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第93章 電脳の攻防と未知の「火」

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1944年8月15日 午後9時00分(太平洋標準時)

アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンタクララバレー

合衆国海軍 太平洋艦隊戦闘情報班・新情報センター(新HYPO)

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カリフォルニアの穏やかな気候に恵まれ、見渡す限りの広大なプラムやアプリコットの果樹園オーチャードが広がるサンタクララバレー。

しかし、そののどかな地表から地下数十メートルの深淵には、ハワイ・オアフ島の真珠湾パールハーバーから命からがら脱出してきたアメリカ合衆国海軍の「頭脳」たちが、復讐の炎を燃やしながら再構築した巨大なインフォメーション・ネットワーク(情報網)の中枢が、不気味な産声を上げていた。


「……プロセッシング(演算処理)、第14バッチ完了しました。ジャップの中部太平洋方面の絶対防衛圏周辺におけるトラフィック(通信量)に、有意な増大のサインは認められません」


巨大なコンクリートの地下室に鳴り響くのは、大砲の轟音でも航空エンジンの咆哮でもない。数千個のバキューム・チューブ(真空管)とエレクトロマグネティック・リレー(電磁継電器)が発する、カチカチという規則的で耳障りな駆動音と、息苦しくなるような膨大な熱気であった。


合衆国海軍・太平洋艦隊戦闘情報班ステーション・ハイポの主任、ジョセフ・ロシュフォール中佐は、赤いスモーキング・ジャケットの袖をまくり上げ、巨大なプリンターから吐き出された無数のパンチカード(穿孔紙片)の束を、血走った眼で睨みつけていた。


「よし。トーマス・J・ワトソン社長のIBM社が新たに開発してくれた『ASCC(自動列序制御計算機)』の最新モデルは、ハワイの地下で我々が自らハンマーで叩き割った旧型よりも、遥かに高速で動いてくれているな。冷却装置クーリング・システムの出力も申し分ない」


ロシュフォール中佐は、額に浮かんだ汗を拭いながら満足げに頷いた。


日本の二重絶対暗号『紫式部』の解読は、いまだに不可能であった。しかし、彼らは暗号の中身コンテンツを読むことを完全に諦め、太平洋中を飛び交う日本の電波の「発信源」「時間帯」「通信頻度」といったメタ・データ(付帯情報)をこの巨大なコンピュータ(電磁計算機)に読み込ませていた。スタティスティカル・アナリシス(統計解析)によって日本艦隊の動きを確率論として割り出すという、極めて暴力的で冷徹な情報戦インテリジェンス・ウォーを、彼らはアメリカ本土の安全な地下から執拗に継続していたのである。


「だが中佐。この巨大なマシン(機械)の演算能力の半分は、我が国自身の国内ロジスティクス(兵站)データの処理に回されています。これをすべてジャップのトラフィック解析に回せば、もっと精度が上がるのですが……」


若き暗号解読官が、不満げに口を挟んだ。


「文句を言うな。ルーズベルト・プレジデント(大統領)が発動した『ヌードセン・プラン(国家総力戦生産計画)』によって、我が合衆国内を移動する兵器と物資の量は、すでに人間の手計算マニュアル・カルキュレーションでは管理不可能な領域に達しているのだ」


ロシュフォールは、壁に掛けられた巨大なアメリカ合衆国の地図を指差した。


デトロイトの自動車工場から吐き出される『M4シャーマン』戦車、カイザー造船所に運び込まれる莫大な鋼板、そして数百万の若者たちを乗せたトランスポート・トレイン(軍用列車)の運行スケジュール。それら天文学的なロジスティクス(兵站)を淀みなく前線へ送り出すためにも、このコンピュータ(計算機)の力は絶対に不可欠であったのだ。


「……ん?」


その時、ロシュフォールの目が、オペレーターが仕分けしていたある一部のパンチカード(穿孔紙片)の束に止まった。


「おい。このトラフィック・データは何だ? ペンタゴン(国防総省)から、ニューメキシコ・ステイト(州)の何もないデザート(砂漠)地帯へ向けて、極端に強固な暗号化を施されたテレグラム(電報)と、莫大なマテリアル(物資)の輸送指示が異常な頻度で集中しているぞ」


