第81話:アラクネの直球と、引きこもりの部屋を叩く音
あの日から、リゼッタはパタリとお店にバイトに来なくなってしまった。
いつもなら彼女の明るい声が響いているはずの一号店は、どこか寂しさに包まれている。
「はぁ〜……」
俺はレジカウンターの中で、今日何度目になるかも分からない深い、深い溜め息を吐き出した。
天井からアラクネがするすると降りてきて、レジの上にちょこんと座る。
俺は自嘲気味に、小さな居候へ向かって声を絞り出した。
「なあ……アラクネ。俺って……その、やっぱり……ひ……」
「うん。卑怯者だよ」
「うっ……っ!!」
アラクネは俺が「卑怯者」と言い切る前に、ケラケラと楽しそうに笑いながら言葉を被せてきた。
あまりにも直球でクリティカルな正論を突きつけられて、俺の心臓はずきんとリアルに痛んだ。
「やっぱり……俺って、卑怯者かな……?」
「うん!」
アラクネは元気にそう返事をする。追い打ちの威力が強すぎる。
「で、でもさ……! ほら、ちょっとは……俺にも、いいところ……とかもあるよね?」
アラクネは「う〜ん……」と人差し指を顎に当ててしばらく考え込んでから、
「──ない」
と、即答した。
ガン!!!
俺は絶望のあまり、レジカウンターの木製の天板にしこたま額をぶつけた。
そんな俺の様子を見かねてか、売り場にいたアンナちゃんがサッと優しい助け舟を出してくれた。
「でも……マモル店長は優しいし、見ようによっちゃ、顔だってそんなに悪くないと思いますよ?」
「アンナちゃん、ありがとう……。いや、でも『見ようによっちゃ』っていうフレーズが、地味にちょっと気になるんだけどね!?」
俺が涙目でツッコミを入れると、アラクネは小さな腕を組んで「うぬぬ」と少し考えてから、非情な言葉をさらに重ねてきた。
「でもやっぱり、卑怯者」
「……えっ」
「だって……好きな人が助けてほしい時に、逃げるんだもん」
そう言って、アラクネはまたケラケラと無邪気に笑った。
「…………っ」
その言葉は、俺の薄っぺらい防壁を粉々に粉砕した。
俺はあの日の、リゼッタとお父様との激しい親子喧嘩の光景を鮮明に思い出していた。
どうすればよかったんだろう……。
俺はあの時、「他人の親子の問題なんだから、部外者の俺が口を出すべきではない」と思ったんだ。……いや、違う。違うか。
俺は、そうやって大人のもっともらしい言い訳を用意して、自分が傷つくことから『逃げるのを正当化』していただけだ。リゼッタを庇う覚悟がなかっただけなんだ。
俺は完全にうなだれながら、売り場をアンナちゃんに任せてバックヤードの自室へと向かった。
バタン、とドアを閉めてベッドへと泥のように倒れ込む。
──この世界に来て、いろいろな人と出会い、必死にコンビニの仕事をしていく中で、俺はいつの間にか、自分が何か立派な人間にでもなれたんだと勘違いをしていたのかもしれない。
俺は何も変わっちゃいない。
現実世界の薄暗い部屋で、ずっと外の世界を怖がって引きこもっていた、あの頃の情けないままだ。
俺は仰向けになり、ぼやける視界のまま天井をじっと見上げる。
「はぁ〜……。なんで俺は、いつもこうなんだよ……っ……」
コンコンコン。
静まり返った部屋のドアが、優しくノックされた。
「マモル店長……いますか?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、ルカ君の声だった。
「あっ……ああ。待って、すぐ行くよ」
俺は慌ててシーツで両目の涙を拭うと、立ち上がってドアを開けた。
そこには、愛用の高性能ノートパソコンを大事そうに両腕で抱えたルカ君が立っていた。
「マモル店長に極秘で頼まれていた、例の件のご報告に来ました」
ルカ君のその真剣な表情に、俺は思わずゴクリ、と唾を飲み込んだ──。




