第82話:失踪の残響、白石千砂の執念
駅前にあるお気に入りのカフェの片隅で、白石千砂は本日何度目になるか分からない溜め息を吐き出した。
立地のわりにはいつも客足が少なく、静かで落ち着いた店内は、彼女が記者としての仕事や情報屋との私的なやり取りで使うのにちょうどいい隠れ家のような場所だった。──のだが、数日前にテレビの人気情報番組で紹介されてからというもの、連日の超満員。今の店内は、着飾ったOLや主婦たちのけたたましい笑い声と喧騒で満ち満ちていた。
千砂は鬱陶しさを隠すように、少しぬるくなったアイスコーヒーのストローに口をつけた。
「あの〜……もしかして、雑誌記者の白石千砂さんですか?」
千砂の頭上から、どこか聞き覚えのある、妙に気だるそうな男の声が降ってきた。
千砂はゆっくりと顔を上げ、声の主を視線で捉える。
そこには、お世辞にも上等とは言えない紺色のビジネススーツを、少し着崩して着こなした若い男が立っていた。学生気分の抜けない、軽いノリの営業マンといった風情だ。
「……栗原さんですか?」
「はい、どーも」
そう言って、栗原は千砂の向かいの席へ、断りもなしにガサツに腰を下ろした。
すぐに注文を取りに来たウェイトレスに対し、栗原は「俺もアイスコーヒーで」とだけ告げると、千砂の顔を正面からまっすぐに見つめてニヤリと下品に笑った。
「へぇ〜。事前に『雑誌の記者』だって聞いてたから、てっきりサエないおっさんでも来るのかと思って身構えてたけど……お姉さん、結構かわいいじゃん」
あからさまな軽口を叩いてくる栗原に対し、千砂は表情一つ変えず、その言葉に触れることすら拒否した。ただ、記者としてのビジネスマナーだけで小さく会釈する。
「……今日はお忙しい中、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「全然オッケー! どうせ外回り中で暇だからさ」
そう言って栗原はケラケラと笑った。
「で、話ってなんだっけ……? 俺が5年前にやってた、あのコンビニバイトの件だっけ?」
「はい。そうです。5年前……あなたが駅前のロー〇ソンで夜勤のバイトをしていた時のことを、どうしても詳しくお聞きしたくて……」
「たしかにあの頃はロー〇ソンでバイトしてたけど……今更そんな昔のこと、一体何を聞きたいの?」
千砂は手元のメモ帳を開き、栗原の目をまっすぐに見据えた。
「20XX年の6月20日。この日の深夜、貴方はいつも通りロー〇ソンで夜勤のシフトに入っていましたよね?」
「ああ……その頃はまだ大学に通っててさ、夜は適当にロー〇ソンで働いて小遣い稼ぎしてたよ。それがどうかした?」
「あの日……高校生くらいの、少し暗い雰囲気の男の子がお店に来ませんでしたか?」
そう尋ねられ、栗原は腕組みをして天井を見上げ、しばらく記憶を遡るように考えていた。
「う〜ん……どうだろ。あの店舗、夜中になると質の悪い高校生のガキがよく駐車場とかにたむろしてたからなぁ〜。いちいち覚えてねぇよ」
「その男の子は、誰かと一緒ではなく、必ず『ひとり』で来ていたと思うんです。多分、それ以前からも、同じような時間帯に何度も何度も、そのお店に足を運んでいたんじゃないかと……」
「えー……どうだったかな〜……」
栗原の気のない返事を見て、千砂はバッグの奥から、大切に保管していた5年前の古い新聞の切り抜き記事を取り出し、テーブルを滑らせて栗原の目の前に提示した。
【深夜のコンビニで突如として原因不明の発光事件。周辺一帯がまばゆい光に包まれる】
「この事件です。コンビニ周辺が突然、昼間のようなまばゆい光に包まれた奇妙な事件……。これ、絶対に覚えていますよね?」
その記事の文字が目に入った瞬間、栗原は思い出したとばかりにポン! と大袈裟に手を叩き、面白そうにゲラゲラと笑い出した。
「うわ、あったわこれ! あったあった! いやマジであの時は死ぬほどビビったもん。テロか何かの爆弾が爆発したのかと思って、俺、一人で必死にレジカウンターの裏に隠れたの今でも覚えてるわ!」
「その光が起きた、まさにその瞬間……店内に、その男の子がいませんでしたか!?」
千砂は思わず身を乗り出し、声を鋭く潜めた。
「え〜……いたかなぁ〜……。そこまで言うならさ、そのガキの写真とか無いの?」
「写真は……無いんです。どこを探しても、彼の写真だけが……見つからないんです」
「は? 写真も無しかよ。そりゃ流石に無理ゲーだわ!」
栗原は呆れたように肩をすくめて、またアイスコーヒーをすすりながら笑った。
「……そうですか。手がかりは、無しですか……」
千砂が、今回もまた無駄足だったかと諦めて資料を引っ込めようとした、その時だった。
「あ、でもさ……」と、栗原が思い出したように呟いた。
「そう言えば……当時、いかにも『引きこもり』って感じの暗い奴が、夜中によく一人でポテトとか買いに来てたなぁ。毎度毎度、この世の終わりみたいなシケたつらして店に入ってくるんだよ。そのくせさぁ……なんか俺のことを見下すっていうか、馬鹿にしたような目でチラチラ見てきやがったから、妙に印象に残っててよく覚えてるわ」
「──っ!!」
千砂の身体に、電撃のような衝撃が走る。間違いない。マモルだ。
「その子……! その事件の日、光が起きたあの瞬間も、お店に来ていませんでしたか!?」
「う〜ん……そこまでは流石に覚えてねぇや。ごめんね?」
栗原はそう言って話を打ち切ると、今度は品性のない目で千砂の身体を舐めるように見つめ、座席をグッと近づけてきた。
「ねぇ、それよりさぁ〜。仕事の話はもう終わりってことで、これから俺とどっか遊びに行かね? いい店知ってるんだけどさ」
ガタッ。
千砂は無言で立ち上がると、テーブルの上の伝票を冷徹な手つきでひったくった。
「お話、ありがとうございました。失礼します」
「え、ちょっ、お姉さん!?」
引き止める栗原の声を完全に無視し、千砂は一度も振り返ることなく、ヒールの音を鋭く響かせながら満員のカフェから足早に立ち去った。
手の中のメモ帳を、指が白くなるほど強く強く、握り締めながら──。




