第8話:店長、ポンコツ魔王の娘と究極のホットスナック
どうぞ……」
俺は応接室……ではなく、バックヤードの事務机に座るリゼッタの隣に、冷えた緑茶のペットボトルをそっと置いた。
アラクネの話ではリゼッタは魔王の娘で次期魔王となる旦那候補を求めて絶賛お見合い中なんだとか。
アラクネがペットボトルのキャップを器用に開けながら、リゼッタに事も無げに言った。
「……そうなの。店長がくれる食べ物がおいしいから、わたし、ここで働くことにしたの」
「働くって何よ? アラクネ、あんたこんな不審な建造物の中で一体何をしてるの?」
「う~ん……。梅おにぎりを食べて、寝て……起きたらまた、梅おにぎりを食べる!!!」
ドヤ顔で、めちゃくちゃ嬉しそうに胸を張るアラクネ。
内心で(おいおいおいそれは仕事とは言わねぇんだよ、ただの自堕落なニート生活だよ!)と全力で悪態をつきながらも、今この場で頼れる唯一の盾がアラクネしかいないという冷酷な事実の前に、俺はそのツッコミを必死に飲み込んだ。
「へ~……結構、過酷な労働環境なのね」
リゼッタが神妙な顔つきで、納得したように深く頷いた。
──ちょっと待て。
この少女、リゼッタは、外であれだけおびただしい数の巨大モンスターの軍勢を従えていた、世界を震え上がらせる魔王の娘のはずだ。そんな大物が、まさかこんな簡単にアラクネの自堕落トークに騙されるとは。
……こいつ、実はただの馬鹿なのか?
決して口に出すことはないが、俺は本気でそう思った。冷酷無比な魔王の血を引いているとは思えないほどの、まさかのポンコツ疑惑である。そんなんで次期魔王の旦那選びなんて大丈夫なのだろうか。
「ねえ店長。リゼッタにも、何か美味しいもの出してあげてよ」
「えっ……」
アラクネから突然の無茶振りが飛んでくる。
そう言われて、俺は魔王の娘の顔色を窺いながら、営業スマイルで尋ねるしかなかった。
「なっ……何がお好きでしょうか、お客様?」
リゼッタは緑茶のペットボトルを睨みつけたままで、俺に一切視線を合わせようとせず、冷たく言い放った。
「……肉」
短く一言。
声は低く、相変わらず俺をミリ単位も許していない暗殺者の目だ。
いくら魔王の娘だからって、肉ってそのまんまじゃねぇか……。
俺は二十二年の人生のなかで、コンビニで手に取る商品にこれほど自分の『命』を懸けたことは一度もなかった。そう考えると、いままで自分がどれだけのぬるま湯で生きてきたんだと、異世界に来てから再確認させられる。
どうする。どうする俺。
アラクネの時の教訓から、内容物の多い弁当系は地雷を踏むリスクが高すぎてパスだ。かといって、肉そぼろ系のおにぎりや、肉まん程度では、これほどストレートに「肉」を欲する肉食系魔族の王女が満足するとは到底思えない。
「……まだかしら? 随分と手際が悪いのね。私を待たせるなんて、いい度胸じゃない」
リゼッタの氷点下の視線が、俺の首筋に突き刺さる。抜き放たれた細剣は、まだ彼女の膝の上に乗ったままだ。さすがは魔王の娘、プレッシャーだけは一丁前にある。
「は、はいはいただいま! すぐにお持ちしますよ!」
俺は努めて冷静を装いながらバックヤードの扉を開け、表の売り場へと出た。
商品棚に手を伸ばし、考えを巡らせる。牛肉か、豚肉か、それとも鶏肉か──。
その時、レジのすぐ横にあるガラスケース──『ホットスナックコーナー』が、俺の視界に飛び込んできた。
そうだ……忘れていた。
全日本人が愛し、誰もが通りがかりに抗えず買って食う、究極のホットスナック。
肉の中の肉、キング・オブ・チキンがそこにあるではないか……!
俺は迷うことなくケースからそれを取り出すと、バックヤードへ引き返し、魔王の娘の目の前に差し出した。
「なによ、これ」
リゼッタが、つまようじの刺さった謎の丸い肉の塊を、いぶかしげに睨みつける。
「そ……それは……! 当店自慢の『からあげクン』でございますぅっ ⤴」
緊張のあまり完全に裏返った情けない声とともに、俺は今、現代日本のコンビニが誇る最強スナックのポテンシャルに、この身と命のすべてを捧げる決意を固めた。