「ああ、それですか」

オペレーターは肩をすくめ、手元のリストを確認した。

「陸軍のレスリー・R・グローヴス・メジャー・ジェネラル(少将)が管轄している、トップ・シークレット(最高機密)のプロジェクト・データです。我々海軍の管轄外アウト・オブ・バウンズですから、処理だけして気にする必要はありませんよ」


ロシュフォールは、パンチカードの束を机の上に放り投げ、怪訝な顔をした。


「グローヴス少将……。陸軍工兵隊の男が、なぜニューメキシコの砂漠で、太平洋戦線を支えるほどの莫大な電力を消費しているのだ?」


彼らには知る由もなかった。

このアメリカ国内を飛び交う「極めて特異なロジスティクスの歪み」のデータが、電波の海を通じて、地球の裏側にいる「東洋の冷徹な怪物たち」の魔眼に、完全に捕捉されていたことなど。


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1944年8月20日 午後2時00分(山岳部標準時)

アメリカ合衆国 ニューメキシコ州 ロスアラモス国立研究所

マンハッタン工兵管区司令部

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カリフォルニアの豊かな果樹園から遠く離れた、ニューメキシコ州の荒涼とした赤茶けた砂漠のど真ん中。

地図に存在しないその秘密都市は、何重もの有刺鉄線バーブド・ワイヤーと、マシンガンを構えた厳重なミリタリー・ポリス(憲兵隊)によって完全に外界から遮絶されていた。


「……テネシー・ステイト(州)のオークリッジから、高濃縮ウラン235の第三バッチが、アーマード・トレイン(装甲列車)で無事に到着しました。ワシントン州ハンフォードのプルトニウム生産リアクター(原子炉)も、フル稼働状態にあります」


窓のない地下司令部オフィスで、マンハッタン・プロジェクト(マンハッタン計画)の総責任者であるレスリー・R・グローヴス少将が、極上のハバナ産葉巻の煙を吐き出しながら報告を読み上げた。


その対面に座るのは、痩せこけた体に神経質な瞳を光らせる天才物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー・ドクター(博士)である。


「結構だ、将軍。我々のセオレティカル・カルキュレーション(理論計算)に基づけば、このまま順調にウランとプルトニウムの精製が進めば、来年(1945年)の夏には、間違いなく世界初の『ニュークリア・ウェポン(核爆弾)』のプロトタイプ(試作品)のテスト爆発が可能になる」


オッペンハイマー博士の言葉には、神の領域へと足を踏み入れた科学者特有の傲慢さと、自らが生み出しつつある破壊のエネルギーに対する微かな恐れが同居していた。


「大統領は、太平洋で我々の艦隊に屈辱を与え、ハワイに居座るジャップの絶対防衛圏を、この爆弾で根本からイーヴァポレイト(蒸発)させるおつもりだ」


グローヴス少将は、機密書類を分厚い金庫へしまい込みながら獰猛に笑った。


彼らは、アメリカ合衆国が持つ莫大なインダストリアル・キャパシティ(工業力)とキャピタル(資金)、そして数十万人に及ぶ労働力を、このニューメキシコの一点に集中させていた。数千トンの特殊資材、天文学的なメガワット(電力消費)、そして世界中から集められたノーベル賞級の頭脳たち。


「このプロジェクトのセキュリティ(保安)は完璧だ。周辺の労働者たちは自分が何を作っているのかすら知らず、ジャップのインテリジェンス(諜報機関)が、太平洋を越えてこの砂漠の真ん中で何が起きているかを探り当てることなど、絶対にインポッシブル(不可能)だからな」


絶対の自信。

だが、彼らは「情報インフォメーション」というものの本質を、一つの側面からしか見ていなかった。隠せば隠すほど、そして消費するエネルギーが莫大になればなるほど、それは「巨大な重力場」として、周囲の電磁空間に明確な歪みを生じさせるのである。


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1944年9月5日 午前2時00分

帝都・東京 江戸城本丸跡

幕府特務・防諜局 地下電算室

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帝都・東京の地下数十メートル。

分厚い鉛とコンクリートで覆われた幕府特務・防諜局の地下電算室は、まるで異界の神殿のような光景へと変貌していた。


「……第二十三演算系、稼働正常。筑前の真空管に熱ダレはありません。和泉堺の職人が組み上げた水冷式冷却装置クーリング・システムが完璧に機能しております」


防毒面のような冷却用マスクを首に提げた、美濃国の『竹中数理演算所』暗号解読班長、竹中たけなか 源一げんいち特務少佐が、青白い光を放つ巨大な機械の群れを見上げながら、興奮に震える声で報告した。


