全く新しい推進機構であった。
「……乗ります」
黒革の飛行服に身を包んだ海軍のテストパイロット、黒川大尉が、敬礼をして機体の操縦席へとよじ登った。
『焔風』の操縦席は、アメリカの『F6Fヘルキャット』から技術収奪した分厚い防弾ガラスと、越前松平重工業製の極厚防弾鋼板によって完璧な「空飛ぶ金庫」として覆われている。さらに、機体が撃墜された際に音速に近い速度で脱出するための、火薬式の『射出座席』までもが標準装備されていた。
「発動機、始動!」
黒川大尉が点火のスイッチを押し込んだ瞬間。
これまでの「ブルルルルッ!」という腹に響くレシプロエンジンの爆音とは全く次元の異なる、「キィィィィィィンッ!」という鼓膜を直接切り裂くような甲高い金属の絶叫が、各務原の空気を激しく震わせた。
双発のターボジェットエンジンが猛烈な勢いで空気を吸い込み、機体後部から、周囲の風景を陽炎のように歪ませる超高温の排気熱が噴き出した。
「推力、最大! 離陸!」
黒川大尉が絞り弁を一気に押し込む。
『焔風』の銀色の機体は、まるで何かの魔法の力で後方から蹴り飛ばされたかのように、信じられないほどの猛烈な加速度で滑走路を滑り出した。機体はわずかな滑走距離でフワリと浮き上がると、脚を引き込み、そのまま垂直に近い角度で、秋の真っ青な大空へと突き刺さっていった。
「……速度、時速850キロメートルを突破! さらに加速しています! マッハ0.7を超えました!」
地上で観測用レーダー(電波探知機)の計器を睨んでいた技術者が、狂喜の叫びを上げた。
時速850キロメートル。それは、アメリカ軍が誇る最新鋭戦闘機の最高速度を、時速100キロ以上も完全に置き去りにする、未知の速度領域であった。
「見たか、ルーズベルト。これが我々の『極限の質』の答えだ」
織田信恒は、遥か上空で瞬く間に点となって消えていく『焔風』の軌跡を見つめながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「この圧倒的な上昇力と音速に迫る速度があれば、アメリカの『B-29』が高度1万メートルの成層圏を飛んでこようとも、我々は地表からわずか数分でその腹の下へ到達できる。そして、この速度で機首に搭載された30ミリ機関砲の火線を浴びせれば、アメリカの分厚い装甲機も、計算機による防御火網も、一切反応できずに空中でバラバラに砕け散るのだ」
アメリカが工場のベルトコンベアで何万機というレシプロ機を大量生産し、空を埋め尽くそうとも、この『焔風』が数機空に舞い上がるだけで、その全質量は一瞬にして過去の粗大ゴミへと成り下がる。
プロペラを捨て去った帝国の新たな翼は、アメリカの絶対的な数と高度の優位を、純粋な「速度の暴力」によって空間ごと食い破る準備を完全に整えたのである。
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1944年11月5日 午前10時00分
安芸国 呉 海軍工廠
第四ドック(超大型極秘建造船渠)
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空で次世代の『焔風』が産声を上げていた頃。
瀬戸内海に面した帝国の重工業の聖地、安芸国・呉海軍工廠の巨大な第四ドックの底では、人類の造船史における「究極にして最終の到達点」とも言える物理的暴力の結晶が、ついにその重厚な鉄の鎖を解き放とうとしていた。
「……これが、世界の海の覇権を永遠に我が国のものとする、絶対的な『神の鉄槌』か」
分厚いコンクリートの岸壁から、はるか下方でうずくまる圧倒的な鋼鉄の巨城を見下ろしていたのは、評議場総裁にして永世宰相たる徳川 家正であった。彼の両脇には、国家財務総監・水野 忠徳と、西国重工の総帥・島津 忠重が畏怖の念を隠せずに立ち尽くしている。
