第90話:交錯する本心と、宿敵の消失
翌朝。俺はバックヤードから売り場に出て、レジカウンターの前にそわそわしながら立っていた。
隣のレジに入っているアンナちゃんは、落ち着きなく挙動不審になっている俺の様子を、何もかもお見通しだと言わんばかりのニヤニヤとした顔で見つめてくる。
俺は恥ずかしさをごまかすように、チラチラと何度も壁の時計の針を確認した。
「そろそろ……だな……」
ピロリロリーん♪
その時、ローソン一号店の軽快な入店音が店内に鳴り響き、自動ドアの向こうから、俺がずっと待ち焦がれていたその人が入店してきた。
俺はバックヤードから出てきた時のように、今度は逃げずにリゼッタの顔をまっすぐに見つめた。リゼッタは制服に袖を通し、少し気恥ずかしそうな顔をして視線を泳がせている。
「おはよう。リゼッタ」
「……おはよう、マモル」
「よし! さあ、今日も一日、仕事をバリバリ頑張るぞー!」
俺は急にこみ上げてきた気恥ずかしさを強引にごまかすために、わざと体育会系のような大声を出した。
その俺の空回りに、リゼッタがクスッと小さく笑う。横にいたアンナちゃんも、母親のように優しく笑っていた。
良かった……! 本当に、良かった……!!
はじめこそお互いに少しだけぎこちない会話だったが、そこはさすがベテランのアンナちゃん、絶妙な大人のフォローを入れてくれたおかげもあり、徐々に緊張が解けて今までと全く変わらないトーンで会話ができるようになっていった。
──昼のピークが過ぎ、アンナちゃんがシフトを終えて帰った後の静かなレジカウンター。俺はリゼッタの横顔を見つめながら、静かに声をかけた。
「リゼッタ……ごめんな。俺のせいで、少し痩せたか?」
「ちょっと……ね。色々考えちゃって。……でも、もう大丈夫。私の方こそ、感情的になってお店を飛び出しちゃってごめんね」
リゼッタのその健気な言葉に、俺は慌てて顔の前で大げさに両手をブンブンと振った。
「そんなことないよ! 悪いのは100%全部俺だ。でも……今回の一件のおかげで、俺もほんの少しだけ大人として成長できた気がするよ。これからも、一号店の仲間としてよろしくな」
そう言って、俺はリゼッタに向けて自分の右手を差し出した。
「なによそれ、改まっちゃって」
そう言いながらも、リゼッタは嬉しそうに微笑んで自分の右手を重ねてきた。
男と女の固い握手を交わしてから、俺はリゼッタに、ここ最近のバックヤードで起こった出来事をありのままに話した。
ルカ君が突き止めた異世界と現実世界を結ぶ共有ネットワーク(ゲートウェイ)の話や、俺がそもそもこの異世界に飛ばされてきた原因に、セ〇ンのサカモトが深く関与している可能性が高いことなど。
だけど──液晶画面の向こうで泣いていた千砂のことと、2週間後に届くドローンで現実世界に帰る方法を探していることだけは、どうしても話すことができなかった。
まだ……俺の中で、二つの世界のどちらを選ぶべきかの整理が、全くできていないからだ。
そうこうしていると、バックヤードからアラクネが眠たそうな目をこすりながらトボトボと起きてきた。
「アラクネ、おはよう!」
リゼッタが優しく声をかけると、アラクネの眠気眼が瞬時に大きく見開かれた。
「リゼッタ! おかえりー!」
そう叫ぶなり、アラクネはリゼッタの胸元へと勢いよく飛びつき、嬉しそうにしがみついた。
「ちょっと……大げさよアラクネ。少しお店を休んでただけだってば」
リゼッタは苦笑しながらアラクネを引き離そうとするが、アラクネはタコのようにはりついて絶対に離れようとしない。
「いやだ! アラクネ、みんながいなくなるの絶対に嫌だもん……!」
小さな手足でギュッとしがみついてくるアラクネ。その必死な声に、リゼッタは優しく微笑んでアラクネの頭を撫でながら、俺の方を振り返った。
「何言ってるのよ。私たちはずっと一緒よ。──ねぇ、マモル?」
リゼッタのひまわりが咲いたような眩しい笑顔と、その無邪気な言葉。
その瞬間、昨夜の罪悪感が鋭いナイフとなって俺の心にズブリと深く突き刺さった。胸が激しく痛む。だが、俺は引きつりそうになる顔を必死に抑え、完璧な営業スマイルを作ってこう答えた。
「あたりまえさ! ずっと一緒だよ。……ほらほら、サボってないで早く陳列棚の清掃をやるぞ!」
そう言って、俺は逃げるように商品の品出しや清掃作業へと打ち込んだ。
……胸が苦しい。アラクネのあの執拗なまでのしがみつき方は、もしかしたら獣の持つ『野生の勘』で、俺がいつかこの世界から消えてしまう未来を本能的に察知しているからなのかもしれない。
俺は余計な恐怖を脳内から消し去るために、無心で体を動かし続けた。
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夜21時。リゼッタがシフトを終えて帰り支度を整え、カウンターに残った俺とアラクネに声をかけた。
「じゃあ……また明日ね、マモル」
「おう! 明日もよろしくな!」
俺はいつも通り、片手を挙げてさわやかに見送る。
「またあしたねー!」と、アラクネもケラケラと笑いながら手を振っていた。
その時だった。夜の闇に包まれた自動ドアの外、街灯の薄暗い影から、こちらをじっと監視しているような強い視線を確かに感じた。
俺が不審に思って外の暗闇に目を凝らすと、何者かの人影が「サッ!」と慌てて電柱の陰に隠れるのが見えた。
だが、残念なことに……電柱の横から、隠しきれていない大きくてカラフルな『羽』が思い切りはみ出してビチビチと揺れている。
三人で顔を見合わせ、俺は思わずため息をついた。
「おいモカ!! 羽が丸見えだぞ!!」
俺が自動ドア越しに大声で怒鳴ると、はみ出ていた羽がピクリと跳ね上がり、電柱の陰から気まずそうなモカの顔がひょっこりと覗いた。
しばしの沈黙の後、リゼッタが呆れた顔でドアに近づき、開けてやった。
「もう……入りなさいよ」
「う、うわぁあああんっ!」
モカは待ってましたとばかりにパタパタと勢いよく店内に飛び込んできた。
俺は腕を組み、モカをキッと睨みつけながら、さんざん俺の邪魔をしてきたこいつに対してきつい言葉を浴びせる。
「おいモカ! 今さら何しに来たんだよ! うちの店の偵察なら、塩撒いて追い出すぞ!」
モカは空中で小さな身体をモジモジとさせながら、俺の怒声に怯えていたが、やがて何かを必死に堪えるように意を決した表情になり、涙目で信じられない言葉を叫んだのだ。
「ち、違うの……! サカモトさんが……サカモトさんが、何者かに連れていかれちゃったのぉおおおお!!!」
「「「──えええええええーーーーーっっっっっっ!!!!????」」」
俺とリゼッタ、そしてアラクネの三人の驚愕の絶叫が、深夜の一号店の店内に綺麗にハモって響き渡った──。