その広大な部屋を埋め尽くしているのは、かつてハワイ・真珠湾の地下室で、アメリカ軍が自らハンマーで破壊して逃げ去った「IBM製・真空管式電磁計算機」の残骸……をベースにして、豊栄大日本帝国の職人と頭脳たちが極限の魔改造を施し、完全に蘇らせた巨大な『電磁自動算盤コンピュータ』であった。


「ハンマーで叩き割られていたアメリカの真空管と論理回路は、筑前国の『黒田精機』と和泉国『堺公差』の職人たちの手によって、元の図面以上の精度で完全に複製コピーされました。さらに我々は、アメリカの単調なパンチカード処理の論理を捨て去り、我が竹中家が古来より研鑽してきた『和算の論理アルゴリズム』を電子回路に直接組み込んでいます。並列計算の速度において、我々のアプローチはすでにアメリカのオリジナルを凌駕している」


竹中少佐は、無数の配線が這うパネルのスイッチを滑らかな手つきで切り替えながら、背後に立つ男へ向けて不敵に笑った。


「見事だ、竹中特務少佐」


腕を組み、その巨大な電脳コンピュータの駆動音を冷徹に聞いていたのは、幕府特務・防諜総監である小栗おぐり 忠純ただずみであった。


「アメリカが我々の通信解析トラフィック・アナリシスを行って艦隊の動きを読もうとしているように、我々もまた、アメリカ国内を飛び交う膨大な電波と物資輸送の通信トラフィックを『逆解析リバース・アナリシス』してやるというわけだ。……して、計算機が弾き出した結論は?」


小栗の問いに、竹中の隣で機器の調整を行っていた黒田精機の電子技術主任、黒田くろだ 長武ながたけが、一枚の巨大なアメリカ大陸の地図を広げた。


「小栗総監。我々の電磁自動算盤は、アメリカ国内の莫大な兵站ロジスティクスの通信の中から、極めて異常な『ブラックボックス(特異点)』を炙り出しました」


黒田主任は、地図の南西部、ニューメキシコ州の何もない砂漠地帯を赤いペンで丸く囲んだ。


「ロスアラモス。……地図上には何の工業地帯も軍事基地も存在しないこの砂漠の一点へ向けて、アメリカ陸軍の最高機密トップ・シークレット指定の暗号通信が、連日狂気的な頻度で集中しています」


「それだけではありません」

竹中少佐が、計算機が吐き出した数字の束を掲げた。

「このロスアラモス、ならびにテネシー州やワシントン州の一部拠点へ向けて、アメリカの発電所網から『異常なまでの莫大な電力』が供給されているデータが確認されました。さらに、極めて特殊な鉱物資源や化学プラントの資材が、天文学的な予算をもって流れ込んでいます。……これは、単なる新しい戦車や航空機の工場ファクトリーなどではありません」


小栗忠純の冷徹な眼差しが、さらに鋭さを増した。


「兵器の工場でないとすれば、アメリカは何を造っているというのだ?」


竹中少佐と黒田主任は顔を見合わせ、重く、血の凍るような仮説を口にした。


「……小栗総監。理化学研究所の仁科芳雄博士から提供された、最先端の理論物理学の知見と、この計算機が弾き出した天文学的な消費電力量の推移を掛け合わせると、答えは一つしかありません」


竹中は、地図の上のロスアラモスを震える指で叩いた。


「アメリカは、ウラン235を用いた『核分裂爆弾ニュークリア・ボム』……すなわち、原子の力を解放して、島を一つ丸ごと蒸発させる『究極の物理兵器』の製造に踏み切っています。彼らはこのプロジェクトを数年がかりで極秘裏に進めており、早ければ来年の夏にも、実戦投入が可能な段階に到達するでしょう」


