第92話:チェリーボーイの受難と、ボディコンの妖精
ピロリロリーン♪
深夜のローソン一号店の店内に、水を打ったような静寂を打ち消す、いつも通りの間の抜けた入店音が鳴り響いた。
自動ドアが開き、実家からハッキング用の重い機材を抱えたルカ君が、意気揚々と店内に入ってくる。
だが、ルカ君はレジカウンターの前で凍りついている俺とリゼッタ、そして床のモカの異様な空気を察して、一歩、また一歩と後ずさりしながら怯えた声で聞いてきた。
「な……何してるんですか、皆さん?」
「い……いや、ルカ君! 何でもないんだよ。ちょっと、たちの悪いハエが店内に紛れ込んじゃってさ。みんなで殺虫剤でも撒こうかって話してたところなんだ」
俺が床のクソ妖精を指差してそう言うと、モカは「キーーーーーーッッ!!!!」と顔を真っ赤にして叫び、売り場の床を両足でダンダンと踏み鳴らして地団駄を踏んだ。
ルカ君はそのモカの姿をじっと見つめると、突然、その細い目を限界まで見開いた。
「な……なんで、こんなかわいい子が一号店にいるんですかーーーっっ!?」
ルカ君は絶叫するなり、持っていた機材を放り出して本気で店から脱走しようと踵を返した。
「おいおい待て待て!」俺は慌ててレジから飛び出し、自動ドアの手前でルカ君の腕をガシッと掴んで引き止める。
「どうしたんだよ急に、ルカ君!」
「いや……僕……かわいい女の子、本当に苦手で……!!」
ルカ君は顔を真っ赤にしてガタガタと震えている。俺はルカ君の視線の先にいるモカをじっと見つめた。
俺の冷ややかな視線に気が付いたモカは、フンと顔を背けて、リゼッタの影に自分の身体と妖精の羽を慌てて隠した。
「見てんじゃないわよ! このゴミムシ店長!」と鋭く毒づく。
(……チッ、いちいちイライラさせやがるクソ妖精め……)
「なぁルカ君。こんな口の悪いやつのどこが良いのか俺にはさっぱり分からないが、とりあえず今は気にせずに行こう」
俺はそう言ってルカ君の手を引き、売り場から防音扉を開けて、そのまま奥のバックヤードへと連れていく。
ルカ君の目は、バックヤードに引きずり込まれながらも、まだ売り場のモカの後ろ姿を未練がましく追いかけていた。
それを見たモカは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ルカ君に向けてパチンと妖精らしく可愛らしくウインクをしてみせた。さらに、
「よろしくね、坊や♪」と、アイドルのような仕草で投げキッスをルカ君に向けて放つ。
バタン!!!
「ルカ君ーーーっっ!?」
バックヤードの床に、ルカ君は白目を剥いてそのまま直立不動の姿勢でぶ倒れ、意識を失った。
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深夜の24時間営業のローソン、夜がさらに深く更けた頃。
バックヤードのソファの上で、ようやくルカ君が「ううっ……」と呻き声を上げて目を覚ました。
「おい……大丈夫か、ルカ君」
デスクの椅子から俺が声をかける。
「は……はい……すみません、店長……」
ルカ君はメガネを直しながら、のそりと身体を起こした。そして、キョロキョロとバックヤードの室内を見渡して聞いてくる。
「あの……さっきの美少女は、どこですか?」
「ん?」
「……だれのこと?」と、天井から夜食のポテチを食べていたアラクネが不思議そうに首を傾げる。
「いや……だから、さっき売り場にいた、あの小さくてかわいい美少女ですよ……!」
「あ……モカのことか。えっと、今は売り場のイートインスペースで待ってもらってるよ」
「そ……そうですか」
ルカ君は安心したように、胸をなでおろしてホッと深い溜め息をついた。
「ぼく……いままで研究ばかりの人生だったから、かわいい女の人とまともに話したことがなくて。免疫がまったくないんです……」
(まぁ、たしかにモカも喋らなければ…よく見れば悪くはないが……。毎日リゼッタっていう超絶美少女の顔を見ながら暮らしてるお前にとっちゃ、妖精なんてなんてことないだろうに……)
そう心の中で思いながらも、俺は話を合わせる。
「あ、そうなのか……」
「はい。それで、そのモカさんがどうかしたんですか?」
「実は……今回はそのモカからの『緊急の依頼』なんだけどさ……」
俺は、セ〇ンのサカモトが何者かに連れ去られたという、事の顛末をルカ君に詳しく話した。
すると、さっきまで怯えていたルカ君の目が、ハッカーとしてのプロの輝きを取り戻し、俺の腕をがっしりと握りしめた。
「やらせてくださいマモル店長!! 僕……あの子の、モカさんの役に立ちたいです!!」
現金な奴め。ルカ君は鼻息を荒くしながら、実家から持ってきたハッキング用の超専門機材をストコンに凄まじい手際でセッティングし始めた。
俺はバックヤードの扉をチラリと開けて外の売り場の様子を見てから、ルカ君に向き直る。
「ルカ君、やる気になってくれて嬉しいよ。それで……サカモトが連れ去られた時の詳しい状況は、やっぱり本人から直接聞いた方が良いと思うんだ。モカをこのバックヤードに連れてきてもいいかな?」
「えっ!? ──う、……大丈夫です! やってみせます!」
ルカ君は一瞬、激しく動揺して声を裏返らせたが、男のプライドをかけて力強く頷いた。
「よし。──モカー! 入っていいぞ!」
俺がバックヤードの扉を開けて売り場に向かって声をかけると、待機していたモカが「は〜〜〜い♪」と入ってきた。
だが、バックヤードに現れたモカの姿を見て、俺の目玉は飛び出しかけた。
お前どこで調達したんだよ。モカは、妖精の小さな身体にはあまりにも不釣り合いな、バブル時代を彷彿とさせる【ド派手な紫のボディコン】を見事に着こなし、扇子をバサバサと仰ぎながら颯爽とルカ君の前に登場したのだ。
「よろしくねぇん……坊や♪ ──チュッ♡」
モカはルカ君の目の前で、これでもかと妖艶に腰をくねらせ、本日二度目となる濃厚な投げキッスを至近距離で炸裂させた。
バタン!!!
「ルカ君がああああああーーーーっっっ!!!???」
当然のごとく、ルカ君は一瞬で鼻血を吹き出しながら、魂が抜けた顔で再びバックヤードの床へと激しく意識を失って倒れ込んだ。完全に即死である。
俺は両手で自分の頭をめちゃくちゃに抱え込んでから、ド派手なボディコン姿のクソ妖精に向かって怒髪天を突く勢いで大絶叫した。
「てめぇぇえええ!!! 事件を解決する気が1ミリでもあんのかよお前はぁあああああ!!!!」
真夜中の一号店のバックヤードに、店長の悲痛な怒声がいつまでも虚しく響き渡っていた──。




