第9話:店長、究極の肉食系ヒロインを掌握する
ドクン……ドクン……。
静まり返ったバックヤードに、俺の心臓の音がこれでもかと大きく主張してくる。
リゼッタは、見慣れない木製の細い棒──つまようじを慣れない手つきで持ち、意を決したように『からあげクン』をブスリと突き刺した。
もし……万が一にも現代日本の誇るからあげクンが彼女の口に合わなかったら、次に串刺しになるのは俺の番だ。そう考えると、心臓の鼓動はさらに高鳴り、もはや破裂しそうなほどだった。
リゼッタの可憐な唇が開く。そこへ、ジューシーに揚がった丸い肉の塊が滑り込んでいく。
パクリ。
──沈黙。
バックヤードを、気の遠くなるような静寂が支配した。
俺の緊張感は間違いなく人生の限界値を迎えていた。額を滴り落ちた冷や汗が、床のリノリウムにポツリと音を立てて落ちる。
長い。長すぎる。もぐもぐと口を動かす彼女を見つめながら、俺は心の中で必死に祈りを捧げていた。
どうなんだ? 美味いのか? 美味いだろう? おい、からあげクンだぞ!? 日本の全高校生やサラリーマンの胃袋を支えてきた最強のホットスナックなんだぞ……!
どれほどの時間が経っただろうか。ようやく、魔王の娘がゆっくりと口を開いた。
「おふぃひぃ~……っ」
両頬を桜色に染め、口いっぱいにからあげクンを放り込みながら、リゼッタがとろんとした目で俺を見つめていた。
その瞳には、さっきまでの冷淡で残酷な光は一切ない。まるで最愛の恋人に出会ってしまったかのように、うっすらと熱い涙が潤んでいる。
不覚にも、そのあまりの破壊力に心臓がドキンと跳ねてしまった。可愛い、と思ってしまった。
「マモル! おいしいわ、これ!! 私が今まで生まれてから食べた、どんな高級な宮廷肉料理よりも……ずっと、ずっと美味しいっ!!」
──勝った。
俺は……俺の命は、からあげクンによって救われたんだ……ッ!!!
俺は心の中で、天高くガッツポーズを突き上げた。
「だよね〜。店長の出す食べ物はみんなおいしいんだよ」
アラクネが我が事のように嬉しそうに微笑みながら、俺を指さす。
なんていい子なんだ、アラクネ。抱き枕の一件は水に流してやろう。
「お、お気に召していただけて光栄でございます、お客様」
ほっと胸をなでおろした俺に、リゼッタは咀嚼を終えると同時に、信じられない爆弾発言を笑顔で言い放った。
「決めたわ。この店にあるもの、建物ごと全部私の城に持って帰ることにするわ!」
「……は?」
勝利宣言からの、一瞬での地獄への逆転劇。
俺は再度、奈落の底へと叩き落とされた。
この女、さすがは魔王の娘だ。商品だけ根こそぎ奪い去って、動かせない俺のことは用済みとしてその場で処刑しかねない。狂暴な権力者特有のジャイアニズムである。
そこへ、またしてもアラクネが極上の助け船を出してくれた。
「でも……リゼッタ。マモル店長がいなくなったら、このお店も全部消えちゃうんだって」
その言葉を聞いた瞬間、リゼッタの輝いていた目が、あからさまにどんよりと曇った。
「そうなの……? じゃあ、この男は『生かしとかないといけない』のね。……チッ」
──今、こいつ、明確に舌打ちしやがったぞ。
やっぱりこの女、美少女の皮を被っているが油断も隙もない魔族の王女だ。生かしておくのが面倒くさいみたいな顔をするな。
俺は腹の底で煮えくり返る怒りと恐怖を必死に押し殺し、顔面だけは完璧な営業スマイルを張り付かせて答えた。
「そ、そうなんですよ~お客様ぁ! 僕という存在がいなくなったら、この店も、今召し上がったからあげクンも、この世から永遠に消滅してしまうシステムなんです。ですから、僕の命はとーっても大切なんですよ~!」
バックヤードに妙な緊張感が流れる中、リゼッタはしばらく俺を睨みつけていたが、ついに諦めたように膝の上の細剣をカチャリと鞘に戻した。
──勝った。今度こそ、俺の完全勝利だ。
ピロリオリーン♪
やがて、からあげクンのパックを大切そうに抱えたリゼッタが店舗へ戻り、自動ドアが開いて退店を告げる軽快な音楽が店内に響き渡る。
「またのお越しを心よりお待ちしておりま~す!」
俺は満面の笑みで大きく手を振り、ガラス越しに魔王の娘とその軍勢が迷宮の奥へと去っていくのを見送った。
軍勢の影が完全に見えなくなった瞬間、全身から一気に力が抜け、身体が鉛のように重くなる。俺はその場にズサァッと無様にへたり込んだ。
「死ぬかと思った……」
異世界コンビニ籠城生活、怒涛の二日目は、こうしてギリギリのところで無事に幕を閉じた。




