第93話:オフのマネージャーと、迫り来る影
ローソン一号店のバックヤード。
ソファの上に気絶したままのルカ君を横に寝かせた状態で、俺はストコンのモニターを前に、桜塚マネージャーからの緊急リモート会議に臨んでいた。
「間宮店長。深夜に申し訳ありません、お疲れ様です」
「お疲れ様です、桜塚マネージャー」
画面に映し出された彼女の姿を見た瞬間、俺は思わず目を見張った。
いつもなら隙のないばっちりメイクを施し、タイトなスーツを完璧に着こなしているあの桜塚マネージャーが、今日はほぼノーメイクのすっぴんに、ゆったりとしたラフな部屋着という、完全にプライベートな格好で画面の前に現れたからだ。
俺のあからさまな動揺の視線を察したのか、桜塚マネージャーは自分の服を一瞥し、どこか気恥ずかしそうにはにかむような笑みを浮かべた。
「申し訳ありません……。完全にオフの休日の時間帯に、本部の方から緊急の連絡が入りまして。着替える余裕がありませんでした」
「いえ……! とんでもないです、大丈夫です」
(……っていうか、むしろ、めちゃくちゃ良い……!)
いつもの彼女は近づきがたいキャリアウーマンのオーラをビンビンに放っているが、今日の姿はどこにでもいる普通の女の子といった雰囲気だ。メイクがない分、いつもよりずいぶん幼く、可愛らしく見える。
「むしろ……いつもより、ずっと素敵だと思います」
「え……っ?」
あ。ヤバい、あまりのギャップに心の声がそのまま口から漏れてしまった。
画面の向こうで、桜塚マネージャーの白い頬が一瞬にしてカァッと赤く染まる。
「ゴホン! ……失礼。今日は、非常に緊急を要する件があって連絡したのです。──ここ数日の間に、こちらのエリアのコンビニ店のオーナーや店長をピンポイントで狙った、謎の『連続誘拐事件』が頻発しています」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、さっきモカが泣き叫んでいたサカモトの一件がピタリと浮かび上がった。
「……どうして、コンビニのオーナーや店長ばかりを狙うんですか?」
俺の質問に、桜塚マネージャーは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「今のところ、犯人側の目的は一切分かっていません。連れ去られた各店舗の店長たちがどこに監禁されているのかも、本部の情報網で現在必死に調査中ですが、まだ掴めていない状況です」
「犯人からの身代金の要求なんかは?」
「今のところは何もありません」
桜塚マネージャーはそう言って、部屋着の胸元を押さえながら重いため息をつく。
「そうですか……」
俺は腕を組み、ストコンの前で深く考え込んだ。
犯人の目的は一体何だ? もしかして、ルカ君たちが調べているあの現実世界との『境界線』の技術に、何かが関係しているのだろうか。……だとしたら、サカモトが消えた今、次に狙われるのは──。
「……どうしました、間宮店長? 顔色が悪いですが」
モニターの向こうから、桜塚マネージャーが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫です。でも、それって要するに……俺も次のターゲットとして狙われてるってことですよね?」
桜塚マネージャーは一瞬だけ言葉を呑み、俺の目をまっすぐに見つめて力強く答えた。
「──そうです」
「そこでです。以前からあなたに強く要望されていた、最新型ドローンの再配備ですが……本部の防犯上の特例として、最優先で手続きを進めさせていただきました」
「えっ! それは本当に助かります!」
「早速ですが、明日の正午には、そちらの一号店への最新型ドローンの配備がすべて完了する手はずとなっています」
思いもよらぬ超スピードの急展開に、俺の心は一躍小躍りした。
明日の昼には最新ドローンが手に入る……! これがあれば、あの境界線のハッキング調査も一気に進められるはずだ。ただ……肝心のサカモトが拉致されている現状じゃ、認証デバイス(USBキー)の在処が分からない。やっぱり、何としてでもサカモトを犯人の手から助け出すしかないのか……。
「……間宮店長。──間宮店長? ちょっと、聞いていますか?」
「あ、はい! 聞いてます! 大丈夫です、はい!」
画面からの呼びかけに驚いて、俺は慌ててモニターに向き直った。
「もう、しっかりしてくださいよ? それでは、また何か新しい動きがありましたらすぐに報告いたします。体には気をつけて」
プツン、と静かにリモート通信が切れた。
「ふぁ〜あ……」
俺は誰もいなくなったバックヤードの室内で、大きなあくびをしながら両腕を伸ばして背伸びをした。
「とりあえず、明日ドローンは手に入る。あとはルカ君にサカモトの監禁場所を調べてもらって、ドローンを使って一気に救出作戦を決行する。……それ以外の難しいことは、全部サカモトを助けてから考えればいいな」
そう一人ごちて、俺はソファの方へと視線を向けた。
──と、次の瞬間。ソファの上でいつの間にかバチッと目を開け、こちらをじっと見つめていたルカ君と完全に目が合った。
「うわああっ!?」
俺は心臓が跳ね上がり、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「お、起きてたのかルカ君……! びっくりしたよ……」
「すみません、店長」
ルカ君は照れくさそうに頭をかきながら、眼鏡の位置を直して上半身を起こした。
「倒れてはいましたけど、途中から意識は戻っていたので、桜塚さんとの話はすべて聞いていました。──任せてください。とにかく僕が、セ〇ンのサーバーから足取りを追って、サカモトさんの監禁されている場所を必ず特定してみせます」
そう言うと、ルカ君は頼もしい顔でソファから立ち上がり、実家から持ってきたハッキング用の周辺機器や怪しい基盤をストコンの周りへとテキパキと組み立て始め、作業に没頭しだした。
「ああ……よろしく頼むよ、ルカ君」
俺はルカ君の細い肩をポンと力強く叩くと、ハッキング作業の邪魔にならないよう、バックヤードの防音扉を開けて深夜の売り場(店内)へと戻っていった。
売り場に出てレジカウンターの奥へと目をやると、そこには、いつの間にかド派手なボディコン衣装から元の服に着替えたモカと、アラクネの二人が、レジの影で仲良く並んで「からあげクン(レギュラー)」を美味しそうに突きながら、女子会さながらに楽しそうに雑談している姿があった。
「やっぱりローソンのからあげクンは最高よねぇ〜♪」
「アラクネはホットのほうが好きー!」
そんな二人の無邪気な笑い声が、静かな店内に響いている。
──だが、この何気ない、愛おしいはずの平和な日常が、明日には音を立てて木っ端微塵に崩れてしまうかもしれない。
そんな、言葉にはできない不気味で巨大な『得体の知れない恐怖』が、冷たい手となって、俺の心の奥底をじわじわと支配し始めていた──。




