第100話:戦車のマネージャーと、消えたエージェント
みるみるうちに上昇していく店内の温度に、俺と千石さんの顔からは滝のような大量の汗が滴り落ちていた。
うだるような熱気で意識が朦朧としていく中で、俺はふと、脳裏をよぎった最大の疑問を隣の千石さんにぶつけていた。
「もしかして……、千石さんって……人間なんですか?」
俺の唐突な問いかけには直接答えず、千石さんは壊滅した天井の照明を見上げて、フッと小さく笑った。
「マモル君、このままここに隠れていても、二人揃って蒸し焼きになる運命だ。俺が今から頭を出して、なんとかあのエアコンの温度を最低まで下げてみるよ」
そう言って、千石さんはレジカウンターから頭を出さないよう、低空で飛び出す体勢を素早く整え始める。
「待ってください! ──俺が行きます。だから、千石さんは俺の援護をお願いします!」
千石さんは驚いたように、汗の滲む俺の目をまじまじと見つめた。
「危険だぞ、マモル君」
「わかってます」
俺は恐怖を押し殺し、力強く頷いた。自分が店長を勤めるローソン一号店だ。これ以上、クソ派手に壊されるのを見ているわけにはいかない。
「……わかった。俺がライフルで全力で援護する。外へ向かって三発撃ったら、その瞬間に飛び出してくれ」
「わかりました!」
俺たちが死線を越える覚悟を決め、まさに今にもレジカウンターから飛び出そうとした、その瞬間だった。
ドガアアアアアアアアンッッッ!!!
割れた正面の窓ガラスの向こう、ローソンの敷地の外で、凄まじい大爆発が巻き起こった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオ……!!!
地響きのような凄まじい駆動音を立てて、深夜の暗闇を激しく走行する巨大な影。外部から立て続けに放たれる強烈な砲弾。
店の外に身を潜めていた覆面の襲撃者たちは、その未知の超兵器の前に完全に戦意を喪失し、悲鳴を上げながら一目散にクモの子を散らすように逃げ出していった。
だが、その巨大な影はスピードを緩めることなく、粉砕された自動ドアに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。
「おいおい、今度は何なんだよ……っ!」
俺と千石さんは思わずレジカウンターから顔を出し、店の前までやってきた外の様子を固唾をのんで見守った。
深夜の一号店の前に、キャタピラを軋ませて堂々と鎮座したのは──本物の【戦車】だった。
完全に呆気にとられる俺たちの前で、戦車の上部にある丸いハッチが重い音を立てて勢いよく開く。
shadow から姿を現したのは、いつもの隙のないスーツ姿ではなく、全身のラインがこれでもかと浮き出た黒い【タイトなボディスーツ】に身を包んだ、桜塚マネージャーだった。
「間宮店長!! 無事ですか!?」
戦車のハッチからしなやかにフロアへと降り立ちながら、桜塚マネージャーが凛とした声を響かせる。
俺は目の前で見る生の本物の桜塚マネージャーの姿に、一瞬で心を完全に奪われてしまっていた。
これまでのリモート画面越しでも、その凄まじい美貌は容易に想像できていたつもりだったが、実物はその何十倍も、一層美しく、そして神々しく見える。
それに……何より、身体に完全に密着したそのラフなボディスーツのせいで、男として、純粋にめちゃくちゃ目のやり場に困るのだ。
俺の不躾な視線に気が付いたのか、桜塚マネージャーは白い頬をポッと赤らめながら、髪をかきあげた。
「……外に出るのに、いつものスーツというわけにはいきませんからね。防弾仕様の衣服です」
「あ,……は、はい……。いつもより、めちゃくちゃ似合ってると思います……」
俺は放心状態で生返事を返して、そこでハッと我に返った。
「そう言えば、桜塚マネージャー! なんでこの店が絶体絶命のピンチだって、わかったんですか?」
「バックヤードへ逃げ込んだルカ君が、ストコンの回線を通じて、即座に本部の私宛てに緊急連絡をくれたのですよ」
「ああ……そうだったのか……」
俺は大きな安堵に包まれ、その場にヘナヘナと腰を抜かすように座り込んだ。
いつの間にやら、バックヤードから売り場へと戻ってきたルカ君が、俺のすぐそばに立っている。