その言葉が発せられた瞬間、地下電算室は、機械の唸り音さえ消え去ったかのような死の静寂に包まれた。


「……核分裂爆弾、だと」


小栗は、葉巻を握りつぶし、氷のように冷たく呟いた。


「アメリカが、ハワイを我々に奪われ、タラワで艦隊を失い、それでもなお不気味な沈黙を保ちながら西海岸で兵力を溜め込んでいる真の理由。……艦隊による水際作戦など、ただの布石に過ぎなかったということか。彼らはその『神の火』を完成させ、我が帝国の本土や要塞を、一撃で地図から消去する気なのだな」


「間違いありません。アメリカのマニュファクチャリング・モンスターが持つ真の恐怖は、戦車や空母の数ではなく、この『未知の火』の量産にこそあります」


竹中少佐が断言した。


小栗忠純は、踵を返し、電算室の分厚い防爆扉へと向かった。


「……直ちに、この計算機が弾き出したすべてのデータをまとめろ。江戸城本丸の、家正宰相のもとへ向かうぞ。……世界大戦のルールが、根底から完全に覆る前にな」


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同日 午前4時00分

帝都・東京 江戸城本丸跡・幕府最高臨戦評議場

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深夜の江戸城地下数十メートル。

緊急招集された幕府最高臨戦評議場の空気は、かつてないほどの緊迫感と、重苦しい殺意に満ちていた。


「……竹中数理演算所の報告の通りです。アメリカはニューメキシコ州の砂漠の奥深く、ロスアラモスという拠点において、都市を丸ごと蒸発させる『核分裂爆弾』の開発を最終段階へと進めています。これは、我が国が南洋の島々に築き上げた地下要塞化ドクトリンや、重防御の機動艦隊といった物理的な盾を、すべて一瞬で無意味にする究極の兵器です」


小栗忠純が、円卓の中央に「ロスアラモス」の地点が記された地図を置き、冷徹に報告を終えた。


国家財務総監・水野みずの 忠徳ただのりは、手元の扇子を固く握りしめ、顔の皺を深く刻み込んでいた。


「ルーズベルトの野郎……。我が国が『質の暴力』で奴らの生産力を削り落としている間に、科学の禁忌に手を染めていたというのか。……完成すれば、ハワイも、多良加タラカンの油田も、帝都・東京も、すべてが一発で灰燼に帰す」


「だが、現状ではまだ我々には『時間的猶予』がある」


軍務局の将校が、青写真を広げながら冷静に補足した。


「現在、アメリカのボーイング社が量産を開始し、アリューシャン列島から我が国の北洋防衛線(千島列島)を空爆してその成層圏飛行の脅威を見せつけた超重爆撃機『B-29』ですが……。現在のB-29の航続距離フライト・レンジの物理的限界では、サイパンなどのマリアナ諸島、あるいはアリューシャンから発進したとしても、帝都・東京をはじめとする日本本土の心臓部へ直接到達し、安全に帰還することはギリギリ不可能です。つまり、今の段階であれば、仮に爆弾が完成しても、奴らはそれを日本本土へ落とす『運搬手段』を持っていません」


「しかし」と小栗が冷酷に言葉を継ぐ。


「アメリカの航空産業の狂気的な進歩速度から計算すれば、1年後、長くとも2年後には、B-29の航続距離をさらに延長した後継機、あるいは完全な次世代の『大陸間超重爆撃機』が必ずロールアウトします。……その巨大な腹の中に、この『神の火』が搭載され、西海岸から直接飛び立ってきた時こそが、我が国の絶対防衛圏がいかなる意味もなさず、国家が完全に蒸発する『本当の危機クライシス』なのです」


評議場総裁にして永世宰相たる徳川とくがわ 家正いえまさは、パイプを口に咥えることも忘れ、両手を卓の上に組んだまま、静かに、しかし地鳴りのような声で口を開いた。


「我々が職人技で鍛え上げた鋼鉄の刃も、和泉堺の規格化による強固な艦隊も、あの『神の火』の熱線の前には何の意味も持たなくなる。……つまり、アメリカがその爆弾を完成させ、次世代の爆撃機を飛ばした瞬間、我が豊栄大日本帝国の敗北ゲーム・オーバーが確定するということだな」


