第99話:決死のピースサインと、室温2度ずつの絶望
「ルカ君! 俺はここからレジを離れて動けない! とりあえずバックヤードに潜り込んで、北の国のドローンの方を頼む!!」
俺は敵の銃弾が激しく飛び交う中、レジカウンターの下に頭を低く隠したまま、商品棚の影のルカ君に向かって必死に叫んだ。ここで手動運転に切り替えなければ、最新ドローンが無防備に敵の前に突っ込んでしまう。
「は……はぃぃいっ!」
ルカ君は恐怖で上ずった声を上げながらも、腰の抜けた身体を必死に奮い立たせ、床を這うような姿勢でバックヤードの防音扉へと向かって進み始めた。
──パリィイイイイインッッ!!!
その瞬間、銃撃はさらに激しさを増し、ローソン一号店の広大な窓ガラスが派手な音を立てて次々と内側へと叩き割られた。無数のガラス片が激しくフロアあたりに散らばり、撃ち抜かれたポテトチップスの袋から中身が宙を舞う。
「ひゃああっ!?」
あまりの猛射に、ルカ君はその場に頭を抱えてうずくまり、完全に動けなくなってしまった。
「動くな、そのままじっとしていろ!」
千石さんの鋭い声が、硝煙の立ち込めるコンビニ店内に響き渡る。
クソ……どうすればいいんだ。このままじゃ、あのドローンが間抜けにも完全な無防備状態で北の国の敵の前に躍り出てしまう。一刻も早くルカ君をストコンの前に行かせて、マニュアル操作に切り替えさせなきゃいけないのに……。
レジの下で歯噛みしながら必死に考えている俺に向かって、すぐ近くの商品棚の陰から千石さんが静かに話しかけてきた。
「マモル君。……何か、そこまでして画面を確認しなきゃならない、のっぴきならない事情があるみたいだね。よかったら、私に話してくれないかい?」
俺はほんの数秒だけ考えた。だが、横で気持ちよさそうに爆睡しているアラクネが一切頼りにならない今、この場を切り抜けられるのは、旧式ライフルを構えるこの千石さんしかいない。
俺はレジの下から、サカモトが北の国へ連れ去られたこと、それを今ドローンで追跡していることなど、事の顛末をすべて千石さんに素早く話した。
千石さんは銃撃の合間に、黙って俺の拙い話を聞いていた。
「そうか……。事情はよく分かった。よし、何としてでもルカ君をあのバックヤードの扉まで逃がそう」
そう言うと、千石さんはボルトハンドルをガシャリと引き、愛用のライフルを力強く構え直した。
「ルカ君、よく聞きなさい。俺が今からそこへ飛び出して、ライフルの狙撃で敵の足を止める。その合図があったら、前だけを見て、まっすぐバックヤードへ向かって走るんだ」
「チャンスは一度きりだ。……いいな?」
千石さんの鋭い確認の問いに、通路の床でうずくまっていたルカ君は、ゴクリと唾を飲み込んで決死の表情で深く頷いた。
「ワン……ツー……スリー……、ゴー!!!」
千石さんは叫ぶと同時に商品棚の影からその身を躍らせ、正確無比なライフル弾を敵に向かって連射した。
それと同時に、ルカ君が床を蹴ってバックヤードの扉へと弾かれたように走り出す。
敵の襲撃者たちも、千石さんがライフルを撃ち終わる絶妙なタイミングを見計らい、すぐさま魔導銃をバリバリと乱射して反撃してきた。千石さんはそれをひらりと素晴らしい身のこなしでかわし、滑り込むようにして俺のいるレジカウンターの裏へと飛び込んできた。
だが、ルカ君はまだバックヤードの手前の通路を走っている。
敵もこちらの思惑に気が付いたのか、走るルカ君の背中に向かって一斉に銃口を向け、猛烈な銃弾を乱射し始めた。
ルカ君の体のすぐ周りで、棚に並んだ商品が次々と撃ち抜かれ、派手に火花を散らして弾き飛んでいく。
「うわああああああーーーっっ!」
ルカ君は両手で頭を押さえながら、人生で一番の必死の形相で懸命に足を動かし、そのままバックヤードの防音扉の中へとスライディングするように滑り込んだ。
バタン、と重い扉が閉まり、外からの銃撃が一時的に止んで、店内に奇妙な静寂が訪れる。
「ルカ!!! ルカ君ーーーっっっ!!! 無事かァアアアア!!!!」
俺はレジの下から、喉がちぎれんばかりの精一杯の声でバックヤードに向かって叫んだ。
……返事がない。
静まり返った店内に、俺の心臓の音だけがうるさく響く。
「ルカ!!!! 頼むから返事をしてくれ、ルカ!!!!」
俺の悲痛な叫び声が響いた、その直後だった。
バックヤードの重い防音扉が、内側からわずかに数センチだけピッと開いた。そして、その隙間から、ルカ君の細い右手が少しだけ外の売り場へと顔を出したのだ。
その手の指は──小刻みにガタガタと震えながらも、完璧な『ピースサイン』の形を作っていた。
「……っ、よかった……!!」
俺は全身の力が一気に抜け、レジカウンターの壁に背中を預けて激しく安堵の息を漏らした。
俺のすぐ隣には、先ほどカウンター裏へと飛び込んできた千石さんが、静かに身を寄せて座っていた。千石さんはライフルの残弾を確認しながら、低く呟く。
「マモル君。どうやら君は、とんでもなく厄介な敵に目を付けられているようだね」
「そう……なんですかね。はは……」
一体、俺が何をしたっていうんだ。ただこの異世界のコンビニに引きこもって、のんびり店長生活をしていただけなのに……。
その時、俺はある「異変」に気が付いた。
店内の空気の温度が、数分前と比べて明らかに、ジワジワと上がり始めているのだ。
(……クソっ!! そういうことか!!)
正面の大きな窓ガラスを全部粉々に割られたせいで、この異世界の夜の、外の生暖かい空気が店内に一気になだれ込んできているんだ。それだけじゃない、エアコンの冷気が割れた窓から全部外へ逃げてやがる。
ジリジリとした不快な熱気がレジの中にこもり、額からタラリと冷たい汗が流れ落ちる。
「まずいな……」
千石さんもすぐにその異常な状況に気が付いたようだ。トレンチコートの襟元を緩めながら、彼の広い額にもじんわりと汗が浮かび始めている。
「マモル君、ここからエアコンの冷房の温度を、一気に下げることはできるかい?」
千石さんにそう聞かれて、俺はレジの壁のすぐ外側を指差した。
「あ、あのすぐそこのタバコ棚の、すぐ隣の壁に空調の設定リモコンのパネルがあるんです。……だけど」
だけど、今このレジカウンターの影からほんの数センチでも頭を出せば、外の敵から一瞬で無数の銃弾が飛んできてハチの巣にされるのは目に見えている。
「ふぅ〜〜〜……」
千石さんは深いため息をつき、ライフルを抱えたまま深く考え込んだ。
このまま何もしなければ、店内の室温はどんどん上昇し、俺たちはこのレジの狭い隙間でただ蒸し焼きになってしまう。かといって、エアコンをつけるために手を伸ばせば、その瞬間に腕を撃ち抜かれる。
完全に八方ふさがりの絶望的な状況の中、俺と千石さんは硝煙と熱気がこもる床の上で、揃って重いため息をつくことしかできなかった──。




