第98話:名刺交換の銃撃戦と、夜勤の疑惑
「申し遅れました。わたくし……こういうものです」
トレンチコートの男は紳士的に軽く頭を下げると、コートの内ポケットからスマートに一枚の名刺を取り出し、レジカウンター越しに俺へと差し出してきた。
俺はその名刺を受け取り、そこに印字された文字を思わず声に出して読み上げる。
「極秘……エージェント……、千石 衛」
……おい。極秘エージェントが、わざわざ自分の名刺の肩書きに自分で『極秘』ってデカデカと書くか普通……!?
数々の疑問が一瞬で脳内を駆け巡ったが、俺は本能的に、慌ててレジカウンターの下の引き出しを開け、中に常備してあった自分の名刺を引っ張り出して千石さんへと手渡した。
「あ、……異世界ローソン一号店・店長の間宮守です」
どれほど相手の肩書きが怪しかろうが、差し出された名刺に対して自分の名刺を返すのは、日本の社会人としての絶対的なマナーだ。異世界に来てまで何をやっているんだ俺は。
千石さんは俺の名刺を綺麗な所作の両手で受け取ると、まじまじと文字を眺めて笑った。
「おや、あなたも『マモル』って名前なんですね。いやー、これは気が合いそうだ」
──シュンッ!!!
その瞬間、鋭い風切り音が店内に響き、千石さんが片手で持っていたはずの俺の名刺の真ん中に、ぽっかりと綺麗な丸い穴が空いた。
「伏せろっ!!」
千石さんの、さっきまでの温和さが嘘のようなドスの利いた鋭い怒声が響く。俺はその声に弾かれるようにして、レジカウンターの下へと全力で身を隠した。
次の瞬間、バリバリバリバリと凄まじい連続の銃撃音が響き渡り、ローソン一号店の自動ドアがガラスの破片となって派手に粉々に粉砕された! それだけでなく、レジ周りに置かれていた什器や備品が、敵の激しい銃撃によって火花を散らしながら次々と無惨にはじけ飛んでいく。
千石さんはトレンチコートを翻し、軽やかな身のこなしでレジ前を飛び退くと、売り場の商品棚の裏へと一瞬で身を隠した。そして、肩にかけていた例の細長いカバンを素早く開く。
俺の嫌な予感(想像)は見事に的中し、中から現れたのは、美しく手入れされた【分解状態のライフル】だった。千石さんはそれを、目にも留まらぬ職人技の手際でカチャカチャと組み立て始める。
一瞬、外からの激しい銃撃がピタリと止んだ。
俺は恐る恐るレジカウンターの隙間からひょっこりと顔を出し、商品棚の裏の千石さんに向かって大声で叫んだ。
「千石さん!!! 一体全体、何なんですかこれ!! あいつら誰なんですか!?」
「馬鹿野郎!!! 早く伏せてろ!!!」
千石さんの悲鳴のような怒鳴り声にハッとして、俺は再びレジの床へと頭を伏せた。
間一髪、俺の頭上を冷たい銃弾の風が「ヒュンッ!」と通り過ぎ、レジの後ろの壁を深く撃ち抜いた。心臓が止まるかと思った。
千石さんはライフルを完全に組み立て終わると、そのまま商品棚の影で床にうつ伏せになり、ライフルの上部に取り付けられた無骨なスコープを静かに覗き込んだ。
「いち……にい……さん……しい……ご……。全部で五人か」
千石さんは淡々と敵の数を数え上げると、レジの下の俺に視線を向けた。
「マモル君、しばらくそのまま大人しく伏せときなさい」
そう告げるなり、千石さんは再びスコープを覗き込み、一瞬にしてプロの狙撃手としての凄まじい集中力の中へと没頭していった。人差し指が、ライフルの引き金へと静かに伸びる。
シュンッ! ──ガシャッ。
シュンッ! ──ガシャッ。
千石さんのライフルから静かな発射音が響くたび、彼は手元でレバーを小気味よく引き、空になった薬莢を排出して次の弾をガシャリと装弾していく。
(……っていうか、なんであんな旧式のボルトアクションライフルを使ってんだよあの人……! 本当に大丈夫なのか……!?)
店の外にいる覆面の襲撃者たちは、明らかに最新式のフルオート魔導銃をバリバリと乱射している。そんなハイテク装備の大集団を相手に、あの化石みたいな旧式ライフル一丁で本当に勝てるのか。俺の心は計り知れない不安に包まれていった。
「おい……アラクネ……! 起きろアラクネってば……!!」
俺は最後の望みをかけて、隣の丸椅子の上で今だに気持ちよさそうに眠り続けているアラクネの細い肩を、必死になってガクガクと揺さぶった。……だが、完全に無駄だった。ぴくりとも起きる気配がない。
硝煙が立ち込め、銃弾が四方八方に飛び交う恐怖の戦場の中で、俺の脳みそはなぜか、異常なほど冷静に一つの『重大な仮説』を弾き出していた。
(……待てよ。もしかしてこいつ……、ただ普通に夜中でお腹いっぱいで眠いから寝てるだけなんじゃないか……? ということは……こいつ、今までの夜勤のシフトの時も、実は仕事なんてミリ単位もせずに普通に毎晩こうやってレジ裏で爆睡してたんじゃねぇのか……?)
俺は激しく頭を振って、最悪の疑惑を脳内から強引に消し去った。クソ、今はアラクネの夜勤の勤務態度について査定している場合じゃない!!
そんなことを考えて必死に現実逃避をしていた、まさにその時だった。
バックヤードの防音扉が突然勢いよく開き、中からルカ君が息を荒くして走って飛び出してきたのだ。
「マモル店長! ストコンのハッキング画面に動きが……! ドローンがそろそろ目的地に到着しますよ!!」
ルカ君はバックヤードの防音性の高さのせいで、売り場が今どんな地獄絵図になっているのかを全く把握していない! 完全な無防備状態で、笑顔のままレジカウンターのそばの広い通路へと走り出てしまった。
「ルカ君、出てくるなァアアアア!!」
俺の絶叫と同時に、敵の最新式魔導銃から放たれた弾丸が、ルカ君の目の前の床を派手にブチ抜いて火花を散らした。
「ひぃいぃいいっ!!!」
ルカ君は情けない悲鳴を上げてその場にヘナヘナと激しく座り込んだ。恐怖で腰が抜けて動けなくなっている。
すかさず商品棚の裏から千石さんがライフルを間髪入れずに数発放ち、正確無比な狙撃で敵の射線を力強く牽制した。そしてその隙に、床のルカ君の襟首をガシッと掴むと、そのまま凄まじい怪力でズリズリと引き摺り、自分が隠れている安全な商品棚の裏へと強引に引っ張り込んだ。
「な……な、なんなんですかこれぇええええ!!? 何が起きてるんですか一号店でっっ!?」
あまりの恐怖にパニックを起こして大混乱しているルカ君に向かって、俺はレジの下から身を乗り出して叫び返した。
「俺だって何もわからん!!! とにかく今は四の五の言わずに、そこに頭を低くして隠れとくんだ!!!」
真夜中の24時間営業のローソン一号店。店内に硝煙が白く立ち込める中、激しい銃撃戦はまだしばらく終わりそうになかった──。