家正宰相の眼鏡の奥の瞳に、極限の権謀術数家マキャベリストとしての、狂気にも似た冷酷な炎が宿った。


「完成すれば我々が蒸発するというのなら。……完成する前に、奴らの工場を物理的に粉砕し、研究施設を地形ごと吹き飛ばすまでだ」


家正はゆっくりと立ち上がり、指揮棒を手に取って、地図の上のアメリカ合衆国・西海岸、そして内陸部のニューメキシコ州ロスアラモスへとその切先を鋭く突き立てた。


「宰相閣下! しかし、ロスアラモスはアメリカ大陸の遥か内陸深くです!」


水野が血相を変えて進言する。


「我々の機動艦隊が西海岸へ近づけば、サンフランシスコやサンディエゴから出撃してくる数百隻のアメリカ新鋭艦隊と、西海岸に張り巡らされた分厚い防空電波探知網レーダー・ネットワークの餌食になります! 絶対に近づけません!」


だが、家正の顔には、一切の躊躇もなかった。


「まともに近づいて殴り合えば、全滅するのは火を見るより明らかだ。だからこそ、我々がタラワの海で強奪し、帝国の血肉として錬成した『最高のキメラ』を使うのだ」


家正の指揮棒が、瀬戸内海に待機している新編・第六機動艦隊の駒を叩いた。


角田かくた 覚治かくじ中将が率いる、元エセックス級の『わし型正規空母』群。……アメリカの艦影シルエットを完全に装うことができるこのキメラ艦隊ならば、アメリカ西海岸の絶対防空圏へ、自軍の艦隊を装って深く侵入することが可能だ」


小栗忠純の目が、驚愕に見開かれた。


「敵の姿を借りて防空網を欺瞞する……。そしてそこから、内陸のロスアラモスへ向けて、特攻がごとき長距離奇襲爆撃を敢行せよと仰るのですか。しかし宰相閣下、いかに西海岸沖まで接近したとしても、ロスアラモスまでは往復で膨大な距離があります。最新鋭の岐州重工製・四三式艦上攻撃機『迅星じんせい』を以てしても、航続距離はギリギリ、いや足りません。攻撃は成功しても、パイロットの帰還は物理的に不可能です」


その懸念に対し、評議場の隅に控えていた島津重工・特務技術少佐の伊集院いじゅういん まことが、不敵な笑みを浮かべて一歩前へ出た。


「航続距離の問題でしたら、我が島津と、岐州重工、そして細川ゴム工業が、すでに技術的な解決ブレイクスルーを完了させております」


伊集院は、一枚の機体設計図を机の上に広げた。


「『迅星』の強靭な主翼下に備えられたパイロンに、爆弾ではなく、超大型の『落下増槽ドロップタンク』を懸架するのです。胴体下部の爆弾倉ウェポンベイにのみ一発の大型爆弾を格納し、両翼のパイロンには限界まで航空ガソリンを満たした特殊な増槽を積む。空力抵抗と重量は極限まで増しますが、2500馬力級発動機の暴力的な推力と、エセックス級の広大な甲板、そして佐賀の超高圧カタパルトを用いれば、十分に離陸可能です」


伊集院は、図面のドロップタンクを指で弾いた。


「アメリカ大陸の内陸深く、目標上空で爆弾を投下すると同時に、空になった増槽を投棄パージして身軽になれば、ロスアラモスまでの長大な往復航続距離を完全に確保し、母艦への帰還が可能となります」


「見事だ」


家正宰相は、氷のように冷たく宣告した。


「アメリカの『大量生産』と『核の火』という二つの絶望を同時に断ち切るためには、これ以外に道はない。第六機動艦隊に極秘の出撃命令を下せ。……ルーズベルトの最も柔らかい心臓に、奴ら自身が造り上げた船から放たれた『帝国の刃』を突き立てるのだ」


1944年秋。

目に見えない電磁空間での「情報戦インテリジェンス・ウォー」は、ついにアメリカの究極の極秘計画を日本の電脳が暴き出すという形で決着した。


そしてその冷徹な計算結果と、航空工学的な魔改造の融合は、豊栄大日本帝国に、アメリカ合衆国本土への直接奇襲という、人類史上最も大胆かつ狂気的な「本土強襲作戦」の決断を突きつけることとなったのである。


世界総力戦の天秤は、神の火を巡る絶望の淵で、いよいよ後戻りのきかない最終フェーズへと傾いていくのであった。

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