第84話:アンナの格言と、鼻血の天才ハッカー
「……結構、派手にやられてますね、これ」
壊れて沈黙しているホロ・アテンダント・システムの筐体を見つめながら、ルカがポテチの粉のついた指で眼鏡をクイッと押し上げた。
「そうなんだよ……。あのレオナルトの野郎、よくもまぁここまで完膚なきまでにぶっ壊してくれたもんだよ……」
俺はあの日、二号店のオープン前後に繰り広げられたあの因縁の男「レオナルト」との最悪の出来事を思い出し、フツフツと腹の底から怒りが込み上げてくる。
ルカはそんな俺の怒りをよそに、冷静なハッカーの目で装置の配線や基盤の周りをじっくりと観察している。
「……ルカ君、アクセス、できそうかな?」
俺の切実な質問に、ルカはしばらく「う〜ん」と首を傾げて考え込んでいたが、やがて、
「正直、分かりません。ハードウェアが物理的にかなり破損してますからね……。でも、とにかく僕のやり方でやってみます」
そう言うと、ルカは愛用の高性能ノートパソコンを取り出し、壊れたホロ・アテンダント・システムから伸びるデータポートへとケーブルを直接カチリと接続した。
「一応、これ本体の電源は入るんですよね?」
「ああ、主電源は入るんだ。だけどさ、画面もシステムも、それから先は『うんともすんとも』言わないんだよな」
俺はストコンの横で苦笑いを浮かべる。
ルカは装置の電源をパチリと入れると、接続された自分のPCのキーボードを、まるでドラムを叩くかのような凄まじい高速のタイピング音で叩き始めた。
「よし……。じゃあルカ君、邪魔しちゃ悪いし、俺は一旦店に戻ってるよ。何か分かったら呼んでくれ」
「あ、はい。行ってらっしゃい店長」
画面に集中し始めた相棒の背中を見送り、俺はバックヤードの部屋を出た。
売り場に戻ると、ちょうど品出しの棚の整理を終えたアンナちゃんが、台車を引きながら俺にニヤニヤと声をかけてきた。
「マモル店長。聞いたわよ〜? リゼッタちゃんを怒らせて、お店に来なくさせちゃったんだって?」
「うっ……そうなんだよ。俺……本当に情けないっていうか、卑怯者だからさ……」
俺は自分のヘタレな保身を思い出して、自嘲気味に力なく笑う。
「まあ……たしかに、今回の店長の立ち回りは『卑怯』だわね」
ガーン。アンナちゃんは満面の笑みで、アラクネに負けないくらいのストレートなナイフを俺に突き刺してきた。
「う、グサッとくるなぁ、おい……! アラクネにもさんざん面と向かって卑怯者ってなじられたんだから、アンナちゃんまでいじめるのは勘弁してくれよ……」
俺は情けなく頭をかきむしる。
そんな俺の縮こまった姿を見て、アンナちゃんはフッと表情を和らげると、大人の女性らしい、どこか哀愁を帯びたトーンで言葉を続けた。
「まあ……店長は『優しすぎる』のよ。周りの人間を傷つけないように、事なかれ主義で丸く収めようとするから……本当に一番大切な人が、一番助けてほしい瞬間に、その人を男らしく守ってあげられないの」
「…………っ」
「だから……そういう男はね、女には絶対に嫌われるわよ?」
アンナちゃんはまた悪戯っぽくケラケラと笑った。
さすがは、飲み屋でたくさんのありとあらゆる男たちを相手にし、その姿を見てきた女は、吐き出す言葉の重みが全く違う。
彼女の放った冷酷で、だけど底抜けに温かい格言は、俺の胸の奥底の、一番触れられたくない核心にまで深く深く響き渡った。
「まぁ、ほとぼりが冷めたら、言い訳しないで男らしくちゃんと彼女に謝りなさいよ? ……じゃあ、私はシフトの時間だからお疲れさん!」
「あ、ああ……お疲れ様、アンナちゃん。ありがとう……」
彼女はウインクを一つ残すと、パタパタとバックヤードへと消えていった。
俺は彼女の言葉を反芻しながら、代わりにレジに入り、次々と来店するお客さんたちを無心でさばいていった。
──それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
バァアアアアアンッッッッ!!!!
突故として、バックヤードの扉が壊れそうなほどの勢いで跳ね上がった。
「マモル店長っっっ!!! すぐに、すぐに来てくださいっ!! システムへの侵入ができました!!!」
興奮のあまり息を切らせたルカが、レジの中の俺の元へと全力で走り寄ってくる。
「ほ……本当か、ルカ君っ!?」
「はい! ちょっとアラクネを呼んできてくれ。レジを代わってもらわないと──」
「いや……あの、それは……今はちょっと……」
それまで大興奮していたルカが、なぜか急に言葉を詰まらせ、真っ赤な顔をして不自然に下を向いた。
「え? ルカ君、どうしたんだよ?」
俺が首を傾げていると、バックヤードの扉から、もう私服に着替え終えたアンナちゃんが、頭の上にまだ眠たそうな目をこすっているアラクネを器用に乗せて出てきた。
「はーい、アラクネちゃん起こして連れてきたわよ〜。レジ交代ね」
アンナちゃんはアラクネをレジ椅子に座らせると、横でじっと固まっているルカをジロリと見据え、意地悪に口元を歪めて笑った。
「ルカ君。……女の子が着替えている最中に、ノックもなしに部屋に入っちゃダメよ?」
「う、うぐっ……は、はい……すみません……」
ルカは顔面を限界まで真っ赤に染め上げたまま、消え入りそうな小さな声で下を向いて「はい……」と小さく呟いた。
「じゃあね〜」
アンナちゃんは楽しそうに笑いながら、そのまま店の自動ドアを出て退勤していった。
嵐のように去っていったアンナちゃんの後ろ姿を見送った後、俺は隣のルカの顔を覗き込む。
見れば、ルカの鼻の穴から、一筋の不気味なほど鮮烈な赤い液体が、たらりと顎に向かって滴り落ちているところだった。
俺はすべてを察し、ジト目で相棒に声をかけた。
「……ルカ。──何色だったんだ?」
ルカは下を向いてブルブルと震えながら、蚊の鳴くような声で白状した。
「…………赤…………です……」
「店長もルカもエッチ!」
レジの上に座ったアラクネが、ここぞとばかりにケラケラと楽しそうに大爆笑の声を店内に響かせていた──。