俺はルカ君の方をレジの床から見上げて、
「ルカ君、本当に助かったよ。ありがとな」と言って心から笑いかけた。
ルカ君も、眼鏡の位置を直しながら「ニコッ」と嬉しそうに白い歯を見せて笑う。
「さあ、お喋りはそこまでです。とりあえず、割られた正面の窓ガラスと自動ドアの修理を大急ぎでやりましょう。夜が明ける前に直します!」
桜塚マネージャーはそう言うと、戦車からゾロゾロと降りてきたローソン本部の作業隊員たちにテキパキと的確な指示を出し始めた。そして、しゃがみ込んでいる俺の前へ歩み寄り、優しく手を差し伸べてくる。
「間宮店長、あなたも怪我をしているでしょう。すぐに傷の手当てをしましょう」
「あ、ありがとうございます。でも待ってください、俺より先に、千石さんを……、あれ?」
俺はついさっきまで、自分のすぐ真横にぴったりと並んで座っていたはずの床を指差して──言葉を失った。
そこには、誰もいなかった。千石さんが組み立てて持っていたはずのあの旧式ライフルも、黒い細長いカバンも、俺の汗の跡以外は綺麗に何も残っていない。まるで最初から誰もいなかったかのように。
「千石さん……? 誰ですかそれは? ここには最初から、私たちが到着した時からあなた方二人以外、誰もいませんでしたけど……」
桜塚マネージャーは困惑したような顔で、レジの床を見つめたあと、俺の顔を覗き込んできた。
「あれ!? おかしいな……! 確かにさっきまでここに一緒にいたんですよ! 旧式のライフルで俺たちをずっと守ってくれて、名刺交換までしたんだから! なぁ、ルカ君も確かに見たよな!?」
俺に同意を求められ、横のルカ君も「はい、僕を商品棚の裏に引っ張って助けてくれました」と激しく首を縦に振る。
「二人とも、突然の激しい銃撃戦と熱気で、パニックになって一時的な幻覚でも見ていたんじゃないかしら?」
桜塚マネージャーに大真面目な顔でそう諭され、俺とルカ君はキツネにつままれたような顔で、お互いに顔を見合わせるししか出来なかった。
(あの千石 衛って男……。俺のすぐ隣から、一体いつの間に消えたんだ……?)
「それにしても、今回は本当に派手にやられましたね……。このローソン一号店の外壁や窓ガラスは、本部の魔導防衛テクノロジーによる特殊な素材でできているため、本来なら物理的な破壊は一切不可能なはずなのですが……」
桜塚マネージャーのその言葉に、俺の背筋が冷たく凍りついた。
確かに、この異世界へ飛ばされてすぐにリゼッタの魔王軍が店を囲んで攻めてきた時、このローソンは傷一つ付かない圧倒的な無敵の防御力を誇っていたはずなのだ。それが、あいつらの銃弾で窓ガラスが全部粉々に割られた。
「現場に残留していた、敵が放った特殊な弾丸の破片を回収し、本部の研究室で至急解析に回します。何か、こちらの世界のものではない特殊な素材が使われている可能性が高いです」
真剣な面持ちで作業の指揮を執る、桜塚マネージャーの後ろ姿──というか、ボディスーツに包まれた魅惑的なお尻をぼんやりと眺めながら、俺の頭の中は、俺の隣から煙のように消えた『千石』という男のことでいっぱいになっていた。
こうして、激動の連載第100話目が静かに幕を閉じようとした、まさにその瞬間だった。
「あああああーーーーーーっっっッッッッ!!!!!!!!!!」
深夜の静かな店内に、ルカ君の今日一番の、文字通り鼓膜が破れそうな大絶警が再び響き渡った。
「うわっ!? どうしたんだよ一体、ルカ君!」
俺が心臓を跳ね上がらせて驚くと、ルカ君は顔を真っ青にして、ガタッチと震える指でバックヤードの防音扉を指差した。
「ど、……ドローンです……! 最新型ドローンを、僕たち完全に忘れてます!!!」
「あ。──あァアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
そうだ、北の国へ向けて発進させたあのドローン、銃撃戦のドタバタのせいで完全に何時間も放置したままだ!!!
俺とルカ君は桜塚マネージャーを置き去りにしたまま、大パニックで激しく床を蹴り、ストコンの置いてあるバックヤードへと脱兎のごとく駆け込んでいくのだった──。