彼らの眼下に鎮座しているのは、基準排水量6万4000トンを誇ったあの大和型戦艦ですら、並べば一回り小さく見えてしまうほどの途方もない質量を持った超巨大戦艦であった。
第14号計画超弩級戦艦。
その1番艦『駿河』、そして隣接するドックで同時に艤装を終えた2番艦『美濃』の就役式典である。
「ご覧ください、宰相閣下」
島津忠重が、誇らしげに指揮棒で『駿河』の前甲板にそびえ立つ、異様なほど巨大で太い砲塔群を指し示した。
「大和型の46センチ砲すらも過去の遺物とする、人類史上最大にして最悪の破壊力。親藩・水戸徳川造兵工機が、巨大反射炉の炉心を限界まで燃やして鋳造した『51センチ(20インチ)連装砲』を3基、計6門戴いております」
51センチ巨砲。
それは、アメリカ合衆国が西海岸で建造を急いでいる、16インチ砲搭載の6万トン級新鋭戦艦『モンタナ級』を、アウトレンジから一方的に粉砕するために生み出された究極の矛であった。
「この51センチ砲から放たれる重量約2トンの超重徹甲榴弾は、アメリカの新鋭戦艦がどれほど強固な装甲板をまとっていようとも、距離3万5000ヤードの彼方から、文字通り『紙のように』叩き割って艦底まで貫通します。さらに、備前・池田化学が精製した新型高爆速火薬を充填した三式弾(対空・対地焼夷散弾)を放てば、たった一発でアメリカの飛行場や都市の一角を完全に蒸発させることが可能です」
島津の解説に、水野忠徳が扇子を開いてパチンと鳴らした。
「素晴らしい。これほどの巨体を動かす機関はどうなっているのだ?」
「タラワで鹵獲したエセックス級空母の高温・高圧ボイラー技術を『堺公差』で完全コピーし、さらに大型化して搭載しております。これにより、この8万トンに迫る超巨体でありながら、最高速度は30ノット(時速約55キロ)を優に超え、機動部隊との完全な随伴行動が可能です」
さらに『駿河』と『美濃』の艦橋上部には、筑前・黒田精機と美濃・竹中数理演算所が共同開発した最新型の『巨大電波探知機(フェーズド・アレイ・レーダーの雛形)』と、アメリカのCIC(戦闘指揮所)をリバースエンジニアリングして和算のアルゴリズムを組み込んだ『次世代射撃管制システム』が搭載されていた。
これにより、51センチ巨砲は、視界の効かない暗黒の夜であっても、電波の反射だけで水平線の彼方の敵艦を正確に捉え、初弾から致命的な直撃弾を叩き込むことができるのである。
「……ルーズベルトの奴め。ハワイを奪われ、慌てて工場をフル稼働させて艦艇を量産しているようだが、彼らが造っているのは所詮、我々がすでに過去のものとした『旧世代の兵器』に過ぎん」
家正宰相は、パイプの紫煙をゆっくりと吐き出し、圧倒的な暴力の結晶である『駿河』の巨大な砲身を見据えた。
「アメリカがロスアラモスの砂漠で『神の火(核爆弾)』を完成させるのが先か。それとも、我々のこの新しい矛が、奴らの心臓を抉り出すのが先か。……時間との勝負だな」
家正は、振り返って島津と水野へ向けて冷徹な命令を下した。
「アメリカの『大量生産』という暴力を断ち切るためには、防衛戦で彼らの数を削っているだけでは間に合わん。大英帝国を完全に解体し、太平洋の絶対防衛圏を固めた我が帝国は、これより『完全なる絶対攻勢』へと打って出る」
その言葉は、太平洋を挟んだ世界総力戦が、ついに「互いの本土と国家の存亡」を直接削り合う、後戻りのできない最終絶滅戦の領域へと突入することを意味していた。
時速850キロで空を切り裂くジェットの翼と、あらゆる装甲を粉砕する51センチの神の鉄槌。
豊栄大日本帝国の矛は、アメリカが信奉する「量」の暴力を根本から無力化する『未知の次元』へと、いよいよ完全なる進化を遂げたのである。




